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1章 彼女が異世界に行ったのは、どうやらその胸に理由があるらしい。
4 炎天下の公園で、ハイレグ姿の異世界人を発見する。
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☆
学校から美緒の家まで走って五分。
あっという間の距離だが、足を止めた時には全身が汗でびしょ濡れになっていた。
まずは家がそこにあったことにホッとして、二秒後にその安堵を後悔する。目に飛び込んできた現実に、頭を硬いものでグワァンと打ち付けられたような衝撃が走った。
「ちょっ……」
美緒の名前は及川美緒だ。それなのに、門の横にはめられた表札が『佐藤』の苗字を刻んでいる。
絶望感が下りてきて、俺はその場にしゃがみこんだ。
暑さも相まって、視界がクラクラと歪む。
彼女が異世界に行ってしまっても、おじさんやおばさん、それに美緒のばあちゃんはここに居ると思っていたのに。
「やめろよ……どうしたらいいんだよ。どうしたら、アイツを連れ戻しに俺も異世界へ行けるんだ?」
全身がぞくぞくと騒めいて、悲痛な声が漏れる。
俺はラノベを読み始めた頃から、異世界というものに憧れていた。本の主人公は、その世界に行けば最強のヒーローになれたからだ。
だから山田みたいに休んでいる奴を当てはめて、妄想しているだけでも楽しかった。
俺も行けたらいいなとは思っていたが、そんな世界が本当はない事なんて言われなくても分かってる。
分かっていた筈だったのに――。
常識の物差しというものは脆いもので。神隠しか、異世界転生か、それとも宇宙人にさらわれたのか。どれをとっても現実的でないことが、今俺の身に降りかかっている。
美緒が居なくなってしまった以上、俺はこの新しい世界に落ち着くわけにはいかない。
木田の言う、一人寂しく登下校しているボッチ設定の俺を受け入れていいわけがない。
それに、美緒の記憶がずっと俺の中に残っている保証は何もない。
俺はひとまず、いつもの待ち合わせの公園へ行って顔を洗った。
浴びるように水を飲んで、暑さにぼんやりしてくる頭をリセットさせたところで、はためく何かを視界の隅に捕らえた。
「あれは――」
タオルに埋めた顔をそっちへ向けて、俺は目を疑った。
滑り台の横に際立って怪しい女が居たのだ。
黒地に紫の混じる水着のような衣装に、このくそ暑い中、長ったらしい黒のマントを羽織っているのだ。
光沢のある長い脚には踵の細いハイヒールを履いている。どこか女王様チックな風貌は、真夏の公園では明らかに浮いている。
女はオレンジ色の長い髪をかき上げながら、手にした白い紙に見入っていた。
ハロウィンにはまだ早い。コスプレかもしれないが、俺は自分の勘を信じたい。
ラノベの表紙から飛び出してきたような彼女に、俺は「やったぁ」と歓喜して、
「ありがとうございまーす!」
空に向かって大声で叫ぶと、公園裏の住宅からピシャリと窓を締める音が響く。
俺はタオルを首にぶら下げて、その女に駆け寄った。
この出会いを感謝したい。異世界感を際立たせた彼女の姿を目の前で拝むと、涙まで滲んでくる。
サラサラと風に揺れるオレンジの髪に、外国人のような白い肌。ヨーロッパ系の異国人にも見えるが、顔のパーツは20代そこそこの日本人女子だ。
ツンとした切れ長の目が俺を捕らえて、桜色の唇が「何?」と日本語を発した。
俺は抑えきれない衝動のままに、人差し指を女の顔に向かって突き付ける。
「俺はアンタを異世界人だと認めた。だから、俺もそっちの世界に連れてってくれ!!」
「貴方は駄目よ」
面倒そうに顔をしかめて、女は呆気なく俺の申し出を断った。
「ダメって。でもアンタはこの世界の人間じゃないよな? 異世界から来たんだろ?」
明らかに不審者めいた彼女が、不審者を見るような目で俺を睨み、愛想のない声で肯定する。
「まぁ、そうだけど」
「よっしゃああああ!!」
それが分かっただけでも未来が開けた気がした。
「じゃ、じゃあ、お前が美緒をそっちの世界に連れてったんだな?」
「え? ミオ?」
太めに整えられた眉をしかめて女は俺を見下ろした。今にも転びそうなハイヒール効果で大分目線に差があるが、実際は同じくらいの身長だろう。
「昨日は俺と居たのに、今朝になったら居なくなった。美緒のことを誰も覚えていない。黒髪で小柄の、おっぱいの大きい女だ。きっとお前らの仕業なんだろう?」
「あぁ、黒髪で小さい子ね。そう、ミオだったわね」
縦に広げた唇に手を添えて、女は頷いた。
「やっぱり! やっぱり美緒は異世界人にさらわれたんだな?」
嬉しさと怒りが同時に込み上げる。女の前に詰め寄ると、彼女は「ちょっと」と威嚇するように赤みの混じる瞳で俺を見据えた。
「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 同意のうちよ」
「同意、って。アイツが行くって言ったのか? まさかそっちでモンスター退治とかさせられてるんじゃないだろうな?」
「そんなの、経験もないような子にさせないわよ。向こうに行くことは、本人とちゃんと契約済みよ?」
「じゃあ、俺とも契約してくれ。俺もそっちに行きたいんだ!」
美緒が無事なことにホッとして、俺は自分の希望を口にした。けれど、女は俺を向こうに連れて行く気などないらしい。手にしていた異国文字の書かれた紙をひらひらと揺らして、
「アンタは駄目って言ってるでしょ? 条件に合わないもの」
そう言い放ったのだ。
「条件って、まさか俺が交通事故で死ぬとか、不慮の事故で死ぬとか……」
ラノベでお決まりの一つである「死んだら異世界」というパターンばかりが頭を駆け巡るが、現実はそうでないらしい。
「別に死ぬ必要なんてないわ。欲しいのは女なのよ。アンタ男でしょ? 魔王様は、可愛くて大人しい、胸の大きな娘を探してるんだから」
学校から美緒の家まで走って五分。
あっという間の距離だが、足を止めた時には全身が汗でびしょ濡れになっていた。
まずは家がそこにあったことにホッとして、二秒後にその安堵を後悔する。目に飛び込んできた現実に、頭を硬いものでグワァンと打ち付けられたような衝撃が走った。
「ちょっ……」
美緒の名前は及川美緒だ。それなのに、門の横にはめられた表札が『佐藤』の苗字を刻んでいる。
絶望感が下りてきて、俺はその場にしゃがみこんだ。
暑さも相まって、視界がクラクラと歪む。
彼女が異世界に行ってしまっても、おじさんやおばさん、それに美緒のばあちゃんはここに居ると思っていたのに。
「やめろよ……どうしたらいいんだよ。どうしたら、アイツを連れ戻しに俺も異世界へ行けるんだ?」
全身がぞくぞくと騒めいて、悲痛な声が漏れる。
俺はラノベを読み始めた頃から、異世界というものに憧れていた。本の主人公は、その世界に行けば最強のヒーローになれたからだ。
だから山田みたいに休んでいる奴を当てはめて、妄想しているだけでも楽しかった。
俺も行けたらいいなとは思っていたが、そんな世界が本当はない事なんて言われなくても分かってる。
分かっていた筈だったのに――。
常識の物差しというものは脆いもので。神隠しか、異世界転生か、それとも宇宙人にさらわれたのか。どれをとっても現実的でないことが、今俺の身に降りかかっている。
美緒が居なくなってしまった以上、俺はこの新しい世界に落ち着くわけにはいかない。
木田の言う、一人寂しく登下校しているボッチ設定の俺を受け入れていいわけがない。
それに、美緒の記憶がずっと俺の中に残っている保証は何もない。
俺はひとまず、いつもの待ち合わせの公園へ行って顔を洗った。
浴びるように水を飲んで、暑さにぼんやりしてくる頭をリセットさせたところで、はためく何かを視界の隅に捕らえた。
「あれは――」
タオルに埋めた顔をそっちへ向けて、俺は目を疑った。
滑り台の横に際立って怪しい女が居たのだ。
黒地に紫の混じる水着のような衣装に、このくそ暑い中、長ったらしい黒のマントを羽織っているのだ。
光沢のある長い脚には踵の細いハイヒールを履いている。どこか女王様チックな風貌は、真夏の公園では明らかに浮いている。
女はオレンジ色の長い髪をかき上げながら、手にした白い紙に見入っていた。
ハロウィンにはまだ早い。コスプレかもしれないが、俺は自分の勘を信じたい。
ラノベの表紙から飛び出してきたような彼女に、俺は「やったぁ」と歓喜して、
「ありがとうございまーす!」
空に向かって大声で叫ぶと、公園裏の住宅からピシャリと窓を締める音が響く。
俺はタオルを首にぶら下げて、その女に駆け寄った。
この出会いを感謝したい。異世界感を際立たせた彼女の姿を目の前で拝むと、涙まで滲んでくる。
サラサラと風に揺れるオレンジの髪に、外国人のような白い肌。ヨーロッパ系の異国人にも見えるが、顔のパーツは20代そこそこの日本人女子だ。
ツンとした切れ長の目が俺を捕らえて、桜色の唇が「何?」と日本語を発した。
俺は抑えきれない衝動のままに、人差し指を女の顔に向かって突き付ける。
「俺はアンタを異世界人だと認めた。だから、俺もそっちの世界に連れてってくれ!!」
「貴方は駄目よ」
面倒そうに顔をしかめて、女は呆気なく俺の申し出を断った。
「ダメって。でもアンタはこの世界の人間じゃないよな? 異世界から来たんだろ?」
明らかに不審者めいた彼女が、不審者を見るような目で俺を睨み、愛想のない声で肯定する。
「まぁ、そうだけど」
「よっしゃああああ!!」
それが分かっただけでも未来が開けた気がした。
「じゃ、じゃあ、お前が美緒をそっちの世界に連れてったんだな?」
「え? ミオ?」
太めに整えられた眉をしかめて女は俺を見下ろした。今にも転びそうなハイヒール効果で大分目線に差があるが、実際は同じくらいの身長だろう。
「昨日は俺と居たのに、今朝になったら居なくなった。美緒のことを誰も覚えていない。黒髪で小柄の、おっぱいの大きい女だ。きっとお前らの仕業なんだろう?」
「あぁ、黒髪で小さい子ね。そう、ミオだったわね」
縦に広げた唇に手を添えて、女は頷いた。
「やっぱり! やっぱり美緒は異世界人にさらわれたんだな?」
嬉しさと怒りが同時に込み上げる。女の前に詰め寄ると、彼女は「ちょっと」と威嚇するように赤みの混じる瞳で俺を見据えた。
「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 同意のうちよ」
「同意、って。アイツが行くって言ったのか? まさかそっちでモンスター退治とかさせられてるんじゃないだろうな?」
「そんなの、経験もないような子にさせないわよ。向こうに行くことは、本人とちゃんと契約済みよ?」
「じゃあ、俺とも契約してくれ。俺もそっちに行きたいんだ!」
美緒が無事なことにホッとして、俺は自分の希望を口にした。けれど、女は俺を向こうに連れて行く気などないらしい。手にしていた異国文字の書かれた紙をひらひらと揺らして、
「アンタは駄目って言ってるでしょ? 条件に合わないもの」
そう言い放ったのだ。
「条件って、まさか俺が交通事故で死ぬとか、不慮の事故で死ぬとか……」
ラノベでお決まりの一つである「死んだら異世界」というパターンばかりが頭を駆け巡るが、現実はそうでないらしい。
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