『恋は、鏡の中のわたしを変えていく』あなたと踊るタンゴ

夢窓(ゆめまど)

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「騎士科の練習が見たくて」

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「あの人、誰だったんでしょう……」

 本を抱えて図書館を出たあとも、私はずっと昨日のことを考えていた。
 黒髪の青年。あの静かで温かい瞳。

 名前も、所属も、なにも知らなかった。
 ただ、騎士課の制服を着ていたことだけ、はっきりと覚えている。

 ――気になっている。それは認める。
 けれど、それはただのお礼の気持ちであって、べつに特別な感情などでは――

「アネット様?」

「わっ!? タ、タニア様……」

「どうしたんですの? ニヤニヤしておられましたけれど」

「してませんわっ!?」

 同じ学園の友人、タニア・ウェストン嬢。
 快活で好奇心旺盛、そして何より、騎士団の熱烈なファン。

 私は思い切って切り出した。

「……タニア様。騎士課の練習って、見に行けたりするのかしら?」

「もちろんですわ! 学園内の公開練習なら、見学自由ですの。ご希望ですか?」

「ちょっと、見てみたいだけ」

「まあ! まさかアネット様も、沼に入られるおつもりで……!」

「ちがいますわっ!」



 その週末。
 タニア様に連れられ、私は騎士課の演習場へと足を踏み入れた。

 そこは思ったよりも熱気に満ちていて、見学席には令嬢たちの小さな歓声が飛び交っていた。

「うわ、今日もレオン様がいらっしゃるわ!」

「レオン様って?」

「黒髪の青年騎士ですわ。若手の中でも将来有望で、まじめで、背が高くて、しかも――」

 タニアの説明は右から左へ流れた。
 だって、その名前が耳に入った瞬間、心臓が跳ねたから。

 レオン。
 図書館で、あの言葉をくれた人。

 剣を振るう姿は、昨日の静けさとはまるで違っていた。
 真剣な目。滲む汗。鋭い踏み込み。

 体の芯から、鍛えている人の動き。

「……かっこいい」

 思わず漏れた言葉に、隣でタニアが目を輝かせる。

「ふふふ、アネット様! さあ、こちら側へようこそ!」

「ちがいますわっ! ちが……いますわ……」

 でもその日、私は知ってしまった。
 “誰かのことを、もっと知りたい”と思うだけで、胸がこんなに忙しくなるのだということを。


「騎士科女性向け・体力補強レッスンのお知らせ」

学園の掲示板に、新しいお知らせが貼られていた。

🔔【女性向け】体力補強レッスン参加者募集!
騎士科監修:ドレスを美しく着こなすための、しなやかな筋肉づくり
※マッスルにはなりません
※初心者・文官志望歓迎
参加希望者は講堂前にて申し込み受付中!

「……あら、面白そう」

掲示を見つけたタニアが、いたずらっぽく笑う。

「ねえアネット、私たちもやってみない? 騎士科の方とも親しくなれるかもしれないし……うふふ、沼、よ?」

「沼って、タニア……」
苦笑しながらも、アネットの心はわずかに揺れた。

(ドレスを着こなすための筋肉……確かに、ワルツでリフトされる時も、少し体幹が必要だったわ)

好奇心と実用性が背中を押す。

「やってみようかしら」

* * *

初回レッスンの日。

講堂では、柔らかな音楽が流れ、女性教官が笑顔で出迎えた。

「今日はまず、制服姿でもできるストレッチから始めましょうね」

両腕をゆっくりと上げ、肩を回し、背筋を伸ばす。
わずかな動きなのに、じんわりと体が温まっていくのがわかった。

「これ……なんだか気持ちいいわ」

「でしょ? 騎士団の式典前にもよくやるのよ」とタニア。

周囲では他の女生徒たちも笑顔で取り組んでおり、なごやかな雰囲気に包まれていた。

(これなら、続けられそう……)

そしてアネットはまだ知らない。

このレッスンの先に、自分の知らなかった「自信」と「仲間」と、そして――
思わぬ“騎士科の出会い”が待っていることを。

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