運命の番は僕に振り向かない

ゆうに

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27 いまさら



千遥のアパートの小さなローテーブルの上にはクラゲのペンがふたつ置かれている。
一つは以前ひとりで水族館に行ったときに買ったものだ。そしてもう一つは先日藤郷から渡されたもの。彼と水族館に行った帰りのことだった、いつの間に買ったのか、「クラゲが好きだ」と聞いたからとこのペンをプレゼントされた。
全く同じペンだと思っていたが、新しい方は暗闇でキラキラ発光する仕様だった。

千遥はローテーブルの上でそれを指でつついて、コロコロ転がした。

水族館で藤郷に告白されたとき、千遥は喜びよりも
驚きと戸惑いの方が強かった。
どうして今さらなんだ、と思った。

初めて出会った日にそう言ってくれたらどんなに嬉しかったか。そうしたら千遥は何も迷うことなく藤郷の胸へ飛び込めたはずだ。

それにもしあの時―藤郷を初めて見て、運命の番だとわかって、助けを求めるように伸ばした千遥の手を彼が掴んでいてくれたら、千遥はその後身体を売らずにすんだかもしれない。

(いや…)

千遥は自分の考えを打ち消すようにフルフルと頭を振った。
そのことまで藤郷を恨むのは間違ってる。
千遥に生活力がなかったから、身体を売るしかなかったのだ。あれは自分の選択の結果だ。
 






千遥は藤郷にどう接していいかわからず、ここ数日彼を避けていた。


「伊井田、仕事終わったのか?」
「あ、はい。お疲れ様です」

仕事終わり、まっすぐ帰ろうと退社する伊井田を藤郷が呼び止めた。

「よかったらこの後、食事にでも行かないか?」
「すみません。今日は予定があって」
「そうか。なら予定を合わせるから空いてる日を教えてくれないか?」
「す、すみません。しばらく予定が立て込んでいまして…」

「そうか…その、もしこの前のことを気にしてるのなら、返事はしばらく保留のままでもいいから。できれば少しでも君と一緒に過ごす時間がほしい」
千遥にまるで懇願するような藤郷に、鼓動が速くなる。
でも、どうしても素直に受け取ることができない。

理由はわからないが、きっと彼は一時的にアルファの本能が強くなっているだけだ。
しばらく経って冷静になったら、千遥のことなんて簡単に捨ててしまうんじゃないか。

そうなったら千遥はもう耐えられない、きっと壊れてしまう。
過去の自分は運命の番の藤郷の、誰よりも近くにいたいと望んだが、何度も冷たく突き放されて、一度は心が折れている。すごく辛かったけど、彼と番になりたいという望みは捨てて、顔見知り程度の距離をとって生きていくしかないとやっとの思いで決心したのに。
また彼に心をむけるのはひどく怖い。

「伊井田?」
返事をしない千遥を気遣うように藤郷が声を掛ける。

「……っどうしても信じられないんです。あんなに僕に冷酷だった人が今さらどうしてって思います。
どうして最初からそう言ってくれなかったんですか?
どうしてっ、僕のこと底辺のオメガだって…
せめて普通に、人並みに接してくれてたらどんなによかったか。そうすればあなたからの告白を素直に喜べたのに。
僕があなたの言葉や態度にどれほど傷ついたかわからないでしょう?」

気持ちを口にしているうちに感情的になってしまい千遥の瞳からポロポロと涙が溢れる。

「っすまない」
泣き出した千遥に対し藤郷はオロオロと目に見えて焦りだす。

「本当にすまなかった。謝っても許されることじゃないが、今後絶対に君を傷つけるようなことはしないって約束する」

涙が止まらない千遥に藤郷は「これを使え」と自身のハンカチを渡そうとする。
それを千遥は押し返した。

「いりません!あなたの匂いがするものなんてもう二度と。
覚えてますか?最後の発情期のとき、あなたが僕に「これでも使えって」上着を投げつけてよこしたのを。とても惨めでした。あなたにとって僕はそんなぞんざいな扱いをしても構わない存在だった。
もう二度とあんなに辛い思いはしたくないんです」

「すまなかった…」

「無理です…全部無かったことにしてまたあなたに向き合うなんて、僕にはできそうにありません…だからもう構わないでください」
千遥はそのまま藤郷から逃げるようにその場を早足で離れた。



◇◇



「――、―う、侑!聞いてる?」

社長室で広報担当の観月と打ち合わせている途中、藤郷は物思いにふけっていた。

「あっ、ああ、すまない」

「どうしたの?心ここにあらずって感じ。なにかあった?」

「…別に」

「わかった!千遥くんに振られたんでしょ?」

「ち、違う!まだ振られて―モニョモニョ…何でもない…」

「ふーん。まだって…ことはすでに雲行きは怪しいってことだよね?」

何も言っていないのに長い付き合いの観月にはすぐに見破られてしまう。観念したように藤郷は言う。

「……無理だと言われた。俺の以前の冷たい態度が許せないみたいだ。どうすればいいかわからない」

「グフッ……ドンマイ…」
普段余裕しゃくしゃくで物事を進めていく藤郷の、悲壮感が漂う姿が面白くて、笑いを必死に抑え込む。

「おい、笑うな!」

「ごめん、ごめん。だって以前の侑は本当千遥くんに素っ気なかったから、しょうがないよ。自業自得。それでも諦めたくないならもう長期戦覚悟で、嫌がられない程度に接し続けて、ゆっくり距離をつめてくしかないんじゃない?」

(自業自得…)
観月の話に藤郷は益々どんよりと肩を落とした。



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