『婚約破棄はおいくら?』 ──婚約破棄はまず、精算からお願いしてもいいですか?

夢窓(ゆめまど)

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カナタが壊れる。

(アベル、惨状を目撃)

──ある日。
アベルは護衛を連れて、ひそかにルビーの実家である男爵邸を訪れた。



門番
「第、第二王子殿下!? こ、これは……!」

慌てふためく門番を押し切り、アベルは屋敷に入った。
そこで彼が見たものは──



玄関ホールで靴紐に四苦八苦しているカナタの姿だった。

カナタ
「くっ……なぜだ! どうして結べん!? 誰か! 誰か手を貸せ!」

周囲の使用人たちは顔をそむけ、誰も手を出そうとしない。



食堂では、床に小銭をぶちまけて狼狽するカナタ。

カナタ
「この銀貨は……ええと……何枚で金貨一枚になるんだ!? 誰か答えろ!」

ルビーは隣で真っ青な顔をして、ただ唇を噛んでいた。



アベルは冷ややかに息を吐く。

アベル(心の声)
「……これが、兄上の現実か。
王城で与えられた豪奢な生活がなければ、顔も洗えず、靴も結べず、金勘定すらできない……」



その時、廊下の陰から男爵夫妻の声が漏れた。

男爵
「……殿下はまるで子供だ。とても婿に迎えたなどと言えん」
男爵夫人
「ルビーが泣き暮らす日々になるとはね……」



アベルは拳を握りしめ、静かに言った。

アベル
「……兄上。あなたはもう、この国の王子ではなく、ただの“廃人”だ」

そして彼は踵を返し、冷たい瞳のまま屋敷を後にした。


(アベル、王太子に立つ)

──王城、玉座の間。
アベルは重々しい足取りで進み出て、玉座に座る国王へ深く頭を下げた。



アベル
「父上、兄カナタは、もはや王太子の資格を完全に失いました。
民の信頼を裏切り、公爵令嬢を愚弄し、今や男爵家で恥をさらすのみ。
……これ以上、王家の顔に泥を塗らせるわけには参りません」



廷臣たちがざわめく中、アベルはさらに声を強める。

アベル
「私は、この国を守るため──正式に王太子の座を継ぐ覚悟を決めました」



国王は黙したまま目を閉じ、長い沈黙の後、低く言った。

国王
「……よかろう。
カナタは王家の塔に幽閉する。
光を浴びず、己の過ちを悔いながら、一生を終えるがいい」



廷臣たちがどよめき、玉座の間の空気が一変する。
国王はアベルを見据え、ゆっくりと頷いた。

国王
「アベル──今日この時より、お前を正式に王太子とする」



王妃が席を立ち、アベルの肩に手を置く。

王妃
「……頼もしいわ、アベル。
これでようやく、この国は未来を取り戻せる」



アベルは深く頭を垂れた。

アベル
「はい、母上。必ずや、この国を立て直してみせます」

しかしその胸の奥にあったのは──国家への責任感だけではなく、一人の女性への強い想い。

アベル(心の声)
「キャスリン……必ず、君を守り抜く」


(再び届く、正式な求婚状)

──キャスリン邸。
午後のサロンに、王城の紋章入りの厚い封書が運び込まれた。

執事ジェームスが厳しい顔つきで差し出す。



ジェームス
「お嬢様。今度は……“王太子アベル殿下”のお名で、正式な求婚状が届いております」


「まあ……また。今度は王太子として……」


「さすが姉上、ついに国の中心にまで!」



キャスリンは静かに封を切り、文面を目で追った。
そこには「国の未来を共に歩んでほしい」「王太子妃として迎えたい」といった荘重な言葉が並んでいた。

彼女は読み終えると、ふっと笑って扇子で口元を隠した。



キャスリン
「……お茶したこともないのに、結婚? 無理ですわね」



家族一同、ぎょっとする。


「ちょ、ちょっとキャスリン……! 相手は王太子様よ?」

キャスリン
「だからこそです。
顔を合わせてろくに言葉も交わしていない相手に、国と婚姻の重みを背負えと言われても……紅茶を一杯淹れる気にもなりませんわ」



ジェームスは思わず口元を押さえ、肩を震わせた。

ジェームス
「……まったく、お嬢様は」



キャスリンはカップを持ち上げ、紅茶をひと口すする。

キャスリン
「私にとって大事なのは、“静かに本を読む時間”。
それを邪魔するなら、王太子であろうと関係ありません」

窓辺に立つ彼女の姿に、家族もジェームスもただ唖然とするしかなかった。


(初対面のお茶会)

──キャスリン邸の庭園。
季節の花が咲き誇る中、丸テーブルの上に白磁のティーセットが並ぶ。
執事ジェームスが整えた「特別な茶会」の場に、ついにアベルが姿を現した。



アベル
「本日は突然押しかける形となり、失礼をお許し願いたい」

キャスリン
「まあ、殿下が直々に……。お茶の一杯くらいは差し上げますわ」

彼女は扇子を畳み、静かに椅子を示す。
アベルは深く一礼して腰掛けた。



ティーポットから紅茶が注がれ、芳しい香りが広がる。
キャスリンが先に口をつけ、目を細める。

キャスリン
「やっぱり、紅茶の香りは裏切りませんわね。
……さて、殿下は私に何をお望みで?」



アベルは背筋を正し、真剣な眼差しを向ける。

アベル
「私は国のため……そして私自身のために、あなたにここに残ってほしい。
求婚の手紙だけでは誠意は伝わらぬと思い、こうして参った」



キャスリンは微笑み、ティーカップをソーサーに戻す。

キャスリン
「手紙よりは誠意を感じますわ。
ですが……私、本と紅茶さえあれば幸せなんですの。
殿下のお相手をするとなれば、それがどれほど邪魔されることか」



アベルは思わず息を飲むが、すぐに言葉を返す。

アベル
「ならば邪魔はしない。
あなたが望む本を、どれほどでも集めよう。紅茶も、世界中から取り寄せる。
ただ……私の隣にいてくれるだけでいい」



キャスリンは一瞬、カップの縁に指を滑らせ、考え込む。
それは拒絶ではなく、初めて相手を「検討する視線」で見る仕草だった。

キャスリン
「……口約束は軽いものですわよ、殿下」

アベル
「だからこそ、今日こうして誓う。
君の“静かな日常”を壊す者からは、必ず私が守る」



庭に風が吹き抜け、花弁が舞った。
キャスリンは目を細め、ほんの少しだけ微笑む。

キャスリン
「……さて。紅茶が冷めますわ。
続きは、もう一杯飲んでからにしましょうか」

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