『婚約破棄はおいくら?』 ──婚約破棄はまず、精算からお願いしてもいいですか?

夢窓(ゆめまど)

文字の大きさ
6 / 18

国外使節の修羅場 婚約は、混戦

──その翌日。
キャスリン邸の庭園に、再び豪奢な馬車が並んだ。
今度は各国の使節が一堂に会し、揃ってサロンに押し寄せてきた。



隣国の王弟殿下
「キャスリン嬢、今すぐ我が国に嫁いでいただきたい!」

帝国侯爵家嫡男
「馬鹿を言うな。帝国こそが彼女にふさわしい! 契約書はすでに用意してある!」

大公国の使者
「どちらも引け! 我が大公は“即決の婚姻”を望んでおられる!」



場はたちまち言い争いとなり、机を叩く音、怒鳴り声が飛び交う。
カップが倒れ、紅茶が床にこぼれていく。



キャスリンは優雅に扇子を動かしながら、一歩も動かない。
その横で、アベルが顔色を変え、必死に止めに入る。

アベル
「やめろ! ここは王国の領内だぞ!
彼女を奪い合って騒乱を起こせば、国際問題になる!」

帝国侯爵家嫡男
「ならば、なおさら急がねば! 彼女を手にする者が勝つのだ!」



ジェームス執事がため息をつき、主人の耳元に囁いた。

ジェームス
「お嬢様……少々、庭園が戦場めいてきましたが、どういたします?」



キャスリンは紅茶を一口すすり、カップをそっと置いた。

キャスリン
「……どうしようかしらね。
放っておいてもいいけれど、うるさくて本が読めないのは困るわ」

扇子をぱちんと鳴らし、静かに立ち上がる。

キャスリン
「──静かにしなさい。
ここは私の屋敷。私が望まぬ婚姻話で騒がれるのは、迷惑ですわ」



一瞬で場が凍りつき、各国の使節が言葉を失う。
その背後で、アベルだけが「……やはり、この人を守れるのは自分しかいない」と胸の内で固く決意するのだった。


(アベルの再プロポーズ)

騒乱を一喝で収めたキャスリン。
サロンに沈黙が訪れる。
国外の使節団が口をつぐむ中、アベルだけが前に出て深く頭を下げた。



アベル
「キャスリン嬢……いや、キャスリン。
どうか、この国に残ってほしい」

場がざわめく。
第二王子が、公衆の面前で彼女を“名で呼んだ”のだ。



アベル
「私の兄の愚行で、あなたを傷つけたことは重々承知している。
それでも──あなたを国外に奪われては、この国は立ちゆかぬ。
国家のためだけではない。私は……あなたに残ってほしいんだ」

真っ直ぐな声。
彼はそのまま片膝をつき、震える手で差し出した。

アベル
「契約結婚でも構わない。形式でもいい。
ただ、この国に、私の隣にいてくれ」



キャスリンは扇子を閉じ、涼しい視線で見下ろした。

キャスリン
「……本当にしつこいですわね。
私が欲しいのは“本を読む時間”と“紅茶の香り”。
殿下と結婚して、それが叶うとでも?」

アベルの顔がわずかに歪む。
だが、すぐに力強い眼差しで言い返した。

アベル
「叶えよう。
どんな本でも取り寄せる。どんな茶葉でも揃える。
──それでも駄目か?」



キャスリンは一瞬、驚いたように彼を見つめた。
しかしすぐに、口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。

キャスリン
「……まあ、考えてあげなくもありませんわ。
ただし、私の邪魔をしないこと。それが条件です」



国外の使節たちは言葉を失い、アベルは深々と頷いた。

アベル
「約束しよう。君の自由を奪う者から、私が必ず守る」


(アベル、城で直訴)

──王城、玉座の間。
アベルは騎士に先導され、国王と王妃の前に進み出た。



アベル
「父上、母上。
私は本日、重大な報告とお願いがあり参りました」

国王と王妃が視線を向ける。
アベルは真っ直ぐ背を伸ばし、堂々と告げた。



アベル
「兄カナタは、公爵令嬢キャスリンを愚弄し、賠償金を発生させ、王家を国中の笑い者にしました。
もはや──王太子の資格はございません」

廷臣たちがざわめく。
アベルは一歩踏み出し、言葉を続けた。



アベル
「私は、キャスリン嬢をこの国に留めるため、王太子として正式に求婚したい。
第二王子のままでは、国外の大公や侯爵に勝てません!
上が“不良債権”では、国の未来は守れないのです!」



玉座に座る国王が、思わずむっと眉をひそめた。

国王
「……不良債権とは、失礼な言い方だな」

アベル
「事実です!」

国王の顔に、苦い笑いが浮かぶ。
周囲の廷臣たちは顔を見合わせ、重苦しい沈黙の中に微かな期待の色を帯びていた。



王妃
「陛下……アベルの言葉も一理ありますわ。
キャスリン嬢は、すでに国外からも縁談が殺到しているとか。
失えば、国際的に大きな損失となりましょう」

国王は深く息を吐き、背凭れに身を沈める。



国王
「……カナタを廃嫡し、アベルを王太子とするか。
それが、この国に残された唯一の手なのかもしれんな」


(王太子からの正式求婚)

──キャスリン邸。
午後のサロンに、王城の紋章入りの重厚な書状が届けられた。

執事ジェームスが恭しく差し出す。



ジェームス
「お嬢様。これは──王城より、“王太子”の名で届けられた正式な求婚状にございます」


「まあ……! とうとう、第二王子殿下が王太子に」


「姉上に、正式な求婚か! やっぱり時代は動いてるなあ」



キャスリンはカップを置き、ゆったりと封を切った。
中には、丁寧な文言で綴られた「王太子アベル殿下からの結婚の申し込み」が記されている。

彼女は読み終えると、扇子で口元を隠しながら小さく笑った。



キャスリン
「これなら……賠償額が、ぐっと減るわけね。
国も“婚約破棄の失態”を帳消しにしたいでしょうし」

ジェームス
「お嬢様……ずいぶん実務的な感想で」

キャスリン
「愚鈍な兄より、アベル殿下のほうが国にとってはいいかもしれません。
……もっとも、私にとって“邪魔にならないかどうか”が一番大事ですけどね」



家族たちは顔を見合わせ、苦笑する。
だが誰も反対する者はいなかった。
キャスリンの視線はすでに、書物と紅茶に戻っている。
感想 0

あなたにおすすめの小説

「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?

にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。 「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。 否定はしない。 けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。 婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。 「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」 ──存じません。私はもう、ただの無職ですので。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

【完結】さよなら、馬鹿な王太子殿下

花草青依
恋愛
ビーチェは恋人であるランベルト王太子の傍らで、彼の“婚約破棄宣言”を聞いていた。ランベルトの婚約者であるニナはあっさりと受け入れて去って行った。それを見て、上手く行ったと満足するビーチェ。しかし、彼女の目的はそれだけに留まらず、王宮の平和を大きく乱すものだった。 ■主人公は、いわゆる「悪役令嬢もの」の原作ヒロインのポジションの人です ■画像は生成AI (ChatGPT)

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?