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15 帰宅
(本当にそのままだ…)
約五ヶ月ぶりに帰宅したアパートの千遥の部屋は、とっくに解約されて残してきた千遥の私物もすべて処分されていると思っていたのに、出たときと同じまま残されていた。
ローテーブルの上に置いていった退職願のみが無くなっていて、水族館で買ったクラゲのペンだけが転がっていた。
「本当に明日から出勤でいいのか?もう少し休みたいなら休んでも構わないが…」
アパートまで千遥を送りとどけた藤郷が言った。
会社には千遥は体調不良で長期休職扱いにしてあると藤郷に聞いている。
以前とはうってかわり千遥を気遣うような藤郷の態度になんだかソワソワする。
「いえ大丈夫です」
復職すると決めたのだから一日でも早いほうがいい。
藤郷がコホンと咳払いして続けた。
「それと…今度の君の発情期だが、一ヶ月後くらいか?」
「あ、えっと…そのくらいですね…」
オメガの発情期はだいたい三ヶ月ごとにやってくる。
前回の発情期は来なかったから、今回も来ない可能性もあるがそれを藤郷に説明する必要もない。
「いつくらいの予定だ?俺も一日くらいなら合わせて休みをとれそうだから」
「え…?い、いえ、そんなことしなくても大丈夫です」
「なぜだ?」
「社長はお忙しいですし。自分の方でなんとかしますから」
「…なんとかって…?」
「よ、よく効く抑制剤を見つけたんです。だからひとりでも平気です」
「し、しかし、発情期に一緒に過ごすアルファがいるならそんな抑制剤なんて必要ないだろう。強い抑制剤は副作用も強いと聞くし…」
「僕の身体によくあう薬なんです。副作用もほとんどありません。それに無理に僕の相手なんてしなくてもいいんですよ。恋人でもないんですから義務なんてないですし」
「無理なんて…」
「おっしゃってたじゃないですか?発情期に僕を抱くのは慈善活動だって。僕にはそういう割り切った身体だけの関係は無理そうです。発情期に用事ができたって放置されるのも辛いですし…」
逃亡するきっかけになった置き去りにされた発情期の辛い出来事を思い出し、胸が苦しくなる。
これ以上考えないようにと、千遥は左腕を右手で力を込めてぎゅっと握る。
「あの時は急に仕事が入って…っすまなかったと思っている…」
「とにかく大丈夫です。心配しなくてももう逃げ出そうとは思いません。冷たくしないでとは言いましたが、無理してまで僕に気を使う必要はありません」
藤郷はまだ何か言いたそうな顔をしていたが明日の準備があると言って帰ってもらった。
よく効く抑制剤なんてもちろん嘘だった。
ただ藤郷と発情期を一緒に過ごしたくなかっただけだ。
もう二度とあんな惨めな思いはしたくない。特別な存在のはずの運命の番に雑に扱われるのは何より辛かった。
『冷たくしないでほしい』という千遥の要望を聞き入れ、千遥への態度が多少軟化したからといって勘違いしてはいけない。彼は千遥と番うつもりは全くないのだから。
それに千遥は気がついた。
千遥は枇々木とその運命の番の関係に憧れていただけで、藤郷のことが特別好きなわけじゃない。
しばらく彼と離れてみて、どうしてそばにいた時あんなに執着してしまったのかわからなくなった。
本来千遥が好きなのは枇々木のような穏やかで優しいタイプの人だ。
考えてみれば千遥と藤郷は全く合うわけがない。
境遇もスペックも全然違う。すべてに天と地くらいの差がある。
(きっと神様が間違えちゃったんだ…)
番になる可能性が全くない二人を誤って運命の番にしてしまったんだ。
そう思うと、藤郷にもほんの少し同情する。
全く惹かれない、むしろ軽蔑するような底辺の男が運命の番だったのだから。
本当は関わりたくないだろうに、アルファの本能的なもので、千遥の、運命の番の香りがしないと落ち着かなくなってしまったのだ。
(いっそ観月さんのような美しいオメガが藤郷さんの運命の番だったらよかったのにね…)
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