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一章~幼少期
七話~症状
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ぱたん、ぱたん、と頭の戸が次々に開く。不用意に記憶を辿っていくとまずいぞ、と気づいた時には、すでに、開くべきではない戸も開いている。出てくるのは、「助けて」と縋るような目で懇願してくる懐かしい顔の少年の顔だ。
『許してお母さんーー』
その光景をもみ消すように、隠れていた家の壁を壊れない程度に全力でたたく。意識外からの大きな物音に視線が一気にこちらへ集中する。
村人たちの表情の変わりようは傑作だったとでも言っておこう。野次馬でルナたちの言い合いを見に来ていた者は、はやてに吹かれた木の葉のように、からだを斜めにして逃げ出す。
そしてその場に残ったのはルナとその母親。俺がゆっくりと近づいていくと母親が蒼ざめた顔に血管が膨れ上がり血の気の引いた唇を固く結ぶ。
だが流石というべきか先ほど喧嘩していたはずのルナの手を握り、少し抵抗の意思を見せたルナに構うことなく抱え込んで逃げていった。追いかければすぐに追いつけるだろう。
しかしそんなことする必要もない。ルナの安否は確認できた。手紙もルナだけが気づく場所へと残しておいた。なら、もうここに用はない。
だから、ルナ。いつまでもこっちを見るな。そんな申し訳なさそうな顔をする必要はない。むしろお前に見られているほうがつらいのだから。
そして誰も俺の視界に入らなくなった。先ほどまでのざわめきが氷の世界に閉ざされたように凍りついて静まり返った。
ただ、己の心臓の音だけがうるさく俺の耳に響いていた。
◇◆◇◆
村から手早く出た俺はダンジョンへの道を進む。
人を隠すくらい深く生い茂る草木。気を抜けば今自分がどこにいるかさえも分からなくなりそうだ。
人、獣さえ通っていないだろうと獣道さえないことからわかる。
歩くたびに草が顔に擦れることに煩わしいことこの上ないが、俺の内心は全く別のことで気が重くなっていた。
仄暗い虚無感が、鏡の上の雲のように意識に影を落とす。
「……はぁ、やっぱり人と関わるとろくなことにならんな」
なぜ放っておかなかったのだと己の汚い部分が問いかける。
思考の滑車がぐるぐる回り、次から次へとさまざまな考えが現れる。現れては、消える。どうする、どうする、と自分の内なる誰かが囁いてくる。
別にあのままルナと彼女の母親の会話が終わるのを待っておくだけでよかったのだ。だというのに俺は思わず自分の存在を誇示し、あの場を終わらせた。
あの光景を終わらせたのはルナのためとかいう善からの気持ちから起こしたわけではない。むしろその逆。一刻も早く灰色に染まった感情を消し去りたかったからだ。
あの母親が自分の子供を何回も手を出すという光景に既視感を覚えてしまった。その瞬間思わず忘れようとしていたはずの光景が鮮明に脳内によぎり、膝から崩れ落ちそうになった。
あぁ、また思い出してしまった。
その瞬間、草むらの中に吐いた。木に左手をつき、右手の指を喉の奥へ突っ込むと、すぐに腹の筋肉が痙攣して生暖い液体が出てくる。胸や腹が波を打つたびに、喉と口に酸っぱい塊が溜まり、舌で押すと、歯茎を痺れさせてボトボト落ちていく。
早く、早くこの症状を止めなければ。そう思い草むらから抜けた俺は手ごろな魔物がいないか探す。
そして見つけたのは馬型の魔物。よく田畑を荒らし、農民に嫌われている魔物である。
ちょうどいい。馬型の魔物よ、俺のストレス発散に付き合ってくれ。
鞘から剣を抜き、一気に近づいて一振り。それで終わりだ。
その推定が外れることなく、魔物は俺に近づいていることに気が付くことなく無防備なままで斬られた。
そして肉を切り裂く感触が俺の手に伝わる――ことなく。
「うっひっひひぃぃぃぃん!!!」
超絶気持ち悪い鳴き声を上げた。そして足早に俺の前から走り去っていった。
……お前メスかよ。
『許してお母さんーー』
その光景をもみ消すように、隠れていた家の壁を壊れない程度に全力でたたく。意識外からの大きな物音に視線が一気にこちらへ集中する。
村人たちの表情の変わりようは傑作だったとでも言っておこう。野次馬でルナたちの言い合いを見に来ていた者は、はやてに吹かれた木の葉のように、からだを斜めにして逃げ出す。
そしてその場に残ったのはルナとその母親。俺がゆっくりと近づいていくと母親が蒼ざめた顔に血管が膨れ上がり血の気の引いた唇を固く結ぶ。
だが流石というべきか先ほど喧嘩していたはずのルナの手を握り、少し抵抗の意思を見せたルナに構うことなく抱え込んで逃げていった。追いかければすぐに追いつけるだろう。
しかしそんなことする必要もない。ルナの安否は確認できた。手紙もルナだけが気づく場所へと残しておいた。なら、もうここに用はない。
だから、ルナ。いつまでもこっちを見るな。そんな申し訳なさそうな顔をする必要はない。むしろお前に見られているほうがつらいのだから。
そして誰も俺の視界に入らなくなった。先ほどまでのざわめきが氷の世界に閉ざされたように凍りついて静まり返った。
ただ、己の心臓の音だけがうるさく俺の耳に響いていた。
◇◆◇◆
村から手早く出た俺はダンジョンへの道を進む。
人を隠すくらい深く生い茂る草木。気を抜けば今自分がどこにいるかさえも分からなくなりそうだ。
人、獣さえ通っていないだろうと獣道さえないことからわかる。
歩くたびに草が顔に擦れることに煩わしいことこの上ないが、俺の内心は全く別のことで気が重くなっていた。
仄暗い虚無感が、鏡の上の雲のように意識に影を落とす。
「……はぁ、やっぱり人と関わるとろくなことにならんな」
なぜ放っておかなかったのだと己の汚い部分が問いかける。
思考の滑車がぐるぐる回り、次から次へとさまざまな考えが現れる。現れては、消える。どうする、どうする、と自分の内なる誰かが囁いてくる。
別にあのままルナと彼女の母親の会話が終わるのを待っておくだけでよかったのだ。だというのに俺は思わず自分の存在を誇示し、あの場を終わらせた。
あの光景を終わらせたのはルナのためとかいう善からの気持ちから起こしたわけではない。むしろその逆。一刻も早く灰色に染まった感情を消し去りたかったからだ。
あの母親が自分の子供を何回も手を出すという光景に既視感を覚えてしまった。その瞬間思わず忘れようとしていたはずの光景が鮮明に脳内によぎり、膝から崩れ落ちそうになった。
あぁ、また思い出してしまった。
その瞬間、草むらの中に吐いた。木に左手をつき、右手の指を喉の奥へ突っ込むと、すぐに腹の筋肉が痙攣して生暖い液体が出てくる。胸や腹が波を打つたびに、喉と口に酸っぱい塊が溜まり、舌で押すと、歯茎を痺れさせてボトボト落ちていく。
早く、早くこの症状を止めなければ。そう思い草むらから抜けた俺は手ごろな魔物がいないか探す。
そして見つけたのは馬型の魔物。よく田畑を荒らし、農民に嫌われている魔物である。
ちょうどいい。馬型の魔物よ、俺のストレス発散に付き合ってくれ。
鞘から剣を抜き、一気に近づいて一振り。それで終わりだ。
その推定が外れることなく、魔物は俺に近づいていることに気が付くことなく無防備なままで斬られた。
そして肉を切り裂く感触が俺の手に伝わる――ことなく。
「うっひっひひぃぃぃぃん!!!」
超絶気持ち悪い鳴き声を上げた。そして足早に俺の前から走り去っていった。
……お前メスかよ。
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