八百屋王女、なんの冗談ですか?ーー行方不明のパパが国王でした!?

夢窓(ゆめまど)

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八百屋で家族会議

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八百屋の店じまいを終え、家の前に下げたランプだけが、ほのかな光を落としていた。昼間の喧騒が嘘のように遠のき、虫の声だけが夜気に溶け込んでいく。
カテイは戸締まりを確かめ、小さく息を吐いた。

そのとき――

「カテイ」

低く、かすかに震える声が、闇の中から名を呼んだ。振り返ると、王宮の紋章を胸に宿した男が立っている。
国王アルバートと、カール王子。王の装束に身を包んでいるはずなのに、なぜかひどく頼りなく見えた。

◆ 静かで、危険な距離

「……また来たのかい」

カテイは、ため息まじりに言った。
「夜だよ。王様が、こんなところをふらふら歩くもんじゃない」

「歩きたかった」
アルバートは短く答え、それから言葉を探すようにわずかに間を置く。
「……お前に、まだ話していないことがある」

「……やめてくれないかね」
カテイは視線を逸らしたまま、低く告げた。
「あんたと話すと、胸の奥が、痛くなるんだよ」

国王は一瞬だけ目を伏せたが、立ち止まらない。一歩、また一歩。距離が縮まるたび、カテイの胸の鼓動が夜の静けさを壊すほど大きくなる。


「……そういえばさ」
カテイは、ぽつりと呟いた。
「私たちって、家族にはなりたかったけど――“王様と私”には、なりたくなかったんじゃないかい」

アルバートは答えなかった。けれど、その沈黙が肯定そのものだった。

「牢から出してもらってさ。名も地位もなくていいから、家族で暮らせれば、それでよかったんだよね。カール……あんたも」

王の喉が、かすかに鳴った。

「無理やり牢に放り込まれて、それで“元に戻りました”なんて――そんなの、おかしな話だよ」

カテイは唇を噛む。
「ましてや、ビックだ。母子家庭の娘として育てられて、それなのに“王女らしくしろ”だなんて……あまりにも都合がいい」

夜の静けさの中で、その言葉だけが重く落ちた。王である前に、父である前に、ただの人間だったはずの男は、何も言えず立ち尽くしていた。

アルバートは、しばらく黙っていた。拳を握りしめ、爪が食い込むほど力を込めて――ようやく、絞り出すように言った。

「……だな。カールも、俺も……冷たい牢で、十年を過ごした」

夜気が、ひゅっと音を立てて通り抜ける。

「カールは、まだ六歳だった。目の前で、母親を殺されてな」

カテイは何も言えなかった。

「今さらだ」
アルバートは自嘲するように口の端を歪める。
「王子らしく振る舞え、だなんて……そんなもの、もうカールは持ち合わせちゃいない」

一度、息を吐く。
「ビックには、“王女としての格”を今更求める。……ふざけるな、だ」

視線がカテイに向く。
「お前に“王妃としての威厳”なんて――無理に決まってる」
それは突き放しでも、侮辱でもなかった。
「牢で家族を奪われた人間に、そんなものを求める方が狂っている」

アルバートは、初めてはっきりと吐き捨てた。
「……王位なんて、人を敬い守るどころか、奪うためにある呪いだ」

ランプの灯りが、わずかに揺れた。王ではなく、父でもなく、ただ一人の男が――ようやく、憎しみを言葉にした瞬間だった。

「……それでも、王位を捨てられなかった理由がある」

一拍、間が落ちる。

「それは――お前たちに、出会うためだ」

カテイが、はっと息を呑む。

「名も、所在も、記録も消されて……王でなければ、探す術がなかった。探すためだけに、王で居続けた。……そして、出会えた」

夜の静寂が、二人を包む。

「お前たちが嫌だと言うなら、王位なんて今すぐにでも捨てる。だがな……」
表情がわずかに歪む。
「古い王政の“型”に当てはめられて、気に入られなければ、また殺される……それだけは、二度とごめんだ」

拳が震える。
「王位が呪いなら、それを利用してでも探すしかなかった。王でいたのは、権力のためじゃない。……生きて、再び会うためだった」

ランプの灯が静かに揺れる。それは、失った家族を探し続けた、一人の男の言葉だった。

「……結局さ」
夜の闇に向かって、言葉を落とす。
「“王一家が王に相応しくない”なんて勝手な理由で、またお前たちと引き離されるのが、嫌なんだ」

「八百屋でいい」
アルバートは、はっきりと言った。
「俺は……八百屋でいいよ。カテイと、一緒にいられるなら」

少し遅れて――
「……私も」
控えめだが、逃げのない声。カールだった。
「入れてもらえるなら、八百屋でいいです」

沈黙が落ちる。やがて、カールは視線を伏せたまま続けた。

「僕の母は……間違っていたのかもしれません。けれど、王族としては、間違ってはいなかった」

誰も否定しなかった。

「母が殺されてから、即、暗殺団が来ました。革命軍の要人を、本当に目立たないやり方で、その日、すべて消していった。母は外交の要だった国の王女でした。だから……これ以上、王族を殺せば戦争になると分かって、この国は私たちを“守る”名目で幽閉した」

それは怒りでも、恨みでもなく、ただの事実だった。

「王族として、何もない十年でした。……今さら、元に戻したからありがたく思えと言われても、無理ですよ」

静寂が落ちた。

王ではない。王妃でもない。王子ですらない。
ただ――生き残ってしまった家族が、夜のランプの下に立っていた。

「……私は、退位するかな」
アルバートは肩の力を抜くように言った。
「家族になって、幸せってやつを味わってしまったからな。どうやら、こっちのほうが性に合ってる」

「王位が必要だと言われるなら、“給料制の王”という職業でいい。それが駄目なら――八百屋だ」

迷いはなかった。

その横で、カールが目を見開き、ふっと笑う。
「……いいですね。それ。私も、政略結婚だの身分だの、全部やめます。好きな子と、結婚する」

「え、兄ちゃん?」
すかさずビックが首を突っ込む。
「孤児院で知り合った、ノンナが好きなんだ?」

「――おおぅ!」
顔を赤くして、カールが声を上げた。

夜の空気が、ふっと緩む。

王も、王子も、王女もいない。
そこにいるのは、八百屋の前で、これからの人生を勝手に決め始めた家族だけだった。

ランプの灯りは、その選択を静かに照らしていた。
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