夫と息子に捨てられたので、全部置いて出て行きます。明日から、タオルがなくても知りません。

夢窓(ゆめまど)

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アンナ、生きる。

取り調べの部屋で、アンナは話した。
この街には、十五までいた。

母親は、苦労していた。その母親が、病気で、亡くなった。
父親は、悲しみを紛らわすためか、酒とギャンブルにハマっていった。

ある日、アンナを借金のカタに、知らない男に売ろうとした。
実の父親が。
知らない中年男に。娘を売る?
恐ろしくて、家を飛び出して、逃げた。

それからは、あまりいい目に会わなかった。
男に騙されたり、売られたり。ヒモになって、また売られたり。それが当たり前だった。
そんな時、クリスに出会った。
彼は、私を他の男に売らなかった。
俺の女と言って、大切にしてくれた。服を買ってくれたり、美味しいものを食べさせてくれたり。今までの男と、違った。

でも、彼は強盗を始めた。
やめてと言っても、聞いてくれなかった。
街に入って、探ってほしいと言われた。引き受けた。謎の女になって、街を探った。そのうち仲間ができて、大きな強盗を始めた。
逃げ出しても、どうせまた誰かに売られる。辛い生活が続くだけだ。
だから、クリスについていった。
名前も、リンダに変えた。

いつかはお縄になるかもしれない。
そうしたら、縛り首だ。
そう思いながら、言われたまま動いた。
 

「もうじき、縛り首ですか」
取り調べの人間は、何も言わなかった。
アンナは、少し笑った。
「やっと、母さんに会えるのかな」


父親は、アンナがいなくなってから、川に沈んだ。
殺されたんだろう。借金の山だったって。
それを聞いた時、何も思わなかった。​​​​​​​​​​​​​​​​


この街にきて、ジャンといると、家庭的な雰囲気だった。
ご飯を作って、食べて、笑って。
もし、こんな生活をしていたら。
私も、普通だったかな。
子供と、夫と、花柄のエプロン。
そんな生活が、あったかもしれない。

でも、我に帰ると。
この目の前の男には、奥さんがいる。
子供もいる。
それなのに、ここで楽しそうにしている。
奥さんを裏切って、ここにいる。


あーーーーー!
男なんて、みんな同じ!
父親も、クリスも、ジャンも。
騙して、騙されて。
みんな縛り首よ。


取り調べの人間が、黙って聞いていた。
アンナは、少し息を吐いた。

「私も、縛り首ですか」アンナは、ニタっと笑った。
返事はなかった。​​​​​​​​​​​​​​​​


そして、裁判で、判決が出た。
アンナは、法廷で聞いた。
「殺されないんですか?」
「お前は、人を殺していないからな」
「長い懲役になると思う」

懲役。
刑務所で、生きることが許される。
服役して、罪を償う。
「私一人で生きるんですか?」
「ああ、」警察の人が言う刑務所の中だからな。
「誰にも、売られない?」
「売られない」
「誰にも殴られない?」
「殴られない」
少し、間があった。お前は、外部に接触はない。

「本も読める?」
「読める」貸し出しはある。
「刺繍もできる?」
「できる」仕事で、服役することだ。
「特別な監視の、極悪の部屋?」
「……普通の部屋だ、ただし、監視の為、一人部屋だ。」

アンナは、しばらく黙っていた。
それから、声を上げた。
「あーーーー!」
「どうした」
「天国だわ」笑いが止まらない。

担当者が、何とも言えない顔をした。​​​​​​​​​​​​​​​​


アンナは、服役した。

服役中、一日中、刺繍をして暮らす生活。
静かに、ただ刺繍するだけで、
生きていくことが許されている。

祈ることも、教わった。
刺繍は、人に喜ばれる。

普通の生活が、うれしい。

ここを出る頃には、
かなりの高齢者になっているだろう。

もう、男達は、私を売らない。

刺繍の技術も身についた。

だから――これから、本当の
私の人生が、始まる。


服役中に、刺繍で貯めたお金で、老後は、なんとかなる。そして、ひっそり出所した。

ここでの生活は、決して楽ではなかったけれど、
それでも、毎日、決まった時間に働いて、
少しずつお金を貯めることはできた。

もう、誰かに頼らなくてもいい。
それだけで、少し安心できる。

家で仕事もできる。

刺繍は、かなり腕が上がっていた。
最初は、ただ時間を埋めるために針を持っていただけなのに、
気がつけば、形になり、
それを欲しいと言ってくれる人が現れた。
25年、頑張ったからね。

いろいろ刺繍の注文もある。

誰かに必要とされることが、
こんなにも静かで、こんなにも穏やかなものだとは、
知らなかった。

だから、ひとりで暮らしていける。

毎日、散歩をしたり、
庭に野菜を植えたりする。

土に触れて、水をやって、
ゆっくり育つのを待つ。

それを、自分で食べる。

当たり前のことが、
こんなにも大事だったなんて。

男は、もうこりごり。

あの頃のように、
誰かに縛られて、誰かに売られて、
そんな生き方には、もう戻らない。

ひとりでいい。

ひとりで、大丈夫だわ。

出所してから、ブティックで雇ってもらった。
高級なドレスの刺繍。ベール。夜会服。
針を持つと、手が動いた。刑務所で、ずっと刺繍していたから。

刺繍は、好評だった。
名前は出さなくていい。ただ、縫い続ける。それだけでよかった。

ひとりで暮らしながら、ひっそり生きていく。
それは、幸せ。

 
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