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お花をいただきました。
私が「足を痛めて王宮に行けない」と返事を出した数日後。
ナルナ王子から、大きなお見舞いの花が届いた。
部屋に運び込まれた瞬間、甘い香りが広がった。侍女が「まあ」と小さく声を上げるほど、それは見事な花束だった。
白と淡い紫の花が丁寧に束ねられ、王家の紋を刻んだリボンで結われている。
……花ね。
私は花束を見下ろした。
豪華な花。高価な花。王子らしいといえば、王子らしい。お金も手間もかかっている。センスだって悪くない。
でも――
「絶対、義妹から離れないのね」
侍女が驚いた顔をする。
花を送るのは簡単だ。使いに持たせればいい。それだけのことだ。自分の足で来なくても、形だけは整えられる。
私は花に触れながら、ふっと笑った。
そういえば。
前の人生でも、王子はこうして大きな花を送ってきた。
私はそれを見て、思ったのだ。
愛されている、と。
花びらの柔らかさは、あの頃と何も変わらない。香りも、色も。でも受け取る私は、もう別人だった。
そして。
私は王子のプロポーズを受けた。
今思えば、随分と早かった。出会って、お見合いをして、花をもらって、求婚された。その間に積み上げたものといえば――
よく考えれば――
私たち。ほとんど、何も話していない。
天気の話。花の話。お茶の話。
それだけ。
彼の好きなものも、嫌いなものも、何が嬉しくて何が悲しいのかも、私は何も知らなかった。知ろうとしなかった、とも言える。あの笑顔さえあれば、それでいいと思っていたのだ。
それなのに。
私は結婚できると思った。
「……思い込みって怖いわね」
私は自分で言って、少し笑った。
笑えてしまうのが、また可笑しかった。あの頃の自分を哀れとも思わない。ただ――随分と遠くに来たものだと、そう感じるだけだ。
花束はきれいだった。
部屋の光の中で、白い花びらが静かに輝いている。手をかけた誰かの丁寧な仕事が、ちゃんと伝わってくる。
でも。
今の私には、ただの花だった。
花を選んだのは、たぶん王子ではない。使いの者に任せたか、
侍従が適当に見繕ったか。そんなところだろう。
王室の花は綺麗だった。
でも王子は――一度も会いに来ない。
私は花瓶に生けるよう侍女に言いつけて、窓の方へ向き直った。
外は今日も、穏やかに晴れている。
来ない人を待つには、もったいないくらいの、いい天気だった。
ワイナリー・試飲室
することもないので、ワインの試飲に行こう。
うちのいいところは、試飲も仕事なのだ。みんな強いし、味にうるさい。試飲室に入れば、誰かしらグラスを傾けている。
ハーミヤはグラスを受け取った。
色を見て、香りを確かめて、一口飲む。
うん、いい。
ルドックが隣に座った。
「なあ」
「何?」
「王家から、結婚のワイン作ってくれって依頼が来たんだが」
ハーミヤはグラスを傾けた。
「どうしたらいいかな」
「その一本、捨てることになるかもね」
ルドックが眉を上げる。
「ワインに、変な名前つけたら、売れなくなるじゃない?」
結婚も、決まってない。
ルドックはしばらく黙っていた。
「俺はハーミヤの名前で考えてるけど」
ハーミヤはグラスを止めた。
「……プロポーズっぽいかな?」
ルドックは肩をすくめた。
「じゃあ、すべて片付いたらにするか」
そしてグラスを差し出した。
「これだ、飲め」
ハーミヤはグラスを受け取った。
一口飲む。
深い味だった。悪くない。
でも、少しだけ頬が赤くなったのは――ワインのせいだけじゃないかもしれない。
ルドックとワイナリーの日常
ワイナリーの朝は、早い。
夜明け前から、畑の見回りが始まる。葡萄の状態、土の湿り気、害虫の有無。気が遠くなるような細かい作業の積み重ねが、一本のワインになる。
ハーミヤは子供の頃から、それを見て育った。
「これ、どう思う?」
ルドックがグラスを差し出す。
新しいヴィンテージの試飲だった。
ハーミヤは受け取って、色を見る。深いルビー色。光に透かすと、縁が少し紫がかっている。若いワインの色だ。
香りを確かめる。
果実、土、かすかにスパイス。悪くない。
一口飲む。
「タンニンが少し強いわね」
「だろう」
ルドックは自分のグラスを傾けた。
「もう一年寝かせるか」
「そうね」
ハーミヤはグラスを置いた。
試飲室には、二人しかいない。窓から差し込む朝の光が、グラスを透けて床に赤い影を作っていた。
「なあ」
ルドックが言う。
「王子の件、本当にいいのか」
ハーミヤは肩をすくめた。
「いいわよ」
「未練はないか」
「ないわ」
即答だった。
ルドックは何も言わなかった。ただグラスを回して、ワインの色を眺めていた。
ハーミヤは続けた。
「あの人を愛していたのは、本当よ」
「ああ」
「でも」
少し間を置く。
「思い込みだったわ」
ルドックがグラスを置いた。
「そうか」
「あの笑顔が、自分だけに向けられていると思っていた」
ハーミヤは窓の外を見た。
朝の光の中で、葡萄畑が広がっている。青々とした葉が、風に揺れている。
「でも違った」
「違ったな」
「あの人は、誰にでもああいう顔をするのよ」
ルドックは少し笑った。
「俺はしないぞ」
ハーミヤは振り返った。
「何が?」
「誰にでもああいう顔」
ハーミヤはしばらくルドックを見た。
それから、グラスを持ち上げた。
「……ワイン、おいしいわね」
ルドックが肩をすくめた。
「そこか」
試飲室に、朝の光が静かに差し込んでいた。
ナルナ王子から、大きなお見舞いの花が届いた。
部屋に運び込まれた瞬間、甘い香りが広がった。侍女が「まあ」と小さく声を上げるほど、それは見事な花束だった。
白と淡い紫の花が丁寧に束ねられ、王家の紋を刻んだリボンで結われている。
……花ね。
私は花束を見下ろした。
豪華な花。高価な花。王子らしいといえば、王子らしい。お金も手間もかかっている。センスだって悪くない。
でも――
「絶対、義妹から離れないのね」
侍女が驚いた顔をする。
花を送るのは簡単だ。使いに持たせればいい。それだけのことだ。自分の足で来なくても、形だけは整えられる。
私は花に触れながら、ふっと笑った。
そういえば。
前の人生でも、王子はこうして大きな花を送ってきた。
私はそれを見て、思ったのだ。
愛されている、と。
花びらの柔らかさは、あの頃と何も変わらない。香りも、色も。でも受け取る私は、もう別人だった。
そして。
私は王子のプロポーズを受けた。
今思えば、随分と早かった。出会って、お見合いをして、花をもらって、求婚された。その間に積み上げたものといえば――
よく考えれば――
私たち。ほとんど、何も話していない。
天気の話。花の話。お茶の話。
それだけ。
彼の好きなものも、嫌いなものも、何が嬉しくて何が悲しいのかも、私は何も知らなかった。知ろうとしなかった、とも言える。あの笑顔さえあれば、それでいいと思っていたのだ。
それなのに。
私は結婚できると思った。
「……思い込みって怖いわね」
私は自分で言って、少し笑った。
笑えてしまうのが、また可笑しかった。あの頃の自分を哀れとも思わない。ただ――随分と遠くに来たものだと、そう感じるだけだ。
花束はきれいだった。
部屋の光の中で、白い花びらが静かに輝いている。手をかけた誰かの丁寧な仕事が、ちゃんと伝わってくる。
でも。
今の私には、ただの花だった。
花を選んだのは、たぶん王子ではない。使いの者に任せたか、
侍従が適当に見繕ったか。そんなところだろう。
王室の花は綺麗だった。
でも王子は――一度も会いに来ない。
私は花瓶に生けるよう侍女に言いつけて、窓の方へ向き直った。
外は今日も、穏やかに晴れている。
来ない人を待つには、もったいないくらいの、いい天気だった。
ワイナリー・試飲室
することもないので、ワインの試飲に行こう。
うちのいいところは、試飲も仕事なのだ。みんな強いし、味にうるさい。試飲室に入れば、誰かしらグラスを傾けている。
ハーミヤはグラスを受け取った。
色を見て、香りを確かめて、一口飲む。
うん、いい。
ルドックが隣に座った。
「なあ」
「何?」
「王家から、結婚のワイン作ってくれって依頼が来たんだが」
ハーミヤはグラスを傾けた。
「どうしたらいいかな」
「その一本、捨てることになるかもね」
ルドックが眉を上げる。
「ワインに、変な名前つけたら、売れなくなるじゃない?」
結婚も、決まってない。
ルドックはしばらく黙っていた。
「俺はハーミヤの名前で考えてるけど」
ハーミヤはグラスを止めた。
「……プロポーズっぽいかな?」
ルドックは肩をすくめた。
「じゃあ、すべて片付いたらにするか」
そしてグラスを差し出した。
「これだ、飲め」
ハーミヤはグラスを受け取った。
一口飲む。
深い味だった。悪くない。
でも、少しだけ頬が赤くなったのは――ワインのせいだけじゃないかもしれない。
ルドックとワイナリーの日常
ワイナリーの朝は、早い。
夜明け前から、畑の見回りが始まる。葡萄の状態、土の湿り気、害虫の有無。気が遠くなるような細かい作業の積み重ねが、一本のワインになる。
ハーミヤは子供の頃から、それを見て育った。
「これ、どう思う?」
ルドックがグラスを差し出す。
新しいヴィンテージの試飲だった。
ハーミヤは受け取って、色を見る。深いルビー色。光に透かすと、縁が少し紫がかっている。若いワインの色だ。
香りを確かめる。
果実、土、かすかにスパイス。悪くない。
一口飲む。
「タンニンが少し強いわね」
「だろう」
ルドックは自分のグラスを傾けた。
「もう一年寝かせるか」
「そうね」
ハーミヤはグラスを置いた。
試飲室には、二人しかいない。窓から差し込む朝の光が、グラスを透けて床に赤い影を作っていた。
「なあ」
ルドックが言う。
「王子の件、本当にいいのか」
ハーミヤは肩をすくめた。
「いいわよ」
「未練はないか」
「ないわ」
即答だった。
ルドックは何も言わなかった。ただグラスを回して、ワインの色を眺めていた。
ハーミヤは続けた。
「あの人を愛していたのは、本当よ」
「ああ」
「でも」
少し間を置く。
「思い込みだったわ」
ルドックがグラスを置いた。
「そうか」
「あの笑顔が、自分だけに向けられていると思っていた」
ハーミヤは窓の外を見た。
朝の光の中で、葡萄畑が広がっている。青々とした葉が、風に揺れている。
「でも違った」
「違ったな」
「あの人は、誰にでもああいう顔をするのよ」
ルドックは少し笑った。
「俺はしないぞ」
ハーミヤは振り返った。
「何が?」
「誰にでもああいう顔」
ハーミヤはしばらくルドックを見た。
それから、グラスを持ち上げた。
「……ワイン、おいしいわね」
ルドックが肩をすくめた。
「そこか」
試飲室に、朝の光が静かに差し込んでいた。
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