白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)

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<番外編>ぽすっ、ぽすっと、胸に

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番外編なので、ラストと、ほぼ同時投稿です。

◆テオドール側

――“アリさんに殴られるカブトムシ”の内心

マシュウに言われた比喩は、実はテオドールの胸にも刺さっていた。

(……本当に、そんな感じだ)

マルグリットが怒って腕を振り上げても、拳を握って胸を叩いてきても、
痛くはない。ぽすっ、ぽすっ!
だけど、胸の奥だけが――なぜか、ものすごく痛い。

(俺を殴る理由を、全部わかっているつもりだが……
 それでも、殴られながら “ああ、生きててよかった” とか思ってる俺は、どうかしてる)

彼女の怒りは、三年分だ。
殴られるたび、

――ここにいてくれる
――まだ俺と口をきいてくれる
――本当に、戻ってきたんだな

そんな実感が、逆に嬉しくなるのだ。

(殴られながら……嬉しいとか、変態か俺は)

ほんの少しだけ、頬が緩む。

その「緩み」が――次の地獄を呼ぶ。



◆マルグリット側

「なんで笑ってるのよ!!」

テオドールの口元のゆるみを見た瞬間、
マルグリットは爆発した。

「殴ってるのに……なんで、笑ってるのよ!!?」

声が屋敷中に響いた。

テオドール
「い、いや……」

「いや、じゃない!!
 私が怒ってるの、わかってるでしょ!!」

テオドール
「わかってる。わかってるが……その……」

「“その”じゃない!!
 殴られて笑うなんて、頭おかしいの!?
 ふざけてるの!? 舐めてるの!? 反省ゼロ!?!?」

テオドールは完全に言葉を失った。

本気で殴られ、本気で怒鳴られているのに、
自分は笑っていた――。

彼の脳内は真剣そのものだ。

(どう言えば……正解なんだ?
 “嬉しいから” は言えない……絶対言えない……)

言ったら確実に――次は拳では済まない。

マルグリット
「……何、その顔。
 怒られて嬉しいの? 私が怒ってるのがそんなに面白い?」

「違う! 違うから落ち着けマルグリット!」

「落ち着いてないの!!
 落ち着いてたら殴らないの!!」

テオドール
「……その通りだ」

「何納得してるのよ!!」

テオドールは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
“彼女が目の前で、ちゃんと怒ってくれている”
その事実だけで、胸が強く締めつけられる。

(……生きて戻ってよかった。本当に)

それが顔に出る。

マルグリット
「だから!!
 なんで笑ってるのよおぉぉぉ!!!」

再び拳が飛ぶ。ぽすっ。

テオドール
(……ああ。
 殴られてるのに、涙が出そうだ。
 こんな感情、戦場では一度もなかった……)

“怒ってくれる人がいる”という幸せが、
彼にはまだ理解しきれない。



◆マシュウ(扉の外)

扉の隙間から聞こえる大騒ぎに、マシュウは笑いをこらえていた。

「……ほらな。
 アリさんがカブトムシをボコボコにしてるだろう?
 ちゃんと泣きながら殴ってる。
 それでカブトムシは……もっと嬉しそうなんだよ」

スザンヌ
「……どっちも面倒くさいわね。
 でも、まあ……うまくいってるんじゃない?」

マシュウ
「うん。あれで“うまくいってる”んだよ」

◆殴っられているのに笑っているテオドール/痛くはない多分。

(カブトムシの内心/マルグリット視点)

「な、なに笑ってるのよ!?」
マルグリットは拳を握りしめ、テオドールをにらみ上げた。

テオドールは頬を赤くしながら、しかし口元はどうにも緩んでいる。

「……いや、その……」

「“いや”じゃない! 殴ってるんだから、痛がりなさいよ!!」

「痛いよ?」

「絶対嘘でしょ!!」

テオドールは、深いため息をついて目を伏せた。
そして――ふっと笑みを消し、真っすぐにマルグリットを見た。

「……嬉しいんだ」

「は?」

「殴られて嬉しいんじゃない。
 君が……俺に本気で怒ってくれるのが、嬉しいんだ」

マルグリットの心臓が、ひゅっと鳴った。

「……意味がわからない」

「ずっと、君は何も言ってくれなかった。
 怒りもしない、泣きもしない、“存在しない人”みたいで……」

テオドールは拳をぎゅっと握った。

「戦場にいる間も、毎日、思っていた。
 ――帰る場所があるのかって。
 俺の妻は、本当に俺を待っているのかって」

「……」

「でも君を見たら……生きてるってわかった。
 ちゃんと怒って、泣いて……俺のことを“憎んで”くれてる」

「憎むのが、嬉しいの?」

テオドールは、少し苦笑した。

「憎まれるほど……君の人生に、俺は居たんだって思えるから」

そこまで言ってから、顔を伏せた。

「本当は、殴られるよりも……
 “何も言ってくれなかった三年間”の方が、ずっと怖かった」

マルグリットの呼吸が、小さく乱れる。

「……そんなこと、初めて言ったじゃない」

「初めてだ。
 君に正直に言うのも……初めてだ」

テオドールは、ほんの少し震えていた。

「君が俺を嫌ってもいい。
 怒ってもいい。
 でも……もう、黙って消えたりしないでくれ」

マルグリットは口を開いたが、言葉が出なかった。

胸の奥が痛い。
怒りと、悲しみと、少しの救われた気持ちが混ざって――解けない。

「……だからって、許すわけじゃないわ」

「うん、わかってる。
 君に許されるまで……何度でも殴られていい」

「変態?」

「そうかもしれない」

「認めた!?」

テオドールは、照れたように微笑んだ。

「でも……君の声が聞こえるだけで、もう十分だ」

その表情を見て、マルグリットの胸にぎゅっと切なさが走る。
けれど――まだ、そのまま抱きしめられるほど甘くない。

「……まだ、距離は取るわよ」

「もちろんだ」

テオドールは素直に一歩下がった。

けれど、その目だけは、
“これ以上離したくない”と語っていた。




新作予告

『風の魔女がステップをふめば、世界は笑う。
 ――追放令嬢のスローライフ、復讐は、計画的に』

追放された令嬢が、
“森の魔女”と呼ばれながら、
静かな暮らしを取り戻していく物語です。

スローライフ×魔女×爽快な復讐。
また少しだけ笑って、少しだけ泣ける物語になれたら嬉しいです。

今日
より更新開始いたします。
どうぞお楽しみに——。

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