嵐が去って、会社は今日も平和――たぶん。義兄妹の恋のプレリュード

夢窓(ゆめまど)

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月曜日のお昼弁当

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◆「月曜の昼休み」

朝の職場。
昨日までの休日のにぎやかさが嘘のように、薬草工房は静かだった。
ライアーは机に書類を広げながら、ちらりと前の席を見た。
――そこには、昨日一緒に買い物をした男。
冷静沈着、無駄口の少ない上司・クリス。

が、今はなぜか――
彼にお弁当を持ってきている。
布に丁寧に包まれた、どう見ても“母の手作り”仕様。

「これ、母からです。」
彼の机にコトリと置く。

お昼休み。
向かいの席で、クリスが包みを開く。
中には、色とりどりの卵焼き、ウインナー、ブロッコリー。
そして、小さく飾られたうさぎリンゴ。

「……母さんらしいな。」
「えっ、はい。」
「お前、まだ親に弁当作らせてるのか?」
「ち、違います! これは……昨日のお礼で!」
「ふーん。」

クリスは無表情で箸を持ち上げたが、
その目尻がわずかに和らいでいた。

「……てことは、俺も今日からそうなるのか、あー……!」
ぼそっと漏らす声に、ライアーは思わず吹き出す。

「そんなに嫌そうに言わないでくださいよ。」
「いや……なんか、家庭の味ってやつが、照れくさい。」
「じゃあ、ありがたく食べてください。」
「……母さんに、ありがとうって、言っててくれ。」

「母に、はい。」
「ああ。後で弁当箱返すから。」

そう言って、黙々と箸を動かす。
(なんだろう……いつもよりずっと“普通の人”に見える)

ふと、ライアーと視線がかち合った。
どちらともなく目を逸らし、同時に咳払い。

「……変な感じですね。」
「そうだな。」

机の上には、同じ弁当箱。
どちらも少しだけ、味がしみていた。


「……母さん、昨日、楽しそうだったな。」
「はい。来週も一緒に行く気満々です。」
「……覚悟しとく。」


◆「噂は風より早く広がる」

昼休み済んで、
いつものように工房に笑い声が満ちる中、
ライアーが席につくと――空気が少し、おかしい。

妙にみんながこっちを見ている。
にやにやしながら。

「……なに?」
「いやぁ~~ライアーさん、聞きましたよ。」
「主任にお弁当届けたって。」
「しかも、手作り。」
「しかも、“ありがとう”って、
 あの氷の主任が、やさしく言ったらしいじゃないですか~~!」

「ちょっ……誰がそんなこと……」

ライアーは顔を押さえる。
たぶんお弁当の“同じ手作り弁当目撃事件”のせいだ。
こっそり、全員に見られていたとは。

「違います! 彼の弁当は――」
「彼の!?」
「ちがっ、主任の! 主任のお弁当は、
 私の母が作ったもので!」
「え、それ、もう完全に“家公認”じゃないですか!」
「だからそうじゃなくて!!!」

そのとき、通りかかったクリスが足を止めた。
「何の話だ。」
一瞬で静まる工房。
誰もが“現行犯の生徒”みたいに固まる。

ライアーが、必死に言葉を並べた。
「主任、誤解されてます! 皆さんに説明を!」
「……説明?」
「今日のお弁当の件です!」
「……ああ。母さんの。」

一瞬の沈黙。
次の瞬間、同僚たちがどよめく。

「ま、まさか、主任が“お義母さん”呼び!?」
「ちがいます!!」
ライアー、顔真っ赤。

クリスが軽くため息をつく。
「お前たち、落ち着け。
 ライアーの母さんは――俺の父の再婚相手だ。」

「…………え?」
「つまり、俺もライアーも、一緒の家族だ。」

その瞬間、どよめきがぴたりと止まり、
数秒後に「そういうこと!?」「ややこしい!」「ドラマみたい!」と爆発した。

ライアーは机に突っ伏して、
「もうやだ、帰りたい……」とつぶやいた。

クリスは平然と資料をめくりながら、
「職場で家族扱いされるのも悪くないだろ。」
「やめてください、余計誤解されます!」
「俺はもう慣れた。」
「私は慣れてません!」

周囲のくすくす笑い声の中で、
二人の“再婚ファミリーの噂”は、
その日のうちに部署中を駆け巡ったのだった。

その日の午後、上層部からのメール件名にはこう書かれていた。
「※私的関係による勤務への影響については、当事者間で整理を」
……ちがうんです、本当に家族なんです。

◆「家族って、説明がむずかしい」

昼過ぎ。
静まり返った工房に、スコット監査官が入ってきた。
無駄のない足取りで、主任席に直行。
みんなが一瞬、息をのむ。

「……クリス主任。」
「なんでしょうか、監査官。」
「ちょっと確認を。
 “家族関係による勤務上の影響”という報告が出てまして。」

ライアー、机の下で頭を抱える。
(うわぁぁ、メール見られた……!)

クリスは落ち着いた声で答えた。
「誤解です。
 ライアーは義妹です。父の再婚相手の娘でして。」
「……なるほど。つまり血縁ではない。」
「はい。」

スコットは腕を組み、少し考えこむように言った。
「確かに職場では珍しい状況ですが……
 問題はないと判断します。」

「ありがとうございます。」

周囲がほっと息をつく中、
スコットがふと視線を落とした。
「……それにしても、珍しいですね。
 あなたが“家族”の話をするなんて。」

クリスは少しだけ目を伏せ、
淡々と、それでもどこか遠い声で答えた。

「……あの頃は、父さんの再婚って、
 十代後半の俺には、最悪で。」

誰も動かない。
ライアーも、思わず顔を上げた。

「家に女性がいる。しかも、子供も女の子。
 居心地悪いことこの上なくて、
 洗濯も、風呂も、すべてにおいて慣れなかった。」

短く息をついて、机の上の書類を指で整える。
「だから、大学で、家を出たんだ。
 あの時はそれしか、選べなかった。」

スコットは静かに頷いた。
「……今は?」
「今はもう大人ですから。
 家族がいるって、悪くないと思えます。」

ほんの少しだけ、笑みがこぼれた。
それは、仕事場ではめったに見せない、柔らかい顔だった。

スコットが軽く笑って立ち上がる。
「なるほど。
 そういう背景なら、報告は不要ですね。」
「助かります。」

スコットが去ると、
工房に残った空気がゆるんで、誰かが小声でつぶやいた。

「主任、意外と……人間味あるんだな。」

ライアーは、そっと息をついた。
(やっぱり、あの人も“家族”に迷った時期があったんだ。)




――大人になるって、
“慣れること”じゃなくて、“許せるようになること”なのかもしれない。
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