なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

文字の大きさ
2 / 6
一章 虹の種と孤独な手

2話 にじのたね

しおりを挟む
「答えは――そんなもの、最初からなかった」

「へぇ、まさかアセル君が勇者だとはね……」

 彼は、行商人のアーサー。  
 もう、長い付き合いになる。  

“勇者だった”俺には、“勇者”以外の名がなかった。  
 だから、アーサーがくれた「アセル」という名は、俺にとって初めての名前だった。

「アセル君よ、ワシも勇者の話は聞いたが、まさか君がその本人だとはね。すまんな、この“虹の種”から煎じた茶には不思議な力があると聞いて、つい試してみたんじゃが……まさか、こんなことになるとは。それにしても、なぜワシには効いていないんだろうな?」

 彼は本当に不思議に思ったようだ。

「もう二十年は姿が変わらないアセルさんが勇者……そんなことがあるんだな」
 目を見開き、湯気の消えた茶を飲み干して、ぽつりと呟いた。
「……こんな山奥に一人で住んでるから、てっきり妖精か何かだと思ってたんだ、ははっ」

 そんな冗談を言うアーサーは、何度もこの山を訪れてくれた。  
 彼を“友”だと思えるのは、それ以上、俺の昔の話を聞こうとしないからだった。  

 ただ穏やかに笑ってくれる、その姿勢が、俺には救いだった。  
 静かなこの時間と、彼の存在に、俺は心から感謝していた。  

 お礼というわけではなかったが、“虹の種”の話をした。

「これは、イベントアイテムだからなんですよ」

 アーサーは、なぞなぞでも出されたかのように頭をかしげた。

「特別な運命を背負った者にだけ作用する――魔法みたいなものです」

「ああ、なるほど...って、アセル君は落ち着いているね」

 それにしても、この“虹の種”というものは、俺も初めて見た。
 虹色に輝くものの多くは、かつて俺が扱っていたアイテムに似ている。

「アーサーさん、この種は……どこで手に入れたんですか?」

「ああ、この虹の種はな――」

 虹の種は、その珍しい輝きから、長らく珍重されてきた。  
 だが、いくら水を与えても、芽は出なかった。

 中には、水だけでなく、酒やミルク――  
 ありとあらゆる液体を試した者もいたようだ。  
 それでも、結果は同じだった。  
 芽は、一度も出なかった。

 お茶のように煮出すと、不思議な味がすることがわかった。
 その見た目の美しさも手伝い、虹の種はさまざまな商人の手を渡っていった。

 だが、いつしか、奇妙な噂が立った。  
 ――この革袋の中からだけ、種を出しても、決して数が減らない、と。

 誰が最初に、その袋へ種を入れたのか――  
 もう、誰も知らない。

 けれど、袋に入れておかねば、種はいつの間にか消えてしまう。  
 そんな言い伝えが、いつの間にか“決まりごと”になっていた。

 その話が広まるほどに、虹の種は、ますます価値を増していった。

「……そんな話を聞いて、面白そうだと思ってな。いや、それも、もう二十年になるのか……」
 アーサーは遠くを見るように言った。
「そろそろ引退を考えていたのだが、最後に――ちょっとアセル君と一緒に飲んでみたくなったんだ」

 アーサーは目の前のテーブルに置いてある革袋をアセルの方へと滑らせた。
「どうだろ? アセル君なら、この種を育てることができるんじゃないか?」

 俺は、革袋の中を見た。
 アーサーには、この輝きは見えないだろう。
 とても懐かしい輝きだ。
 ――かつて、幾度となく目にした、世界を変える“始まり”の光。

「……預かります」

 そう言うと、アーサーは少しだけ満足そうにうなずいた。
「芽が出たら、見せてくれよ。ワシの代わりに、この種の行く末を」

 外では、山の風が枝を揺らしていた。
 俺は、革袋をそっと手に取り、胸の前で握りしめた。
 今では、これが唯一、過去と繋がる“モノ”だった。

「ではお暇するよ、元気でな」
 そう言うとアーサーは笑い出した。
「アセル君に“元気でな”は、ないか。ワシのほうが気をつけないとな」

 俺もつられて、少しだけ笑った。
 アーサーはいつも通り、大きい荷物を背負い、ゆっくり帰っていった。
 風が吹き抜け、木々の間にその姿が溶けていく。

 残されたテーブルの上には、革袋と、微かに光を宿した“虹の種”だけが残っていた。

 それから数日後――山の朝は、まだ冷たい。  
 けれど、雪解け水が、土を潤し始めていた。

 アセルは、小さな庭に出て、革袋から“虹の種”を一粒取り出す。  
 手のひらで転がすたび、七色の光が、霧のように揺れた。

「さて、育て方は……まあ、俺も水でやってみよう」

 独り言をつぶやきながら、土を掘った。  
 伝説の剣は、折れて刃先が短くなっていた。  
 けれど、ちょうどスコップのように、土をすくうのにぴったりだった。

「……ま、魔王もいない今なら、これで十分か」

 軽く息をつき、アセルは土に手を入れる。  
 冷たい感触が、少しだけ心を落ち着かせた。

 土を耕したあと、表面を手のひらでならし、指先で小さな穴をつくる。  
 そこへ、“虹の種”をそっと落とした。

 とりあえず、七つほど植えてみた。

 川から水を汲もうかと思ったが、水を入れられそうなものは、コップしかなかった。  
 何度か往復すればいいか――そうも考えたが、  
 それより、今すぐ少しだけやってみたくなった。

 指先から、ぽたり、ぽたりと雫を落とす。
 その瞬間、土の中で光がふっと膨らんだように見えた。

 ……けれど、それだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...