なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

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七章 過ぎ去った時は何のため?

5話 勇者は、魔王を待つ……

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 ……白い魔法使い、クロファルファス。
 俺は、しっかり覚えておくために声にした。

「なんじゃ、名前を覚えておったのか。まあ、じいさんで構わんがな」

「じいさん……何をしている?」
 さっきまで何かを作っていたはずだ。
 それは――元の「立方体の金属」に戻っていた。
「何か、面白い仕掛けでもあるのかい?」

「いや。ワシの魔法で動かすつもりじゃったのだがな」
 じいさんは肩をすくめる。
「結局、これもお主のために作ったものらしい。ワシにできたのは、ここまでじゃよ」

「そうか……」
 一つ、息を置いてから続ける。
「それじゃあ、申し訳ないんだが……山を下りてくれないか?」

「ほほぉ」
 じいさんは、どこか満足そうに笑った。
「このじじいの役目も、ここまでというわけじゃな。やっと終わった気がする」
 少しだけ、遠くを見る。
「このために、わざわざ生き返らせてもらえたのじゃろう。ありがとうよ、勇者くん」

 じいさんは、楽しそうに森の中へ消えていった。
 もっと話したいこともあった。
 けれど――今までの思い出だけで、十分だった。

「最後に見られてよかったよ」
 小さく、そう呟く。
「じいさんらしい……白い姿を」

 ***

「……エバガードさん」

 蔦のベッドに横たわる戦士さんは、
 前に見た時と、何一つ変わっていなかった。

「おお、驚かすなよ。名で呼ぶなんて珍しいじゃないか。どうした?」

「……山を下りてもらおうと思って」

「こんないい場所を、独り占めか?」
 戦士はそう言って、すぐに笑った。
「なんてな。冗談だよ」

 ベッドから立ち上がり、背伸びをする。
 バキボキと、無遠慮な音。

「まあ、わかるさ」
 少しだけ視線を逸らす。
「私はもう、勇者くんの仲間じゃないからな。役に立てそうもないし」
 戦士は一拍置いた。
「ただ――あいつらとなら、一緒に戦いたかった」

 どうやら戦士さんは、感じ取っていたようだ。
 嵐の前の――あの、妙な静けさを。

 彼は何も言わず、階段を踏みしめながら、山を下りていった。

 ***

 家には、誰もいなかった。
 ……いや、ひとりだけいる。

 凍っていたはずのノワが、
 なぜかその場で、くるくると踊っていた。

 近づくと、こちらに気づき、ぴたりと動きを止める。
 視線だけが合う。
 そのまま、実のようなものだけが、ぶらりと揺れた。

「その……ぶらーんとしてる実、くれるのかい?」
 問いかけると、ノワは、しっかり頷いたように見えた。

 俺は、そっと手を伸ばし、その実に触れた。
 真っ黒で、細部はよくわからない。

 けれど――
 その長細い棒状のものは、どう見ても、『鍵』だった。

 ……ポキッ。

 乾いた音を立てて折れた。
 割れたはずなのに、鍵は――
 そのまま、俺の手の中に収まっていた。

 どうやら俺は、この鍵の使い道がわかった。
 難しいことじゃない。

 手に持っているかどうかも、わからないほど軽い。
 そんな金属でできた鍵だ。

 じいさんが、ずっといじくっていた――
 あの立方体の金属。
 これに違いない。

 ……けれど。
 今の俺には、この鍵を使うべきかどうか、迷いが残っていた。

 君たちは、俺のために導かれ、育ったのか。
 それとも――
 すべては、勇者のためだったのか。
 ……彼女なのかもしれない。

 よし。
 もう、俺のわがままだけを通させてもらう。
 ここまで来て、最後まで育てないなんてできないからな。

 俺は、いつも腰にぶら下げていた革袋を外した。
 中に入っていた虹の種を、すべて取り出す。
 こうしておけば、もう袋の中で、勝手に増えることはないはずだ。
 地面に置いた後には、もう拾い上げることはしなかった。

「じゃあ、鍵を使ってみるよ」
 何気なく、ノワに声をかけた。
 返事はない。

 ノワは俺を見ていなかった。
 その視線は、ずっと遠くへ向けられている。

 ――立方体の金属。

 つられるように、俺も振り向いた。
 ――あっ。
 立方体の金属が、空を飛んでいた。
 最初は俺めがけて来るのかと思った。
 ぶつかる、そう身構えたほどだ。

 だが、それは、あり得ないほど、ゆっくりだった。
 風に乗るでもなく、意思を持つように進み、やがて――
 静かに、地へ降りた。

 それだけでは驚かなかった。
 でも、手の中それだけでは、驚かなかった。
 だが――手の中の鍵までもが、惹かれるように勝手に飛んだ。

 俺は、反射的に指を閉じることすら出来なかった。

 鍵穴など、なかったはずだ。
 少なくとも、俺の目には見えていなかった。

 けれど。
 そこに「元からあった」かのように、鍵は収まり――
 そして、ひとりでに回りはじめた。

 一回転。
 音もなく。

 立方体の金属は、滑らかにすべっていった。
 軋みも抵抗もない。
 内部から、大量の歯車が現れる。
 重なり合い、噛み合い、次々と動き出す。

 形が、次々と変わっていく。
 折れ、伸び、組み替わる。
 やがて、巨大な『時計柱』が出来上がった。

 そして、柱の下には、椅子がひとつあった。
 俺は何も考えずに、そこへ腰を下ろしていた。

「ありがとう……」

 俺の、わがままがわかっているのか。
 この椅子は、どこか魔王の玉座に似ていた。

 とりあえず、あとはここで待つだけだ。
 何だったら、永遠にここで――
 育っていく姿を、見ていたかった。

 でも、途中までなら……。

 ほんの少しだけ、目を閉じよう。
 魔王が来るまで。
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