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01 新しい隊長

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 グラスター王国は魔法至上主義である。
 魔法にも種類があり、その中でも王族、貴族の血筋だけが使える王国魔法のみが正統であり、それ以外の魔法は邪道で劣っているとされていた。
 だが、そのような偏見を打ち破るが如く、次々と手柄を上げ、王国中に名を轟かせる集団が現れた。

 その名も王国魔法軍第七特殊部隊。
 通称、問題児部隊である。

 そこは、実力は高いものの、平民や異教徒出身の邪道な魔法使いを集めた部隊であり、王国軍からは厄介者扱いされている集団でもあった。
 一年前の戦争で手柄を上げたにも関わらず、彼らが冷遇されるには理由がある。

 もともと、王国軍は王国魔法しか魔法と認めていない。だが、先代の王はこれを魔法の発展を妨げているとみなし、十年前、近年の隊員不足を補うことを理由に、平民や外国出身の魔法使いを軍に起用するなど様々な改革を行った。
 しかし、先代が崩御し、現国王が戴冠した際、状況は一転。
 王国魔法のみが正統だと主張している現国王ジェロイは、次々と平民・外国出身の魔法使いを冷遇する政策を取った。
 その一つが、問題児部隊である。

 本来ならば一人一人が部隊の主力ともなる有能な魔法使い達を、あろうことか平和な国境の砦へと派遣したのだ。
 魔物群生地の討伐を名目にわざわざ新設された特殊部隊。
 そして隊長は嫌がらせと言わんばかりに、王国魔法派の貴族である。
 隊長を除きわずか五名しか在籍していない、最早形ばかりの警備隊に、何もできるはずないと王は高を括っていた。

 そんな王の思惑に反し、問題児部隊は次々と華々しい戦績を上げていった。
 スタンピードを撃退したうえ、魔物の巣窟をいくつも潰し、国境の結界を強固に張りなおした。加えて、現地人との交流も友好的で、食料不足の解決案、水害対策など、無償で魔法を提供しているのだという。辺境伯も彼らにいたく感謝し、部隊の支援すると公言しているらしい。
 問題児部隊の英雄的行動に、国王ジェロイは眉を顰めた。
 国民は問題児部隊のことを褒め称え、ジェロイのことを時代遅れの王と罵っている。彼はその事実が気に食わず、またもや第七部隊を潰すための策を打った。

「我が王国に貢献したかの隊に、褒美を与える。我が娘レクティタを、隊長に就任させよう」

 王族が隊長に就任するのは、本来ならば名誉なことである。
 「王国魔法しか魔法と認めない」というのは、裏を返せば、一人でもその魔法が使えれば、軍での発言力が強くなるということだ。
 ましてや王族など、王国魔法の象徴。軍での発言力も、それなりになる。
 王女を派遣させるというジェロイの発言は、一見、第七特殊部隊の功績によって、王国魔法以外も認めているかのように思えた。

 王女レクティタに、魔力がないと知るまでは。


*****


「で、その隊長とやらが来るのが今日ってわけじゃが。わざわざ全員で出迎える必要あるかのう、これ」

 ローライト砦の門にて。五人の魔法使いが新しい隊長の出迎えにきていた。既に退役した前隊長を除く、今砦にいる第七特殊部隊の全員である。
 そのうちの一人、血の魔法使い、フトゥ・ルムは大きく欠伸をした。
 文字通り血を操るフトゥは、今年九十歳になるにも関わらず、十五、六歳の少年の姿をしている。王国魔法軍に入隊する際、年齢制限に引っかかっらぬよう、若返って戸籍を偽装したそうだ。
 フトゥは手を擦って暖を取った。その息は白い。もう春とはいえど冬は過ぎたばかり。朝はまだかなりの冷え込みであった。

「年寄りにはちときつい寒さじゃのう」

「フトゥさんが寒さのあまりボケちゃいました。若造りしているの忘れちゃったの?」

 辛辣な台詞を吐いたのは、鍋の魔法使い、リーベル・ライトリーである。
 栗毛の少女は、なぜか鍋を頭に被り、これまたなぜか大きな鍋壺の中に膝立ちで入っていた。ひょっこりと手と顔だけ鍋から出し、フトゥの冗談に真顔で突っ込む。フトゥは、隣の彼女の鍋を小突いた。

「リーベルこそ、鍋から出てこんか。一応はワシらの上司との対面だ。また前の隊長みたく目を付けられるぞ」

「その時は、同じように鍋に入れて煮込んじゃいます。ぐるぐるぐるぐるかき回せば、新しい隊長さんもお鍋の良さをわかってくれます! 前の隊長さんみたいに」

「いひひ……リーベルちゃん鬼畜。怖い。拷問はやめて、ふひひ……」

 リーベルがかき混ぜる動作をする横で、猫背の青年が不気味に笑った。円の魔法使い、アルカナ・トリア・キルクルスだ。
 彼の顔は黒い前髪に覆われており、口元しか見えない。後ろ髪も伸ばしっぱなしで、女のような長髪であった。折角の長身を台無しにするよう、アルカナは背を曲げて白衣のポケットに両手を突っ込んでいる。

「僕は新しい隊長さんと、仲良くなれると思う。僕がこの世で一番嫌いなのは、無駄な詠唱と呪文ばかり唱える王国魔法だから。魔法陣こそ至高だと、きっとわかってくれる……いひひ……」

『――まさか、それは俺に喧嘩を売っているつもりなのか。アルカナ』

 ふと、一番端にいた男が、会話に加わった。
 口元から喉にかけて革製のマスクで覆っているのは、音の魔法使い、リタース・フーマニだ。
 リタースは毒々しい紫色の散切り頭を揺らし、元々物騒な目付きを更に険しくしながら、アルカナを睨む。

『詠唱と呪文の重要性を軽視するとは、我が理念に対する侮辱だ。訂正しろ、アルカナ』

 直接頭に響いてくる声だった。普通の人間なら言葉通り謝罪してしまうだろう魔力が困った声を、アルカナは不気味に笑っていなした。

「いひひ……自意識過剰……被害妄想は迷惑、ひひっ」

『ほう、随分と醜い音だ。詠唱ができない魔法使いの僻みとみた』

「……ひひひ、普段は無口な癖にこういう時だけお喋りなんだ。もしかして、図星だった? それはお気の毒、ふひ、ふひひっ」

 ピシリ、と。二人の間に亀裂が走る。
 フトゥとリーベルが「またか」と呆れた顔をし、喧嘩の仲裁役に視線をやった。
 すると、四人よりも前に立っていた、灰色の髪の青年が、おもむろに指を鳴らす。
 刹那――今にも掴みかかりそうになっているアルカナとリタースの間に、炎が巻き上がった。

「やめなさい、二人とも。くだらない争いをするつもりなら」

 そして、二十歳の青年――灰の魔法使い、ヴィース・ストフレッドは、ゆっくりと振り返り、その異名と同じ灰色の目を鋭くして、二人に忠告した。

「今すぐ燃やして灰にしてやります。骨一つ残らずに」

 炎が更に燃え上がり、二人の鼻先を霞める。
 流石に部隊の副隊長を怒らせるのはまずいと判断したのか、アルカナとリタースはすぐに手を引いた。

「ひひ、ごめんなさい。ヴィース。多分もうしないよ、多分」

『すまない、ヴィース。今後は同じ轍を踏まないと……善処しよう』

 一応喧嘩を止めた二人を見て、ヴィースは「ふん」と鼻を鳴らして炎を消した。
 そっぽを向いた副隊長の様子に、リーベルがひそひそ声で話す。

「なんか、ヴィースさん機嫌悪いです。真っ黒なオーラがもくもく出てます」

「そりゃあそうだろ。やっとあの隊長役立たずがいなくなって自分が隊長に昇格すると思ったら」

「王女の就任ですもんね……いひひ、あの時のヴィースの顔滅茶苦茶怖かった」

『マグマのような音がする。よほど腹に据えかねているようだ。不穏で不快』

 後ろで好き勝手言う隊員達に、ヴィースはわなわなと肩を震わせる。そして、突然ピタリと止まったかと思えば、その端正な顔に満面の笑みを浮かべて振り返った。

「皆さん。どうやら、誤解しているようなので訂正しておきますが。私は新しい隊長を歓迎していますよ」

 胡散臭い笑顔と言葉に、四人は心の中で「嘘だな」とそれぞれ呟いた。

「ええ、歓迎していますとも。たとえ魔力を持たない王女様でも。今まで全く表に出てこなかったどころか、存在すらつい最近公にされた謎多き王女様でも。ええ、歓迎しますとも。顔どころか年齢すら不明で、名前と魔力無しとしか情報が教えられていない王女様でも。あからさまな厄介払いだと理解していても。足手まといになるのが目に見えていても! ええ! 私は! 歓迎せざるえないのです! ちくしょうッ!! あの愚王ジェロイが!! 何が褒美だ!! 私の出世の邪魔ばかりしやがって!! こうなったら死んでも王女を利用して成りあがってやる!! 絶対に!!」

 せっかくの美形を怒りで歪ませ、ヴィースは悪魔のように高笑いをする。副隊長の本音に、後ろの四人は「性格わる~い」「あやつの出世欲は凄まじいのぉ」「ふひひひひ、王女より先に僕が怖くて泣いちゃいそう」『意地悪、あるいはやけくそか。みっともない音だ』と、またもや好き勝手に感想を述べていた。
 だが、馬車の車輪の音が近づいてきていることに気づくと、ヴィースはすっと姿勢を正した。

「――皆さん、お喋りはそこまでです」

 ヴィースに倣って、フトゥ、アルカナ、リタースの三人も姿勢を正す。リーベルのみ、鍋壺から出していた顔を引っ込め、警戒しながらちらちらと目で外界を窺っていた。
 水平線の向こうから馬車の姿が現れる。そして大した間もおかず、馬車は砦の門に到着し、嘶きと共に停車した。
 護衛らしき騎士が降りてくると、彼は五人の前に立ち、じろりと睨んできた。

「諸君らが第七特殊部隊か。私は王国魔法軍近衛隊所属ケアリック・ドゥオ・ゴードンだ。此度、王命により、第五王女レクティタ殿下の護送を行った。鼻つまみ者である諸君らの功績を、陛下がお認めになってくださったのだ。ありがたく思え」

 傲慢な騎士の態度に、後ろの男三人はげんなりとした顔をし、リーベルが入った鍋壺はカタカタと揺れた。ヴィースのみ、涼しい顔をして礼をする。

「もちろん、国王陛下には感謝しております。ケアリック殿も長旅でお疲れでしょう。何せ、王女殿下の護衛という重大な任務でしたから。よろしかったら、砦にて休んでいってはいかがですか?」

「ふん、余計な世話だ。それより、レクティタ殿下の引き渡しを行う。全員、頭を下げろ」

 ケアリックはそう言って馬車の扉を開けようとする。第七特殊部隊の面々は、全員素直に頭を下げた。
 錠が外され、ギィイと扉が開いたあと、地面に人が降りる音が聞こえてくる。顔を上げてください、とやけにつっかえつっかえで許可が出され、ヴィースは不審に思いつつもにこやかな笑顔を浮かべた。

「お初にお目にかかります。第七特殊部隊一同、心より、レクティタ殿下をお待ちして――は?」

 そして恭しく顔を上げ、馬車から降りてきたレクティタの姿に、ヴィースは――否、彼を含めた五人全員が、己の目を疑い、絶句した。

「お……王の、命令により……参りました……」

 たどたどしく、舌ったらずな挨拶。棒より細い手足に、痩せている首に不釣り合いな、黒い水晶のペンダントと、サイズの合っていない大きなドレス。
 背丈はヴィースの腰よりも低く、雑に結われた金髪はくすんでおり、その青い瞳は暗く沈んでいる。
 王女らしかぬみすぼらしい格好でありながらも、レクティタは、慣れていない仕草でスカートの裾を持ち上げた。

「レクティタ、です……これ、から……よ、よろしく……おねがい、します……」

 そうしてぺこりと頭を下げた彼女は。

 誰がどう見ても、まだ五歳ほどの、子供であった。

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