壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)

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遙サイド

穏やかな一日に

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半年後。
遙は工房の隣にある小さな離れで暮らしていた。
お腹は大きくなり、太一の叔母が毎日のように覗きに来る。

「もうすぐやなぁ。お腹の子、きっとええ子やで」
「……ありがとうございます」

太一は相変わらず、土と火に向かっている。
遙はその隣で絵筆を握り、釉薬の色を試していた。

売り場には、桜と猫の新シリーズが並ぶ。
その横には「信楽工房 太一・遙」の札。

「ほら、見てください」
太一が湯気の立つ湯のみを差し出す。
「焼き上がり、きれいですよ。猫も笑ってる」

遙は湯気の向こうで笑った。
「ほんとですね」

――壊れていたものが、
今はゆっくりと形を取り戻している。

茶碗の割れた音も、もう聞こえない。
代わりに聞こえるのは、
赤ん坊の胎動と、窯の中で鳴る火の音だけだった。

子どもが生まれても、太一は何も聞かなかった。

彼の手のひらの中で眠る小さな命。
「よく来たな」
それだけを言って、そっと抱き上げた。

遙は、ただ静かに泣いた。
誰の子かなんて、もうどうでもよかった。
この子を迎えるこの場所が、いまのすべてだった。


――数年後

太一は、生まれた子どもを自分の子のようにかわいがってくれた。

土の匂いがする手で抱き上げると、赤ん坊は泣きやんで笑う。
その光景が、遙にはたまらなく幸せに見えた。

やがて、ふたりは自然に結婚した。
噂好きな町の人たちは、また面白おかしく言う。

「太一って、前の嫁さんとは子どもできひんかったんやろ?
 あの人、種無しちゃうかったん?」

「ほんまや! けど今は、子ども三人もおるらしいで!」

「太一、やればできるやん!」

「なんちゅう言い方や、このおばはんらは!」
太一が怒鳴る!
と、太一の叔母たちが笑い飛ばす。

みんなで大笑いする声の向こう、
窯の火が、今日も穏やかに燃えていた。

「火のそばで笑う人たち」

陶芸教室を開いてから、絵付けも教えるようになった。
最初は子どもたちが相手だったけれど――これが思ったより大変だった。
あっという間に手も顔も素地も真っ黒にしてしまう。

「紙みたいに描けない~」と笑う子どもたちを見て、
土の扱いは、やっぱり簡単じゃないんだと実感した。

だから体験コースは、上絵の絵の具で描く方式にした。

下絵の呉須は、もう少し本格的に通ってくれる人向け。

いまでは、いろんな人が通ってくれる。
庭に置くオブジェを作る人、ひたすら皿を作る人、
販売を目指す人――みんな個性的で、どこか愛おしい。
咲希も、教室に、家族で時々やってくる、

窯の熱と土の匂いに囲まれて、
「今日もいい一日だった」と思える。


子どもが生まれてから、アメリカにいる母が、少しずつ会いに来るようになった。
家族にあまり関心のない人だと思っていたから、最初は驚いた。

「ジュンコさん、見て見て!」
ろくろの上で粘土をぐるぐると回す小さな手。
母は笑いながら隣に座り、そっとその手を支えた。

――“ばあちゃん”と呼ばないこと。
母自ら発令した、奇妙な戒厳令。
それでも、目尻のしわがやさしい。

やっぱり、孫はかわいいんだな。
そう思った。

母も、私も、なんとなく帰る場所がなかった。
けれど、今は――たぶんここが、心の故郷なのだろう。

なんで母まで、便乗してくるんだか。
でも、優しい人の心が集まる場所には、自然と人も集まる。

そういうものなのかもしれない。







壊れる音のあとには、
きっと、誰かの笑い声が続いている。

泣いて、逃げて、もう無理だと思った先に、
思いがけず、穏やかな日々が待っていた。

あの日、割れた茶碗の音はもう聞こえない。
代わりに、窯の中で土が焼ける音と、
子どもたちの笑い声が、日々を温めている。

――「壊れた声を聞きながら」
そう名づけた物語の終わりは、
不思議と、やさしい音で満ちていた。


遙は、太一の工房で“自分の居場所”を見つけた。
誰の顔色も窺わず、土と向き合い、火と語り、
好きなことに没頭できる静かな時間。

優しい旦那と、同じ夢を見て、
互いに支え合いながら、少しずつ作品を生み出していく。

――ああ、これが「生きてる」ってことなんだ。
そう思える日々が、ようやく訪れた。



エピローグ

この物語は、陽一と遙――ふたりの視点で描かれました。
本来なら交互に話を重ねることもできたかもしれませんが、
それぞれの“温度”と“沈黙の重さ”が違うため、
あえて別々の語りとして形にしました。

次の物語の主人公は、同じ会社の、成田離婚した男?
名前は川上茂。

花梨が家を出たのは、茂と、喧嘩をしたからじゃない。
義母の“気配”が、どこにいてもまとわりついていたから。

茂は気づかない。
優しさの中に、母の影をそのまま抱えていることに。

――執着の匂い。
見えなくなっても、なぜか消えないものがある。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。引き続いてよろしくお願いします。
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