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第3章:それでも君を守りたい
第11話 縛るな、守るな、羽ばたかせろーーアデルの宣戦布告
しおりを挟むある日の午後。
リゼルのピアノ教師であり、演奏家のアデルは、公爵家の応接室に呼ばれていた。
目の前にはノア・フェルディナンド。
制服を脱ぎ、静かな気配を纏いながらも、その瞳の奥には明確な敵意が灯っている。
「リゼルを――演奏旅行に連れていくのを、やめていただきたい」
低い声だった。
だが、押し殺されたその声音に、確かな焦りと苛立ちが混じっていた。
アデルはゆっくりと椅子に腰掛け、微笑を浮かべた。
「どうして? 彼女自身が望んだことだ。君には関係ないだろう?」
「婚約者として、当然の責任だ」
「それは“束縛”って意味じゃないのか?」
ノアの眉がわずかに動く。
「彼女はまだ十六。守るべき年齢だ。世の中の危うさを知らない」
「君が見てるのは“姫君”か“鳥かごの中の少女”だ」
アデルの声が静かに強まる。
「――違うよ。彼女は“音”を持っている。“道”を選ぶべき存在だ」
「……それでも、危険からは守らなくてはならない。公爵家の娘として、俺の婚約者として」
ノアの言葉には確かな覚悟があった。
だが、その硬さがアデルには痛々しく映った。
「君は、本当に彼女の自由を知ってるのか?」
アデルは立ち上がると、ノアの前にまっすぐ向き合った。
「……彼女はピアノの前では、誰よりも強くて、誰よりも繊細だ。
その翼を、君は“守る”という名で縛っているんじゃないか?」
ノアの拳が、静かに握られる。
「君に何がわかる。あいつを何年見てきたと思ってる」
「わかってるよ、君がどれだけ彼女を“見守ってきた”か。
でも、それだけじゃ足りない。俺なら……」
アデルは微笑みを消し、宣言するように言った。
「俺なら、“奪って”、彼女を“羽ばたかせる”」
静寂が落ちた。
ノアの瞳が、初めて大きく揺れる。
アデルは踵を返し、部屋の扉に手をかけながら言い残した。
「嫉妬するくらいなら、彼女の背中を押してやれ。
リゼルは、どこにも囚われない光だ。……君の掌で、光を消すな」
扉が閉まる音が、ノアの胸に刺さった。
(奪う? ……誰にも、渡したくない)
だが――今のままでは、本当に失ってしまうかもしれない。
その怖さが、初めてノアの中に芽生えていた。
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