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30 パンケーキ
「伊井田?」
「藤郷さん?」
休日にすることもなく、天気もいいので散歩がてら近くの本屋に立ち寄ったときだった。
「偶然だな。何か本を探してるのか?」
「い、いえ。運動不足なので、歩くついでに立ち寄ったんです。藤郷さんもですか?」
「ああ、俺も買い物しながら立ち寄ったんだ」
「そうでしたか…」
休日に偶然会ったのは二度目だった。
藤郷の住まいは千遥のところとそんなに近いわけでもない。この短期間にこうも偶然があるものなんだろうかと、ふと首を傾げる。
「もし時間があったら少しお茶でもどうだ?」
「えっ、あ、はい」
考え事をしていたせいでついつい頷いてしまう。
「店はどこでもいいか?」
「はい…」
二人で本屋を出て、歩き出す。
(ああ…どうして頷いちゃったんだろう)
ここのところ藤郷といろいろあってとても気まずい。
何か話題をと探しているとちょうど少し前に新しくオープンしたスイーツ店が目に入る。
「あ、このお店のパンケーキが美味しいらしいですよ。女性に人気があるみたいで…」
「伊井田も食べたいのか?」
「えっと、少し興味があるくらいで…」
甘いものはわりと好きだし、美味しいというパンケーキにも興味があった。
でもポップな店の外観はいかにも女子向けで、入るのには勇気がいるだろう。
「せっかくだから入ってみるか」
「えっ?いっ、いえ、男二人で行くところじゃなさそうです。行くんだったら、み、観月さんと行くのにちょうどいいかと思います…」
「なんで観月なんだ?」
「それは…」
少し眉をよせて聞き返す藤郷に上手く言葉が出てこない。
観月は美しいオメガで、藤郷と並んでいれば恋人同士のように見えるだろう。でも千遥と藤郷ではそうは見えない。せいぜい年の離れた親戚とか知人とか。
そんな二人が女性ばかりの店内に入ればきっと浮いてしまう。
「俺は千遥と行きたい」
「えっ、なんでなまえっ…」
「駄目か?」
急に下の名前で呼ばれ、じっと見つめられ千遥は狼狽える。また心臓がすごい勢いで脈打ちはじめる。
(ずるい…)
「だ、だめじゃ、ないです…」
―――
――――
「わっ、クリームすごい」
頼んだパンケーキがテーブルに届いた瞬間、千遥は目を輝かせた。
柔らかそうなふわふわのパンケーキが二段重なって、その上からたっぷりのクリームがかけられている。
最初、入店したときはやっぱり女性客ばかりで、男性もいるにはいたがカップルで来ている人だけだったので、自分が場違いに思えて萎縮してしまったが、店内の女性の視線を集めていたのは主に藤郷だった。
長身でかっこいいアルファ。
誰も千遥と藤郷がどういう関係なのかなんて興味がなさそうだった。間違っても恋人には見えないから。
「美味しい!これすごく美味しいです」
一口食べたパンケーキがすごく美味しくて千遥はテンションがいつになく上がる。目の前に藤郷がいることを、一瞬忘れてしまった。
「そうか」と頷いてフッと笑った藤郷を見て、我に返り恥ずかしくなる。
「と、藤郷さんも一口食べてみます?」
藤郷が頼んだのはホットコーヒーのみだった。
「…ああ、じゃあ一口」
「!」
皿を藤郷の方へ寄せようとしたとき、藤郷が千遥に向けて口を少しあけた。
一口すくって食べさせてほしいということなのだろうか。千遥は逡巡したあと、震える手で藤郷の口元に一口フォークで刺したパンケーキを近づける。
それをぱくりと藤郷は口に入れた。
「美味いな」
「はい…」
(ナニコレ?)
まるで恋人同士がやるようなことをしてしまった。
頬が熱くって、藤郷の方を上手く見れない。
千遥は俯きながら、目の前のパンケーキを食べることに集中した。
柔らかくて甘いパンケーキを食べてなんとか心を落ち着ける。その時、ふと頬に何か当たった気がして千遥は顔を上げた。
藤郷がなぜか人差し指で千遥の頬をつついていた。
「えっ…?あ、何かついてました?クリームかな、恥ずかしい。子どもみたいですね」
「……いや、笑窪が可愛くて触りたくなっただけだ」
(エクボガカワイクテ、サワリタクナッタ??)
「ななな、何を…」
「わるい、わるい」
全然悪びれる様子もなく、千遥の反応を見て藤郷は嬉しそうに笑みをこぼす。
さっきは何とかやり過ごせたのに。
もう甘いパンケーキの味もわからなくなるくらい、ドキドキして身体が熱い。
自分のことでいっぱいいっぱいだった千遥は、二人の甘い雰囲気に周りがざわついていたのにも全く気がつかなかった。
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