『原作者が消えた世界で婚約破棄されましたが、転生者は負ける気しません』

夢窓(ゆめまど)

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第8話:おかしいのは、光のほうかもしれない

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神殿の聖女としての姿が、じわじわと民の目に触れ始めていた。

ミキはいつも、優雅に微笑みながら祈りを捧げ、町をゆっくりと歩く。
幼子を抱き、老いた者には膝を折って手を取る。
その姿は、まるで**絵画から抜け出たような“理想の聖女”**だった。

──けれど、市場の片隅で、そんな彼女に対して囁かれる声がある。

「……あの子、祈るとき、毎回“舞台の台詞”みたいに聞こえるのよね」
「助けてもらったけど、横にはずっと記録係がいて……なんか宣伝っぽくて」
「ほら、また報道部の人たち……“見せるための祈り”って感じ。民のためじゃなくて」

違和感。それは、はっきりとは形にならない、でも確かに胸の奥に引っかかる感情。

そして今日もまた一人――
静かに、その違和感を胸に神殿から戻ってくる男がいた。

銀髪の騎士、カイ・ロジエル。
かつてバラチカ攻略ゲームの“影ルート”にだけ登場した、寡黙な脇役。
言葉少なく、不器用ながらも真っ直ぐなその人柄は、一部のプレイヤーの“裏の推し”として密かな人気を誇っていた。

そんな彼の背中を、マリーが静かに追いかけた。

「騎士様。今日も一日、おつかれさま」

「……ああ。聖女様のお供で、王都を回っていた」

「そっか。じゃあ、こっち来て。ね、いい匂いするでしょ?」

マリーが案内したのは、小さな路地裏にぽつんと出した仮設屋台。
テーブルの上には、ほかほかと湯気を立てる鍋。そして――

「……これは、カレー?」

「そ。中辛、コク重視。肉と野菜はゴロゴロ、ご飯は盛り多め。福神漬けとラッキョもついてるよ」

それは、前世の“男子高校生向け”を再現した完全勝負仕様の一皿だった。

「……こんな味、しばらく……いや、ずっと……」

カイはスプーンを手に取り、一口、口に運ぶ。
その瞬間、眉がわずかに緩む。
もう一口。
……そして、止まらない。

マリーは黙ってそれを見ていた。
彼の表情が、ほんの少しずつ、ふっとやわらいでいくのを。

「おかわりあるけど、その前に……ひとつだけ、答えてくれる?」

「……なんだ」

「今日の“祈り”、どうだった?」

カイの手が、ぴたりと止まる。

「……正直に言っていいのか?」

「もちろん」

カイは、しばらく黙ったまま、カレーの皿をじっと見つめていた。
やがて、低く、ゆっくりと、噛みしめるように言った。

「……あの祈りは、俺がかつて知っていた“ゲームの中の祈り”とは……違っていた。
言葉が、心に入ってこない。
あれは、魂の言葉じゃない。誰かが書いた、“用意された台詞”だ。
あれは、“祈り”じゃない」

マリーは、ゆっくりと頷いた。
彼の違和感に寄り添うように、けれど、強く、優しく。

「ねえ、カイ。疑うことは、裏切りじゃないよ。
見極めようとすることは、誰かを傷つけることじゃない。
あの言葉を“おかしい”と思ったあなたは、正しいの」

カイの銀色の目が、マリーを見つめる。

「……あなたは、誰なんだ」

「ただの、外野。でも、別ルートの案内人。
ようこそ、“バラチカ正史”の外へ」

マリーは微笑んだ。

「ここから先は、“第三のルート”。
信じた味の分だけ、世界の真実が開かれていくわよ」

風が通り抜ける路地裏で、ひとつの革命が――確かに始まろうとしていた。
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