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アンナが病気に
昼から、やってられない。
アンナが倒れたらしい。日頃の疲れが出たとか、そういう話だ。それはまあ、私に関係ないから、勝手にしてくれ。
問題は、ジャンだ。
台所で作ったばかりのスープを、鍋ごと持ち上げようとしている。
「ちょっと待った」
「何だ」
「それ、うちのご飯なんだけど」
「病人には栄養が必要だろう」
「はぁ?うちのご飯はどうするの」
「病人が先だろ」
私は、信じられない顔をしていると思う。
実際信じられないのだから
「父さん」
振り向いたら、息子ケインが立っていた。
両手に、羽布団を抱えている。
私の羽布団だ。
しかもシーツが、お気に入りのやつだ。
「……なんで私の羽布団持ってるの」
「アンナさん、寒そうだから」
「これがないと私が寝れないでしょう」
「今は病人が先だろ」
ジャンまで同じことを言う。
「ありえない!」
大声で叫んだら、ケインがびくっとして、羽布団を差し出してきた。なんとか、羽布団は取り返した。
だが。
「ご飯は?」
「行くぞケイン」
「あ、ご飯――」
「アンナんちで食べるから」
二人は走っていった。
ケインの手には、羽布団の代わりに、台所の牛乳が握られていた。
「鍋ーーー!」
羽布団は守った。
それだけが、今日の成果だ。
他に取られそうなものを全部かき集めて、大荷物で王宮の自分の部屋へ向かった。両手が塞がって、肩が痛い。
「荷物、運んでやろうか」
ハロルドがついてきた。
「来るな」
「でも重そうだ」
「来るなと言ってる」
「……怒ってるのか」
「荒んでるの。来るな」
ハロルドも、なぜか、アロンソもついて来た。
部屋に荷物を置いた。どさっと全部床に降ろしたら、少しだけ気が抜けた。
ハロルドとアロンソに、晩飯を奢らせた。ステーキだ。いい肉だった。
それでも、荒んだ心は戻らない。
ハロルドが小刻みに震えているのも、腹が立つ。笑うな。何がおかしい。
「笑ってない」
震えてるじゃないか。
「震えてもいない」
目が笑ってる。
「……ステーキ、美味いな」
話を変えるな。
次の朝、アホ親子は帰ってきた。
玄関が開く音がして、どたどたと足音がして。
「母さん、朝飯!」
ケインの声だ。
私は台所に立っていた。立っていたが、作っていなかった。作れなかった。
鍋がない。
昨日、スープごと持っていかれた。
フライパンもない。
いつの間にか、なくなっていた。
台所に残っているのは、やかんと、空の棚と、私だけだ。
「ない」
「え?」
「ないの。鍋も、フライパンも、調味料も、全部ないの。よって朝飯もない。あなたたちいいかげんにして」
ジャンが気まずそうな顔をした。
知ってたんじゃないのか。
「離婚してください」
「え?」
「私、出て行きます。もう無理」
それからジャンが、ケインの肩を叩いた。
「あっ、今日はご飯作らなくていいから。ケイン、買いに行こう。パン屋でご飯、買おう」
「うん!」
二人は走って逃げた。
逃げた。
今、逃げた。
「離婚、離婚、離婚だ!」
誰もいない台所で、私は叫び続けた。
やかんだけが、静かにそこにあった。
荒んでいた。
廊下を歩いていると、文官たちが道を開ける。それはいつものことだ。だが最近、様子が違う。
「姐さん、お加減はいかがですか」
「姐さん、今日もご苦労様です」
「姐さん——」
姐さん?
私はいつから姐さんになった。
庭師が花をくれた。
無言で差し出してきた。季節の花だった。きれいだと思った。思ったが、素直に受け取れる心境ではなかった。
「……ありがとう」
声を絞り出した。
庭師は深くお辞儀をして、去っていった。
そして今日、王太子妃様からお使いが来た。
盆の上に、見覚えのある箱が載っていた。
紅茶だ。
王太子妃様のご実家御用達の、高級な紅茶だ。添えられた手紙には、ご自愛くださいませ、と品よく書いてあった。
私は箱を持ったまま、しばらく動けなかった。
誰だ。
誰が王太子妃様に喋ったんだ。
顔を見られたら、わかる。
今の私の顔には、何も余裕がない。取り繕う隙もない。鍋を持っていかれて、羽布団を守って、台所で叫んでいた女の顔が、そのまま出ている。
ごまかしようが、なかった。
ハロルドを呼んだ。
「誰が王太子妃に言った、俺じゃないぞ!」
「……心当たりが多すぎて」
「絞れ、調査しよう」
ハロルドが、また小刻みに震え始めた。
こいつか、やっぱり!
アンナが倒れたらしい。日頃の疲れが出たとか、そういう話だ。それはまあ、私に関係ないから、勝手にしてくれ。
問題は、ジャンだ。
台所で作ったばかりのスープを、鍋ごと持ち上げようとしている。
「ちょっと待った」
「何だ」
「それ、うちのご飯なんだけど」
「病人には栄養が必要だろう」
「はぁ?うちのご飯はどうするの」
「病人が先だろ」
私は、信じられない顔をしていると思う。
実際信じられないのだから
「父さん」
振り向いたら、息子ケインが立っていた。
両手に、羽布団を抱えている。
私の羽布団だ。
しかもシーツが、お気に入りのやつだ。
「……なんで私の羽布団持ってるの」
「アンナさん、寒そうだから」
「これがないと私が寝れないでしょう」
「今は病人が先だろ」
ジャンまで同じことを言う。
「ありえない!」
大声で叫んだら、ケインがびくっとして、羽布団を差し出してきた。なんとか、羽布団は取り返した。
だが。
「ご飯は?」
「行くぞケイン」
「あ、ご飯――」
「アンナんちで食べるから」
二人は走っていった。
ケインの手には、羽布団の代わりに、台所の牛乳が握られていた。
「鍋ーーー!」
羽布団は守った。
それだけが、今日の成果だ。
他に取られそうなものを全部かき集めて、大荷物で王宮の自分の部屋へ向かった。両手が塞がって、肩が痛い。
「荷物、運んでやろうか」
ハロルドがついてきた。
「来るな」
「でも重そうだ」
「来るなと言ってる」
「……怒ってるのか」
「荒んでるの。来るな」
ハロルドも、なぜか、アロンソもついて来た。
部屋に荷物を置いた。どさっと全部床に降ろしたら、少しだけ気が抜けた。
ハロルドとアロンソに、晩飯を奢らせた。ステーキだ。いい肉だった。
それでも、荒んだ心は戻らない。
ハロルドが小刻みに震えているのも、腹が立つ。笑うな。何がおかしい。
「笑ってない」
震えてるじゃないか。
「震えてもいない」
目が笑ってる。
「……ステーキ、美味いな」
話を変えるな。
次の朝、アホ親子は帰ってきた。
玄関が開く音がして、どたどたと足音がして。
「母さん、朝飯!」
ケインの声だ。
私は台所に立っていた。立っていたが、作っていなかった。作れなかった。
鍋がない。
昨日、スープごと持っていかれた。
フライパンもない。
いつの間にか、なくなっていた。
台所に残っているのは、やかんと、空の棚と、私だけだ。
「ない」
「え?」
「ないの。鍋も、フライパンも、調味料も、全部ないの。よって朝飯もない。あなたたちいいかげんにして」
ジャンが気まずそうな顔をした。
知ってたんじゃないのか。
「離婚してください」
「え?」
「私、出て行きます。もう無理」
それからジャンが、ケインの肩を叩いた。
「あっ、今日はご飯作らなくていいから。ケイン、買いに行こう。パン屋でご飯、買おう」
「うん!」
二人は走って逃げた。
逃げた。
今、逃げた。
「離婚、離婚、離婚だ!」
誰もいない台所で、私は叫び続けた。
やかんだけが、静かにそこにあった。
荒んでいた。
廊下を歩いていると、文官たちが道を開ける。それはいつものことだ。だが最近、様子が違う。
「姐さん、お加減はいかがですか」
「姐さん、今日もご苦労様です」
「姐さん——」
姐さん?
私はいつから姐さんになった。
庭師が花をくれた。
無言で差し出してきた。季節の花だった。きれいだと思った。思ったが、素直に受け取れる心境ではなかった。
「……ありがとう」
声を絞り出した。
庭師は深くお辞儀をして、去っていった。
そして今日、王太子妃様からお使いが来た。
盆の上に、見覚えのある箱が載っていた。
紅茶だ。
王太子妃様のご実家御用達の、高級な紅茶だ。添えられた手紙には、ご自愛くださいませ、と品よく書いてあった。
私は箱を持ったまま、しばらく動けなかった。
誰だ。
誰が王太子妃様に喋ったんだ。
顔を見られたら、わかる。
今の私の顔には、何も余裕がない。取り繕う隙もない。鍋を持っていかれて、羽布団を守って、台所で叫んでいた女の顔が、そのまま出ている。
ごまかしようが、なかった。
ハロルドを呼んだ。
「誰が王太子妃に言った、俺じゃないぞ!」
「……心当たりが多すぎて」
「絞れ、調査しよう」
ハロルドが、また小刻みに震え始めた。
こいつか、やっぱり!
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