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あなたは、恋人です。いつからですか?
「でも私、お見合いの途中で退席されてばかりで……」
私はにっこり微笑んだ。
「殿下に愛されている自信、まったくありませんのよ」
王子は少し眉をひそめた。
「あなたは、何か誤解しています」
「そうかしら?」
私は肩をすくめた。
「まあ、こちらも殿下を愛する暇はありませんでしたけど」
小さく笑う。
「ほほほ」
笑いながら、胸の中は静かだった。怒りでも悲しみでもない。ただ、澄んだ呆れだけがある。
王子は真面目な顔で言った。
「義妹は、家族なんです」
「ええ」
私はうなずく。
「では」
私は静かに聞いた。
「私は?」
一瞬だった。
王子は、迷いなく答えた。
「あなたは、私の恋人です」
私は固まった。
「……へっ」
恋人。
この人は今、恋人と言った。天気の話しかしていない相手に。毎回お見合いを途中で切り上げた相手に。
「恋人ですって? 私たち、いつ恋をしたのでしょう?」
「いつ、私が恋人に?」
私は思わず聞き返した。
王子は真面目な顔のままだ。その目には、迷いのかけらもない。
「先ほど申し上げました」
「結婚してほしい、というあれが?」
「嘘偽りない私の気持ちです。」
私は首を傾げた。
「それ、恋ではなくて」
私は静かに言う。
「妄想では?」
王子が何か言いかけた、その時。
「お兄様!」
ミイティが駆け込んできた。
扉が勢いよく開く音がした。私は驚かなかった。どこかで、来ると思っていた。
「また指を怪我してしまいました」
指先に、ちょんと血の跡。
私はちらりと見た。
……また。
前回は指。その前は足。今回も指。レパートリーが戻ってきた。
私はにっこり笑った。
「あらあら、大変」
「ミイティ!」
王子が慌てて駆け寄る。
私は立ち上がった。
「消毒しないといけませんね」
椅子を引く音が、静かな部屋に響く。
そして軽く頭を下げる。
「では王子様、わたくしこれで失礼します」
王子が振り返った。
「ハーミヤ嬢、待ってください」
「はい?」
「まだ返事を聞いていません」
私は少し考えるふりをした。
「返事?」
それから、にっこり笑う。
「ああ」
そして優雅に礼をした。
「私に気を使わずおふたりでお幸せに」
王子が何か言いかけた。
でも私はもう、背を向けていた。
廊下に出ると、陽の光がまだ明るかった。どこかで鳥が鳴いている。かあ~!
妄想、と言ってしまった。
少し言いすぎたかもしれない。
――でも。
私は小さく笑った。
嘘は、ついていない。
ナルナ王子・視点
愛されてないから、結婚しない。
そう言われた。
そりゃ、私はミイティしか愛していないから、嘘はつけないが。
だが、結婚と愛は別だろう。
愛は、義妹のミイティでいいはずだ。
恋人とは何をするのか。婚約者とは何をするのか。子供の頃から言われてきた。名家で、資産家で、頭のいい女性と結婚するものだ、と。それが婚約者になり、妻になり、王妃になる。
だから、公爵令嬢でいいと思った。
スミッシィ家のワイナリーは、王室御用達だ。献上ワインは申し分なかった。各国に卸していると聞く。資産も、領地も、申し分ない。
恋愛など、結婚に必要ない。
私はそう思っていた。
ミイティを愛している。それは変わらない。だが王太子として、相応しい妻が必要だ。
その二つは、両立するはずだった。
なぜ、それの何が悪いのか。
私には、今でもわからない。
ミイティ・視点
公爵令嬢は、美しく、賢いと聞いていた。
実際、そうだった。
整った顔立ち、豊かな金の髪、立ち居振る舞い。何もかもが、私とは違った。
でも。
王子は、そんな彼女より、私を大切にしてくれた。
それが――嬉しかった。
優越感があった。正直に言えば、そうだった。
でも、彼女が笑っているだけで、不安になった。
怒らない。泣かない。ただ、にこりと笑っている。
何を考えているのか、わからなかった。
王子は大丈夫だと言った。
「嫉妬しているだけだ」
そうだろうか。
本当に、そうだろうか。
欲しいものは、言えばくれた。宝石も、ドレスも、レースも。支払いのことは考えなかった。公爵家がいれば、気にする必要はないと、王子が言ったから。
今まで、側室の娘として、手に入らないものばかりだった。
それが今は、欲しいと言えば手に入る。
だから――
考えなかった。
誰が払うのか。
誰のものだったのか。
笑っている彼女が、何を思っているのか。
考えなかった。
考えたくなかった。
領収書が、山積みになっていた。
どれだけあるのか。一枚一枚が、丁寧に積み上げられている。商人の几帳面さが、この状況では恨めしかった。
文官が、王子に差し出す。
「お支払いを」
王子は、顔をしかめた。
「公爵令嬢に回せ」
当然のように言った。
「どうせ、あちらが払うのだろう」
商人は、首を振る。
一歩も、退かない顔だった。
「すべて、殿下のご指示によるお買い上げです」
「公爵家とは、無関係でございます」
王子は言葉に詰まった。
指示した。確かに、指示した。
ミイティが欲しいと言った。
王妃のためのものだと思っていた。公爵家が出すものだと、当然のように思っていた。
「……そんな大金、払えるはずがない」
「ですが」
商人は続ける。
「お品はすべて、あちらのご令嬢のためのものでございます」
少し間を置く。
「公爵令嬢は、何一つお買い上げになっておりません」
沈黙が落ちた。
領収書の山が、やけに高く見えた。
王子は、なおも言う。
「……公爵家につけろ」
それしか、言えなかった。
商人は何も言わなかった。ただ、静かにこちらを見ていた。その目が、答えを知っていた。
公爵家は、もう関係ない。
結婚式まで、あとわずか。
引き返すことは、できない。
ミイティのドレスは、すでに仕立て上がっている。宝石も、ティアラも、レースも。全部、もう手元にある。
――やり通すしか、ないのだ。
王子は目を逸らした。
領収書の山は、黙ったまま、そこにあった。
私はにっこり微笑んだ。
「殿下に愛されている自信、まったくありませんのよ」
王子は少し眉をひそめた。
「あなたは、何か誤解しています」
「そうかしら?」
私は肩をすくめた。
「まあ、こちらも殿下を愛する暇はありませんでしたけど」
小さく笑う。
「ほほほ」
笑いながら、胸の中は静かだった。怒りでも悲しみでもない。ただ、澄んだ呆れだけがある。
王子は真面目な顔で言った。
「義妹は、家族なんです」
「ええ」
私はうなずく。
「では」
私は静かに聞いた。
「私は?」
一瞬だった。
王子は、迷いなく答えた。
「あなたは、私の恋人です」
私は固まった。
「……へっ」
恋人。
この人は今、恋人と言った。天気の話しかしていない相手に。毎回お見合いを途中で切り上げた相手に。
「恋人ですって? 私たち、いつ恋をしたのでしょう?」
「いつ、私が恋人に?」
私は思わず聞き返した。
王子は真面目な顔のままだ。その目には、迷いのかけらもない。
「先ほど申し上げました」
「結婚してほしい、というあれが?」
「嘘偽りない私の気持ちです。」
私は首を傾げた。
「それ、恋ではなくて」
私は静かに言う。
「妄想では?」
王子が何か言いかけた、その時。
「お兄様!」
ミイティが駆け込んできた。
扉が勢いよく開く音がした。私は驚かなかった。どこかで、来ると思っていた。
「また指を怪我してしまいました」
指先に、ちょんと血の跡。
私はちらりと見た。
……また。
前回は指。その前は足。今回も指。レパートリーが戻ってきた。
私はにっこり笑った。
「あらあら、大変」
「ミイティ!」
王子が慌てて駆け寄る。
私は立ち上がった。
「消毒しないといけませんね」
椅子を引く音が、静かな部屋に響く。
そして軽く頭を下げる。
「では王子様、わたくしこれで失礼します」
王子が振り返った。
「ハーミヤ嬢、待ってください」
「はい?」
「まだ返事を聞いていません」
私は少し考えるふりをした。
「返事?」
それから、にっこり笑う。
「ああ」
そして優雅に礼をした。
「私に気を使わずおふたりでお幸せに」
王子が何か言いかけた。
でも私はもう、背を向けていた。
廊下に出ると、陽の光がまだ明るかった。どこかで鳥が鳴いている。かあ~!
妄想、と言ってしまった。
少し言いすぎたかもしれない。
――でも。
私は小さく笑った。
嘘は、ついていない。
ナルナ王子・視点
愛されてないから、結婚しない。
そう言われた。
そりゃ、私はミイティしか愛していないから、嘘はつけないが。
だが、結婚と愛は別だろう。
愛は、義妹のミイティでいいはずだ。
恋人とは何をするのか。婚約者とは何をするのか。子供の頃から言われてきた。名家で、資産家で、頭のいい女性と結婚するものだ、と。それが婚約者になり、妻になり、王妃になる。
だから、公爵令嬢でいいと思った。
スミッシィ家のワイナリーは、王室御用達だ。献上ワインは申し分なかった。各国に卸していると聞く。資産も、領地も、申し分ない。
恋愛など、結婚に必要ない。
私はそう思っていた。
ミイティを愛している。それは変わらない。だが王太子として、相応しい妻が必要だ。
その二つは、両立するはずだった。
なぜ、それの何が悪いのか。
私には、今でもわからない。
ミイティ・視点
公爵令嬢は、美しく、賢いと聞いていた。
実際、そうだった。
整った顔立ち、豊かな金の髪、立ち居振る舞い。何もかもが、私とは違った。
でも。
王子は、そんな彼女より、私を大切にしてくれた。
それが――嬉しかった。
優越感があった。正直に言えば、そうだった。
でも、彼女が笑っているだけで、不安になった。
怒らない。泣かない。ただ、にこりと笑っている。
何を考えているのか、わからなかった。
王子は大丈夫だと言った。
「嫉妬しているだけだ」
そうだろうか。
本当に、そうだろうか。
欲しいものは、言えばくれた。宝石も、ドレスも、レースも。支払いのことは考えなかった。公爵家がいれば、気にする必要はないと、王子が言ったから。
今まで、側室の娘として、手に入らないものばかりだった。
それが今は、欲しいと言えば手に入る。
だから――
考えなかった。
誰が払うのか。
誰のものだったのか。
笑っている彼女が、何を思っているのか。
考えなかった。
考えたくなかった。
領収書が、山積みになっていた。
どれだけあるのか。一枚一枚が、丁寧に積み上げられている。商人の几帳面さが、この状況では恨めしかった。
文官が、王子に差し出す。
「お支払いを」
王子は、顔をしかめた。
「公爵令嬢に回せ」
当然のように言った。
「どうせ、あちらが払うのだろう」
商人は、首を振る。
一歩も、退かない顔だった。
「すべて、殿下のご指示によるお買い上げです」
「公爵家とは、無関係でございます」
王子は言葉に詰まった。
指示した。確かに、指示した。
ミイティが欲しいと言った。
王妃のためのものだと思っていた。公爵家が出すものだと、当然のように思っていた。
「……そんな大金、払えるはずがない」
「ですが」
商人は続ける。
「お品はすべて、あちらのご令嬢のためのものでございます」
少し間を置く。
「公爵令嬢は、何一つお買い上げになっておりません」
沈黙が落ちた。
領収書の山が、やけに高く見えた。
王子は、なおも言う。
「……公爵家につけろ」
それしか、言えなかった。
商人は何も言わなかった。ただ、静かにこちらを見ていた。その目が、答えを知っていた。
公爵家は、もう関係ない。
結婚式まで、あとわずか。
引き返すことは、できない。
ミイティのドレスは、すでに仕立て上がっている。宝石も、ティアラも、レースも。全部、もう手元にある。
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