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家族の日曜日
しおりを挟む母が台所から、ベーコンとスクランブルエッグ、パンケーキ、サラダを持ってやってきた。
「おはよう、ライアー。今日はゆっくりでいいのよ。
ねぇ、見て。クリスがパンケーキ焼いてくれたの!」
「……えっ、食べれるんですか、それ。」
「おまえ、俺をなんだと思ってる。」
母が笑う。
「二人とも、ほんと仲良くなったのね。
なんだか――家族みたい。」
(家族……そう言われると、なんか妙にこそばゆい)
父が新聞をたたみ、満足げに頷く。
「いい朝だな。なぁ、みんなで出かけるか。」
「出かける?」
母が振り返る。
「そうそう、買い物行きたかったの。食材も少なくなってきたし。」
「俺、車出すよ。」とクリス。
「悪いな、助かる!」と父。
母が嬉しそうに手を叩く。
「じゃあ決まり! 朝ごはん食べたら出発ね!」
「……え、私も?」
「当たり前でしょ?」
ライアー
「いや、私服買いに行くから、別行動します。」
「一緒に行けばいいじゃないの。どうせ同じモールなんだから。」
母の“家族で行こう”オーラが強すぎて、
ライアーは反論のタイミングを失う。
クリスが横目でちらりと見て、
「買い物袋、重いぞ。どうせ車で一緒に帰る。」
「だからって――」
「運転手の特権だ。拒否権なし。」
「理不尽……。」
父が笑ってコーヒーを飲む。
「いいじゃないか、久々に家族で出かけるなんて。」
母がエプロンを外しながら微笑む。
「ふふ、ほんとにね。
家族って、こうやって“普通の朝”を一緒に過ごすことなのね。」
テーブルの上には、トーストとスクランブルエッグ。
湯気の立つカップから、ほのかな香りが立ちのぼる。
――まるで、8年前の時間がほんの少しだけ巻き戻ったようだった。
きっと父母にとっても、
これは“再生の朝”。
失われた家族と、いまここにある家族。
そのあいだで、私たちは静かに息をしていた。
◆「モールの午後」
昼下がりのショッピングモールは、家族連れとカップルでにぎわっていた。
母と父は「ちょっとお茶でも」と言って、カフェに入っていく。
「あなた、うれしそうね」
「そりゃあな。クリスも久しぶりに顔を出してくれた。
ライアーも元気そうだし、なんか――やっと“家族になった”気がする。」
母は、コーヒーをかき混ぜながら小さく微笑む。
「時間って、不思議ね。
最初はどうなるかと思ったけど……
一緒に過ごしてるうちに、少しずつ溶けていくのね、心の氷が。」
父が笑う。
「お前がそう思ってくれてるなら、それだけでありがたいさ。」
窓の外では、クリスとライアーが並んで歩いているのが見える。
ぎこちなく話しながらも、どこか穏やかな空気だった。
「……かわいい服、買うのか?」
唐突な問いに、ライアーは思わず足を止めた。
「は? なんでそうなるんですか。」
「女の買い物なんて、服か靴かだろ。」
「まさか、仕事用よ。」
クリスは腕を組んで、少しだけ口の端を上げた。
「仕事“用”にしては、見てるの全部フリルついてる。」
「違うの、これは参考。リラックスウェアの色味を研究してるの!」
「……ふうん。研究熱心だな。」
「バカにしてます?」
「いや。似合ってると思って。」
「…………」
(そんな言葉、誰かから聞く日が来ると思わなかった)
クリスは、何事もなかったように私が気に入ったブラウスの会計を済ませて前を歩き出す。
「えっ、お会計!」
「兄ちゃんが、買ってやるよ。ほら!」
「ありがとう!」包んでもらった、ブラウスを渡してくれる。
「さっき母さんが、買い物袋って言ってから、遅くなる前に戻るぞ。」
「別に頼んでないんですけど。」
「……そう言うと思った。」
ため息をつきながらも、ライアーはついていく。
隣を歩く彼の歩幅に、いつの間にか合わせていた。
カフェの中で、母と父がその様子を見ている。
「ねぇ、あなた。見た?」
「見た見た。あれは――うん、良い兆しだな。」
母が楽しそうに笑う。
「二人とも、似た者同士なのよ。
不器用で、優しくて、まっすぐで。」
父がうなずく。
「親としては、ちょっと嬉しいな。」
母はコーヒーカップを両手で包みながら、
窓の外に小さく手を振った。
「こういう時間が、もっと続けばいいのにね。」
⸻
――午後の日差しが、ガラス越しに柔らかく差し込んでいた。
ふと振り返ると、クリスの横顔が光の中で笑っていた。
「……なんか、家族の休日みたい。」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
◆「帰り道の沈黙と、夜の会話」
帰りの車内は、夕暮れ色に染まっていた。
街灯が点き始める頃、助手席の母はうとうとと舟をこぎ、
後部座席の父も腕を組んだまま小さくいびきを立てていた。
運転席のクリスと、助手席のライアー。
後の座席には、買い物袋がいくつも積まれている。
「……静かですね。」
「珍しく、誰もしゃべらない。」
「いつも母が一番うるさいのに。」
「疲れたんだろう。楽しそうだったからな。」
信号が赤に変わる。
停車した瞬間、窓の外から風が入り、柔らかく髪を揺らした。
「……彼女いるんですか?」
不意に出た言葉に、クリスの手が一瞬止まる。
「なんだ急に。」
「母が言ってました。『クリスに彼女いるのかしら?』って。」
「……いませんよ。」
「でしょうね。」
「どういう意味だ。」
「職場でも笑いませんしね。」
横目で見上げると、彼はわずかに口元を動かした。
「おまえに言われたくない。」
「私、笑ってますけど?」
「“皮肉”のほうの笑いだろ。」
「……バレてる。」
二人のあいだに、また静寂が落ちる。
でもその沈黙は、以前のように重たくはなかった。
やがて信号が青に変わる。
車が再び走り出す。
ライトの光が並木道を照らし、夜の帳がゆっくりと降りていく。
⸻
家に着くと、母が目をこすりながら言った。
「ふぁぁ……楽しかったわねぇ。ねぇ、また来週も行きましょう?」
「……早いな。」とクリスが苦笑する。
「いいじゃない、家族なんだから。」
母がにっこり笑うと、父も嬉しそうに頷いた。
(家族、か……)
ライアーはふと、隣のクリスを見た。
さっきよりも、ほんの少し表情が柔らかい。
それだけで、胸の奥がほんのり温かくなった。
⸻
――この家は、
もう一度“家族”をやり直している最中なんだと思った。
失った時間のぶんだけ、
今の一瞬が、やさしく響いた。
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