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渋谷のカフェ
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なんだその噂。
私が渋谷店に異動になったのは木村課長が呼びよせたからとか、広島店ではオープンに交際していたとか、そんな噂が流れていると木村課長本人が笑いながら教えてくれた。
「で、五十嵐はそれを信じてたのか?」
渋谷の小さい雑居ビルの4階にあるオシャレなカフェで、私たちはいわゆるワンプレートランチというものを食べている。
本来ならば、女友達同士で来て「美味しいね~」なんて言い合わなきゃいけない雰囲気なのに、ガタイの良い男二人に囲まれて、仕事の打ち合わせで来てます感が半端ない。
まぁ、二人とも見た目が良いからいいけど。
しかし、なんで私と五十嵐が横並びで座らなきゃいけないんだ?
どうせなら木村課長の隣りに座りたかった。
「まぁ、信じてなかったと言えば嘘になりますけど……」
「正直な奴だな。五十嵐と百瀬はやっぱり似てるな」
木村課長が微笑んでいる。
あれ?
いつもの木村課長の笑顔じゃない。
はっきりと目の下にできたクマが疲れてるって分かる。
「木村課長。休んでますか?」
恐る恐る聞いてみた。
「あぁ。今日、やっと初日を迎えられたからな。あとはゆっくり休ませてもらうよ。それで百瀬に頼まれてほしいことがあるんだが」
木村課長は優しい。
上司なんだから、この仕事やれって命令してもいいのに、「頼まれてくれない?」みたいな柔らかい言い方でいつも仕事を振られる。
そんな感じだからみんな木村課長が好きで、ついて行くんだと思う。
「ところで五十嵐」
「はい」
木村課長が仕事モードに変わると、五十嵐もすぐにそれに応えた。
いつものチャライ雰囲気は女の子を相手にする時だけって訳ね。
「おまえ、north館の劇場使ってるだろ?」
「はい。12月からの舞台の打ち合わせで」
「駐車場とか使うか?」
「いえ。まだ使いません。舞台を組み始めると頻繁に使用すると思いますが」
「そうか……」
右手で額を抑える木村課長。
駐車場がどうかしたんだろうか。
「木村さん?」
五十嵐も心配したようだ。
「……」
何かを言いかけてやめた木村課長。
「どうしたんですか?」
私も聞いてみた。
木村課長は疲れた笑顔を私に向けて、
「いや、なんでもない。百瀬も連れて行こうかと思ってたけど、噂を肯定するみたいだから止めておくか」
無理に話を逸らされた。
それ以上聞いちゃいけないような、聞いても答えてくれなさそうな木村課長に何も言えなかった。
「五十嵐、百瀬を送っていってくれるか?」
木村課長が伝票を持って立ち上がる。
「課長はどこにいらっしゃるんですか?」
思わず課長のジャケットを握ってしまった。
「横浜だよ。横浜店の様子を偵察してくる」
疲れた顔で笑った木村課長が、私の肩に軽く触れてそのままカフェを出て行ってしまった。
なんだか落ち着かない。
何かを言いかけてやめたことなのか、真昼間なのにわざわざ五十嵐に送って行けと言ったことに対してなのか、妙に胸がソワソワする。
「なんでそんなに木村さんが出てった方を見てんだよ」
五十嵐に言っても気にし過ぎだと笑われるのかもしれないけど……
「変じゃなかった?」
「何が?」
「木村課長。私に仕事の指示を出していかなかった」
「疲れてたんだろ。誰だってウッカリすることぐらいあんだろ」
「うん。でもこんなの初めて」
コーヒーのカップを持ち上げたら、もう飲み干していた。
でも目の前の木村課長のコップにはコーヒーがまだ残っている。
あんなにコーヒー好きの課長にしては珍しく残している。
あれ?五十嵐が何も喋らない。
横を見ると、目が合った。
「そんなに木村さんが心配なのか?」
「うん、もちろん。私にいろいろ教えくれたのは木村課長だよ」
五十嵐が視線を逸らして手で顔を覆う。
「おまえ、その言い方……イヤらしい意味に捉えられるぞ」
五十嵐の言葉を聞いた瞬間は何のことを言ってるのか理解できなかったけど、理解した途端
「なっ、バカ。そっちがイヤらしいっての」
私が渋谷店に異動になったのは木村課長が呼びよせたからとか、広島店ではオープンに交際していたとか、そんな噂が流れていると木村課長本人が笑いながら教えてくれた。
「で、五十嵐はそれを信じてたのか?」
渋谷の小さい雑居ビルの4階にあるオシャレなカフェで、私たちはいわゆるワンプレートランチというものを食べている。
本来ならば、女友達同士で来て「美味しいね~」なんて言い合わなきゃいけない雰囲気なのに、ガタイの良い男二人に囲まれて、仕事の打ち合わせで来てます感が半端ない。
まぁ、二人とも見た目が良いからいいけど。
しかし、なんで私と五十嵐が横並びで座らなきゃいけないんだ?
どうせなら木村課長の隣りに座りたかった。
「まぁ、信じてなかったと言えば嘘になりますけど……」
「正直な奴だな。五十嵐と百瀬はやっぱり似てるな」
木村課長が微笑んでいる。
あれ?
いつもの木村課長の笑顔じゃない。
はっきりと目の下にできたクマが疲れてるって分かる。
「木村課長。休んでますか?」
恐る恐る聞いてみた。
「あぁ。今日、やっと初日を迎えられたからな。あとはゆっくり休ませてもらうよ。それで百瀬に頼まれてほしいことがあるんだが」
木村課長は優しい。
上司なんだから、この仕事やれって命令してもいいのに、「頼まれてくれない?」みたいな柔らかい言い方でいつも仕事を振られる。
そんな感じだからみんな木村課長が好きで、ついて行くんだと思う。
「ところで五十嵐」
「はい」
木村課長が仕事モードに変わると、五十嵐もすぐにそれに応えた。
いつものチャライ雰囲気は女の子を相手にする時だけって訳ね。
「おまえ、north館の劇場使ってるだろ?」
「はい。12月からの舞台の打ち合わせで」
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「いえ。まだ使いません。舞台を組み始めると頻繁に使用すると思いますが」
「そうか……」
右手で額を抑える木村課長。
駐車場がどうかしたんだろうか。
「木村さん?」
五十嵐も心配したようだ。
「……」
何かを言いかけてやめた木村課長。
「どうしたんですか?」
私も聞いてみた。
木村課長は疲れた笑顔を私に向けて、
「いや、なんでもない。百瀬も連れて行こうかと思ってたけど、噂を肯定するみたいだから止めておくか」
無理に話を逸らされた。
それ以上聞いちゃいけないような、聞いても答えてくれなさそうな木村課長に何も言えなかった。
「五十嵐、百瀬を送っていってくれるか?」
木村課長が伝票を持って立ち上がる。
「課長はどこにいらっしゃるんですか?」
思わず課長のジャケットを握ってしまった。
「横浜だよ。横浜店の様子を偵察してくる」
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なんだか落ち着かない。
何かを言いかけてやめたことなのか、真昼間なのにわざわざ五十嵐に送って行けと言ったことに対してなのか、妙に胸がソワソワする。
「なんでそんなに木村さんが出てった方を見てんだよ」
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「木村課長。私に仕事の指示を出していかなかった」
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五十嵐が視線を逸らして手で顔を覆う。
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