かいせん(line)

たくひあい

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「ああ、お取り込み中だった?」
そう言って、ドアの前に立っていた柳時(りゅうじ)が笑う。
 明らかな、それらしい格好をしていたから、誤解も仕方が無いようだった。
「今、いいとこだったんだ」
藍鶴色は、不満そうに目の前の男を見た。彼は、ははっと笑う。何か力があるわけではなくて、もちろん会社の人、なんだが、事務処理とかそういうのをしてくれる、普通の人だ。グレーがかった黒髪は斜めに整えていて、なかなか紳士的なのだが、たまに怖い。そんな感じの良いお兄さん。彼は普通の人、なのに、優しくしてくれる。

「心配して来てみれば、夫婦の愛の巣か……」
彼が苦笑いする。
俺も笑う。

「んーん 」
色だけは、不満そうに言う。
「かいせが甲斐性なしだから、まだ、抱いてさえくれないんだ」
……しないのは別に、俺が甲斐性なしだからじゃないのだが。一応、はいはい、と言う。柳時さんは「そうか、奥さん、頑張れよ」なんて声をかけているから、もうやだ、恥ずかしい。手錠で縛られた手が、少し熱を持つ。
ぼんやりしていたら「あ、先に俺がだけばいいんじゃ」とか藍鶴が言い出したので、頭を軽く叩いてやった。
「じゃ、俺ら着替えたら会社、戻りますんで」












 玄関先で俺が言うと、彼はそうしてくれと言い、俺の頭を撫でて去っていく。本当にいい人だ。
――内面がどんなに、汚れていても。

頭に残った感覚が、彼に気を付けろと告げていた。

























   その組織で、俺たちが何をするかと思うだろう。なんでもする。
予知して、透視して、記憶を読んでと、そりゃあもう便利。
おおよそ非科学的な、でもそうでもしなきゃ見つからないほどの未解決事件を、たまにクライアントの半信半疑、遊び半分で受け持たせてもらえているのだ。
 あと実は求人も表にだせない、胡散臭い会社の連中に仕事が来るのは、警察にカオが効くという柳時さんが、ここを密かな情報筋として使ったりするからでもある。













 藍鶴と会ってから、まだ日も浅い頃、ある仕事をした。
クライアントはどこかの金持ちで、夫が7年以上帰って来ないというものだった。
7年も経過していたら、危難失踪とかで死亡届を出せるレベルなのだが、ご婦人は諦めていない。しかし、他の家族や警察は、諦めモードらしい。
ご婦人が「冬、彼が山登りに行ったきり」だというので、彼女から夫の私物でその日も着けていたが、ふもとで見つかったらしいネクタイを貰い、彼女の記憶と、夫の記憶を読み取ることに専念した。

目を閉じる。葉が見える。茶色い、大きな葉。
そして一面の土――
それだけが、見えた。
。枯れ葉だらけの視界。目を、開く。

「……なにかわかったら連絡します」
まだ、情報が足りないから、これについては言わず、頭を下げて挨拶する。今日は、顔合わせというやつだ。
 彼女の、このぼろい事務所には、似つかわしくない、贅沢なドレス姿と、豪華なルビーのペンダントが、癪だったが、礼儀は礼儀。
「期待してます。もし本当なら、お金、もっと払いますよ」
よく聞く台詞を残し、彼女は事務所のビルから立ち去って行ったので、俺たちは愛想笑いをした。
本当なら、か。
その通りだ。
なのに、いつも、不愉快になる言葉だ。期待なんか、してないくせに。
「葉っぱが見えた」
 デスクで、契約関係の書類にサインを書きながら、俺は、普段のパートナーであり、会社では、大抵、虚ろな目で、隣の椅子に座ったまま動かない藍鶴に言う。
「葉っぱ?」
そいつは、不思議そうに俺を見る。
葉っぱが見えた。
俺がわかるのは、それだけ。
「なにそれ……どんな?」
 藍鶴は興味を引かれたのか、形や、葉の色を深く聞いてきて、ある地方にしか生えない桜の葉だということまで、教えてくれた。こいつは、そういう知識がなぜか無駄にあるのだ。
その後俺は、透視やらなんやらに疲れきったのでその日は寝てしまった。




















 やがて、一人で下見に行って帰ってきたらしい藍鶴は変で、いつもに増して変で、手には瓶を持っていた。

「おかえり」

と言ったが返事をしてくれない。代わりに、スーツを着た、虚ろな目の藍鶴は、瓶をこちらに見せてくる。


「なんだ、それ」
「これだ、夫」

中に入っているのは、枯葉。枯葉が詰まっている。
「へえ……」

「かいせが見たのが、夫だよ。枯葉になっていた」

「ハハッ、見つからないわけだな」

藍鶴は笑わなかった。
「俺らじゃなかったら見つからないな」という冗談は交わした、けれどその後。
彼はふらついて――意識を、失った。
ガタガタ震えて、何か、発狂して。


 それから毎日、吐くようになった彼を見るのは辛い。
 今日も、アパートに帰ってくるなりえずくような声を聞いて洗面所で、顔を下に向ける彼を見つけた。
背中をさすりながら、ただいまと言う。
 彼はおかえりとは言わなかった。そっと体に触れると、伝わるのは、酷い拒絶、恐怖心、不信感。
「なぁ、色」
彼は答えない。
「なぁ、あれって」

あの事件はまさか――――
「っ、言うな」

そいつは苦しそうに言って、こちらを睨んだ。

「ほれ、お茶だ」
湯飲みに入ったそれを手渡すと、ダイニングに着いた彼が、潤んだ目をしながら受け取り口を付けた。
「おまえはお茶が好きだったよな。煎茶……美味しいか?」
こく、と頷いたそいつは、やがて、だっと走り出して、俺のラジコンカーへと向かう。何かあると物を解体するのは、そろそろやめていただきたい。
「こーら」
背中を掴み、抱き締める。彼はぴたりと動きを止めた。
「……」
震えている。
「そっちは、だーめ」
「……や」
「俺がいるのに、機械を壊す方が楽しいわけ?」
 ぶんぶんと首を横に振る。少し安心した。
正面から抱き締めて、もう吐き気はないかなど聞いてみる。
「ない……」
「そうですか、っと」
無理矢理抱えると、近くのソファーに座らせる。
「かいせ……」
お茶を飲みながら不安そうにするそいつが愛しい。
「お前には怖いもんが沢山あるのだろうから、無理に笑えとかは言わんが、もう少し、俺に預けてくれないか」
「……」
ぶんぶんと、首を横に振られる。
「お前に話すような、話ではない」
「はぁ、そーいうとこ、頑固だよな」
「……」
なにも言わずに抱きついてきた。甘えているようだ。
「きらい?」
「嫌いなら、とっくに追い出すけどさ」
「……」
回りくどいのが気に入らないのか、じとっと見つめられる。
「っ、好きだ」
「好き!」
審査に合格したらしい、ぎゅうう、と抱きつかれて、動悸が早くなる。

「すき、すき、好き……!」
「お、おう……」
「えへ、へへへ……すき!」
「ああ」

頬擦りされて、なんの攻撃なんだと頭を抱えたくなる。
「……あ、あの」

「このままになってて」

頼まれてしまったので、そいつにくっつかれたまま固まる。俺を枕にして眠るつもりみたいだ。

「はぁー、あ」

「なに、眠れなかったの?」
「仕事変えよっかなー。昨日も徹夜。ぶっちゃけ、上のジジババがぎゃーぎゃー言わなきゃ、もうちょい効率いいと思うんだよな」

「まあまあ、先輩なんだから」

「りゅうじさんも、笑顔で対応してるが、なんであんな冷静なんだか」
「いろいろ諦めてるんだろ、そういう人だから」
「そうかー」
俺の上でじたばたしていたそいつは、太もも辺りに顔を寄せたまま、目を閉じる。
「あの古い契約書渡したのは大体あのジジイのミスだ」
「あるある」
「クライアントは、それをまだ信じていたんだ。それでもめた。ジジイは渡してないとか言いやがるし、あああもう!
「あー、俺もそれ、やられたことあるわ」
「あれ面倒だよね。ほんと、ただでさえ寝不足でイラついてたとこで――」

唇を奪うと、静かになった。恥ずかしそうに、抱き締められているそいつが可愛いので、しばらくそのまま味わわせてもらっていると、疲れてきたのか、やがて顎をぐいっと押し返された。

「……や、めろ」
「嫌だった?」
「お前の声が聞きたい」

目に涙をためながら、必死に息をして言われる。
「それ、俺からさわると、声を聞く余裕が無くなるってこと?」

返事はない。
今度はぐい、と引き寄せられて、さっきと逆の立場でそれが続く。
そういう気分らしい。
そして俺も少し、そんな気になってきた。
最近は忙しくてあまりかまってやれなかったから。少ししてそいつは離れた。
「好き?」
「そうだよ」

「いろんな人が、好きって言うけど、そんなのは思ってなくても言えるから、俺は信用しない」

「じゃ、なに、今のは」

「俺が好きだから、嬉しいだけだよ。信じているわけじゃない」

「……っ」




なんだよ、それ。

「お前はどうしたら、俺を見てくれるんだ?」

「わかんないよ」
こういうとき。わかり合えないと思う。見えないけど、確かにある、薄い薄い壁。
「特別だって、言えよ」
「特別だよ、そりゃ。でも、何が好きなのか、よくわからない」
「誰とでも、こういうこと、するのか?」
「かいせ、だから、だよ」
「それは特別ではないのか?」
「そっくりな人が現れたらわからないじゃん」
「現れません」
ああ、そうか。他人のこと以上に、自分の感情が判断出来ていない。
「わかんないよー?」
楽しそうに、そう言い、太ももに顎を乗せてくる。猫か何かみたいだ。
「あー、でもね。かいせとか、はしびきみたいな人がいいなー」

   はしびきは、滅多に出勤しない女子社員だ。橋引。
念力を使うのだけど、消費体力が大きいみたいだから、あまり呼べない。
「ほら、俺らの孤独って、少し特殊だから。似たような誰かが居てやっと埋まると思うんだよね。だから、そういうのわかってくれる人がいいや」
「なにそれ、あいつでもいいわけ?」
「かいせが好きじゃん」
「はぁ」
ため息を吐く。
「俺はお前が好きだけどな」
「ん……」













伝わる気配は、無い。
しばらく固まり、次に首を傾げ、ぎゅっとしがみつかれたというだけ。

よくわからないけど、とりあえず、警戒はされてないっぽい。

「むずかしー、すきとかきらいとか、わけがわからない。俺はただ、ぎゅってして欲しい」

「……はいはい」

抱き上げると、満足そうに胸に顔を埋めた。

「分からない。極端だ、好きじゃなくなったら、捨てる?」

「好きじゃなくならないから、大丈夫」

「二つしか、選択できないみたいで、怖い。俺を置いてく? ひどいことする? 要は、利用して、いらなくなる、どちらか?」

「話を、きーけー!」

両頬を掴み、顔を合わせる。きょと、としていた。
「いいか、そういうやつはな、そもそもお前をそんなに好きじゃなかったんだ。理想を描いてただけで、それが違ってたことを相手のせいにするだけ」
「……?」

「まあいいや。俺は、そんなことはしないから」

「信じておくよ。今はね」
背中に手が回る。ぎゅっとされている辺りは、一応の信頼はあるのかないのか。よくわからない。
「好きって言え」
「大好き」
俯いているそいつの耳元にささやいてやると、かぁっと耳が赤くなった。予想外だったらしい。
「……っ!」

ばし、と背中をたたかれた。
「ちょっ、いたいいたい」
   照れているのか黙ってもたれかかってくる。こっそりと目を閉じて集中し、そいつの感情を読み取ってみた。温かい、きらきらした、寂しい、苦しい、嬉しい、柔らかい、眠い。ごちゃごちゃ散らばっている。どれも本当のことではあるが、断片的だ。総合的に自分がどうなのかはわからないっぽかった。なんだか、パソコンのデフラグみたいだ。


 ただ、俺が抱き止めたり好きだと言ったりすれば、なんだか甘えたくなる仕組みみたいだ。
そんな場面のときのそいつの記憶が沢山、浮かんできた。
「勝手に見るな」
足を踏まれた。気付かれたらしい。
「いたーい」
「寂しいときにだけ、利用してるみたいで、癪」
「すればいい。いつでも、俺は、嬉しい」
「……んっ」
口付けられてそのまま押し倒され、だんだんとシャツのボタンを外されていく。
「するの?」
「声が聞きたい。困ったような声」
また、ピンポンと鳴った。


























 俺たちは人数自体が少ないから、そうでない他人との必要以上の関わりは避けなければならない、とは言わなくとも、あまり関わると後悔するときがある。
「そんなやつがいるなんて思わないから、しょうがないじゃない」
抉るような、強い言葉。言い訳にしても圧倒的なそれに少数派が太刀打ちするのは、難しい。
だから、争わないためにも自分を出すのは最低限でなくてはならないのだが、それはそれで面倒なことも起きてしまうのだった。
――どうせ事実を知れば後悔するくせに。

根掘り葉掘り聞いてくるやつも居て、結果的に後味を悪くする。
ああ、苛々する。
 そういうのを、ずかずかと聞くのは失礼なことなのだという認識は、残念ながら現代にも未だ、根付かない。

「ねぇ。そーいうのを人に聞くときはさ。自分からって言葉が、あると思うけど」

藍鶴色ならそう言うだろう。
 話すに見合うだけの、重く悲惨な話を持って来い、ただしお前自身のだ。
無いなら受け止める程の許容量は無いだろうからやめておくよ。笑顔でそう言うだろう。重いというのはつまり、受け止めるだけの余裕が無い、そんな人間に話してもなんの役にも立ちはしないと思う。
平気で、そう言うだろう。それが、彼の『甘えている』であり、『頼っている』だということは、俺くらいにしかわからないだろうけれど。



















 俺はいわゆるサイコメトラーに近いものがあるのだが、それを秘密にして会社に勤めていた。
だが、ある日、それが原因の疑いをかけられてしまった。

生きているだけなのに、理不尽なものだ。

自分のわからないことやできないことが、他人にもそうであると思いたがる人の多いこと。

書類の山を片付けながら、俺は唇を尖らせる。今の会社は、不満だらけだが、ひとつだけいいことがある。
この忌々しい知覚を、隠さなくていいということだ。







■おまけ■







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