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王弟のカミさん
「ジュリア、もし離婚したら、俺のカミさんになればいいからな」
王弟ハロルドが、さらっと言った。
私は手を止めた。
「いやですよ」
「なぜだ」
「やんごとないお方のおカミさんなんて、無理です」
「ん?カミさん」
「……カメさん?」
「カミさんだ。カミさん」
「王弟陛下のおカミさん、ですか」
「そうだ」
「……なんですか、それ」
ハロルドが、少し間を置いた。
「ジュリア、俺がやんごとない身分だと、知ってたか」
「知ってますよ」
「そうか」ハロルドは、どこか意外そうな顔をした。「ぞんざいに扱われるから、知らないかもしれんと思ってた」
私は黙った。
知っているから、仕事ができる。知っているから、機密を任されている。
ぞんざいに、扱った?なんの話だろう。
ただ、おカミさんというのは。
下町の商会のおカミさんとかですよね。
「……カミさん、という言葉を、王弟陛下が使うんですね」
「何か問題があるか」
「いえ」
問題しかないと思ったが、言わなかった。
王弟陛下が、事あるごとに言うようになった。
「俺のカミさんが」
「俺のカミさんが嫌がる」
「カミさん、これを頼む」
からかわれているのはわかる。わかっているが、毎回反応してしまう。
なぜカミさんなんだ。
お妃というには、私は地味すぎる。側室というには、色気がなさすぎる。華やかさも、儚さも、特別な美しさも、後ろ盾も、何もない。ただの平凡な女だ。
だから、カミさん。
カミさんって何だ。所帯じみた、飾り気のない、台所の似合う女ということか。
どっかの、レスラー部屋のおカミさん‥
「からかわないでください」
「からかってない」
「からかってます」
「俺は本気だ」
本気の顔をしている。それが一番始末に負えない。
まあ、一つの選択肢として。
あり——
ありえないだろう!
私は書類に向かった。
ハロルドが、小さく笑った気がした。
ハロルド視点
王弟として、婚約者と結婚したのは、二十歳の時だった。
侯爵令嬢ロレーヌ。政略結婚だった。月に一度のお茶会を重ねて、私は彼女と結婚した。
当時、ジュリアはロレーヌの侍女だった。見た目も目立たない女だった。いつも少し後ろに控えていて、必要な時だけ動く。ロレーヌの信頼は厚く、よくできた侍女という印象だった。それ以上でも、それ以下でもなかった。
ロレーヌは、私には申し分ない妃だった。
だが、出産で、あっけなく子供と一緒に、死んだ。
あっけなかった。本当に、あっけなかった。昨日まで話していた人間が、いなくなった。私はひどく落ち込んだ。珍しいことだと、自分でも思った。政略結婚の相手に、これほど堪えるとは思わなかった。
ジュリアは最後まで、ロレーヌに献身的に仕えた。
それから間もなく、ジュリアは結婚のために王宮を去った。
再び出会ったのは、五年後だった。
ロレーヌの命日に、墓へ行った。
花を持って石段を上がると、すでに誰かがいた。墓を丁寧に掃除して、花を供えている。
ジュリアだった。
五年で、少し変わっていた。所帯じみたというのか、落ち着いたというのか。でも、動き方は昔のままだった。必要なことだけを、丁寧にやる。
しばらく、二人で話した。
帰り道、私は言った。
もう一度、王宮で私の元で働かないか。
戻ってきたジュリアは、相変わらず目立たなかった。
こまごまとした仕事を、黙々とこなす。だが、しばらく見ていると、違うとわかった。段取りがいい。仕事の流れを読んで、次を先に動かしている。気づいたら、周りが回っている。
いつの間に、そこまで覚えたのか。
ある月の命日に、墓へ行くと、ロレーヌの母親がいた。
「毎月、欠かさず百合をありがとうございます」
深々と頭を下げられた。
私は一瞬、意味がわからなかった。
百合は、ジュリアが手配していた。ロレーヌの好きな花だと、覚えていたらしい。定期的に墓の掃除もしているという。
私が頼んだわけではなかった。
ただ、忘れずに、ひとりで続けていた。
礼を言うべきは、私の方もだと思った。
王太子妃殿下から、ジュリアが、呼ばれたのはその頃だった。
「ロレーヌのお墓に、毎月花を供えてくださっているのは、あなたですか」
静かな問いだった。
「はい。ロレーヌ様がお好きでしたので」
「……ありがとうございます」
王太子妃殿下は、少し間を置いた。目が、潤んでいるように見えた。
「ロレーヌは、私の従姉なんです」
それから、王太子妃殿下はジュリアに興味を持った。
ハロルドは後から、それを知った。
墓に花を供え続けた女が、従姉の侍女だったと。今も忘れずにいると。王太子妃殿下にとって、それは小さくない話だったらしい。
ジュリアは特に何も言わなかった。
ロレーヌ様が好きだったから、と。それだけだった。
見返りを求めてやっていたわけでもない。誰かに言うつもりもなかった。ただ、自分が、忘れたくなかっただけなのだろう。
そういう女だと、ハロルドは思った。
だから、カミさんなのだ。
お妃でも側室でもなく。
そういう女が、俺の隣にいればいい。
ーーーーー
いつも感想ありがとうございます。
お返事は、同じような内容が多く、
ネタバレになりそうなので、してませんが、楽しく読ませていただいております。
王弟ハロルドが、さらっと言った。
私は手を止めた。
「いやですよ」
「なぜだ」
「やんごとないお方のおカミさんなんて、無理です」
「ん?カミさん」
「……カメさん?」
「カミさんだ。カミさん」
「王弟陛下のおカミさん、ですか」
「そうだ」
「……なんですか、それ」
ハロルドが、少し間を置いた。
「ジュリア、俺がやんごとない身分だと、知ってたか」
「知ってますよ」
「そうか」ハロルドは、どこか意外そうな顔をした。「ぞんざいに扱われるから、知らないかもしれんと思ってた」
私は黙った。
知っているから、仕事ができる。知っているから、機密を任されている。
ぞんざいに、扱った?なんの話だろう。
ただ、おカミさんというのは。
下町の商会のおカミさんとかですよね。
「……カミさん、という言葉を、王弟陛下が使うんですね」
「何か問題があるか」
「いえ」
問題しかないと思ったが、言わなかった。
王弟陛下が、事あるごとに言うようになった。
「俺のカミさんが」
「俺のカミさんが嫌がる」
「カミさん、これを頼む」
からかわれているのはわかる。わかっているが、毎回反応してしまう。
なぜカミさんなんだ。
お妃というには、私は地味すぎる。側室というには、色気がなさすぎる。華やかさも、儚さも、特別な美しさも、後ろ盾も、何もない。ただの平凡な女だ。
だから、カミさん。
カミさんって何だ。所帯じみた、飾り気のない、台所の似合う女ということか。
どっかの、レスラー部屋のおカミさん‥
「からかわないでください」
「からかってない」
「からかってます」
「俺は本気だ」
本気の顔をしている。それが一番始末に負えない。
まあ、一つの選択肢として。
あり——
ありえないだろう!
私は書類に向かった。
ハロルドが、小さく笑った気がした。
ハロルド視点
王弟として、婚約者と結婚したのは、二十歳の時だった。
侯爵令嬢ロレーヌ。政略結婚だった。月に一度のお茶会を重ねて、私は彼女と結婚した。
当時、ジュリアはロレーヌの侍女だった。見た目も目立たない女だった。いつも少し後ろに控えていて、必要な時だけ動く。ロレーヌの信頼は厚く、よくできた侍女という印象だった。それ以上でも、それ以下でもなかった。
ロレーヌは、私には申し分ない妃だった。
だが、出産で、あっけなく子供と一緒に、死んだ。
あっけなかった。本当に、あっけなかった。昨日まで話していた人間が、いなくなった。私はひどく落ち込んだ。珍しいことだと、自分でも思った。政略結婚の相手に、これほど堪えるとは思わなかった。
ジュリアは最後まで、ロレーヌに献身的に仕えた。
それから間もなく、ジュリアは結婚のために王宮を去った。
再び出会ったのは、五年後だった。
ロレーヌの命日に、墓へ行った。
花を持って石段を上がると、すでに誰かがいた。墓を丁寧に掃除して、花を供えている。
ジュリアだった。
五年で、少し変わっていた。所帯じみたというのか、落ち着いたというのか。でも、動き方は昔のままだった。必要なことだけを、丁寧にやる。
しばらく、二人で話した。
帰り道、私は言った。
もう一度、王宮で私の元で働かないか。
戻ってきたジュリアは、相変わらず目立たなかった。
こまごまとした仕事を、黙々とこなす。だが、しばらく見ていると、違うとわかった。段取りがいい。仕事の流れを読んで、次を先に動かしている。気づいたら、周りが回っている。
いつの間に、そこまで覚えたのか。
ある月の命日に、墓へ行くと、ロレーヌの母親がいた。
「毎月、欠かさず百合をありがとうございます」
深々と頭を下げられた。
私は一瞬、意味がわからなかった。
百合は、ジュリアが手配していた。ロレーヌの好きな花だと、覚えていたらしい。定期的に墓の掃除もしているという。
私が頼んだわけではなかった。
ただ、忘れずに、ひとりで続けていた。
礼を言うべきは、私の方もだと思った。
王太子妃殿下から、ジュリアが、呼ばれたのはその頃だった。
「ロレーヌのお墓に、毎月花を供えてくださっているのは、あなたですか」
静かな問いだった。
「はい。ロレーヌ様がお好きでしたので」
「……ありがとうございます」
王太子妃殿下は、少し間を置いた。目が、潤んでいるように見えた。
「ロレーヌは、私の従姉なんです」
それから、王太子妃殿下はジュリアに興味を持った。
ハロルドは後から、それを知った。
墓に花を供え続けた女が、従姉の侍女だったと。今も忘れずにいると。王太子妃殿下にとって、それは小さくない話だったらしい。
ジュリアは特に何も言わなかった。
ロレーヌ様が好きだったから、と。それだけだった。
見返りを求めてやっていたわけでもない。誰かに言うつもりもなかった。ただ、自分が、忘れたくなかっただけなのだろう。
そういう女だと、ハロルドは思った。
だから、カミさんなのだ。
お妃でも側室でもなく。
そういう女が、俺の隣にいればいい。
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いつも感想ありがとうございます。
お返事は、同じような内容が多く、
ネタバレになりそうなので、してませんが、楽しく読ませていただいております。
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