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01:俺のツレは人でなし!

ハニートラップ山口

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・・・・



「どうかした?」
まつりがきょとんとして聞いてくる。
しばらくぼんやりしていたので怪しまれているようだ。
 いつの間にかルビーたんはこちらには目も向けず、端末を操作している。

ぼくは答えなかった。
自分でも、この感情をどう言えばいいのか解らなかったからだ。
「なんでもないよ」

しかしそんなぼくの相槌には然程興味が無いのだろう。
もぐもぐ、蜂蜜の掛かったパンケーキを頬袋に詰めながら、まつりは呑気に呟いている。
「ハニートラップ」
もぐもぐ、蜂蜜の掛かったパンケーキを頬袋に詰めながら、まつりが呑気に呟いた。
「んー、美味しーね」
 えへへ、と満面の笑みを浮かべていて幸せそうだ。
「なぁ」
ぼくは聞いた。
「現在時刻は?」
まつりはきょとんとしたまま言う。
「17時。午後ティーです」
「ありがと」
言いながら、まつりの頬を拭う。
「ハニートラップはいいけど、広範囲に発動するのは気を付けろ」
まつりは、うぐぐぐ、と謎のうめき声をあげている。






少し、和む。
なんだ。
いつも通りじゃないか。
 いつもと変わらない日常。
それすらも随分と取り戻せずに居た。
だからきっと、目の前の幸せが怖くて受け入れられないだけなのだ。


ぼくと、まつりを結び付ける、あの事件の起きる日。
あれからずっと、今も、頭の片隅で考えて居る。

――ぼくはどちら側なのか。

災厄を呼び、罪を露わにしたのは、ぼく自身なのかもしれない。
 そのとき。もし、そうだったら――――


「おーい」
という声がしてハッと我に返る。
まつりの頬を拭いたまま固まっていたらしい。
「あ、聞いてなかった。何?」
 聞くと、まつりが目の前でちょっと心配そうにしている。
「やっぱりまだ本調子じゃなさそうだね。眠い?」
 ぼくはフリーズを解除して定位置に座る。
「だ、大丈夫」
 ボーっとすること自体はいつもの事のはずだが、それでも変だったんだろうか。
「お腹すいちゃったのかも。ぼくにもちょっとちょうだい」

 美味しそうにパンケーキを食べているまつりに言う。
パンケーキ食べたい!なんて、なんとなく敬遠していたけど、目の前にすると別に食べたく無い事もない。
まつりはしょうがないなぁとちょっと切れ端を分けてくれた。
「ありがとう」
 蜂蜜がたっぷりかかっていて美味しそうだ。
 ナイフとフォークが、ケーキを刻んでいく。
  宝石とか派手な飾りは無いけど、上部に彫刻が施されていた。
(懐かしいな……)
 大きな屋敷に居た頃には小さかったまつりも、今ではぼくより背が高い。
   長く暇な空白期間を経て、再会したのが、3月21日。
――――あれから、かれこれもう1か月以上が経過しているというのに、今もなんだか全然そんな感じがしないままでいる。まつりを横目で見る。
えへへと笑っていた。
「いっぱい食べて、大きくなるんだぞ」
「それは夏々都のほうでしょ」

可愛いな。と、思った。
 昔と変わらず、まつりの笑顔が好きだ。
大きくなって、強くなって、ずっとこれからも守り続けられたら良いのに。


 なんて、浸っていたからだろうか。
「……うっ」
 口に入れた瞬間、衝撃が走った。
口の中の食べ物を咀嚼したい意思と反対に、胃の中が暴れている。
いや、むしろ最近食欲が無くてあまり食べて居なかったからなのか、こういうお洒落な店に来たのが久々だからなのか?
突然の、吐き気襲来。
「誰の子?」
「……」
ぼくはまつりを睨みつける。
「じょーく、じょーく」
誰に教わったのか、経験の違いなのか。はたまたぼくで遊んでいるのか。
ため息を吐く。
突っ込んでいたらキリがない。
「……トイレ行って来る」
「はーい。早く帰って来てねハニー」
まつりが適当に手を振る。
背を向けたまま、
ぼくは歩く。
「あぁ。支払い頼んだよ、ハニー」
4月20日8:10‐2023年5月1日3時52分

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