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第三章

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 時の流れというのは早いもので、ルキアとウィリアムは小学部五年生に進級した。クラス替えはあったが、また同じクラスにはならなかった。しかし、新しいクラスを発表するために掲示された大きな紙を見ると、今まで一緒のクラスで仲の良かった友人たちとは同じだったようで、安堵する。
「良かった、お友達と一緒だ」
「ルキアなら独りでも大丈夫だろ、お前強いし」
「なんでそうなるの」
 冗談を言い合いながら、五年生の新しい教室へと向かう。昨年度までの教室と比べると、椅子や机の高さが少しだけ高くなっている。この変化にウィリアムは自身の成長を感じていた。
(早く成長したい……)
 ウィリアムは現在、ルキアよりも身長が五センチほど低い。だが、ウィリアムが低いわけではなく、むしろ平均より数センチ高いのだが、ルキアがそれよりも高いということだ。彼女はもともと身長が幼い頃から高かったのだが、異性を意識するような年齢になってくると、急にルキアとの身長差が気になってしまう。
(俺、身長低いんだよな。カッコ悪ぃ)
「じゃあ、またね」
「おう」
 ルキアは先に自分の新しい教室へと向かって行ってから、ウィリアムは歩いた。
これまで、背の高い男子や足の速い男子がモテるという風潮が小学部にはあったので、なおさら意識してしまう。誰かに好かれたいのではなく、ただルキアに好かれたいと願っていた。昔から抱えていたルキアへの憧れが、いつの間にか恋愛的な方面にも進んでいた。クラスの女子と関わると、より一層ルキアへの想いが強まっていく。淡い恋心も、徐々に燃え盛る。そうなると、当然、嫉妬もしてしまう。
 ルキアは貴族の親の娘だ。ウィリアムにとっては普通の友人の感覚でも、ルキアはお嬢様なのだ。貴族であるからには、基本的に結婚相手は親が決めるだろう。
夜、屋敷に訪問していたルキアの父の古い知人とのちょっとした会話でのこと。「将来的に私の息子と結婚を考えてみてくれないか」と縁談のような話が出ていたらしい。それを本人にも話したようで、ルキアが以前、ウィリアムに相談してきたこともある。
それを初めて打ち明けられた時、心にぽっかり穴が開くとはこういうことなのかと実感した。いつものように笑うのも上手くいかなかったのだ。
ルキアの父は、親として、しっかり本人の意思を確認してくれるような人だった。今の世は、結婚は貴族同士の繋がりを強めるために行われることも多い。そのため、子ども本人の意思を全く考慮せずに結婚させることがほとんどだ。それが当たり前とされているにも関わらず、ルキアの父は本人の意思をなるべく聞こうとしていた。そのため、無理矢理結婚させることは考えにくいが、もしかしたらそうなるかもしれないと思うと、大変焦る気持ちと怒りの気持ちとが衝突していた。
(知らねぇ男にルキアを渡したくねぇわ! しかも結婚? 笑わせんな。俺の方が相応しいだろうが)
 ずっと傍でルキアを見て、共に時を過ごしてきた仲は確実に良いものだと思えたし、それに、急に出てきた謎の男子よりもルキアへの愛が勝るに決まっている、と自信に満ちていたのだ。
 以前、一度だけ屋敷を訪れた婚約者候補は、某有名私立学校の中学二年生で、容姿はウィリアムの判定だと中の上でまあまあの高得点で、背の高い眼鏡をした真面目そうな男子であった。大人しくて凛々しくて賢いルキアと、雰囲気が似ているようにも思えた彼は、知的で頼れる年上で、そして身長が高かった。ウィリアムの脳内では背の高い男イコール異性からちやほやされる、という等式が成り立っていたため、とにかくルキアの意識を彼から遠ざけたかったし、努力だけではどうにも出来ない身長という高すぎる壁が立ちはだかっていた。
 ルキアと婚約者候補が二人で中庭のベンチに座って談笑している。きっと、ウィリアムからすれば難しい話や興味のない話をしているのだろう。そう考えてしまうと、面白くない。その意思を込めて遠くからジッと睨みつけながら、従者見習いとして家事のうちの簡単な仕事を与えられていたので、それを淡々とこなす。
──ルキアのやつ、普段あまり笑わないくせに。
心の奥底でぶつぶつと不満げに呟く。完全なる嫉妬だった。成長するにつれて、ウィリアムのルキアへの恋心も比例するように大きくなっていく。今まで許せた異性との交流も、許せなくなっていく。貴族として交流会に出席する回数も今までよりも増えるし、他の貴族から息子を紹介されることも増えている。その度にルキアは悩んでいた。その姿を見るのも心苦しかった。
「俺ならこんな思いさせないのに」
 もし、貴族として生まれ、ルキアと出会えていれば──
 何度も考えた。
 新年度早々、頬杖をついてしかめっ面であれこれ頭を巡らせていたので、友人たちが心配そうに声をかけるが反応がないので、「ああ、いつものか」とそっとしておいた。度々、熟考する時は周りの声が入ってこない様子があったので、それを友人たちは理解していた。
「はあ……」
 大きすぎる溜め息をついてまた思考を巡らせる。
「大変だな、ウィリアム」
「お嬢様と喧嘩でもしたんじゃないのか?」
「慰める練習でもしておくか! なんてな」
「ははは!」
 近くで冗談を言い合うのも完全に聞こえていないようである。



放課後、ホームルーム活動を終えて玄関でウィリアムがルキアを待っていた。
「ごめん、少し遅くなったみたいね」
「いいよ、どうせ早く帰ったって仕事しなきゃだし。おかげでサボれる」
「それはよかった。……あのね、また相談なの。あの彼のことで」
「またか? 嫌なら嫌って言えよ。旦那様なら許してくれるだろ」
 ウィリアムはルキアの話を遮った。
この時のウィリアムは、まだ真実に気づいていなかった。ルキアはあの婚約者候補のことを気になっているのだと決めつけていた。彼のことを気になっているから、あれほど悩んで相談しているのだと。そう考えていた。
そして、今日は他の男のことなど聞ける状態ではなかった。何となくあの婚約者候補のことを恨んであれこれ考えていた日だったから。
結局、二人で帰りはしたが、ほぼ無言での帰宅となった。途中ウィリアムは居心地が悪くなって走ってしまう。ルキアはそれを追いかけることはしなかった。
学校から一緒に帰ってすぐに、ルキアに呼ばれて部屋に入る。昔はよくルキアの部屋で一緒に過ごしていたし、身の回りの不便なことを協力し合っていたのだが、小学部の中学年になるあたりには部屋を訪れることは、呼ばれた時だけとなった。母親から教育されたのもあるが、純粋にウィリアムがルキアと距離を適切に取ろうとしていたのだ。自分とルキアは異性であり、ルキアは自分が好きな人で、だから近づきにくい。でも、今までと変わらずに持っていた考えはあった。
『ルキアを護る』
 この一点だった。昔、ウィリアムが母親から言われた言葉だ。その頃は何も感じなかったが、今になって何となくわかってきた気がする。ルキアをほかの男に渡したくない気持ちだけでなく、自分がルキアを護れるくらい強くなる必要があると感じていた。それは、決してルキアが弱いからではなく、ルキアへの愛や忠誠心の表し方であると感じていたからだ。
「座って」
「おう」
 ルキアに促され、イスに腰かける。久しぶりのルキアの部屋に何故か緊張してしまってキョロキョロしてしまう。
「挙動不審ね、ウィリアム。何か隠し事でもしてるの?」
 くすくすと口元を隠して笑いながら紅茶とクッキーをガラスのテーブルに置いて、部屋の窓を開けた。まだ外は明るい。
 しばらく何も話さずに外を眺めながらルキアが紅茶を飲んで、はあ、と溜め息をついたところでウィリアムが静寂を断ち切った。
「で、何の用だ?」
「……ああ、ごめんね。なかなか言い出せなくて。実はね」
 カップをテーブルに置いて真剣な眼差しをウィリアムに向ける。いつ見ても青い瞳は美しくて、独り占めしてしまいたいほどだった。一度でもこの瞳に見つめられれば、誰もがこの宝石を求めるに違いない。ウィリアムは唾を呑み込む。
「あの婚約者候補の方、また来るらしいの。それでね、どんな話をしたらいいのかわからなくて。話題を考えるのを手伝ってほしくて」
 ルキアから頼まれることなど、滅多に無かった。嬉しい。素直に感情を表現すればこれで間違いなかったのだが、今回は単純に嬉しいという気持ちだけではない。
「なんで俺が」
「あなたしか頼れないじゃない」
 平然とそう言ってくる。「あなたしか」という言葉が自然と出てくるのは不安だった。今までも他の男にそういう言葉を使って、勘違いさせてきたのかもしれない。だから、ルキアはいろんな人から恋愛的にも好かれていた。実際、学校で同級生が話しているのを聞いてしまった。それらのことも相まって、ウィリアムのピュアな心配は瞬時に黒く染まった。
「ルキア、そういうことはあまり言うな。勘違いするから」
「え?」
「俺はお前が好きなのに、お前は……あの婚約者候補と仲良くなりたいのか」
「ちょっと待って」
 ルキアの制止に耳を傾けず、ウィリアムは自分の想いを話そうと立ち上がりその勢いのままルキアに跪いて、見上げる。
「どうして俺じゃダメなんだ? そりゃ、俺が貴族じゃないからなのはわかってる。でも、あの男より絶対ルキアのことが好きなのに」
「ウィリアム……!」
 彼の涙なんて、今まで見たことがあっただろうか。
 幼い頃から、強がりで泣くのも我慢していたというのに。涙をあまりにも綺麗に、一筋の雫を流すので、まるで小説のワンシーンのようにも見えた。
「俺はルキアと好きって言い合える仲になりたいんだよ! 誰かに奪われるのは嫌だね! ちゃんと考えとけ!」
 そう言い残して、ウィリアムは乱暴にドアを開けて出ていってしまった。すっかりぬるくなった紅茶の水面が揺れていた。
「何よ……私の気も知らないで」
 わざわざ自室に呼んで、紅茶と菓子を出すということが、ルキアにとってどういう意図であるのかなど全く伝わっていないのも、今まで一緒に学校から帰ってきていたのも、全てウィリアムを好いていたからに決まっているというのに、彼は鈍感であった。しかし、それはルキアにも言えることなので、呆れて笑ってしまった。
「はははっ、……やっぱり私たちは似たもの同士だったのかしら」
 皿に並べたクッキーを一枚摘まんで齧ると、急にぐわんと視界が歪んだ。咄嗟に椅子に座って呼吸を整えていると、開けていた窓から突風が吹きこむ。
「ん、何……?」
反射的に窓の方を見ても、もちろん何もなかった。温もりが射し込んでいるだけだ。しかし、安堵した刹那、脳内に直接語り掛けるように低い男の声が響いた。
「悪い子だねぇ」
「誰!」
 声の主を視界に入れようと必死に探すがその姿は見えない。座っていたイスから転げ落ちてしまい、動揺する。気味の悪い幻聴が聞こえてから呼吸は苦しくなり、視界はぼやけていくし、心拍も上昇する。ぜえぜえと何とか酸素を取り入れた。
「だれ、か……」
「ルキア」
「……ッ!」
 声にならない声が、喉に引っ掛かって外に出られない。そして、もがくと何者かに抱きしめられたような感覚に抱擁され、肩を抱えてうずくまる。何故、名前を知っているのか、そう尋ねたかったが尋ねることは恐ろしいことであると本能がサイレンを鳴らした。
「ルキア……私の愛しい宝。君の成長を誰よりも祝福しているよ。ああ、それなのに、君はあの従者に恋心を抱いているようだ。だからね、ルキア。以前、君に贈り物を渡していたんだ」
「あ、え、な、なに」
 突然、記憶にないことを話されて困惑するルキアは、記憶の片隅まで探る。
「君には私の花嫁になってもらいたいんだ。だからね、君の『女としての人生』を奪う魔法だよ」
「何を言っているの……?」
「良いかいルキア。君が女として彼への愛を育むことも、彼と結ばれることも許さないよ。私が迎えに来るまで君は彼を愛することは出来ないよ」
「な、なんでそんなことを」
 多すぎる情報量に混乱してしまう。何から考えればよいのかわからない。ただ、頭の中に残っていたのは『女としてウィリアムを愛せない』ということだった。
「私はもう、ウィリアムを愛せないの……?」
 あの気味の悪い体験をした後だからなのか、余計に『魔法』が実在するものだと感じていた。こんなことになるのなら、さっき、ウィリアムに打ち明ければ良かった。後悔しても既に遅かった。涙の決壊が壊れたように流れ落ちる。視界は露に濡れて全てぼやけている。もう、女として彼を愛することは出来ない。ルキアはまだ、この世の愛というのは、父母のように男女で育まれるのが一般的であるということしかわからない。愛の形は多様であることも、異性間に限ったものではないということも知らない。それに、この社会はまだ、そこまで愛の多様性を許す風潮は無かったのもある。
 魔法というもので禁止された行為をしてしまったら、どうなるのかわからない。最悪の場合死んでしまうのかもしれない。そう考えると恐怖で身体が震えあがる。
 それから、数時間が経過していて、食卓へ呼ばれたのでそちらへ向かい、何事も無かったかのように夕食を食べ、また自室へと戻る。風呂にも入って、ベッドに潜る。いつもなら、読書や勉強をしていたのだが、今はそれらを行う余裕は無かった。嘘のような出来事であったし、信じられるかと言われれば全く信じられるものではない。それでも信じた理由は、本人にしかわからない。

 季節は進み、風は冷たく、草木は枯れて冬に近づいていた。この時期になると小学部では毎年音楽発表会が開催される。音楽発表会では各クラスで決めた楽曲を全員で演奏する。指揮者やピアノ伴奏者、打楽器、木管楽器などの楽器演奏者を自分たちで決めて、パート練習や合奏も生徒たちで行う。低学年では教師が生徒の希望になるべく寄り添って担当を決め、曲も多数決で決めることが多かった。しかし、中学年になると教師が介入することは基本的に無くなり、高学年になると生徒が主になって活動する。クラスによって練習方針は様々で、各々がグランプリを目指して一生懸命になっている。特に高学年になると指揮者になるような生徒はもともと音楽経験や知識も豊富になってきた生徒が多かったため、指揮者を中心に練習を放課後に居残りして行う日々が続く。
「ウィリアムはシンバル担当でよろしくお願いします」
「おう」
 ウィリアムは、音楽経験は無かったがたまにルキアと共に楽譜を読んで簡単なピアノ曲を演奏して遊ぶ程度のことはすることがあった。そのため、音楽よりも遊びたいというような活発な男子生徒と比べると、音楽への関心があると言える。実際、ルキアが音楽会の活動を楽しそうに参加しているのを見ると、ウィリアムまでも楽しくなってくる。ルキアとクラスは違うが、音楽会のための練習を友人たちとすることも楽しいと感じていた。もともとは剣術ばかりに興味を示していたが、入学してからは剣術以外のことにも触れる機会が増えたせいか、剣術だけでなく学校行事にも毎回真面目に取り組んでいた。だが、その活動の様子を親やルキアに知られてしまうのは恥ずかしさがあった。
「ウィリアムくん、シンバル上手ね」
「それはどうも。けどよ、シンバルに上手いも下手もないだろ」
「あるわよ! 響きが違うわ」
「そうかい」
 ウィリアムの席の隣に座る女子も打楽器パートを担当していたため、パート練習になると一緒になる時間が多かった。実は、この女子は密かにウィリアムに想いを寄せていたのだが、ルキアとの関係や普段の様子からウィリアムがルキアを好きであるのだろうと感じて告白する前に諦めてしまっていた。それでも、傍にいて友人として関わることに留めた今の関係性のままで十分幸せであった。この女子は、控えめな性格で気配りが出来る性格である。そのせいで後悔したこともあったらしいが、それでも、今の関係に不満は無かった。
 今日はパート練習だけで活動は終了する予定だ。各パートで目標を立て、指揮者に相談した上で今日までに進めるべきところまで進めれば帰れることとなっていた。他のパートでは、不真面目な生徒が多いとそれだけで衝突してしまうことも多々あった。主に、女子が男子の練習態度に対して不満を抱いてしまい、いざこざが起きてしまう。それでも、本人同士で解決させることがこの行事の狙いでもあった。生徒同士で解決出来ないと教師が判断した場合だけ介入するようになっている。
「そろそろ打楽器パートの練習終わりましょうか」
「了解」
「つかれたなー!」
「お疲れ。俺はもう少し残るよ」
「あら、そうなの? じゃあお先に失礼するわ」
 ウィリアムが居残りで練習しようとしたのは、ルキアのクラスがもう少し時間がかかりそうだったからだ。最近は下校時間が合わないことが多く、久しぶりに一緒に帰りたかったのだ。同じ屋根の下で暮らしていてもなかなか会話する機会もなくなっていた。避けているわけではないのだが、なかなか一緒の空間にいることが気まずいと感じる年頃であるのも理由の一つであろう。
 時計を見ると、まだまだルキアのクラスが練習を終えるには時間が余っていた。とりあえず、椅子に座り、水分補給をする。寒さ対策で暖房をつけてくれているせいか空気は乾燥している。喉の違和感を呑み込みながら、一緒に水も嚥下した。
「今日はルキアにはちみつレモンでも淹れてやるか」
 母から仕込まれた茶の入れ方や、簡単なドリンクの作り方を全て記憶している。自分で作ることはほぼ無いのだが、ルキアのためになら活用することはあるし、そのためならばやる気は満ちた。「ありがとう」とウィリアムに向かってしっかり感謝を伝えるルキアの笑顔を見たくて、ウィリアムは苦手な仕事も修行していたのだ。
 ウィリアムが帰宅後のやりたいことを考えながら遠くを見つめていると、複数人がウィリアムの目の前に立っていた。
「何だ?」
「何だ、じゃねぇよウザイな」
「前からそうだよな」
 舌打ちをしながら、複数の男子に囲まれる。ウィリアムはこの目の前に立つ生徒が誰なのかを思い出したころには一人の男子が殴りかかってきた。
「いってぇな……」
 頬を一発殴られ、その箇所が赤く腫脹し、熱を帯び始める。わけもわからず殴られてしまい困惑しながら頬を押さえながら睨みつけ、立ち上がる。他クラスの男子たちは五人いて、四人はウィリアムより背が高く体格も良かった。その身体から繰り出されるパンチは重く、急に殴られたこともあり脚がすくんでいる。しかし、やられっぱなしも癪に障るので、ウィリアムは殴ってきた男子の目の前で思いっきり肘を引いて本気の一発を食らわせる。すると、その男子は床に倒れ込んで涙目でウィリアムを睨んだ。
「何すんだよ!」
「それは俺が聞きたい。やられたからやり返しただけだが文句あるか」
 淡々と言い放つその態度にまたしても男子たちは怒りを覚えてしまう。ウィリアムは決して性格が悪いわけではないのだが、ルキアに想いを寄せる男子たちの反感を買ったり、同じ家に住んでいるということが気に食わなかったりと、本人の問題ではない部分で嫌われてしまっている。それを知らないウィリアムは、ただ喧嘩を売られてしまい殴られていると判断するだけなのだ。
「クソが!」
 ウィリアムを羽交い絞めにして、腹を蹴られ、殴られ、今までに経験したことのない暴力を全て受け止めていた。さすがにウィリアムは複数に襲われると太刀打ち出来ない。相手が満足するまで耐えようと諦めて目を瞑る。止まらない暴力は子どものものとはいえ、力の込め方や筋力が低学年や中学年の頃と比べると確実に強化している。その彼らが本気で暴力を振るうのは正直になれば「痛い」と感じるものだった。
「ほら、早く反撃しろよ」
「ウィリアム? さっきの生意気な態度は何だったんだ?」
「謝ったら俺らもやめてやるぞ」
「謝れ」
 謝れ、謝れ、とはやし立ててウィリアムの謝罪を煽る。
(誰が謝るか。クソ。俺は悪くねぇだろ)
 小さく舌打ちしながら形勢逆転の機会はないものかと思考を巡らせる。
 すると、ドン、と教室のドアの方から音が聞こえる。反射的にそちらを向くと、そこにはまだ練習中のはずのルキアが立っていた。
「ウィリアムと何をしていたのかな?」
「こ、これは、その」
「遊んでいただけで」
「一方的に見えるけど? とりあえず私はウィリアムとこのまま帰る。失礼」
 怒りを顕わにしてはいないが、ウィリアムだけにはわかった。今のルキアはかなり怒っている。いつもに比べて声が震えて上擦っている。声を荒く叫ぶのを堪えているのだ。
 ルキアがウィリアムに肩を貸してそのまま荷物をまとめて教室を出ていく。男子たちはルキアに現場を見られてしまった絶望で立ち尽くす。帰り際に「さようなら」とだけ冷たく残して退室した。
「大丈夫?」
「……ありがと」
「今日はやけに素直じゃない」
「さすがに死ぬかと思ったからな。ルキアに助けられたのは事実だし」
「そう」
 ルキアは練習を早く終えてウィリアムがいるかどうか確認しようと教室に寄ったところ、暴力現場を見てしまったのだ。男子たちに恐れることなくウィリアムを助けたその姿はまさしく王子様のようであった。ウィリアムは心の中でルキアへの感謝だけでなく、もっと別の気持ちも強まっていった。
(俺もルキアを護れるようにならなきゃ)
 帰宅後、母やルキアの母に怪我を心配されたが、本人の考えを尊重し、暴力事件があったことを伏せて、なんとか説明をして納得させた。それを聞いて、あまり納得してはいないようだったが、言いたくないこともあるのだろうと意思を察して詮索はしなかった。
そして、ルキアを護れるようになりたい、と密かに母に宣言したウィリアムであった。

 月日はあっという間に過ぎていった。中等部に進学、卒業し高等学校も卒業した。いつの間にかルキアは「ルカ」と名乗るようになり、周りもそれを受け入れた。高等学校を卒業してからは、ルカは大学へ進学し、ウィリアムは使用人としての正式に雇われることとなり、下っ端ではあるが雑用をこなしていた。
成長期で身長はだいぶ伸びて、背の低い男子と変わらない程度まで成長した。身長も高く体格も良いので、一見、華奢な男子学生に見えるほどの後ろ姿と、顔立ちは凛々しさを備えながら、目を合わせると優しく微笑む王子のようであると女子からは黄色い声が湧いてくるようであった。その上男装を着こなしていた。彼女は麗しく逞しく立派に成長してはいたが、そこに、年相応のみずみずしい恋心は存在出来ないのだ。周りの友人たちが恋人をつくっても、ルカにそれは叶わない。その頃には、ルカの生き方の方針もだいぶ決まっていたことも関係はしている。絶対に恋愛関係を築かないということ。そして、二十歳の誕生日の翌日に旅に出ようと計画した。資金も何とか用意し、仕事をしながらあらゆる街を巡って、己を見つめ直したかったのだ。
 また、あの日以来、異性、特にウィリアムに対する振る舞い方は変化していた。異性として意識しないように感覚を押し殺して振る舞い、これまで以上に強くあろうと、剣術の鍛錬に精を傾けた。勉学にも励み、友人として振る舞うことを意識した。謎の声の言う通りにするために、恋心を無意識のうちに抑えつけた。女としての愛を育むことも止めなければいけないので婚約者候補の彼と恋愛関係へ発展するようなことは無くなったし、むしろ友人としての仲を形成していた。彼とは未だに関わりはあるが、現在では既に別の婚約者がいるようで、幸せそうであったため、ルカは安心していた。
 十九歳最後の夜。ルカは数年ぶりに自室にウィリアムを呼び出した。
「ウィリアム」
「なんだ」
「明日、私の誕生日が終わった翌日、この家を出る」
「何言ってんだ! 旦那様や奥様がそのことを知ったら──」
 ルカは首を横に振る。ウィリアムはこれ以上続けることは出来ない。そうすると、黙ってルカの話の続きを待っている。ルカの瞳はいつにも増して真剣で、こんな眼差しを向けられたら彼女のファンはみな倒れてしまうだろう。
「私は私自身を探しに出たい。取り戻すことはなくとも、失ったものを探すことは出来るだろう」
「俺はどんなルカだって愛して……」
「やめろ。それ以上言うでない。だから、お前のその心を示したければ私の頼みを聞いてくれ」
「何だ」
「……それはまた後で話す」
「そうか」
 ウィリアムがルカの部屋から出ようとすると、腕を掴んで引き留める。
「まだ何かあるのか?」
「私と共に旅に出たいとは思わないか……?」
 ルカは恥じらいを隠しながら、ウィリアムに問う。今までずっと愛を注がれてきた自覚はあったからこそ、こうした発言が出来る。ルカが思っているよりも、何倍も大きい愛を隠しているウィリアムは、かつてのように愛を表に出すことはルカの気持ちを考えてしなくなったが、言葉や行動から愛が滲み出るため、よくわかった。
「俺が、お前と?」
「ああ、そうだ。何処へ行くかはまだ決まっていない。行先など無いのかもしれない。それでも良いというならば、着いてきてくれないか?」
 ルカの誘いはほぼプロポーズの言葉にも思える内容であった。実際、ルカにとってウィリアムはなくてはならない存在であったし、恋心を必死に隠しているが、別の形で新たに愛が形成されているようだった。ただ傍にいてくれるだけで幸せだと感じたし、男女の愛に執着する必要もないという考えも出ていたのだ。
「はい、承知しました。お嬢様。貴方が行く先が例え地獄であろうとお供いたします」
 わざとらしいが、ルカに忠誠の証を示すために跪いて手の甲へキスをする。このように正式な主従関係を意識したことは今まで一度もなかったルカにとって不自然の極みであったが、普段の友人のような態度からかしこまった態度に変わった様子を見ると、本心からルカの旅に同行して共に時間を過ごすことを望んでいるのだとわかる。

翌日、ルカの誕生日を皆が祝福した。ルカはひとりひとりに感謝の言葉を述べていく。
「ありがとうございます。父上、母上」
「こんなに立派に育って……」
「良い一年になるように願っているよ」
「はい」
 豪華な食事と大きなケーキをルカのために秘密にして用意していたのを知って、涙ぐんでしまう。それを気づかれないように咳払いをして顔を覆った。これからの道が、簡単ではないことはわかりきっているからこそ、この温かさを感じられることへの喜びを忘れないようにしたい。
 パーティーは長くは行われなかった。後片づけのことを考えると、遅くなりすぎるのも悪いからと言ってルカは早めに切り上げさせたのだ。そう言った理由は、事実、使用人たちのことを考えてのこともあるが、それとは別にもう一つ理由がある。
 パーティーの後、身を清めてからウィリアムをまた自室へと呼び出した。ウィリアムにとってルカの部屋を訪れることは己との闘いであったから、なるべく避けたかった。愛しい気持ちが二人きりの密室になると途端に溢れてしまうし、抱きしめてしまえばルカからの信頼を失ってしまう。だから、それを避けるためにも近寄りたくはなかった。
「明日出発なんだろ? なら早く寝なきゃいけねぇだろ」
「いや、その……ウィリアム」
 いつもは言いたいことをハキハキと言い出すタイプだというのに、ここまで躊躇う様子に違和感を抱きつつも、ルカがもじもじとパジャマの裾をいじっている。
「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「お前の心を示したければ──私を抱け、ウィリアム」
「ルカ……?」
 ルカがウィリアムに迫って抱きつく。背中に回した腕は男性のものと言うには細く、弱々しい。筋肉は薄くついているようだが、ルキアの体質もあるのだろう。本人が望むレベルまでには達していないと思えた。
 ルカの背中に腕を回して良いのかわからず、ただ棒立ちしている。いくら顔立ちが美男のようで剣が強くても、その身体には女性特有の柔らかさが在った。胸元に埋まるルカの頭を撫でてしまいたくて堪らない。
「今日でルキアを捨てる……。だから、抱いてくれ。そして、今夜だけは、ルキアと呼んでほしい」
 上目遣いで見つめる瞳にはウィリアムしか映らない。その像の距離がゆっくりと近づいてきて、瞳を閉じれば唇が重なる。男を知らぬ、純潔の唇を幼い頃から想い続けた、たった一人の男に捧げる。それだけでない、この身体の全てが、今、彼のものとなろうとしている。
 小ぶりな胸や尻を包み隠す薄い水色のスリップをまとうルキアの頬は火照っていて、触れてしまえば熱でウィリアムの手まで溶けてしまいそうなほど高い体温に触れた。
「なんか今日のお前……いつもより、その……」
「お前ではない、『ルキア』だ。ウィリアム。なんだ、照れているのか?」
「やっぱ可愛くねぇわ、くそっ……生意気なお嬢様ですね」
 そっぽを向いて緩んだ口元を隠した様子を見て、ルキアは笑う。笑ったせいで肩紐が肩から落ちると、その肩紐を元の位置に戻し、頭を撫で、そのままリンゴに齧りつくようにルキアを喰らう。
「ん、ぅ……」
「俺のこと、笑えるのか?」
 もう、幼い頃のウィリアムではない。立派な男性として成長している。ルキアの細い腰を抱いて、喉仏にも出っ張りはあるし、声も低い。髭だって生えるようになっている。急に、目の前のウィリアムを「男」と認識してしまい、恥じらいが生まれる。
 ちゅ、と軽いキスを交わしていくうちに、どんどん深みにはまっていく。互いが互いの熱を求め合い、舌を絡めて愛を分かち合う。
「本当に良いのか? もしかしたら死んでしまうかもしれないってお前が前に」
「ウィリアムに抱かれて死ねるのならそれも良いだろう。──それに、私を護ってくれるのだろう?」
「随分と冗談を言えるようになったな」
「私も成長しているからな」
「そうだな……」
 唇を離せば銀の糸が紡がれて、吐息が漏れた。その熱を忘れないうちに、ウィリアムが下腹部に手を這わせて、下着の上からすりすり、と指で線をなぞるように撫でると、びく、と小さく跳ねる。まるで兎が狼に見つかってしまったかのような、そんな可愛らしさと残酷さも感じさせる。重心がズレたところで、ルキアとベッドに倒し、見つめ合う。下着を脱がすことなく大きな手が布に潜ると、直接、花芽を刺激される。
「ん、やっ、ま、まって、っ……」
「待たない。俺はずっと待ったぞ。ずーっとだ」
 ウィリアムがそう耳元で囁くと、今までのウィリアムとの時間が次々蘇ってくる。どれだけチャンスであっただろう場面があっても、ウィリアムが手を出してきたことは無かった。ただ、ルキアの傍にいて、付き従っていた。ずっと。何年も前から。
「濡れてる。期待してたのか?」
「そ、そんな、わけっ、ない……!」
「強がりなところは変わらないなぁ」
 ウィリアムは人差し指を少し立てて、濡れた花芽をカリっと引っ掻くようにして弾くと、ルキアの爪先に力が入る。それを見てウィリアムはさらにスピードを上げて追い込んでいく。ルキアの両手でウィリアムの腕を掴んで少しの力で抵抗しているが、普段のような強さは全く無い。ただ添えているだけのように見えて、かえってウィリアムの興奮の材料になってしまっている。
「あ、あ、ああぃ、っま、まって、きもち、い……いからぁ……」
 十分に濡れた割れ目に指を下げて、秘孔を指で小突く。
「いい?」
「う、あ、ん……」
 こく、と小さく頷いたのを確認してから、キスをして痛みを感じないように配慮する。これだけ濡れていればきっと指ならすんなり入る。そう判断したウィリアムは、あえて激しく舌を重ねて、捕食しているようにキスをした。
「痛い……?」
「ん。いや、だいじょ、ぶ」
 狭くて指を入れるだけでぎちぎちに締め付ける秘孔は、慣れるまでまだ時間がかかりそうであったが、腹の方に指を折るとざらついた場所を見つける。そこを目掛けて指でトン、と優しくノックしてあげると、ルキアは目をぎゅと閉じて快感を騙そうとしていた。声も出さないように耐えるので、ウィリアムの対抗心がそそられ、ととん、と先程よりもタップする回数やリズムを変えて刺激をする。すると、キスから逃げてぜえぜえと肩を上下させて必死に呼吸をする。
 傷つかないように、痛くないようにゆっくりと指を奥へと進める。指が先へと進むと同時に、じくりとした鈍い痛みはあったものの、恐れは感じない。ウィリアムに身を委ね、快楽を享受することだけに集中出来るような雰囲気であったからだ。
「よかった。ルキア……」
 首筋に噛みついて、ぢゅ、と吸うような音を立てて口づけをする。舌で舐めた部分をポイントにして、いくつもの紅い花を咲かせる。あちこちに咲いた花を見たウィリアムは満足そうに眺め、蕩けた瞳のルキアをさらにぐずぐずにしようと企む。
「うぃりあむ、すきだ」
 会話せずとも、見つめ合い、小さくキスをし続けながら、ぴちゃ、くちゅくちゅと淫らな水音を立たせながら愛撫を続けていたところ、突然ルキアが愛を呟いた。普段の真面目で性に関心の無さそうな王子様な『ルカ』からは誰も想像できないほど、艶やかである。
「ああ、俺も好きだよ、ルキア」
 幼い頃から共に暮らして、育ち、切磋琢磨してきたせいか、気づいていないことがあった。今こうして、ベッドで見ると、ルキアは本当に美しく育ち、大人の女性の身体として成長していた。ほんのり浮かぶ腹筋は努力を表していたが、腕や脚、首などのしなやかさや肌の柔らかさや白さは決して男には出せないであろう領域の色気を放っていた。いくら男性的な振る舞いをしていたとしても、身体はしっかり女性のものであるから、快楽の感じ方も、女性のものであるし、鼻から抜けるような喘ぎも、いつもの落ち着いた低音からは想像し難い、甘い猫なで声である。耳に髪の毛をかける仕草一つとっても、色気を醸し出す「大人」になったルキアであった。
 指が二本に増えてから、ウィリアムに余裕がなくなってくる。優しく指で解すように突きながら拡張しつつも気持ち良さを感じてもらえるようにキスで痛みを緩和させてきたが、徐々に余裕を感じさせない興奮した雄の野獣が、ふーっ……と荒く呼吸するかのようにしていたし、下唇を震わせているのを噛んで騙している。
今までは、初の異性の素肌に触れることへの緊張のせいか自分自身が興奮出来なかったのだが、やっと余裕が出てきたようで、股間の剛直が窮屈だと主張していた。布を押し上げていたのをルキアは見てしまい、今、目の前にいるのは幼馴染であり、雄であることを自覚させられる。その熱膨張した場所に目が奪われる。自分は持っていないその膨らみに、興味を寄せた。
「何、じっと見て。興味あんの?」
「興奮してる……?」
「そりゃあ……するでしょ」
 びくん、と脈打った股間が急に別の生物のように思えて、ますます目が離せなくなる。そのルキアの好奇心旺盛なところは昔から変わっておらず、可愛らしいところだとウィリアムは思う。そうすると、ウィリアムが穿いているズボンを寛げると、ぼろん、と質量を持った熱を帯びた雄の象徴を露わにする。
「すごい、ねえ、触りたい」
 数分前までのムードは一旦途切れ、ルキアの瞳は新たな知識を得られそうだと期待に満ちて輝いていた。
「いいよ。ほら」
 ルキアの手を上から握り、そっと触れさせる。か弱い生物を触れるときのようにやんわりと触れる手は、いつも処理している自分の手よりも小さくて、触れられた時の感覚も全く違っていて、想像の何倍もの大きさの快感が押し寄せる予感がした。
「可愛いんだな」
 様々な角度から観察し、一通り見た後にぎゅっと握りながら、鈴口から溢れる先走りを伸ばしながらそこを重点的にかりかり、くりくり、と優しく刺激する。そうすると、ウィリアムが低い声で呻くため、気分が良くなってきてしまう。指の輪を作って上下に擦りながら言葉で煽る。
「なんだ、気持ち良いのか? そんな情けない声を出して。そうか、お前初めてなのか」
 少し意地悪してみたかっただけなのだ。すっかり可愛げのあった幼いウィリアムがいなくなってしまい、精悍な顔立ちは、本人が気づいていないだけで密かに女子からの人気があったし、大雑把で面倒くさがりのくせに真面目な性格をしているから時間をかけて丁寧に取り組むこともあるし、剣術は本気を出されるとパワーで負けてしまうこともある。男として見てしまいそうになったのも何度もある。それでも、ウィリアムに抱く想いを誤魔化してきたのは、あの魔法を受けてしまったからだった。逆らえぬ呪いに支配され続けた愛を、一気に解放していると言えよう。
「くっ、ア……そこ、やめろッ」
「はは、ここか」
 目を細め、ウィリアムの苦しそうにする姿をもっと楽しもうと起き上がって、優位になるべく押し倒そうとした瞬間、ウィリアムの手がルキアの手首を掴んだ。力強く掴まれてしまい解こうとしても解けられない。すると、そのまま抱かれ、ウィリアムの胡坐に座った状態で対面し、ルキアの下腹部に先程まで弄んでいた雄が当たる。
(こんなに大きかったか……?)
 ルキアが不思議そうにウィリアムを見つめると、眼光鋭く見つめ返されてしまい、声を出せなくなってしまう。慌てて抱えられた腕から逃げようとするが逃がしてはもらえない。
「仕返し……」
 ぼそっと小さすぎる声で呟かれ、ルキアは聞き取れなかった。
 腰を持ち上げられ、そのまま淫水で湿る秘孔に雄をあてがわれ、ゆっくり腰を下げられたところで、やっとルキアが理解する。
「な、や、まっ、は、離せウィリアム……!」
「──誰が離すか」
「あ、んッ……」
 ひたすら隠していた独占欲が牙を剥き、ルキアをやっとの想いで独占し、ウィリアムにだけ見せる雌の本能に抗えない蕩けた顔に支配欲を満たされる。愛おしさと独占欲が抱きしめられるのと同時にゆっくり自重で奥まで深くウィリアムが迫ってくる。
「う、ア、ま、ってぇ……煽ったから、怒ったのか……?」
「俺をこうした自覚があるなら責任取ってくれ」
 舌なめずりをして、首筋に最初は甘く噛みつく。美雪のような肌からは極上の甘味が口内に広まっていき、もっと味わうために舐めて齧りつく。獣のように無我夢中で堪能するウィリアムに、本当に食べられてしまうのではないかと震えていると、鍛えられた腕の片方だけでルキアを支える。もう片方の手で上向きのハリのある胸を揉みしだく。徐々に羞恥が芽生え、じんわりと下腹部にその羞恥からくる熱が籠り、目が眩んでくる。
「ん、んん……あっ、だ、だめ」
 次第に今の姿勢を保持出来なくなっていき、ウィリアムの肩で頭を支えるようにしがみついた。揺さぶられると快感で落ちてしまいそうになるのを、脚で固定しているせいで、絶対に逃げる意思がないのを明かしていた。しかし、そんなことを二人が考える余裕など微塵もなかった。
 胸の小粒は薄桃色であったのに、ウィリアムに摘ままれて真っ赤に熟れていた。そうなれば、食べごろだろう。舌で転がしながら、たまに吸って、また転がす。月明りに照らされる唾液が淫らに反射している。ピン、と弾いてやれば蜜壺はうねって雄を欲して離さない。初めて受け入れたはずだというのに、感度の良すぎる身体は丸まって快感から逃れようとしているが、全く逃げてくれない。
「ルキア。愛してる」
「や、アっ、う、んん……はぁ、う」
 何度も愛を囁かれながら奥を突かれると、その度に頭の中を真っ白な光が弾けていく。ぱち、ぱちち、ぱちっ……と弾ける星々が、絶頂に近づくにつれて増えていく。呼吸が速まっていくと、それに合わせて最奥の扉を叩かれる。体温はさらに高まっていて、ほんのり赤く染まっていた。温まった肌のせいで冷たかったシーツも熱を帯びて、混ざり合った蜜を零して濡れていた。
肌と肌とを合わせているので、心臓の鼓動も身体に直接響いている。互いが互いの熱を感じながら、この交わりに興奮して速まる鼓動が伝わってくる。普段の生活ではまず考えらえないこの現象に、特別感を見出すと、ルキアがそろそろ限界に近づいていた。
体力はある方なのだが、興奮状態にあることと、うまく呼吸を出来ていないことが原因で既に疲労が見られていた。呼吸をするのもやっとなくらいのルキアに対して、ウィリアムは限界突破しているようで、体力が尽きてもそれを感じないで腰を振り続けた。
 疲れた姫をベッドに寝かせて、垂れる汗を拭う。しっとりとした肌からほのかに石鹸の香りと汗が混ざる。その匂いがまたウィリアムの本能に刺激して底なし沼の性欲を掻き立てる。
「もっと、もっと欲しい」
 ウィリアムが求めるだけルキアは与えようとするが、半ば失神したようにただ揺さぶられるだけとなっている。ああ、だとか、うう、だとか。飾ることの無い野生的な喘ぎが腹の底から呻くように湧いてくる。生理的な涙を流しながら、舌を食むようにキスをされる。そして、胸の中にすっぽり埋まるように抱かれると、一気に最奥を突いた。痺れるような快感が末端まで走る。その電流によってびくびくと震え、だらしなく口元から唾液を流し、目の焦点は定まらないでいる。
「ルキア……」
 幾度も擦った秘孔からは泡立った体液が垂れていて、まるで中に白濁を解き放ったかのように見えた。その見た目があまりにも情欲を揺らがすのだ。ごく、と喉が鳴る。花芽を指でゆっくり擦りながら息を整える。眼下の淫らな姫はすっかり意識を手放しているようだった。それなのに、抱えきれない熱を放ってしまいたい欲に駆られる。そこで葛藤を繰り返す。しばらく動きを止めていると、ルキアが意識がない状態で声を発していた。その声を少しでも聞こうと耳を傾ける。
「うぃ、いあむぅ……しゅ、き、すき、だ、ぁあッ」
「……ッ」
 魔法をかけられたあの日から、心の奥底に封印したはずの想いが解放されて止まらない。ルキアのその突然の告白にウィリアムは愛が止まらずに胎内にて爆ぜた。一滴たりとも零さないように、子宮口に先端でキスをするように押し上げて、直接注ぎ込む。その後もしばらく抜くことなく栓をして、数分後になってやっと抜くと、大量に射精したために逆流する。白滝が割れ目に沿って生まれる。それを指で掬いながらまた胎内に戻した。まるで、必ず孕ませてやるという本能が無意識にそうさせたのだろう。そして、そのままウィリアムもとうとう体力が尽きてしまい倒れるように眠りについた。
 数時間経つと、ルキアは目を醒ます。まだ下腹部には、ほとぼりが残る。そこの熱を愛おしむように撫ぜながら、横に目をやると、隣にはウィリアムが背中を向けて眠っている。ウィリアムの背中に触れようとした瞬間、聞き覚えのある男の声が脳内に響いてきた。
「ルキア」
「この声は……またお前か」
「君はどうして私の気持ちを踏みにじるのかな」
 幸福に満たされたところも束の間、一気に意識が覚醒してしまう。ルキアは布団に潜り込んで、聞こえてくる声を遮断しようとするものの、昔にも感じた寒気がまだ残っていることに気づいてしまい、カチカチと歯の震えが収まらない。次第に体温が下がっていくように感じたのは恐らく冷や汗をかいたからだろう。
「わたしは……私はただウィリアムと……」
「私はそれが気に入らないんだよね」
 震える手を握りながら、ひたすら気配が消えることを願って布団でやり過ごそうとする。隣に眠るウィリアムを起こして助けを求めようとするが、声も出なければ腕も動かない。それなのに、恐怖はなかなか消えず、眠ってしまおうとするものの不可能に近かった。
「でもね、私は許すよ。どんな君でも愛するからね」
 そう言われた後、すぐに震えなどの症状は消え去っていった。ルキアは不思議に思いながらも、呼吸を整えるために布団から顔を出す。すると、そこに立っていたのは白っぽいロング丈の神父のような恰好をした男がいた。
「見ているからね」
「……!?」
 突然現れた男の姿を見てしまった瞬間、一気に視界は真っ暗になり、そこから記憶が途切れた。気絶してしまったのだ。僅かな記憶の中にあったのは、暗がりの中にぼんやりと見えた姿。それはまるで、幽霊のようであった。


 翌朝、腰のよどみのようにずっしりと重い痛みで目が醒める。昨夜の記憶は薄く、夢の中での出来事だったのだろうと一瞬思ったが、身体の怠さはやがて情事の確信に繋がっていった。この時、正体のわからぬ声との会話のことはすっかり記憶から薄れていた。
ずきん、と夜の激しさを物語る腰の重さに眉間に皺を寄せながら立ち上がり、二十歳の朝を迎える。清々しい爽やかな朝の空気を肺に満たして、身体中に酸素を巡らせれば、視界も脳内も明瞭になっていく。
 旅立ちの朝。一つに束ねた髪を、小刀で切る。以前、父から買ってもらった切れ味の良い小刀であるからか、髪束を綺麗に簡単に切り落とせた。それからシャワーを浴びていつものようなシンプルで清楚な男装をする。
「おはよう、ルカ」
 鏡の前には覚悟の決まった『ルカ』が堂々とした面持ちでいる。昨夜の彼女はもういないのだ。今まで短髪にしたことのないルカが、顎くらいまでの長さに切るには相当な思いきりが必要であったが、断髪に躊躇いは無かった。これは、昨夜の時点で決めていたことだったのだ。ここまでくれば引き返せない。そういう決意のためにも、そして、家族に髪を残して、決意表明をした上で旅立つことを許してほしかった。引き留められる前に出発する必要があるため、早朝に家を出ようとした。ウィリアムには後にこの髪を家族に届けさせるつもりである。それも段取りにもちろん組まれている。
「おはようル……カ」
「ああ、おはよう」
 いつものような爽やかな美青年のルカが背筋を伸ばして立っていた。袖がふんわりとした白いブラウスと紺色のスラックスとブーツ。外套を羽織ればいよいよ出発であった。
 ウィリアムが急いで支度を済ませると、使用人たちが起きてくる時間となる。急いで二人は屋敷から出ていくと、屋敷に向かって一礼した。
「さようなら、愛しい家族」
「律儀だな」
「そうか? 永遠の別れになるかもしれないからな」
用意した馬に乗って走らせる。地図を持ってまずは訪れたことのない馬を数時間走らせた先にある街にでも向かおうとした。遅くとも夜頃には恐らく到着する距離であるから、まずはそこを目指して出発した。宿にでも泊まって翌日に仕事を探しに出ようと計画立てていたのだった。
 目的地への到着は、道中用事を済ませたり困っている人に助けを差し伸べたりしていたせいで、だいぶ夜更けになってしまったが急いで宿を探していたところで、怪しげな男が走っていくのを目撃し、懐中時計を盗まれて困っていたある少女と出会う。彼女がアビゲイル・ヘルゼイユであったのだった。
 この時、まだルカとウィリアムは知らなかった。今後待ち受ける試練の数々を。そして、この旅で知ることとなる魔法使いの真相も何もかも──
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