なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

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七章 過ぎ去った時は何のため?

6話 役目を終えた、その場所

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 俺が目を開けると、見渡す森の姿が、いつの間にか変わっていた。

 それは、どこか宮殿のようで――
 空を見上げる俺は、まるで魔王にでもなった気分だった。

 そのまま、もう一度目を閉じる。
 そして、改めて開けば――
 そこには、先へ進めないほど森が繁っていた。

 虹色の植物たちが、俺を取り囲んでいる。
 誰かから隠しているのか……。
 それとも、世界から封じられてしまうのなら――
 それでもかまわない。
 ……今でなくても。

 まるで枯れるように、目の前に道が作られる。
 そこから現れたのは、エリザさんと、少し背の伸びた魔王だった。

 ……だが、近づいて来るだけで、時が流れている。
 そう思えるほど、彼女たちと俺とでは、存在している空間が違う。

 困るのは、年をとるエリザさんだけだ。
 いま彼女に残っているのは、美しさだけなのか……。
 だから、急がなければならないのだろう。
 この、おかしな時間を戻すために。

 そのままでもよかった。
 だが、最後に――エリザさんと、言葉を交わしたかった。

 俺は椅子から立ち上がる。
 その瞬間、時間の軸が揃った。

「ちょっと待って……」

 予想はしていたが、彼女は即座に踏み込んできた。
 問いかける余地もない。
 聞く時間が、彼女には残されていないのだ。

 ――仕方ないか。

 俺は、できるだけ優しく、
 剣を握る彼女の手首を押さえた。

 力は要らなかった。
 剣は、そのまま滑り落ちる。

 そして俺は、
 腰に下げていた伝説の剣を外し、彼女の手に渡した。

「どうして?」

 驚いた彼女の声を聞いただけで、ため息が漏れた。
 ――やっと、話せる。

「勇者は、君でかまわないよ……。いや、元から俺じゃなかった気がする」

 エリザは何も言わず、渡された伝説の剣を、ゆっくりと引き抜いた。
 そこに、折れた刃はない。
 光を宿した、欠けひとつない剣が姿を現す。

 そこに、彼女が何に迷っているのか、手に取るようにわかった。

 それは――
 魔王を倒さなければならない、勇者という存在の、逃れられない宿命。

「ママ……平気?」

 その言葉に引きずられるように、エリザの感情がロロリーへと伝わったのだろう。
 勇者が二人いるという状況に、彼女は怯えているようだった。

「大丈夫よ、ロロリー。あなたは、私の娘なんですもの」

 その優しさが、勇者ゆえのものなのか。
 それとも、考えることをやめた結果なのか。

 エリザは剣を掲げ、俺を見つめた。

「きっと……魔王を倒したあの時から、無意識にわかっていたんだろうね。俺が何も考えず、突き進んだから。間違いに気づけなかったのは、そのせいだ」

 だから――
 謝っておくよ。

 俺は、無防備に頭を下げた。
 そこに剣が振り下ろされることを、承知の上で。

 ああっ。
 エリザが、突然唸り声を上げた。
 うずくまったその背には、短剣が刺さっている。

 ロロリーも息を呑み、周囲を見渡した。
 だが、誰かの気配はまったくない。

 ――ただ。
 俺には、誰の仕業かがわかっていた。
 彼のやることなら、俺が咎めることは、ないだろう。
 そう思い、俺はそのまま椅子に座り直した。

 エリザは、死んだ。
 老衰だった。

「……ママを、殺したな」

 ロロリーは泣きながら、こちらへ向かってきた。
 だが、俺の前で立ち止まる。

 まだ、理性が残っていたのか。
 それとも――
 過ぎていく時の中で、力が満ちるのを待っていたのか。

「僕じゃない。お前が、魔王だ」

 きっと。
 異世界の勇者とは、そんなものなのだろう。

 ただ見つめ合う俺たちの周囲を、
 ノワに似た蔓が、静かに取り囲んでいた。

 もう、ロロリーは逃げられない。
 魔王としての彼女は、ここでは何もできない。

 ……ただの、
 この世界にいてはならない、ひとつのコマだった。

「エリザは……生き返る。正確に言えば、世界が戻るんだ。俺たち以外は、ね」

 時間を進めているわけじゃない。
 ただ――
 ネジを巻いているようなものだ。
 俺がいなくなれば、それは、自然に巻き戻る。

 手を伸ばせば届く距離に、ロロリーはいた。
 もう勇者ではない俺は、彼女を倒さない。

 このまま一緒に、「虹の種」と「軽い金属」に殺されればよかった。

 ***

 エリザは、深い森へと向かおうとした。
 ただ、その理由が思い出せなかった。

 伝説の剣を持つ自分が勇者なのはわかる。
 魔物が何処にもいないことも。

 それに、どう見てもこの森には入れない。

 巨大な木々は、ただ立っているのではなかった。
 幹は幹の形を忘れ、ねじれ、重なる。
 一本がどこから始まり、どこで終わるのかも判別できない。
 地面から盛り上がる根は、もはや根ではない。
 石のように固く、鉄のように冷たく、それでいて、わずかに脈打っている。

 見上げても、頂はない。
 葉の層、枝の層、蔓の層が重なり、
 空は、遠い記憶の色に押し潰されていた。

 この森は、侵入を拒んでいるのではない。
 最初から――
 入るという選択肢を、用意していない。
 巨大なオブジェだった。

 そして、風に揺れた蔦は、もう虹の色を帯びてはいなかった。

 ―― 完 ――
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