なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

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六章 魔法は狭間から見る

5話 再構築が得意な彼女は

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 炎が燃え盛る音。
 水が弾け合う音。
 風が巻き上がる音。

 そして、人の叫び。
 悲鳴。

 それらすべてが、
 光だけが乱立する砂煙の中にあった。

 何が燃え、
 何が濡れ、
 何が吹き飛ばされているのか。

「あれは……戦争じゃないな」
 二人は、何が起きているのか分からなかった。
「ああ。悲鳴しか聞こえない戦争なんて、聞いたことがない」

 何をすればいいのか――
 デルタは迷いがひとつ溶け、声を出した。
 もう、自分がどの立場で見ているのかも定かではなかった。

「ロロリー……さま。
 あの中には、エリザさましかいない。そう考えていいんですか?」

「当たり前だよ」
 即答だった。
「ママが言ってたもん。ひとりは、楽よねって」
 ロロリーは、ケケラと笑った。
「そろそろ、起こしてあげなきゃ。お馬さんに乗ってるんでしょう? だから、あなたたちが開けに行ってくれる?」

 つまりそれは、
 勇者教の兵たちが“戦う”ときだった。

 デルタは、これも戦場ではよくある光景なのだと、勝手に思い込んだ。
 そう考えた途端、胸の奥が軽くなり、楽しくなってしまった。
 彼は、誰よりも早く馬を走らせる。

「おい……そんなことで、何を楽しんでどうする」
 エレンスも近くにいたくない、ロロリーから離れるため。
 そして、門の向こうにいる奇妙な兵を見たくて。
 エレンスも馬腹を蹴り、門へと向かった。

 命令が飛び交い、慌ただしく兵たちが起き出す――
 デルタは、そうなるものだと思っていた。

 だが、その考えは裏切られる。

 兵たちは、寝かされていた姿のまま、起き上がった。
 立ち上がるでもなく、身支度をするでもない。
 ただ、その形のまま。
 そして、号令もなく、走り出す。
 乱れはない。

 どうやら、“テント”は七つあったらしい。
 デルタの前に四つ。
 エレンスの側に三つ。

 万に近い兵士たちが、静かに隊列を組んで進む。
 だが、馬上から見下ろしても、それはもう行軍ではなかった。
 目的も、意味も、読み取れない。

 二人は、さらに奇妙な光景に息を呑む。

 “テント”が、規則正しく崩れていく。
 折れるでも、砕けるでもない。
 形を畳むように、構造そのものが解かれていき――
 最後には、
 立方体の金属になった。

 それだけでは終わらない。
 大人一人が抱えるだけでも骨が折れそうな大きさの金属塊。
 誰かが持ち運んでいる。

 軽々と、頭の上に載せて走っていた。
 ロロリーだった。

 エレンスとデルタは、今日何度目になるか分からない視線で合図を交わす。
 見た目だけで分かる。
 あれは軽いはずがない。

 ――それなのに。

 ロロリーの動きは、あまりにも軽かった。
 地面を蹴るたび、兎が跳ねるような、無駄のない弾み。

 二人は馬の首を撫で、落ち着かせてから追いかけた。
 後ろからその姿をよく見て、ようやく分かる。

 常識で考えれば、むしろ当然のことだった――
 ロロリーが怪力なのではない。
 彼女が運んでいるのは、
 たくさんの綿を抱えているようなものだった。
 それが、あの金属の正体だった。

「どこへ行かれるのですか?」
 デルタは、手を貸すべきか迷っていた。

「これは、僕のお仕事だからね」

 そう言われてしまえば、もう見ているしかなかった。
 辿り着いた場所で、二人は改めて足を止める。

「……魔法戦闘とはいえ、凄まじいな」

 気が付けば、争いはすでに終わったのか。
 先ほどまでの音は聞こえない。

 頷きかけたエレンスは、その途中で気づいた。
 勇者教の者たちは、敵の死体を一か所に集めている。
 墓を作ろうとしているわけではない。
 弔う気配もない。
 もう何だったのか分からないほどの肉片まで、残さず、同じ場所へ。

「……焼却するのか」

 戦場に残され、獣に食われるよりは、まだましなのかもしれない。
 そう考えてしまう自分に、エレンスは小さく苛立った。
 これもまた、今まで一度も見たことのない戦場の在り方だった。

「……こいつらの仕事は、このためなのか?」

 白かった装備は、いつの間にか赤く染まっている。
 兵たちは無表情ではない。
 誰一人、声は発していないのに、頬は紅潮し、目は冴え、見るからに高揚していた。
 興奮している。それだけは、はっきりと分かった。

 山と化した死体を覆い隠すように、金属の“テント”が立ち上がっていく。
 それは、先ほどロロリーが運んでいた金属が、形を変えたものだった。

 もう、何が何だか分からない。

「……俺さ。生きて王都に帰れたら……勇者教に入信しちまうかもしれん」
 突然のデルタの一言に――
 エレンスは、無言のまま彼の横腹に拳を叩き込んだ。

「ぐっ……! じょ、冗談に決まってるだろ……」

「そうは、聞こえなかったんでな……」

 “テント”が完成すると、
 誰からともなく、歌声が広がっていった。

 合図はない。
 だが、兵たちは同時に動き、道を作るように左右へと分かれる。

「……エリザさまだ」
 デルタの声は、ほとんど祈りに近かった。

 向こうに、小さく見えるだけなのに、分かる。
 そこには、輪郭ではなく、体で感じる神々しさがあった。

 エレンスとデルタは、馬から降りた。
 礼儀だからではない。
 そうしなければならない、と体が理解していた。

 エレンスは、ふと思い出す。
 ――アセルと出会った、あの時のことを。

 剣を見ずとも、肩書きを聞くこともない。
 言葉にすれば安っぽくなる。
 自然と背筋が伸び、足が止まった瞬間。

 真の冒険者に、出会ってしまったときの感覚を。

 《魔王殺し・エリザ》
 間違いなく、彼女こそが平和をもたらした者――
 しかし、今は……。

 視線が二人へ向けられた。
 それも一瞬だけだ。
 次には、何事もなかったかのように、その視線は“テント”へと吸い込まれていく。

 大きな声の歌ではない。
 しかし、”テント”で眠る者たちが、空高く広く届くように。



「おじさんたち、どうしたの?」
 いつの間にか、ロロリーがうつむく二人の前に立っていた。

「俺は……こんな儀式、初めてなんだ」
 デルタの言葉は、もう説明ではなく、胸に染み込んだ感覚そのものだった。

「中で何が行われているのかは分からないが……冥福は、祈らせてもらうよ」
 エレンスの声は、まだ冷静だった。
 祈りという形に、どうにか収めようとしている。

 ロロリーが、きょとんとした顔で何かを言おうとした、その時――
 “テント”が、歌い出した。

 ……いや、違う。
 強烈な光が体の内側を突き抜けてくる。

 目を閉じても、なお眩しい。
 瞼の裏が白く焼けつき、視界という感覚そのものが壊れていく。
 腕で顔を覆い、それでも、耐えられるかどうかという光だった。

 視界が、ゆっくりと元に戻る。

 ロロリーは、もうこちらを振り返らない。 
 何事もなかったように、エリザの元へと歩いていく。

 勇者教の兵たち――
 赤く染まっていたはずの装備は、いつの間にか、雪のように白い輝きを取り戻している。

 ……“テント”が、ない。
 あの肉の山も、金属の塊も、跡形もなく消え失せていた。

 そこに立っていたのは、エリザだった。

 そして、彼女に跪く、数千の敵兵だった。
 誰一人、武器を構えない。
 傷一つない肌。
 虚ろだが、歓喜に満ちた瞳。

 エリザが、すべての魂を呼び戻したのだ。
 人の理屈では、もはや到達できない領域。
 それは――神のみに許された、「蘇生」という名の再構築だった。
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