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そろそろ、プロポーズ!誰にですか?
お見合いは、これで四度目。
四度とも――同じだった。
義妹が怪我をする。王子が慌てて駆けつける。私は置いていかれる。
それだけ。
毎回、同じ流れで、同じ結末。違うのは怪我の種類だけだ。指、足、階段、転倒。
ミイティの怪我レパートリーは、そこそこ豊富だった。
だから私は思った。
王子との婚約なんて、ありえない。
だって私は――この人と、ほとんど話していない。
今日の応接室も、いつもと同じ設えだった。季節の花、丁寧に淹れられた紅茶、柔らかな陽光。お見合いの舞台としては、申し分ない。問題は、そこで交わされる会話の薄さだけだ。
今日も紅茶を飲んでいると、王子が急に真面目な顔をした。
「ハーミヤ嬢」
「はい?」
「そろそろ……告白してもいいでしょうか」
私はカップを止めた。
「へっ?」
思わず、素の声が出た。
王子はまっすぐ私を見た。切れ長の目が、いつになく真剣だった。
ああ、男前な顔だわ。
「結婚してほしいんです」
私はしばらく黙った。
窓の外で、鳥がまた、一声鳴いた。のどかな音だった。この会話の重さとは、まったく釣り合わない音だった。
そして聞いた。
「……それ、本気で言ってます?」
王子は少し驚いた顔をした。こういう返しは、想定していなかったらしい。
「もちろんです」
私はゆっくり首を傾げた。
「私たち」
「はい?」
「ほとんど会話していませんよね」
王子が黙る。
否定はしなかった。できなかったのかもしれない。
私は続けた。
「今日を入れて、お見合い四回」
「はい」
「そのうち三回は、義妹さんが怪我をして途中退席、」
王子の顔が少し曇る。眉が微かに動いた。
私は微笑んだ。
「残り一回は、今日でした」
沈黙。
テーブルの上の紅茶から、細い湯気が立ち上っている。それだけが動いていた。
私は静かに言った。
「それで結婚?」
私は首を振った。
「……思い込みって怖いですね」
(金目当てと――顔に書いてありますよ)
王子は、なぜか真面目な顔のままだった。
むしろ、さらに真剣になっていた。
「いえ、あの……私は真剣なんです」
「はあ」
温度のない相槌が、自分でも可笑しかった。
「次の五回目のお見合いでは、大きな花束を用意しましょう」
私は瞬きをした。
花束。また花。この人の誠意の表現は、どうやら花に集約されているらしい。
「それから、指輪も」
「指輪?」
「はい。婚約の」
私は黙った。
話が進んでいる。私の返事を聞かないまま、着々と進んでいる。
王子は続ける。
「ただし、王妃の指輪は……ミイティが欲しいと言っているので」
「……」
部屋の空気が、すうっと冷えた気がした。
「別のものになりますが」
私はしばらく王子の顔を見た。
真剣な顔だった。悪びれた様子は、微塵もない。自分が何を言ったか、分かっていないのかもしれない。あるいは――分かった上で、これが当然だと思っているのか。
顔だけは、いいんだけどなぁ、
それから、にっこり笑った。
「あら」
「はい?」
「ミイティ様が、ご結婚相手なのね」
王子は首を振った。
「違います」
「おめでとうございます」
「違います」
「え?」
王子は少し困った顔をした。台本にない展開に、初めて戸惑っている顔だった。
「私は義妹とは結婚しません」
私は首を傾げた。
「……あら」
「あなたと結婚するんです」
まっすぐな目だった。嘘をついている目ではない。本当にそう思っているのだろう。
それが、また――滑稽。
私は静かに聞いた。
「でも」
「はい?」
「王妃の指輪は、ミイティ様のなんでしょう?」
王子は黙った。
今度は、すぐに言葉が出なかった。
私は紅茶を一口飲んだ。すっかり冷めていた。気づかないうちに、随分と時間が経っていたらしい。
そして家に帰ってから、思った。
ああ、あの人。本当に――何も分かっていない。
婚約者の指輪より、義妹の望みを優先する。それがおかしいと、これっぽっちも思っていない。そういう人なのだ。
前の人生の私は、この人を愛した。今の私には――ただ、静かに呆れるだけだった。
ああ、そういえば。
前も、指輪、ミイティに渡したっけ。
王妃の指輪だった。代々受け継がれてきた、あの指輪。本来なら私のものになるはずだった。でも王子は、ミイティが欲しいと言ったから、あげた。それだけのことだった。
私のお金も、全部あっちに行った。ドレスも、宝石も、レースも。私の持参金から出た費用で、ミイティが着飾った。
だけど、仕事は全部こっちだった。公務の書類、領地の管理、王家への献上品の手配。誰もやらないから、私がやった。やらなければ、回らなかったから。
愛されていると思っていた。必要とされていると思っていた。
違った。
ただ、ただ、便利だっただけだ。
あっ、それと潤滑なお金ね。
……最後、あっけなく、死んだんだよね。
処刑台の上で、私は何を思っただろう。怒りか、悲しみか、後悔か。
馬鹿みたいに騙された。
でも今は――
私はグラスを持ち上げた。
ワインの赤が、光に透けて揺れた。
もう、同じ轍は踏まない。
四度とも――同じだった。
義妹が怪我をする。王子が慌てて駆けつける。私は置いていかれる。
それだけ。
毎回、同じ流れで、同じ結末。違うのは怪我の種類だけだ。指、足、階段、転倒。
ミイティの怪我レパートリーは、そこそこ豊富だった。
だから私は思った。
王子との婚約なんて、ありえない。
だって私は――この人と、ほとんど話していない。
今日の応接室も、いつもと同じ設えだった。季節の花、丁寧に淹れられた紅茶、柔らかな陽光。お見合いの舞台としては、申し分ない。問題は、そこで交わされる会話の薄さだけだ。
今日も紅茶を飲んでいると、王子が急に真面目な顔をした。
「ハーミヤ嬢」
「はい?」
「そろそろ……告白してもいいでしょうか」
私はカップを止めた。
「へっ?」
思わず、素の声が出た。
王子はまっすぐ私を見た。切れ長の目が、いつになく真剣だった。
ああ、男前な顔だわ。
「結婚してほしいんです」
私はしばらく黙った。
窓の外で、鳥がまた、一声鳴いた。のどかな音だった。この会話の重さとは、まったく釣り合わない音だった。
そして聞いた。
「……それ、本気で言ってます?」
王子は少し驚いた顔をした。こういう返しは、想定していなかったらしい。
「もちろんです」
私はゆっくり首を傾げた。
「私たち」
「はい?」
「ほとんど会話していませんよね」
王子が黙る。
否定はしなかった。できなかったのかもしれない。
私は続けた。
「今日を入れて、お見合い四回」
「はい」
「そのうち三回は、義妹さんが怪我をして途中退席、」
王子の顔が少し曇る。眉が微かに動いた。
私は微笑んだ。
「残り一回は、今日でした」
沈黙。
テーブルの上の紅茶から、細い湯気が立ち上っている。それだけが動いていた。
私は静かに言った。
「それで結婚?」
私は首を振った。
「……思い込みって怖いですね」
(金目当てと――顔に書いてありますよ)
王子は、なぜか真面目な顔のままだった。
むしろ、さらに真剣になっていた。
「いえ、あの……私は真剣なんです」
「はあ」
温度のない相槌が、自分でも可笑しかった。
「次の五回目のお見合いでは、大きな花束を用意しましょう」
私は瞬きをした。
花束。また花。この人の誠意の表現は、どうやら花に集約されているらしい。
「それから、指輪も」
「指輪?」
「はい。婚約の」
私は黙った。
話が進んでいる。私の返事を聞かないまま、着々と進んでいる。
王子は続ける。
「ただし、王妃の指輪は……ミイティが欲しいと言っているので」
「……」
部屋の空気が、すうっと冷えた気がした。
「別のものになりますが」
私はしばらく王子の顔を見た。
真剣な顔だった。悪びれた様子は、微塵もない。自分が何を言ったか、分かっていないのかもしれない。あるいは――分かった上で、これが当然だと思っているのか。
顔だけは、いいんだけどなぁ、
それから、にっこり笑った。
「あら」
「はい?」
「ミイティ様が、ご結婚相手なのね」
王子は首を振った。
「違います」
「おめでとうございます」
「違います」
「え?」
王子は少し困った顔をした。台本にない展開に、初めて戸惑っている顔だった。
「私は義妹とは結婚しません」
私は首を傾げた。
「……あら」
「あなたと結婚するんです」
まっすぐな目だった。嘘をついている目ではない。本当にそう思っているのだろう。
それが、また――滑稽。
私は静かに聞いた。
「でも」
「はい?」
「王妃の指輪は、ミイティ様のなんでしょう?」
王子は黙った。
今度は、すぐに言葉が出なかった。
私は紅茶を一口飲んだ。すっかり冷めていた。気づかないうちに、随分と時間が経っていたらしい。
そして家に帰ってから、思った。
ああ、あの人。本当に――何も分かっていない。
婚約者の指輪より、義妹の望みを優先する。それがおかしいと、これっぽっちも思っていない。そういう人なのだ。
前の人生の私は、この人を愛した。今の私には――ただ、静かに呆れるだけだった。
ああ、そういえば。
前も、指輪、ミイティに渡したっけ。
王妃の指輪だった。代々受け継がれてきた、あの指輪。本来なら私のものになるはずだった。でも王子は、ミイティが欲しいと言ったから、あげた。それだけのことだった。
私のお金も、全部あっちに行った。ドレスも、宝石も、レースも。私の持参金から出た費用で、ミイティが着飾った。
だけど、仕事は全部こっちだった。公務の書類、領地の管理、王家への献上品の手配。誰もやらないから、私がやった。やらなければ、回らなかったから。
愛されていると思っていた。必要とされていると思っていた。
違った。
ただ、ただ、便利だっただけだ。
あっ、それと潤滑なお金ね。
……最後、あっけなく、死んだんだよね。
処刑台の上で、私は何を思っただろう。怒りか、悲しみか、後悔か。
馬鹿みたいに騙された。
でも今は――
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ワインの赤が、光に透けて揺れた。
もう、同じ轍は踏まない。
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