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礼拝堂の一件から数日が過ぎ、王宮内はやや落ち着きを取り戻しつつあった。レオンが強硬な態度を抑えられたことで、周囲は「ひとまず様子見」という状況だ。キャロラインも、無理やり婚約を進められる不安から少し解放されたようで、私に安堵の表情を見せる。
その間、私は着々と旅立ちの準備を進めていた。公爵家への書類整理や、慈善活動の後継者の手配など、やるべきことは山積みだ。昼間はそれらの雑務をこなし、夜はローズと荷造りをする毎日。思ったより時間がかかるが、私としては最後まで責任を果たして去りたいのだ。
そんなある午後、私が中庭で書類を見比べていると、突然ハウエルが姿を現した。
「こんにちは、イザベル様。お忙しそうですね。」
「こんにちは、ハウエル様。いえ、大したことはしていませんよ。少し作業を進めているだけで……。」
私は慌てて紙束を隠すように集める。あまり大っぴらに「王宮を出る準備をしています」と外部の人に話すのもはばかられるためだ。
ハウエルは私の気配を察したのか、軽く笑ってみせる。
「先日からあなたが熱心に何かを準備している噂は耳にしていますよ。もしかして、近いうちに王宮を離れられるのですか?」
「……ええ、まあ。そうなるかもしれません。」
迂闊に隠すより、正直に答えたほうがいいだろう。ハウエルは一層興味を示す目つきでこちらを見てきた。
「そうですか。やはり鳥籠から飛び立つおつもりなのですね。……その際には、私の招待をどうか思い出していただけると嬉しいのですが。」
「あら、まだ私、あれを真に受けていたわけじゃないわよ?」
「ええ、承知しています。でも、あなたのような魅力ある方がもし外国へ目を向けるなら、私はぜひ自国を推したいと思います。何か困ったことがあれば、いつでも頼ってください。決して悪いようにはいたしません。」
まるで甘い香りのする言葉に、私は少しだけ眉を上げる。ハウエルの申し出は好意的ではあるが、何か狙いがあるのかもしれない。
外国の有力者が私に興味を持つ理由は多々考えられるし、単純に私個人を好きだというだけではないだろう。
「ありがとうございます。そのときは検討させていただきますね。」
とりあえず当たり障りなく返事をする。ハウエルは満足そうに微笑み、「ぜひ」とだけ言って去って行った。何やら急ぎの用事があるらしく、長居はしないらしい。
彼が立ち去ったあと、ローズがこちらに寄ってきた。
「相変わらず、ああして声をかけてくるんですね。イザベル様も大人気です。」
「人気と言うか、私に何らかの価値を感じてるんでしょうね。強さなのか、背景なのか。」
私は軽くため息をつく。ハウエルのようにスマートにアプローチされると、むしろ断りにくい部分もある。
「もしイザベル様が彼の国へ行かれるのであれば、それはそれで楽しそうですけど。」
「そうね……。今はまだ行き先を決めていないけど、もしかしたら本当に外国を回るかも。」
実際、私の旅の目的は明確には決まっていない。国内の辺境を巡るのも一つだし、興味が湧けば海外に足を伸ばすことだってあり得る。王宮で閉塞感を抱いていた過去を振り切るためにも、いろんな場所を見て回りたい。
「少しずつ手続きも片付いてきたし、出発は思ったより早まるかもしれないわ。」
「はい、楽しみです。王宮の外でどんな経験が待っているんでしょうね。」
ローズは瞳を輝かせる。私も同じ気持ちだ。新しい世界への期待と、不安が入り混じっている。でも、こうしてウキウキと準備する時間が心地よい。
その一方で、レオンのほうはというと、まだ婚約を正式に認められず、キャロラインと話し合いを続けているらしい。
私は深く立ち入らないようにしているが、噂ではレオンが徐々に自分の至らなさを自覚し始めているという話も聞く。もしかしたら、時間が経てば二人がちゃんと向き合える日が来るのかもしれない。
「私がいなくなっても、王宮は王宮で回っていく。殿下やキャロラインにとっては、そのほうがいいのかもしれないわ。」
そう思うと、少しだけ肩の荷が下りる。いつまでも過去のしがらみに囚われていたくはない。私は自分の未来を切り開くために、着々と準備を進めるのだ。
書類をまとめ終え、中庭の緑を見渡す。心なしか、青空がどこまでも広がっているように感じた。もう少しで、私は本当に飛び立てる――それを思うと、胸の奥が熱くなるような高揚感で満ちていくのだった。
その間、私は着々と旅立ちの準備を進めていた。公爵家への書類整理や、慈善活動の後継者の手配など、やるべきことは山積みだ。昼間はそれらの雑務をこなし、夜はローズと荷造りをする毎日。思ったより時間がかかるが、私としては最後まで責任を果たして去りたいのだ。
そんなある午後、私が中庭で書類を見比べていると、突然ハウエルが姿を現した。
「こんにちは、イザベル様。お忙しそうですね。」
「こんにちは、ハウエル様。いえ、大したことはしていませんよ。少し作業を進めているだけで……。」
私は慌てて紙束を隠すように集める。あまり大っぴらに「王宮を出る準備をしています」と外部の人に話すのもはばかられるためだ。
ハウエルは私の気配を察したのか、軽く笑ってみせる。
「先日からあなたが熱心に何かを準備している噂は耳にしていますよ。もしかして、近いうちに王宮を離れられるのですか?」
「……ええ、まあ。そうなるかもしれません。」
迂闊に隠すより、正直に答えたほうがいいだろう。ハウエルは一層興味を示す目つきでこちらを見てきた。
「そうですか。やはり鳥籠から飛び立つおつもりなのですね。……その際には、私の招待をどうか思い出していただけると嬉しいのですが。」
「あら、まだ私、あれを真に受けていたわけじゃないわよ?」
「ええ、承知しています。でも、あなたのような魅力ある方がもし外国へ目を向けるなら、私はぜひ自国を推したいと思います。何か困ったことがあれば、いつでも頼ってください。決して悪いようにはいたしません。」
まるで甘い香りのする言葉に、私は少しだけ眉を上げる。ハウエルの申し出は好意的ではあるが、何か狙いがあるのかもしれない。
外国の有力者が私に興味を持つ理由は多々考えられるし、単純に私個人を好きだというだけではないだろう。
「ありがとうございます。そのときは検討させていただきますね。」
とりあえず当たり障りなく返事をする。ハウエルは満足そうに微笑み、「ぜひ」とだけ言って去って行った。何やら急ぎの用事があるらしく、長居はしないらしい。
彼が立ち去ったあと、ローズがこちらに寄ってきた。
「相変わらず、ああして声をかけてくるんですね。イザベル様も大人気です。」
「人気と言うか、私に何らかの価値を感じてるんでしょうね。強さなのか、背景なのか。」
私は軽くため息をつく。ハウエルのようにスマートにアプローチされると、むしろ断りにくい部分もある。
「もしイザベル様が彼の国へ行かれるのであれば、それはそれで楽しそうですけど。」
「そうね……。今はまだ行き先を決めていないけど、もしかしたら本当に外国を回るかも。」
実際、私の旅の目的は明確には決まっていない。国内の辺境を巡るのも一つだし、興味が湧けば海外に足を伸ばすことだってあり得る。王宮で閉塞感を抱いていた過去を振り切るためにも、いろんな場所を見て回りたい。
「少しずつ手続きも片付いてきたし、出発は思ったより早まるかもしれないわ。」
「はい、楽しみです。王宮の外でどんな経験が待っているんでしょうね。」
ローズは瞳を輝かせる。私も同じ気持ちだ。新しい世界への期待と、不安が入り混じっている。でも、こうしてウキウキと準備する時間が心地よい。
その一方で、レオンのほうはというと、まだ婚約を正式に認められず、キャロラインと話し合いを続けているらしい。
私は深く立ち入らないようにしているが、噂ではレオンが徐々に自分の至らなさを自覚し始めているという話も聞く。もしかしたら、時間が経てば二人がちゃんと向き合える日が来るのかもしれない。
「私がいなくなっても、王宮は王宮で回っていく。殿下やキャロラインにとっては、そのほうがいいのかもしれないわ。」
そう思うと、少しだけ肩の荷が下りる。いつまでも過去のしがらみに囚われていたくはない。私は自分の未来を切り開くために、着々と準備を進めるのだ。
書類をまとめ終え、中庭の緑を見渡す。心なしか、青空がどこまでも広がっているように感じた。もう少しで、私は本当に飛び立てる――それを思うと、胸の奥が熱くなるような高揚感で満ちていくのだった。
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