青髪の悪役(?)令嬢は、婚約破棄を望む!?-堂々たる反逆と王子のコンプレックス-

宮坂こよみ

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翌朝、夜明け前に軽い足音で目を覚ました。外からはリオンの声が聞こえ、「イザベルさん、起きてますか?」と控えめに呼ばれている。私は急いで布団を出て着替え、ローズも一緒にあわただしく支度を整える。まだ星がかすかに残る暗い空だが、東の空が薄白く色づいているのが見えた。

離れを出ると、リオンが「おはようございます! 本当に手伝ってくれるんですね?」と明るい表情で言う。私も寝ぼけ眼をこすりながら「もちろん。寝坊せずに起きられてよかったわ」と笑い返す。ローズは「私も一緒に頑張ります!」と意気込んでいる。

まずは叔父さんに挨拶をし、簡単な朝ごはん――おにぎりや漬物、味噌汁――をいただく。まだ半分夢心地のまま口に入れたが、思いのほか美味しくて目が冴えてきた。「よし、やるぞ!」と心が引き締まる感じだ。護衛たちは朝食後に馬車のチェックをするなど別の作業があるため、私とローズだけが畑へ行くことになった。

リオンに案内され、集落の端にある広い畑へ足を運ぶ。朝露が草を濡らしていて、私の靴がしっとりと湿っていく。ここにはさまざまな野菜や作物が植えられており、作業着を着た農家の人々がすでにゴソゴソ動き始めている。みんな朝早くから働いているのだと思うと、その勤勉さに頭が下がる気分だ。

「おはよう! リオンが連れてきたのは……貴族のお嬢さんだって?」と、農家の主らしき人物が声をかけてくる。私は慌てて「いえいえ、もう私はただの旅人です。畑の手伝いをさせてもらえたら嬉しいです」と答える。彼は笑いながら「そうかい。変わったお嬢さんだな。汚れるけどいいのか?」と念を押す。私は「はい、もちろん。泥だらけになる覚悟です!」と胸を張って言うと、周囲の人々が「頼もしいねえ」とクスクス笑う。

こうして畑仕事の朝が始まった。最初に教わったのは収穫作業。トマトやキュウリ、ナスといった夏野菜が朝のうちに摘み取られる。私はローズと一緒にカゴを持ち、ミニトマトの房を丁寧に切り取ったり、キュウリのツルを傷つけないように注意しながら収穫していく。手がべたべたになったり葉で腕がこすれてかゆくなるが、それも新鮮な体験だ。

「わあ、すごい数……。王宮の食卓に出るトマトなんかとは比べものにならないくらい生々しい感じがするわ。」  
私がヘタを取ったトマトを見つめて呟くと、ローズは「本当に。王宮は調理場で全て下処理されてたから、こんな状態を見るのは初めてですね」と同意する。泥にまみれたキュウリを洗うときのザラッとした感触や、トマトの青臭い香りがすごくリアルで、今までの私がいかに出来上がった状態の食材しか知らなかったかを痛感する。

少し慣れてきたころ、リオンが「畑違いだけど、あっちでは根菜の収穫をしているよ。見学してみる?」と誘う。私は興味津々で、ローズを誘ってそちらへ行くと、大根やニンジンを掘り起こしている人々が見える。両足をどっしり踏ん張り、土をスコップで掘りながら、一つずつ丁寧に抜いていく作業はなかなか重労働だ。私は勢いよくスコップを突き刺したら土が固くて跳ね返され、周りから「おお、初心者だな!」と笑われる。

「うう……結構難しいのね、この掘り方。土を崩すコツがいるみたい……。」  
私は顔を赤らめながらも諦めずにスコップを刺す角度を変え、一度土をほぐしてから根っこを揺らす。すると、ようやくニンジンがスポッと抜けてきた。「取れた!」と喜ぶと、周囲が「おお、やるな!」と盛り上げてくれる。子どものように笑顔を浮かべている私に、ローズも「イザベル様、なかなか様になってますよ!」と褒めてくれる。

どんどん作業を進めていると、汗がにじみ出てきてハンカチで拭わずにいられない。太陽は完全に昇り、夏の日差しが容赦なく肌を焼く。それでも畑の人々は慣れた手つきで黙々と掘り起こし、収穫物を仕分けしていく。時折、冗談を言い合ったり、子どもが手伝いに来て騒いだりするのが微笑ましい。

「イザベル様、本当に農作業してる……王宮じゃ想像できない光景ですよね。」  
ローズが顔をほてらせながら、私の姿に感嘆の言葉をもらす。私は「もう昔の私じゃないから、こういうのも悪くないわ」と笑い返す。確かに以前の私からすれば、畑で泥まみれになってるなんてシチュエーションは信じられなかった。でも今は「こんなに楽しいなんて!」という気持ちが勝っている。

作業がひと段落したころには、お昼前になっていた。私とローズはすっかり汗だくで、腰や腕に心地よい疲れを感じている。リオンや叔父さんが「休憩しようか」と声をかけてくれ、私たちは共に農作業を終えた人々と畑の端で一服する。青空の下、麦わら帽子を外して風に当たると、生き返る気分だ。

「イザベルさん、最初はどうなるかと思ったけど、なかなか筋がいいじゃないか。ほれ、ニンジンもしっかり掘れてる。」  
叔父さんがニコニコしながら褒めてくれるので、私は照れくさくなる。「ありがとうございます。でもまだまだ力任せで……みなさんのように慣れた手つきではありません。」  
すると周りの農家たちが「最初はそんなもんだ。ともかく泥を怖がらずにやれるだけで上出来さ」「綺麗な格好してたのに泥だらけになっても平気とは、根性あるなあ」と口々に言い、まるで新しい仲間を歓迎するような雰囲気を醸し出してくれる。

私がこの村にもう少し長く滞在すれば、本格的に農業を手伝えるのかもしれない。そんな考えが頭をよぎり、「旅をしながら各地で短期的に働くのも面白そうね……」とつぶやくと、ローズが「それはそれで想像を超えた自由ですね!」と笑う。護衛たちも「もし危険でなければ、そういうのもありかもしれません」と言ってくれる。確かにお金も稼げるし、地元の人々と触れ合えるし、一石二鳥かもしれない……などと考えていると、自然と心が弾む。

そんな私たちを見て、リオンが「何か楽しい話でも考えてるんですか?」と訊ねる。私は軽く微笑み、「ちょっとね、将来こういう形で各地を回るのも悪くないかもって思って。」と言うと、彼は「いいじゃないですか、それ。自由にいろんな村を訪れて、必要なときに手伝いをして……世界を回るなんて楽しそうだ」と素直に感想を述べてくれる。なんだか若い人同士で夢を語り合う瞬間が新鮮で、私まで青春じみた気持ちになってしまう。

そうこうしているうちに、村の人々が「昼ごはんにしましょう」と呼びかけるので、私たちは再び叔父さんの家へ戻り、テーブルを囲むことになった。朝摘みの野菜をふんだんに使ったサラダや、今朝収穫したばかりのトマトを割っただけのシンプルな料理が並び、味噌汁と一緒にいただく。そのみずみずしさが尋常ではなく、私は「こんな贅沢、王宮でも味わえなかったわ」と素直に声を上げる。

「王宮には王宮の良さがあるだろうが、こういう暮らしも悪くないだろ?」  
叔父さんがドンと私の背中を叩きながら笑う。私はちょっとむせそうになりながらも、「ええ、悪くないどころか最高ですね。皆さんが生き生きとしているのが伝わります」と答える。村の人々の手が、泥や傷でざらざらしているのも、彼らが毎日懸命に土と向き合っている証拠なのだ。そんな逞しさが私の心を打つ。

午後になり、太陽がさらに高く昇ると、私はさすがに身体に重さを感じ始めた。久々の本格的な肉体労働で、そろそろ休みたいというのが本音だ。ローズも「イザベル様、もう十分では? あまり無理すると明日に響きますよ」と気遣ってくれる。そこでリオンや叔父さんに「今日はありがとうございました」と礼を述べ、作業から抜けることにした。

宿として借りている離れに戻ると、護衛の一人が笑みを浮かべて「イザベル様、すごい泥まみれですね」と言うので、自分の姿を見下ろすと、衣類が泥と草の染みに覆われていて、何とも言えない状態だった。私も笑いしか出ない。「こんなに汚れたのは生まれて初めてかも……。でも、いい経験だったわ。」ローズも同じように泥だらけで、二人して苦笑いする。

叔父さんの家に軽く挨拶し、「明日の朝には出発します」と伝えると、「そうか、もう少しいてくれてもいいのに」と名残惜しそうにしてくれる。私もこの村の暮らしにすっかり惹かれかけているが、旅のルートがあるし、またいつか訪れればいいと思う。それが自由を選んだ私の生き方でもある。

夕方、私たちは借りた浴室で泥を洗い流し、すっきりした状態で集まって夕飯をいただく。村の家族と一緒に囲む食卓は温かく、子どもが今日はどの野菜が取れたか得意げに話していて、私とローズは「すごいわね~」と拍手してあげる。まるで王宮の晩餐会よりも遥かに賑やかで、心が満たされる。

夜が更け、外に出てみると満天の星空が広がっていた。思えば今日一日、農作業で大汗をかき、地元の人々と笑い合い、素朴な食事に舌鼓を打った。レオンとの婚約なんて遠い昔のことのように思える。今の私には、こうした普通の人々との触れ合いがとても大事で愛おしい。

離れに戻り、疲れでぐったりと布団に倒れ込む。ローズも早々に横になっていて、「イザベル様、今日もよく働きましたね……。明日の朝はどうされますか?」と声をかける。私は「うーん、さすがにもう一度作業ってのは無理かな……明日は早めに出発することにしましょうか」と笑う。無理せず自分のペースを守るのも旅のコツだ。

窓の外には微かな虫の声が聞こえる。田舎特有の静けさと夜の匂いが、王宮生活では味わえなかった安らぎを与えてくれる。私が「おやすみ、ローズ。今日もありがとう」と呟くと、彼女は「こちらこそ、貴重な体験でした。おやすみなさい、イザベル様……」と返す。こうして一日の幕が下り、眠りへと誘われる。

ああ、明日はまた新しい場所へ。こうして人との出会いと別れを重ねながら、私は自分の自由を謳歌していく。レオンの影はもはや私の旅路にはない。それでもまったく寂しくないのは、こうして温もりある場所や人に巡り会うたびに自分が生きていると実感できるからだろう。心地よい疲労に包まれながら、私は深い眠りの沼へと落ちていった。
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