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伯爵家からの呼び出し
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寮の窓から見える木々の葉は、すっかり色を変えていた。
卒業まで、あと半年。
私は相変わらず、成績は上位に入りすぎないように調整しながら、
合間には家庭魔法を少しずつ習い、
週末は手芸店に通って刺繍を学んでいた。
——刺繍の糸目が、少しずつまっすぐ整うようになってきた。
それが小さな自信になり、胸を温かくしてくれる。
そんなある日のことだった。
「マリーン様、伯爵家からのお呼び出しです」
寮母さんの声に、胸が強く跳ねた。
「……伯爵家が、私を?」
追い出したはずの娘を、なぜ今さら。
卒業を目前にして、呼び戻す理由とは——。
心臓がざわめく音を抱えたまま、私は立ち上がった。
呼び出しと決意
重苦しい空気の伯爵家の応接間。
父は淡々と告げた。
「マリーン、お前には縁談がある。
相手は侯爵閣下だ。かなりご高齢だが、後妻として望まれている」
「……侯爵の、後妻……?」
胸が冷たくなる。
母が重ねる。
「家のためなのよ。断れば、卒業と同時に家から出ていってもらうわ、
……どこにも、居場所などなくなるのよ」
私は静かに視線を落とした。
糸と針を握って刺繍していた日々、
寮で笑い合った友達、
そしてグレッグの真剣な眼差しが頭に浮かんだ。
「……それで構いません」
言葉は驚くほどはっきり出た。
父と母の目が見開かれる。
「私は、平民になっても嫁ぎません。
利用されるために生きるのは、もう嫌です」
「貴族の娘など、平民になって生きていけるはずがない!」
父の声が荒れる。
私は息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
「……生きてみせます。
家にいらないと言われた時から、その覚悟はできていましたから」
静かな決意の響きに、部屋は一瞬、凍りついた。
「マリーン。考え直せ」
父の声は低く、威圧感に満ちていた。
「侯爵家に嫁ぐのは、お前の務めだ。
もし拒めば——卒業のその日、家の名も財産もすべて捨てて出て行け」
母が冷ややかに続ける。
「卒業後は援助もしない。平民として働くなど、到底不可能よ。
女ひとりでどうやって暮らすのかしらね」
兄は一言も口を挟まなかった。
ただ腕を組み、視線を庭に落としたまま。
「……」
胸に鋭い棘が刺さるようだった。
けれど同時に、不思議なほど心は静かだった。
——追い出すのは、二度目。
最初に寮へ送られたときから、私はもう、家族の庇護を受けていない。
「……承知しました」
私はきっぱりと告げた。
「援助も名も、必要ありません。
私は自分で生きます。
平民になっても、生きていきます。」
父と母の顔に、怒りとも驚きともつかぬ表情が浮かんだ。
——伯爵家の圧力は重くのしかかった。
だが、それを拒んだ瞬間、心の奥に新しい灯がともった。
打ち明けと未来
寮に戻った夜、マリーンは校庭の端でグレッグに会った。
月明かりが差し込む中、彼の顔をまっすぐに見つめる。
「……今日、伯爵家に呼ばれたの」
グレッグの表情が強張る。
「歳上の侯爵に、後妻に入れと言われたわ。
断ったら、卒業と同時に家から追い出すって」
一瞬の沈黙。
やがて、グレッグは拳を握りしめ、低く言った。
「……ふざけてるな」
私はかすかに笑って首を振った。
「でも、もう決めたの。
平民になっても、あんな縁談には従わない。
卒業したら、ハンナと同じ針子になりたい」
「……針子に?」
「うん。お店で働きながら、自分の力で生きていきたいの。
それなら誰かの後妻になるより、ずっと幸せだと思う」
グレッグは黙っていた。
けれど次の瞬間、真剣な眼差しを向けて言った。
「……なら、俺が守る」
「……!」
「平民になったって、針子になったって、関係ない。
お前が選んだ道なら、俺は全部支える。
……だから、絶対に一人にはしない」
胸が熱くなり、言葉が詰まる。
その夜、マリーンは初めて“未来を思い描く勇気”を心の底から抱いた。
卒業まで、あと半年。
私は相変わらず、成績は上位に入りすぎないように調整しながら、
合間には家庭魔法を少しずつ習い、
週末は手芸店に通って刺繍を学んでいた。
——刺繍の糸目が、少しずつまっすぐ整うようになってきた。
それが小さな自信になり、胸を温かくしてくれる。
そんなある日のことだった。
「マリーン様、伯爵家からのお呼び出しです」
寮母さんの声に、胸が強く跳ねた。
「……伯爵家が、私を?」
追い出したはずの娘を、なぜ今さら。
卒業を目前にして、呼び戻す理由とは——。
心臓がざわめく音を抱えたまま、私は立ち上がった。
呼び出しと決意
重苦しい空気の伯爵家の応接間。
父は淡々と告げた。
「マリーン、お前には縁談がある。
相手は侯爵閣下だ。かなりご高齢だが、後妻として望まれている」
「……侯爵の、後妻……?」
胸が冷たくなる。
母が重ねる。
「家のためなのよ。断れば、卒業と同時に家から出ていってもらうわ、
……どこにも、居場所などなくなるのよ」
私は静かに視線を落とした。
糸と針を握って刺繍していた日々、
寮で笑い合った友達、
そしてグレッグの真剣な眼差しが頭に浮かんだ。
「……それで構いません」
言葉は驚くほどはっきり出た。
父と母の目が見開かれる。
「私は、平民になっても嫁ぎません。
利用されるために生きるのは、もう嫌です」
「貴族の娘など、平民になって生きていけるはずがない!」
父の声が荒れる。
私は息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
「……生きてみせます。
家にいらないと言われた時から、その覚悟はできていましたから」
静かな決意の響きに、部屋は一瞬、凍りついた。
「マリーン。考え直せ」
父の声は低く、威圧感に満ちていた。
「侯爵家に嫁ぐのは、お前の務めだ。
もし拒めば——卒業のその日、家の名も財産もすべて捨てて出て行け」
母が冷ややかに続ける。
「卒業後は援助もしない。平民として働くなど、到底不可能よ。
女ひとりでどうやって暮らすのかしらね」
兄は一言も口を挟まなかった。
ただ腕を組み、視線を庭に落としたまま。
「……」
胸に鋭い棘が刺さるようだった。
けれど同時に、不思議なほど心は静かだった。
——追い出すのは、二度目。
最初に寮へ送られたときから、私はもう、家族の庇護を受けていない。
「……承知しました」
私はきっぱりと告げた。
「援助も名も、必要ありません。
私は自分で生きます。
平民になっても、生きていきます。」
父と母の顔に、怒りとも驚きともつかぬ表情が浮かんだ。
——伯爵家の圧力は重くのしかかった。
だが、それを拒んだ瞬間、心の奥に新しい灯がともった。
打ち明けと未来
寮に戻った夜、マリーンは校庭の端でグレッグに会った。
月明かりが差し込む中、彼の顔をまっすぐに見つめる。
「……今日、伯爵家に呼ばれたの」
グレッグの表情が強張る。
「歳上の侯爵に、後妻に入れと言われたわ。
断ったら、卒業と同時に家から追い出すって」
一瞬の沈黙。
やがて、グレッグは拳を握りしめ、低く言った。
「……ふざけてるな」
私はかすかに笑って首を振った。
「でも、もう決めたの。
平民になっても、あんな縁談には従わない。
卒業したら、ハンナと同じ針子になりたい」
「……針子に?」
「うん。お店で働きながら、自分の力で生きていきたいの。
それなら誰かの後妻になるより、ずっと幸せだと思う」
グレッグは黙っていた。
けれど次の瞬間、真剣な眼差しを向けて言った。
「……なら、俺が守る」
「……!」
「平民になったって、針子になったって、関係ない。
お前が選んだ道なら、俺は全部支える。
……だから、絶対に一人にはしない」
胸が熱くなり、言葉が詰まる。
その夜、マリーンは初めて“未来を思い描く勇気”を心の底から抱いた。
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