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六章 魔法は狭間から見る
3話 ピラミッドで眠る者達
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西の争いに関する情報は、すでに幾重ものふるいにかけられていた。
検閲、改竄、黙殺。
届く頃には、事実は別の形をしている。
だからエレンスとデルタは、正面から西へ向かわなかった。
壁があるなら、回り込む。
そんなものだ。
南へ――誰も気に留めなくなった道を選んだ。
フェドル王国は、もはや冒険者が自由を謳歌する国ではない。
剣を携える者は好きに歩けず、魔法を学ぶ者は勇者教に入信しなければならない。
今はただ、秩序という名の聖歌が国を覆っている。
そこで何かを知りたければ――
誰かに聞くのでも、記録を読むのでもなく、自分の目で見るしかなかった。
「適当な国に、亡命でもしてみるか?」
冗談だけが取り柄のデルタが、馬を並べながら言った。
その顔は、珍しくふざけていなかった。
「お前も、まだ自由でいたいだろ?」
「……お前は、昔から変わらなくていい。この時代じゃ、得難い」
「おい、それ馬鹿にしてるだろ。どうせ向こうにつけば、気は変わる。分かりきってるさ」
「……あの山を越えたあたりからだ。どの国の索敵兵に遭っても、おかしくない」
「俺たち二人が通る隙間はあるさ。ついでに、どこの国が押さえてるか見て回ってもいい」
デルタはそう言ったが、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
争いの音がない。
血や火の匂いも、風に乗ってこない。
小高い丘の向こうに戦場があるはずだった。
そう読んでいた。
それでも――何もない。
その静けさが、かえって彼の勘を揺らしていた。
そのまま日が落ちる頃、二人は丘の高みに立っていた。
そこには、どこの国の兵影もない。
「……静かすぎる」
予想より、戦場はもっと北か。
そう思いかけて、デルタは視線を凝らした。
平原の所々に、奇妙なものがいくつも点在していた。
一つひとつが、異様に大きい。
四角錐の形をしている。
ぱっと見は、巨大なテントにも見えた。
だが――
月明かりを受けたそれは、表面が硬く光った。
布ではない。
あれは間違いなく金属の反射だった。
「おい……これほど、おかしい戦場は見たことがない」
デルタは固唾を飲み、確認するようにエレンスを見た。
――お前も、同じだろう?
「どうせ、近くまで見に行くんだろ」
エレンスも興奮したのか、続けるように答える。
「馬はここに置いていくぞ」
その迷いのなさに、デルタの口元がわずかに緩んだ。
「やっぱりな」
嬉しさを隠しきれないまま、デルタは斜面を駆け下りる。
夜気を切り裂くように、二人は疾走した。
デルタは、気配を探りながらも、近づいた。
改めて触って、それが金属製だということを確かめた。
「……迂闊に触らん方がいいんじゃないか」
警戒し低く、抑えた声。
「何があるか、分からんぞ」
そう言いながらも、
エレンスの脳裏には、ひとつの記憶が浮かんでいた。
――似ている。
あの金属だ。
若い冒険者。
確か、名前はアセル。
彼の寝床であろうあのテントと質感が、どこか同じ匂いがする。
「入り口を探してみよう。どこかにあるはずだ」
「ああ……気をつけろよ」
デルタは一歩下がり、丘の陰と平原の両方を視界に入れる。
耳を澄ませ、風以外の音がないかを探っていた。
その間に、エレンスは金属でできた“テント”の外周を、静かに回り始める。
継ぎ目、歪み、接合部。
布ならありえない場所を、順に見ていく。
「……見ろ、これだ」
低く呼びかける声。
デルタが近づくと、エレンスはある一点を指していた。
金属の壁に、四角く切り取られた部分があった。
そこにはガラスがはめ込まれている。
「窓か」
「みたいだな」
二人は並んで、ガラス越しに中を覗いた。
天井から、弱い光が落ちている。
最初は、何があるのか分からなかった。
床だと思っていたものが、微かに起伏している。
――違う。
そこには、隙間なく横たえられた“者”たちがいた。
整列でもなく、乱雑でもない。
ただ、詰められている。
「なんだよこれは! まさか、死んでいるのか?」
目を離せないまま、確かめるようにエレンスの肩を叩く。
叩いた指先が、わずかに震えていた。
エレンスは答えなかった。
代わりに、デルタにも聞こえる唾を飲み込んだ。
呼吸の跡は見えない。
だが、腐臭もない。
「……死体じゃない」
エレンスは、そう言い切った。
こんな死体があるはずがない。
常識を総動員して、無理やり結論を引きずり出す。
「少なくとも戦場で……こんなふうに“綺麗”には、できないだろう」
「じゃあ、何だって言うんだよ……」
デルタの声は、問いというより確認だった。
エレンスは、もう一度だけ中を見た。
整えられた体。
乱れのない並び。
「……だから……」
一拍、置いて。
「寝てるんだろ」
二人の間に、乾いた笑いがこみ上げた。
可笑しいからではない。
そうでもしないと、立っていられなかっただけだ。
「……中に入ろう」
「どうやって?」
「その辺りに、取っ手の一つもあるだろ。探そう」
そう言った、その瞬間だった。
デルタが、無意識にガラス窓へ手を置いた。
ただ、触れただけだ。
その部分だけが、静かに光った。
「……おい」
声に驚いて、デルタは反射的に手を離す。
光は、それ以上広がることもなく、消えていった。
二人は、何も言わずに顔を見合わせた。
そしてデルタは、もう一度ガラス窓に手を置いた。
よく見ると、光は一点ではなかった。
触れた場所から、細い線となって、下へと伸びている。
デルタは、なぞるように、ゆっくりと手を下げてみた。
光の線が、それに応じて動く。
一本だったものが、途中で枝分かれし、横へ、下へと増えていく。
まるで、金属の内側を流れる回路を、なぞっているかのようだった。
「……扉か?」
デルタが、低く呟く。
二人とも、最初はそう思った。
触れれば形を変える、よくある魔法装置。
光の線が集まって、やがて扉になるのだと。
だが――
違った。
考えてみれば、もし“彼ら”が、ここから外へ飛び出てくるつもりなのだとしたら――
”扉”程度で済むはずがない。
大門だ。
倉庫ほどか、あるいは城門だ。
まさに、四角錐の一面が、めくり上がる。
大した音がしているわけでもない。
巨大な金属の塊が、まるで濡れた紙のように音もなく捲れ上がった。
でも、それにつられて心臓だけが、やけに大きく鳴っていた。
……失敗だ。
エレンスもデルタも。
すでに軽いパニックに足を踏み入れていた。
――だが。
何も、起きない。
開かれているはずの“門”の内側から、
動くものも、音も、変化もない。
「おい……やっぱり、死んで――」
……その時だった。
二人の背後から、戦場には不自然なほどの声がした。
可愛らしい、少女の声だ。
「おじさんたち、寝てるんだから。起こしちゃダメだよ」
エレンスとデルタは、また視線を重ねた。
そして、同時に――
声のした方へと振り返った。
検閲、改竄、黙殺。
届く頃には、事実は別の形をしている。
だからエレンスとデルタは、正面から西へ向かわなかった。
壁があるなら、回り込む。
そんなものだ。
南へ――誰も気に留めなくなった道を選んだ。
フェドル王国は、もはや冒険者が自由を謳歌する国ではない。
剣を携える者は好きに歩けず、魔法を学ぶ者は勇者教に入信しなければならない。
今はただ、秩序という名の聖歌が国を覆っている。
そこで何かを知りたければ――
誰かに聞くのでも、記録を読むのでもなく、自分の目で見るしかなかった。
「適当な国に、亡命でもしてみるか?」
冗談だけが取り柄のデルタが、馬を並べながら言った。
その顔は、珍しくふざけていなかった。
「お前も、まだ自由でいたいだろ?」
「……お前は、昔から変わらなくていい。この時代じゃ、得難い」
「おい、それ馬鹿にしてるだろ。どうせ向こうにつけば、気は変わる。分かりきってるさ」
「……あの山を越えたあたりからだ。どの国の索敵兵に遭っても、おかしくない」
「俺たち二人が通る隙間はあるさ。ついでに、どこの国が押さえてるか見て回ってもいい」
デルタはそう言ったが、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
争いの音がない。
血や火の匂いも、風に乗ってこない。
小高い丘の向こうに戦場があるはずだった。
そう読んでいた。
それでも――何もない。
その静けさが、かえって彼の勘を揺らしていた。
そのまま日が落ちる頃、二人は丘の高みに立っていた。
そこには、どこの国の兵影もない。
「……静かすぎる」
予想より、戦場はもっと北か。
そう思いかけて、デルタは視線を凝らした。
平原の所々に、奇妙なものがいくつも点在していた。
一つひとつが、異様に大きい。
四角錐の形をしている。
ぱっと見は、巨大なテントにも見えた。
だが――
月明かりを受けたそれは、表面が硬く光った。
布ではない。
あれは間違いなく金属の反射だった。
「おい……これほど、おかしい戦場は見たことがない」
デルタは固唾を飲み、確認するようにエレンスを見た。
――お前も、同じだろう?
「どうせ、近くまで見に行くんだろ」
エレンスも興奮したのか、続けるように答える。
「馬はここに置いていくぞ」
その迷いのなさに、デルタの口元がわずかに緩んだ。
「やっぱりな」
嬉しさを隠しきれないまま、デルタは斜面を駆け下りる。
夜気を切り裂くように、二人は疾走した。
デルタは、気配を探りながらも、近づいた。
改めて触って、それが金属製だということを確かめた。
「……迂闊に触らん方がいいんじゃないか」
警戒し低く、抑えた声。
「何があるか、分からんぞ」
そう言いながらも、
エレンスの脳裏には、ひとつの記憶が浮かんでいた。
――似ている。
あの金属だ。
若い冒険者。
確か、名前はアセル。
彼の寝床であろうあのテントと質感が、どこか同じ匂いがする。
「入り口を探してみよう。どこかにあるはずだ」
「ああ……気をつけろよ」
デルタは一歩下がり、丘の陰と平原の両方を視界に入れる。
耳を澄ませ、風以外の音がないかを探っていた。
その間に、エレンスは金属でできた“テント”の外周を、静かに回り始める。
継ぎ目、歪み、接合部。
布ならありえない場所を、順に見ていく。
「……見ろ、これだ」
低く呼びかける声。
デルタが近づくと、エレンスはある一点を指していた。
金属の壁に、四角く切り取られた部分があった。
そこにはガラスがはめ込まれている。
「窓か」
「みたいだな」
二人は並んで、ガラス越しに中を覗いた。
天井から、弱い光が落ちている。
最初は、何があるのか分からなかった。
床だと思っていたものが、微かに起伏している。
――違う。
そこには、隙間なく横たえられた“者”たちがいた。
整列でもなく、乱雑でもない。
ただ、詰められている。
「なんだよこれは! まさか、死んでいるのか?」
目を離せないまま、確かめるようにエレンスの肩を叩く。
叩いた指先が、わずかに震えていた。
エレンスは答えなかった。
代わりに、デルタにも聞こえる唾を飲み込んだ。
呼吸の跡は見えない。
だが、腐臭もない。
「……死体じゃない」
エレンスは、そう言い切った。
こんな死体があるはずがない。
常識を総動員して、無理やり結論を引きずり出す。
「少なくとも戦場で……こんなふうに“綺麗”には、できないだろう」
「じゃあ、何だって言うんだよ……」
デルタの声は、問いというより確認だった。
エレンスは、もう一度だけ中を見た。
整えられた体。
乱れのない並び。
「……だから……」
一拍、置いて。
「寝てるんだろ」
二人の間に、乾いた笑いがこみ上げた。
可笑しいからではない。
そうでもしないと、立っていられなかっただけだ。
「……中に入ろう」
「どうやって?」
「その辺りに、取っ手の一つもあるだろ。探そう」
そう言った、その瞬間だった。
デルタが、無意識にガラス窓へ手を置いた。
ただ、触れただけだ。
その部分だけが、静かに光った。
「……おい」
声に驚いて、デルタは反射的に手を離す。
光は、それ以上広がることもなく、消えていった。
二人は、何も言わずに顔を見合わせた。
そしてデルタは、もう一度ガラス窓に手を置いた。
よく見ると、光は一点ではなかった。
触れた場所から、細い線となって、下へと伸びている。
デルタは、なぞるように、ゆっくりと手を下げてみた。
光の線が、それに応じて動く。
一本だったものが、途中で枝分かれし、横へ、下へと増えていく。
まるで、金属の内側を流れる回路を、なぞっているかのようだった。
「……扉か?」
デルタが、低く呟く。
二人とも、最初はそう思った。
触れれば形を変える、よくある魔法装置。
光の線が集まって、やがて扉になるのだと。
だが――
違った。
考えてみれば、もし“彼ら”が、ここから外へ飛び出てくるつもりなのだとしたら――
”扉”程度で済むはずがない。
大門だ。
倉庫ほどか、あるいは城門だ。
まさに、四角錐の一面が、めくり上がる。
大した音がしているわけでもない。
巨大な金属の塊が、まるで濡れた紙のように音もなく捲れ上がった。
でも、それにつられて心臓だけが、やけに大きく鳴っていた。
……失敗だ。
エレンスもデルタも。
すでに軽いパニックに足を踏み入れていた。
――だが。
何も、起きない。
開かれているはずの“門”の内側から、
動くものも、音も、変化もない。
「おい……やっぱり、死んで――」
……その時だった。
二人の背後から、戦場には不自然なほどの声がした。
可愛らしい、少女の声だ。
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