丸いサイコロ

たくひあい

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丸いサイコロ11

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 ヒビキちゃんはあまり納得していない。
ぼくも──彼女が何を知りたいのかピンと来ていなかった。
 
 そもそも、昨夜、送っていくにも遅いので、この家に泊まった彼女は、朝早くからぼくらを起こし(ぼくはリビングで寝ていた)、昨日の話をしろと、特にぼくの方に言うので、現在の話合い? がもうけられた、気がするのだが……
なんだか変な空気だった。昨日の話って、昨日は彼女も居たはずだが、たぶん求められているのは、ぼくの考察なのだろう。



「まあ──よくある話だよね。──あ、えっときみが知りたいのは、結局は、彼女たちがしばらくきみに会いに来なくなった間のこと、なのかな」

答えが、返ってこない。


「そもそも、今になってあの事件を調べているのは、なんでかなって最初から不思議だったんだけどさ──そうじゃなくって、彼女が最近まで居たから、なのかな。《きみの家》に。 そして、現在は脱走している、とか。どう? ある日、長年、事情を知らずに彼女をかばっていたきみが知ったのは、榎左記さんが《いなかった》ってことで、エイカさんが《居た》ってこと。だったら、ぼくには分かりやすいんだけど……」

 彼女は過去を調べているんじゃなく、現在を調べていて、それはまつりの言った意味の脱走とは別の話──だけど、結果としては同じ点に行き着く話で……



 その辺りになってから、ヒビキちゃんはただ、気まずそうに目をそらした。そして、答えではなく、質問をした。そして、少し、小さく、微笑んだ。

「面白い冗談だな。……私は、双子のお姉ちゃんが帰って来ていないと、そう言い続けた。だけど……どちらの意味だと、思った?」

「──両方の意味。じゃなきゃ、あんな顔をしないだろ。ぼくも途中まで混乱してたけど。でもそういう風に言ったのは、知らなかったからかな、あの人が生きてるかどうか。または、あの人たちが言ってたからかな、あの人が死んだって」

「あんな顔?」

ヒビキちゃんは、自覚が無いらしく、首を傾げている。


「……甘いものに飽きたな……カステラ探してくる」
 まつりが唐突に立ち上がってどこかに行った。ここは中央にあるリビングだ。奥に行ったので、台所かその辺だろう。

っていうか、お前の中でのカステラは、甘いものに入っていないのか。それとも、甘いもの、が指す範囲が違っているのか。

ついでに切ってきてと言っておく。聞こえただろうか。
ヒビキちゃんは、やっぱりさっきから、不満そうに考え込んでいて、ヒントが欲しそうに感じたので、ぼくは何気なく、呟いた。

「──ああ、そうだ、いいことを教えてあげるよ。あいつに関わったやつの中で《ある条件を満たしていた者》は、大抵が、自殺している。これが、偶然かどうかは、はっきり言えないけど。それから、あいつが何か忘れる前触れには、必ず──」

はっとしたように、ヒビキちゃんが青ざめた。
何かを察したのか、何かを思い出したのか、何か不吉な予感がしたのか、それとも。














<font size="5">26.人違いです</font>

 一昨日、私は大型の百貨店の中にある映画館に来ていた。連絡していた人物も、心配していたわりに、そこに来ていたものの……しかしどうやら、そこに行く、という意識だけしか、働いていなかったらしい。

 佳ノ宮まつりはどうやら、私をすっかり忘れていた。《あのとき》に聞いていたのは、本当のことだったのだ。受付で見かけなかったら、どうなっていたかと思う。

 しかも、知らないやつと二人で入っていく……と、思ったところで、あれ? と思う。
なんだか、視界に、ちらちらと見たことがあるようなやつが映っている。
そいつが近づいてきて、私の肩に手を置いた。
なんだ、肩叩きでもしてくれるのか? それなら、是非とも遠慮しておきたい。
「おれの妹!」

にっこにこで、じゃらじゃら趣味の悪い金属を身に付けた男が私に笑いかけてきた。ちょっと薄暗いし、見間違えに決まっている。
むしろ、そうであってくれ。こういう、薄暗い場所で人に会うのはただでさえ楽しくない。


「あれ、偶然の再会なのに冷たいでちゅねー? 相変わらずツンツンしててかんわいい」

 ……ドン引きだ。
その台詞は、本気で喋ってるのか?

 「……っ、いっ……妹!? ひとちぎゃいっす」

噛みまくった。泣きたい。よしよしと撫でられかけたので全力で避ける。
慣れ慣れしい。しかし、この声というか……聞いたことはあるんだよな。
 実は、あんまり直視していなかった彼を見上げる。受付の、横の方でどうやら、ポスターを見ていたらしい。

すらっとした体型、やや童顔だが、ある意味大人びた髪型が、それを感じにくくしている。なんかわからない、じゃらじゃらたち。あの余計な装飾が無かったらそれなりに格好いい気がするのに、ドクロだか、星だか、お花畑だか……可愛いものが好きなんだろうか?っていうか。

「貴様、まさか……」

「お嬢様ぁ~、やっほー」

 どことなく時代錯誤な二人の雰囲気に、一瞬周りの視線が集まる。
あははは、お兄ちゃんオモシローイ。適当に冗談めかしていると、視線はすぐに無くなった。 危ない危ない……そうだ、こいつは、私のお目付け役だ。昔はいなかったのに。父さまが言っていた。最近は一人で歩いては危ないから護衛がどうのと。

「って、お嬢様って呼ぶな!」

小声で注意すると抱きつかれそうになった。こいつはそういう教育を受けていないのだろうか?
服装もなんだかボロボロだが……どこかに冒険にでも行っていたのかと聞いてみたい。

っていうかむしろこいつを監視すべきじゃないかと思う。父さまの考えることがわからない。

「お嬢様も貴様、は、やめたほうが良いです」

「呼ぶなとさっき言っただろうが! わかった、じゃあ村人C」


「C!? 村人!」


「黙れC……じゃ、私は行く。もう会うこともないだろう」


「だっからっ、俺、先生に頼まれてるんだって~」

知るか。



     □


 「すごいでしょ」と、あいつは言った。まるで、確信的に、自信があるみたいに、前もって知っているみたいに。ぼくを、なとなと、と呼んでくれた頃のあいつは、そう言ったのだ。無邪気で、純粋で、残酷な、気に入れば生き物でも切り刻んでしまう頃の、だ。

名前とともに、性格の記憶も縛ってしまうのだろうかと、ぼくは何度か考えたりしたけれど、やっぱりよくわからない。

 果たして、あの白い館を見たまつりには、何が映ったのだろうか? ぼくを連れて来たのは、本当に、ぼくと彼女を勘違いしての、ものだっただろうか。 



 彼女は居なかった。メッセージは残っていた。連れ去られていた。そんな言葉をわざわざ使うのは、なぜだろうと、不思議に思っていなかったわけじゃない。いないなら、いないで良いのだ。

 連れ去られていたと、誰が知っていたんだろうと、考えて、思ったことがある。どこに。どうして、誰が。それで、もしかしたら一番現実的なのは、あれだろうかと思った。

 まつりを、連れて帰るつもりで来た人たちが『勝手に職務から抜け出した彼女』を見つけたんじゃないか。あそこはメイドさんが何百人といたわけじゃない。誰か居なくなれば、気付かれる程度だ。クラスメイトより、少ないはずだ。
事件のことで、交渉があったのなら──いや、それじゃなくても、たぶん、彼女たちも、外に逃がすわけにはいかなかったのだろう。一度あのなかに入ったのなら。
だから、連れて帰った。
『来るように言われたがまつりは来ていなかった』と彼女が言った可能性もある。


 その頃のまつりは、たぶん、大きなミスをしていた。(ミスといっていいかわからないが、あいつの観点からいくとだ)『自分が考えられる程度のことなら、相手もこなしてくるだろう』ということだ。


 彼女が、誰にも、何も、まともな嘘も言わずに、出てくると思わなかったんだろう。彼女はもしかしたら、まつりは、ただ、隠されて探される側であり、あの屋敷にそんなに権力がないことも、知らなかったかもしれない。


 あのお屋敷を嫌っていたのは、なによりも、そこに隔離されていた、まつりだ。ろくに自由に出歩けず(はずなのに、たまにふらりとどこかに行っていたが)、上の人から、何もわからない頃から厳しくされていた。

敵、と認定していたりしても、あまり驚かない。




――だからといって、あの惨劇のすべてが、まつりのせいだとは、思わないが。また、それも、別の話だ。

――それから、別荘、に行かされたはずのエイカさんが、なぜ、来賓館で、しかも生きていてぼくらの前に現れたのだろうかという点については、疑問が残っている。

 彼女こそ、囲まれたはずだし、殺されるはずだったし《あの状況の録音を取らないといけない》のに。彼女を含め、別に演劇同好会のメンバーってわけでもない彼らの声と、ちょうど良く被さることがあるだろうか?

あの声たちは、本物だ。
ただ、彼らは何もやっていない。

『なにかがここに埋まっているか、まだ埋めていないかを気にしている人たちが、あの録音中に、近くに来ていた』

――ような状況のところで、彼女が、それが良く聞こえる地下室にいる。真上か、それに近い場所だろう。
 そんな場所に彼女を隠すのは、状況を知らない人か、もともと……


──いや、ともかくだ。
まだ埋めてないと言った彼女は誰だろう。情報を流されたから、上が頼んだ外部の人が――なんて言うけれど、そもそも、どこかで言った気がするが、情報があるって情報を知っていることが大事だ。恩人って人物については、ぼくからは言えないが……


 ちなみに、恩人さんは『その人が探しているらしいですよ』と中の誰かが話せば、あっさりそれがどうにかなるような部分がある人物だ、とだけ言ってみる。
 そもそも、ぼくはほとんどの機械がまともに使えないので、どうなっているのか知らない。

 まつりが、その人が《殺された》と言ったのは、その辺りを知っているからなんだろう。ぼくは遠い昔に会っただけだが、ただ、病死と聞いていた。

――ああ、恩人って、そういえば、あの人は榎左記里美さんの、恩人なのだっけ。 ぼくは、彼女に会ったこともないのだが、彼女にとって、事件だったあの日の恩人だろうか? それとも、何かそれ以前なのだろうか。
 ぐるぐる考えていて、数十分が経過した。気が付くと、ヒビキちゃんは、なにがあったかわからないが、携帯で誰かと連絡を取っているみたいだった。

 ぼくが、さすがに遅いよな、と思って、台所の辺りまで、まつりを見に行くと、カステラをテーブルに置いた状態で、寝ていた。夕日のあたる丘で、互いに殴りあった友人みたいに、包丁と共に、安らかな表情で倒れていた。顔に目立つ傷はないが。

すやすやと、日が中途半端に当たる位置で寝ている姿は、なんというか……癒されなくもないが、そんなことは関係ない。

「……おい、大丈夫か?」
微動だにしていない。
遅いわけだ。恐る恐る、肩に触れてみたが、全く動かなかった。気絶、みたいな感じがする。そういえば帰りも、結構、寝るというよりこんな感じだったか。

「痛み」が記憶を保たせるために、有効なのかは知らない。根拠についてもぼくはよく、知らない。難しく考えても意味がないかもしれない。


「これは……あれか、無理に記憶をもたせると、そのぶんの負担が後から一気に来るってやつか」


 しばらく頑張っていたからな。数日間くらいは定期的に、唐突に、ふと、寝てしまうのだろうか。これでは、今後あまり使わない方がいいだろう。

 人形かなんかのように表情が動いていないが、たぶん今は、悪夢を見てはいないんだろうと思った。

「……お前さ、ずっと、テンションがおかしかった。実はわりと、乗り気じゃなかったんじゃない?」

そーっと、脇から引きずってみようとする。 うーん動かない。床掃除はしているが、埃を集めると大変だと、やはり抱えかたを考えねばと思い直して、テーブルにあったカステラを手に取った。

「食え」


近づけてみるが、反応がない。

「…………まあ、乗り気とかどうでもいいんだけど」


 一旦、リビングの方向へ足を向けると、声が聞こえてきた。通話中のようだ。
ぼくがへし折った携帯電話は、そういえばどうなったんだっけと思った。あれから……解約したままだっけ? うまく思い出せない。中のカードは無事だったはずだけど。


「──しかし父さま、良かったのですか……いくら、そうとは言え、彼はあなたの──」

(──彼?)

 盗み聞きしたいわけじゃなかったが、突然、ヤッホー! とか、やあやあ電話かい、ハハハ! と入って行くのも違う気がするし、もし足音を立てたら聞いてました、と、結局同じになりそうで進みづらい。 いっそダダダダと歩けばいいのか、呑気にスキップをすればいいのか。

「……っ! ごめんなさい……──はい、ですが……はい、あそこにいたのは、彼と、私と、あの人と、あいつで……はい──そうなっています。私は、直接目撃はしていませんが……」


 上の立場の人にうっかりそのまんま立場的に出すぎた感じのことを喋ってしまって怒鳴られたような態度だった。

 通話中の彼女が泣きそうになっているんじゃないかと、少し心配してみたが、そんなことより、まず、ぼくはどうすればいいんだ。すり足? いや大股でいけば、廊下から階段にギリギリ、こう……足だけでも到達出来たりして──階段に座って待ってようかな……



「何やってるんだ?」


後ろから声がかかったので、びっくりしてピンと背筋を伸ばしてしまう。

 不思議そうな顔で、ヒビキちゃんが、通話を終えたらしく、ぼくのいる廊下の方をじっと見ていた。



「あ。ねぇ――きみ、輪ゴム銃作ったことある?」

 気が向いたので、廊下に立ったまま、唐突に聞いてみる。場を誤魔化すためとも言えた。ヒビキちゃんは、何を突然と文句をいうこともなく、ちょっと目を見開いただけで、答えてくれる。

「あるが……結構ゴツいのを」

「そうか。あるのか。あれは、絶対人に向けるなよ」

「当たり前だろ」

平然と返ってきた。いい子だなあ。
ぼくの知る限りの人物の半数くらいが、何でもないものをとんでもない遊び方で使ったりしているけれど、この子は是非、健全に育って──あれ? 鳥を撃ち落とそうとしていたような。

 まあとにかく──あれから、思い返せば、ああいう風に、自殺に見せかけるなら、銃がそばにあるべきじゃないかと、改めてぼくは考えてみた。きっと、あれには、もっと別の意図があったのだ。

例えば、あの音。
あの音と《あの状況》を、誰かが見たなら、思わず結び付けてしまったりして。例えば《その場》にいなかった人物が、心配になって出てくる、とかね。
どこかに隠れていた人が、いたのならだけど。


「……まつりの受けていた依頼って、知ってる……わけがないよな」

なんとなく呟くと、ヒビキちゃんは聞いていなかった。ぼくの後ろを見ている。振り返ると、眠りから覚めたのだろうか、まつりが、ぼくとヒビキちゃんを相変わらず、不思議そうに見ながら、ふらふら歩いてきていた。(結局放置していて、毛布でもかけとこうかと思ったまま忘れかけていた)

「本人の居ないところで、本人の機密事項を話すなよー」

「おはよう!」

明るい挨拶、元気な笑顔。小学校の壁にあった標語だ。

「……おはよう?」

「おはようございます」


三人それぞれ、挨拶する。流れってやつは素敵。
機密事項、か、やっぱりそうだよな。

「──ぼくの予想では、殺人容疑者の二人のうち、どちらが《恩人》を殺したか当てるって依頼が先に来ていて、依頼者は牢の番人さんか、収容されている場所に関わる人かな。解放は一時的なものであり、それに関する条件でなら、日時の期限付きで、出ていいことにしていた、みたいな。それを実行しに行ってたんだ」

「ふむ、5割合っているね。不十分かな」

まつりは寝起きの目で、眠そうに、しかししっかりした口調でぼくの答えを採点した。しかし、まだ眠いのか、むにゃむにゃと口を動かしたり髪をわしゃわしゃやっている。

「ちぇっ、残り5割はなんだよ」

「教えなーい。まあ、人が人で、コマがコマだったからね。誰かと誰かが会うだけで、それは事件なんだよー。そんな感じですねぇ」

 突然、よくわからないことを言い出すのは、いつも通りなので、ぼくは適当に受け流す。
言いたいことは、なんとなくわからないでもないが、まあつまり……ちょっと悪ふざけで遊んでいたんだろうな。

 答えをそのまま説明として言ってくれる人物もいれば、適当なことを言って周りが余計に混乱するのを楽しむ人物もいる。
あいつは言うまでもない。

しかも、たちが悪いことに『ちょっと順番を複雑に変えた程度』で混乱する人がいるなんて、ほとんど思っていないのではないだろうか。そんな人間を想定していないか、ごく少数と思っていて、悪気がない。
きっと、あいつの中では、手間がちょっぴり増えただけ、なのだ。

『答えはそこにあるものだから、どんなに適当なことを言っても、最後は結局そこに着ける。ちょっと遠回りしたところで、揺るがんのだよー』

が、まつりの言い分である。ちなみに続きがあるが、中略。


たまたま出かけたときに、最近ついでに片付けようとしていた依頼を使って、『これがどういう話かぼくが解くことができるか』という遊びを思い付いたので、しばらく試していただけなんじゃないか? 

──というのが、今回いろいろ終わって、改めての、ぼくの感想。あいつは何も言わなかったが。
 ああ、ちなみに、たまたま出かけなかったとしても、誘われれば出かけていたかもしれないので、そのあたりについては、まあ……想像におまかせしたい。


 っていうかあいつ、テストの解答時間があまったら、紙の裏面に、クロスワードパズルを地道に作り始めている種類の人間だ、たぶん。そしてそんなことをやるためだけに、テストを素早く片付けてしまうのだ。恐ろしい……

ちなみにぼくは、うとうとしたり、ぼーっとしたり、頭の中で記憶したビデオを見ていたり、さっさと帰ったりする。日中は眠たいんだ。

「……依頼だって言ったっけ?」

まつりは、あれ? と首を傾げる。その様子からするに、ぼくのことは、忘れられていなかったか、ちょっとは残っているみたいだった。頭の中をのぞけたらいいのだが。

「いや、あの……彼女を連れてった人たちの感じで、そう思ったんだ。お前が寝てるときに、協力ありがとうとか言ってたし」

だめだなあ、ぼくが気にしすぎなんだ、きっと。
神経質になってしまっている。

「おおう、そうだったか……で、きみは、何をしていたの?」

心配しなくたって──

「ごめん、質問の、意図するところがわからないんだけど──」

「まつりと、一緒に、居たのかな?」

「……ああ、うん……居たよ」

「──きみは、実験をしていたの?」

「……え?」



  

「あ、間違えた……忘れて」

聞き返すと、申し訳なさそうに、失言だったと、まつりは苦笑いして、それはそれで少しだけ、切なくなった。ほら、やっぱり、誤魔化しているだけじゃないか。

「……そんな顔をするから、嫌なんだよ」

まつりは、困ったように笑って、ぼくを見ていた。
他に、どうしようもないという感じで、肩をすくめる。
 確かに、ぼくのことをあまり思いだせないからといっても、ぼくにできることなんて何もないし、あいつにできることもないだろう。話を切り替える。


「お前さ、あの、静かな方のコウカさんのことも、最初は覚えていなかっただろ」

「……、……なんで?」

「いや、なんとなく、だけど。お前が知り合いに優しいわけがないっていうか」
「失礼な」

「手当てしようとしていたけど、お前、大人しくしてたし」

「何歳だと思ってるんだ……そこだけ言うなら、違う。別に、耐えるくらい出来る。いやさ確かめたいことがあったんだよ。食堂にさ、二番目の部屋の救急箱があったのは、やっぱりおかしいなと」

頭の中で、映像を作り出す。再現する。目の前にあるみたいな、食堂。

「──ああ、そのあとも、彼女は食堂に、大事にしまってたな。あそこにあるもんだと思ってしまっているように見えた……ぼくらが帰ってから、または最近、ここに彼女も住んでいたのかな? 救急箱の場所も迷わなかったし……」

「……まあ、手当てなんてしてないんだけどね。彼女がやったのは、使えなくなった装置を抜き取ったりする、くらいかな……」


「おいおい。みんなで劇団でも作ったのか?」

にらまれた。

「……違うよ。それは楽しそうだけど。『ヒビキちゃんは、こちら側に殺意を持っていて、このままだと非行に走りかねない。そこで、ちょっと脅かします。小さい子なのでちょっと驚かすのは余裕ですよ』とか言っていただけだよ。きみへのヒントは、そこだったんだけどなあ」

 果たしてその通りの言い方なのか、そもそもそんなことがあったかはぼくには確かめられないが、そんな感じの作戦に彼女が本気で乗っていたなら、なんていうか……なんだかなあ。


っていうか楽しそうかな。鬼畜で悪魔な監督と、気まぐれな劇団員の図を想定する。こわい。頭の隅で、まつりのセリフが聞こえていた。


 なんていうか、真面目に受けとるべきか冗談なのかもわからない話が、暇なのかぐたぐだと続いていたが(普段は手短にするタイプだ)、しかしぼくは半分くらい意識が違う方に向いていた。最初の場面から、巻き直して、ぼくは考える。

……えーっと、食堂にコウカさんが慌てて入ってきて。

『やめて! その人は……その人は、本当は、エイカを追い詰めた人物じゃない!』

本当は。

『……エイカって、誰? 本当は、エイカっていうの? 《双子のお姉ちゃん》。ねぇ、《双子のお姉ちゃん》はどこ? あなた、双子のお姉ちゃんの妹?』

また、本当は。


『ケイガちゃんがまだ、保育園にいるくらいのとき、エイカのことを、双子のお姉ちゃん、と慕っていたみたい。
――その頃、私はある人たちに、囚われたり、いろいろとあったから、詳しくわからないんだけど』

コウカさんが『ケイガちゃん』と、違和感なく呼んでいた。ヒビキちゃんは、あの人の名前は《本当は》エイカって言うのかと、聞いた。

はっとして起き上がると、口に出した自分の声が、やけにはっきり聞こえた。


「──ヒビキちゃんは……ケイガって呼ぶように言われていたか、間違えて呼ばれていることが、あったんじゃないかな。それはたぶん、榎左記さんの娘の名前だったんだ」

「……突然どうして、そんなことを」

「ちょっと前に、兄に聞いたんだよ。三姉妹の母親の名前だったけど、その名前をもらった、小さな子の話をね」

     □

「そうだよ……」

振り向くと、小さな女の子が、立っていた。頼りなさげに、彼女は、そこにさっきから居たはずなのに、なんだか消えてしまいそうに、儚かった。

 そうだよ、と言ったきり、言葉はなかった。不安定な彼女は、どう切り出したものかと迷っているようにも見えた。俯いて、何かに耐えている。だからこそぼくは、質問をした。最初から、一番気になっていたことを。

「で──そろそろ、はっきり聞くけれど、きみは、その『姉』に当たる人を、本当は知らなかったんだよね? だからこそ、どっちでも良い言い方にしていたんだろ?」

 そういうと、彼女ははっとしたように目を見開き、肩を震わせた。それから、ゆっくり目を閉じて、膝を抱えた。

     □

やけに、外の風の音を感じる中、静まり返った部屋で、まつりがソファーに座り、ぼくはソファーにもたれ、ヒビキちゃんはクッションに座ったままという状態で、しばらく時間が経った。
空調を変えようと、ぼくが立ち上がりかけたところで、ヒビキちゃんがなにか決心したように、口を開く。

「私は『姉』という存在がわかれば、それで終わると思っていたんだ」

泣きそうで、しかし決して、泣かず、それだけを言って、また俯く。


ぼくらは、そもそも姉探しについて聞いたとき、家に行こうとも、彼女の、他の家族に、特徴などを聞きに会いに行こうともしていないのだ。それは身内を調べるような、感じじゃなかった。だとすれば、姉は第三者になるが、姉についての特徴を彼女は知らないようだった。

 彼女に、姉がいるのなら、それを調べるだろうし、第三者のことなら、多くの場合、○○さん。という風に書くのでは無いだろうか? それから、手紙に『双子』などの注釈があったわけではない。時間がないのに、昼に遊んでいる場合でさえなかったわけだ。
彼女は、途中から真剣になるが、おかしかった。

 だから『姉の捜索』自体が目的ではなかったということなんじゃないかと、なんとなく感じた、というか、心のどこかで怪しんではいたのだ。


 そもそも、彼女に宛てたものではなかったみたいだが……では、彼女はいったい何を信じたというのだろうか。まつりも特に聞かなかったし、なにか意味があるのだとは思っていた。


 それから、まつりが、家族の居場所への住所を調べるために電話をかけたのかと、最初は思っていたので聞かず、結局は、そのことの確認さえ忘れてしまっていたが。

 もしかしたら、別の用事で電話をかけたのか、それとも、本当に姉を探していて家族に会えない状況だったのか? などあれこれ思っていると、目があった。


「──実は、彼女の家族は、みんないなくなっているんだ。それに、厳しいところだし、ちょっと因縁があるからね、気楽に家に行けるわけもない。
そして、行っても、なんにもないんだよ。──父は、いるけれど、今の会社から、帰らない。まあ、親戚ではあるし、前から気を回すようにと言われていた」

「いなくなった、って……」

「そのまんまの意味だよ。──で、あの手紙が届いたんだよね」 

 彼女は、小さく頷く。いろんな感情が渦巻いて、いっぱいいっぱいなようだった。そのまんまの意味とか、手紙は結局、本当にまつりが出したのかが気になったが、まだ、ここでは聞かないことにした。

「……姉って聞いて、まず浮かんだのは、昔仲良くしてもらった、お姉ちゃんだった。手紙の内容なんて、どうでも良かった。
『姉』なんていないのに届いた手紙なんて、普通は無視するよ。──でも、それで閃いて、家族が欲しくなった。ずっと寂しかったから、あの人を探してもらって、しばらく、お家に呼んだんだ。父さまが、なんとか探してくれるって言って……それで、一人、二人といれかわりながら、たまに来てくれてた」


「──でも、すぐに、出ていったんだね。できる限り、きみを傷付けて。その頃は、つい最近になるわけだけど──彼女が、脱走しているってのは、密かな身内の話題になっていてね。まさか会えるとは、最初は思わなかったけど」

ヒビキちゃんは、俯いたまま、今度は、何も言わなかった。

「──まあ、ただ暮らしている間ならいいかなあ、とか……ちょっと他人事に思っていたんだけど……今度はまたそこから居なくなったーって聞いてさ。なんとか呼び出したんだよ。あそこに。ベタな罠や、……あとは、きみに関する話、だったんだけど……そっくりなのが、結果としては二人、来たわけだ。ああ、それの件で、そっちにその手紙が行ったのかな……入れ違ったんだ。あの手紙、結構わけありでね。……あ、別にそこまで悟られなかったか。で、話を続けて」

ヒビキちゃんは、固く、唇を結んでいた。何かに耐えるように、クッションにシワを刻む。

 どこか強引な語りかただ。もしかしたら、自分が関わった辺りの細かなことも、もう、そんなに覚えてはいないのだろうか? 視線が定まらず、まるで他人事みたいだった。感情が見えない。日記を読み上げているだけ、みたいな。

ヒビキちゃんは突然振られて、それなりに心の準備があったのか、数秒してから、説明に戻った。

「──私があの人の娘ってだけでも、一緒にいるのが、怖かったんだと思う。だけど、認めたくなくて、探しに行った……その、あなたを頼れば、なんとかなるって……そのうちに、あのひとが、やっていたことに気がついた」

また、沈黙が訪れた。
5分くらい経って、何かに焦れたのかまつりが謝る。

「こちらこそ、嫌な手段に頼って、悪かった。さすがにわざわざ、こんなやり方にする必要はなかったのに──八つ当たりだよ」

 どういうことか、ほとんどわからないぼくに、まつりは言う。なんでもないことのように。

「──きみが予想した通りじゃないか」

 ──おかしい。何か、決定的に違うような、違和感を感じた。だけど、確かにぼくはそう思ったと思うし──


 なんだか納得のいかない顔のぼくを、まつりは、今度はにやにやした顔で眺めている。すべてがわかっているけれど、ぼくはどれだけ気付くかな? という、面白がっている顔だろうか。

 もし、全てを覚えていなくても、解けるのだとしたら、まつりは、知る範囲の、文字列の情報だけで、真相を組み立てられているってことなのだろうか。
ぼくより、きっとかなり短い時間で、だ。


「──ああ、そういえば、少し前、昨日になるくらいの時間、かな? きみが、どうして彼女が、つらい目にあったと思っていたか、考えたんだ」

ひとりごとみたいに、ぽつりと言うと、聞こえていたらしいヒビキちゃんが、なにを今さら、という感じに、顔を上げ、ぼくを見つめた。おお、可愛い。
……じゃなくて。
良かった、まだ、会話を続けてくれるらしい。


「あ、あれは、嘘だって……」

座っていたクッションを口元まで持っていき、隠しながら、ほのかに顔を赤くしている。涙目だった。

「でも、きみの目は、真剣だったよ。それらがぼくのせいかどうかは、ぼくには言い切れないけれど、でも、何かつらい目にあった人がいたことは、事実だと思う」

ぼくは、そこまで言って、言葉を切った。なんか、恥ずかしいことを言った気がする。

しかし、事実、そんな感じのことを思ったのだし……心の葛藤を押しやって、再び喋る。

「だけど、いつも、悩み相談をされていた、って感じじゃなかった。彼女たちは、きっとつらいと思っていても、他人には言わないタイプだ」


どうしてかと聞かれたら、似ている人を知っているからだとしか言えない。

 見ただけで、なんとなく、こういう人なんだなと、わかることがある。きっとお屋敷や、周りの、いろんな人の顔を見てきたからだろう。見たかんじ以外の理由もあったけれど。

「そ、それで」

ヒビキちゃんが、おそるおそる、という感じに、聞いた。

「……その前に確認。ぼくが連れ去られた間、ぼくの家に預けられたってことは──見えていたはずだよね。あの向かいにあったお屋敷が」

「……ああ。そうだな」

「それで、その場所から、必死に逃げているぼくを、その日は、見ていたんだね」

 「……そ、れは」

「──すぐに、屋敷にたくさん人が集まってきていて、そのときに、彼女が騒ぎに乗じて、逃げ出したのを、見ていたんだよね? ぼくは、そのときに、まるでそっちを追うみたいに、走っていて、後から、ぼくを探す人たちの声がしていた」

そこまで言ったときだ。明らかに顔色が変わった。
予期しなかった、というように。


「どう…………して……」

「ぼくがいない間の人質だとしたら、ぼくは突然こっそり逃げたわけだから、そんなの、予測できたひとは、ほとんどいないよ。まだその日は、きみは居たはずなんだ。だけどその時間、暗くて、子どもの細かい顔の特徴までは、わからなかったんじゃないかな?」
──と、言ったときだった。
空気が、どうも、おかしいことにようやく気が付く。あれ? お、怒ってる。
顔を、赤くして、潤んだ目を吊り上げて。
ああ可愛い。──じゃなくて。
彼女は叫ぶ。
「……っど、どうして──どうして、そこまで、考えて、おかしいと思えるはずなのに! わかってたのに、それなのに『あたし』のこと、覚えてないのっ! それとも、全部、わかってて、最初から、わざとはぐらかしていたの?」
 取り乱した彼女を、ぼくはしばらく、ぽかんと見ていた。
今、そう言われても、彼女のことは正直、記憶にない気がするのは確かなのである。空白期間だ。
──と、それを真っ先に告げても、それでは互いに傷つきそうだから、まずは、最初の部分にだけ、触れることにする。


「いや……えっ、と。聞いて。違うんだ。何のために行くことになったのかなーって、気になっていただけで、そんな、だますようなつもりは無かったよ。わかったのも、ついさっきだ」
 
 聞こえるかはわからなかったが、ごめん、と申し訳ない気持ちでそう言う。
とたんに、シーンとあたりが静まった。

 ……ちゃんと届いたのだろうか。一旦落ち着くべきと判断したのか、我に返ったのかはわからないが、はっ、と気が付いて静かに座り直した。彼女は先ほど、思わず立ち上がっている。

 それから、取り乱したことを、恥じているみたいに俯いて、私、と一人称を戻して、ゆっくりと言った。

「……私が、本当に知りたかったのは『あなた』が私が探している人だったかどうか、だったんだ。《姉》を見つけるのは、その一環というか……と、とにかく、手紙の中の──『あなた』だ。その紙は、家に届いた封筒の、二枚目だよ。もっとも、どういうものかという付箋は付いていた。複製だが」
やっぱり、二枚目なのか。あの手紙。
「……あれから考え直してさ。あの手紙でいう、逃げたのは、あの兄、だったのかなと、思ったんだけど」
兄が、卒業後、海外に行ったことが『逃げた』。──なにしろ誰も、それを知らなかったし、彼は気が付いたら、荷物をまとめていて、いなくなっていたのだ。親も仕事でほとんどいなかった。……そういう、家族だった。うちは。
「私が連れさっていたことも、私たちの関係も、あの作戦も、バレてしまうというような話だったけど、あの作戦、なんてぼくは知らなかった」

ヒビキちゃんは、なぜか、どこか意外そうな顔をして、目を丸くした。まつりは、なんだか退屈なのだろう。ぬいぐるみに埋まるのをやめて立ち上がり、どこかからケーキを持って戻ってきて座った。
──ってそれ、ぼくのじゃないか。探してたのに。どこにあったよ。

「いや……」

 どういう意味か聞こうとすると、気まずそうに、目を反らされたので、追及しない。
 突然、ピンポーンと、チャイムが鳴った。びっくりして一瞬、玄関を見たまま固まってしまったが……外から声がしている。
誰も反応しなかったのでぼくが歩いて出ていくことにした。

「誰ですか?」

玄関のタイルは、靴下からでも、冷たい。

足音などで、ある程度予測を立てながら、扉の小窓(こちらからだけ見えるやつ)を覗くと、スーツ姿の兄だった。わかっていたような気がするのに、怖い。足が震えて、しゃがみ込む。


「や……やっぱり、この家、知ってて────あいつは、じゃあ、やっぱり、本当に……」

頭が、ぐるぐるする。何の悪気もなさそうに、自然に、彼はそこにいた。微笑んで。『怖い』がぼくの脳内を埋め尽くそうとする。足踏みしたり、腕時計を見ながら、こちらを伺っている。


──やっぱり、こんなのは、ぼくの兄ではない。
そのはずだ。無慈悲で、残酷で、狡猾で、人間の頭を平気で蹴りあげて笑っているような、あの兄では、ない。

 体が一気に冷えきっていくようだった。笑顔が、優しさが、眼差しが、過去を拒絶する。ぼくの存在を、否定している。
そんな、気がした。
お前は生きていていいのかと、聞かれているような。

 なにかを忘れることは、ときに残酷だ。なにかを覚えていることも、また、残酷だ。


「──あれは偽物、だよ。そうだ。そうだ……」

後ろから気配がして、まつりがやってきて、扉の前にいたぼくに、割り込むようにして鍵を開ける。少し、眠そうな目で。

「──あれは、本物、だよ。きみには、信じがたいかもしれないけど。今は、出なくてもいい。大丈夫だ、筋は通しているから。いろいろあってね、《互いのため》に、協定を結んだんだ。別に、手出しはさせない」


 さらっと言って、ドアを開け、ヒビキちゃんを呼んだ。彼女の迎えだった、らしい。最初から。彼女は、礼儀正しく、お世話になりましたと頭を下げてから、くるっと向き直り、外に出て行った。

なんだか、あっけない別れだ。ぼくらは、それを扉の向こうから、見送ったのだった。






















<font size="5">27.踊っている人形と、糸の切れた人間たち</font>


 辺りが静まる。数秒の硬直の後、誰にともなく、ぼくは呟いた。少し、震えていたけれど、誤魔化すように。

「……結局、あの子からの深入りも、うまく……かはわからないけど、免れたわけだな」
「さあね?」
 くすくすと笑って、まつりは鍵をかけ直した。そして、ぼくを見て、言う。
「なんだか、聞きたいことが、ありそうだね」
「いや、言いたいことが、あるんだよ」
「なに?」
「お屋敷中の人がでっち上げた内容、あそこでは言わなかったのって、やっぱり監視が──」
「……ただ、おじさまが、見ていた、それだけだよ。それに別にわざわざ言うこともない。そこについて考えても、あれは、もう今じゃ、ただの野原になっている。どうしようもないからね」
それは、そうだけれど……ぼくは、いったい、何に、引っ掛かっているんだろう?
「あ、あの機械は」

「……落ちていた、それだけだよ。たぶん『別の』目的で使われたんだろう」


 あれは、兄とまつりが聞いただけだが、兄は特にコメントしなかったな、そういえば。

 どうしてまつりが拾っていて、しばらく持っていたものに、入っていたかって?
 さあ、なんでなんだろう。不思議だなあ。
そもそもぼくは、あれが本当に《彼女本人》の声なのかさえわからないし。


「あっ、それをなんであえて──ってのは、別に深い意味はほとんど無いけど……強いて言うなら、持っていくためだよ。『彼女』に。『実はきみたちの免罪を疑ってるんだー』とかっていうと、あの人たち真に受けてさ、ノリノリで答えてくれたからね。あはははっ! 都合よく、進んだよ。あと、それから」

「それから?」

「きみが混乱すると、楽しいからね。彼女たちも必死だから、バレにくかったんじゃないかなー! 楽しかった!」

「……相変わらず、嫌な趣味だな。おじさまっていうのは、やっぱり、《あの人》を──」


「……さあね。でも、頼んだんじゃないかな。《あれ》を見逃してやるから、そうしろ、みたいな?」

「……あのお金は」


「──言えない。保険金、みたいな、ものじゃないのかな? と、だけ」

「そう……それで、彼女たちは、結局なんだった?  それに、あの──」

 背後で二階に上がりかけていたまつりは、ぴたりと、動きを止める。
そして、にや、と笑った。あの子のように──

「どういう、答えが聞きたい?」

「……そうだな」


ぼくが、それを言うと、まつりはニコニコしたままで、呟くように答えてくれた。機嫌が良いらしい。


「双子がいます。どちらも殺人を犯しています。さて、問題です。それぞれ、どちらかが『Aさんの大事な人』か『Aさん本人』を殺しています。Aさんを殺した方を知るために、何かをそれぞれに一度だけ、言わないといけません。あなたはなんと質問しますか? ただし、片方はお喋りで気性が荒く、片方は静かで、大事な人には優しいです。あ、それから、《道具》は一種類だけ選べます」


……それは、問題だ。  




   □
     
 その人がどんな人なのかを知りたいとき、自分や、周りはどんな行動を取るのだろう。


もちろん、直接質問する場合もあるだろうし、なにかを一緒にやったりもするだろう。

 特には考えずとも、イタズラなどは、一方的に出来て、安直で、一見手っ取り早い。拗れたら大問題になりかねないが。
興味を引かせるものを探してみたり、怒らせたり、泣かせたり、驚かせたり、笑わせたり。そうやって、なにか反応を試すことや、それで怒られることは小さな頃に、たくさん経験した人も、いるんじゃなかろうか。


 ぼくは、昔はそうだった。感情が、よくわからなかった。怒られることがあっても、その人が『怒る』という形を選択したのは、なぜなのか知らなかった。


 他者をどういう生き物として理解していいのかと、確かめたくて、恐る恐るに、法に触れない程度で、ちっちゃな、あまりに微妙な、だけどあらゆる悪行をしてきた。結果的にはただのイタズラ好きである。
(見た目だけは真面目そうなせいで、何度か、疑われることさえなかったが)とにかく、他人の感情の表しかたを見ていれば、少しは人間性がわかるように思えてくるのかもしれないと、考え、それを引き出すためにいろいろやったのだ。


──しかし、まあ、理由ややり方なんてのは今、問題じゃない。


 問題とすればそれが、他の人にはただただ、迷惑ないたずらにしかならないことだろう。例えば自分の記憶喪失やらに相手をむやみに巻き込んでいるとしても、結局は、もちろん自分勝手と言える。

──だけど。それでも、ぼくは、それについてを明確にして、それを行った人物に、突きつけて怒るとか、そういうことが、ようやくそれを理解出来た今でも、なお、出来なかった。

 そんなことは本人が一番知っているはずなのだし、言ってしまえば、あまりに脆く、移ろいやすく、派手に一瞬で崩壊するような関係性を、わざわざ修復してまで無駄に多く築くようなことに、価値は感じていないんじゃないだろうかと、思った。


 そうだ、あいつはいつだって、誤解が多い生き方を選ぶ。

 だけど、本音だけが正しいわけでも、誤解が無ければ幸せになれるわけでもない。それに。


『……あなたを、忘れました、あなたに見出だしていた価値が、なんだったのか、思い出せないんです』


──そんなことを、今では、まっすぐ誰かに突きつけなくなったのは、そいつなりの、遠回りな優しさからなのかもしれない。

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