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aimed at precision
aimed at precisionl
しおりを挟むその瞬間、再びドアが開き、細身の男性が入って来た。
「ちょっと、いいかな」
この事務所の所長だった。
「どうしたんですか」
「界瀬君とも、話がしたくてね」
目尻に皺を作りながら、穏やかに微笑む彼。
悪意など見当たらないのに、なんだか妙に緊張する。
これまで上司に呼ばれるという行為にあまり良い思い出が無いからだ。
「さ、行こう、行こう」
「えぇっ」
彼は何か言うより早く、俺の腕を掴んで歩き始めてしまった。
所長室の説明はまぁいいか。
何処とも変わらない、社長椅子と机、場合によっては応接用のテーブルセットなんかがある部屋。
あと、少し貴重な資料なんかが本棚に収まっている。
「もう、此処には慣れました?」
応接用の椅子に腰かけ、彼が言う。
「まぁ」
俺は入口に立ったまま答える。なんか、入り辛くて。
「そんなところに居ないで、腰かけてください」
あ、呼ばれた。
しぶしぶ正面の椅子に座る。
「皆良い人で、俺の事も受け入れてくれて、楽しいですよ」
……なんだろう。別に、正直に答えれば良いのだが、
なんだか妙にかしこまってしまう。
「仕事も、別に不満はないです。ちょっと大変な時もありますけど。
前に居たところよりは融通が利きますし」
「それはよかった」
彼は俺の言葉を受けて、にっこりと笑んだ。
「君を承認して良かったです」
――――それから。
「では、あの子はどうでしょうか」
俺は、言葉に詰まる。
これが本題だ、とわかった。
あの子。
「藍鶴色」
けれど、
不快だとかじゃなくて、どう、という言葉の意味を測りかねた。
黙っているうちに、彼は言葉を重ねる。
「……一緒に暮らしている、と彼からは聞いたときは、驚きました。
あの子はどうも、あまり心を開かないですからね」
そう、此処に最初に来たときにも言われた。
藍鶴色は5歳の頃から此処に居る。
何か描く事や残す事を極度に怖がり、会話をしたがらないので、
文筆も会話もできなかった。
何があったのか、今はどちらもしてくれるようにはなったが、
プライベートな事は殆ど謎で、仕事の話しか成り立たない。
「踏み入った事を聞いているのは百も承知なのですが、ずっと私にも
どのような事を考えているのか」
「開くほどの心が無いんでしょう」
俺は単刀直入に踏み込む。
「ほう」
所長は一瞬、驚いたような顔つきになる。
「俺は、心が視えるからわかります。
開こうとするほどに、土台が無くて、軋んでいって、形成前に崩れてしまう。
あれじゃあ心がどうのの問題じゃないですよ」
常にドアの前に砂で出来た城があるようなものだ。
開いた瞬間に崩れてしまって、結局何も話す事が出来ない。
「俺は、せめて、人の心の形を保てるのであれば。それで彼が社会生活を送れるなら閉じたままでも構わない」
責めるような口調になっていたと思う。
なんだか無性に腹が立っていた。
心を開いてくれない、とか受け入れてくれないとか、そればかりで
ずっといるのに何も見えてないんだと思った。
何か話そうとして、壊れてしまったり、
何か思おうとして、黙ってしまったり。
「思いかけたのに」と何度も思ったまま、想像出来なくて、自分でも分からなくなってしまうのを知っている。
なのに、所長は、そうか、とやけに嬉しそうに笑った。
「彼が、君を欲しがった理由がよくわかりましたよ」
「欲しがる?」
「彼は、滅多に自分の事には能力を使わない」
所長は唐突に、真面目な顔になって言う。
「でも、一度だけ、それを『視た』事があるそうです。私はそれを、そう解釈しています」
かと思えば、今度はまた優しい表情になって微笑んだ。
「それって、俺を、此処に呼んだのが色って事ですよね」
そうですね、と所長は今度はなんだか震えた声になる。
笑ったり泣いたりと情緒は大丈夫だろうか。
「えぇ。恐らく」
所長は悲しそうに、二回繰り返す。
「恐らく、その、僅かにでも残った心を観測する為に」
5歳のときから才能を見出され、
些細な記録すら取引に回されていた彼は、
精神感応と、精神そのものの間にある『自分だけの感覚』と言うもの自体が
区別がつかなくなってしまった。
「そういうときに、よく、絵とか文字とか、表現で昇華するというのを勧めるものですが、これもまた事前に売買を成立してあって取引されてしまいまして」
「……」
俺が絶句していると、彼はなんといいますか……と曖昧に言葉を濁して言う。
うちではない業者が勝手に、との事だ。
「確かに超能力者というのは、ただでさえ外からの信号を受けやすいですから。
昇華も発散も出来ない、というのが続いているのもずっと心配だと思っていたんです」
心の中に視えるものが自分だけの物なのか、
地球上……或いは宇宙の中にあるものなのか。
全体を通した情報の上で、自分の部分だけを抽出して会話している。
それがどんどん、埋もれて行ってしまう。
「昔に、戻ってしまうんじゃないかな、と」
「昔?」
「えぇ。情報が整理出来なくなるというか、言葉を失くしてしまうというか」
こういう超能力者についての話はよく、発達障害がどうのと一緒くたにされがちだ。だが、些細な部分が大きく異なっている。
例えば実際に未来を視ている、心霊を感じている……
「その上で、自分の事を水だと思ったり、犬だと思ったり、星だと思ったり。
同じ種族同士ではなく、世界と人との区別の話になってしまう。
前に話したように、あの子もしばらくの間、四足歩行で過ごしていたもので」
「前も聞いたけど。あれ本当なんですね」
「えぇ。いつの間にか、二足歩行に戻ったんですが」
昔の話は恥ずかしいので秘密との事なので、言わないでくださいよと念を押される。
「わかりました、けど。結局、何の話がしたくて呼んだんですか」
所長は、気恥ずかしそうな表情になった。
「いや、言おうとしていた事を、既に言われてしまったのでね」
「と、言いますと?」
「彼を、藍鶴色のまま、人間で居させてほしいんです」
>>
所長室を出て、足早に廊下を歩く。
結局、なんて答えたんだっけ。
(色は人間で、俺も、人間で……)
色を甘やかしているとか、理解者を気取りたいとかそういうんじゃない。
――――昔の自分に似ている。
四足歩行で居ようが、知らない言葉で話して居ようが、犬猫のように柱に上ろうが、部品を延々と細かくし続けていようが、
傷付けることが出来ない。
笑う事が出来ない。
俺も、外から来るものなのか心の中なのか分からない事が度々あった。
妄想と違うのは、聞こえた言葉がすぐ目の前で、生身の人間により行動される事だ。
俺の時は、どうだっただろう。
流石に、獣のように過ごした事は無いけど、
宇宙から、少し遅れて聞こえて来る。それが地球にもあるんだ、とか。
あ。石を集めていたっけ。
・・・・
2026年2月22日1時00分
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