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たくひあい@あい生成

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ひらりと足元に何か当たり、目にすると、地域の新聞があった。

広告欄は、ちょうど私を嘲笑うかのようだ。
「痛み、震えにサヨナラ!」と、老化による神経痛などを和らげる薬品の宣伝とか、お笑いがどうとかで、なんだか勝手に消えてもいいと許されている気がした。

どんな優しい言葉よりも、私には温かく感じた。

背後のドアが開き、見知った長身が見えると、私は声をあげた。

「ラル……」

「あぁ」

「私、もう、生きていく場所がありません」

「そうか」

「なにをしても、彼と、作品を切り離すことは出来ないでしょう。私と、トラウマは、永遠に切り離せない」
ラルは何を言うでもなく、新聞紙を拾ってきて広げる。

「こういうのも面白いから、見てみるといいよ」

「えぇ、まるで、今の私を見透かされたみたいでした」

「君を嗅ぎ回る記者もいるらしいから、あながち冗談にならんがね」

「えっ」

ハハハハ、とその人は笑って、それから、帰ろうと、手袋をつけた手を差し出して言った。
――報道規制の無い頃で、僕も、あの子のことも親戚中に知れ渡った。

一応は隠されてはいたけれど、雰囲気や特徴だけで充分だったんだろう。
特にその子のところの親戚というのは、抜け目がないと言うかなんというか。

それを使った本を堂々と書いて出そうとしたり、親に電話をかけて、様子を聞こうとしたり、押し掛けようとしたようで、今度は解決したときには賠償を求めるのに躍起になってね。

調子を崩したのは、むしろそちらになんだろう。
 自分のことは、親戚や親に知らせて居なかった。

なにか因縁があるようで、嫌がって一人で暮らしていたようだが。
知れわたるというだけでかなり失望しただろうし、まだ若かった。
家柄や地域など背負わされて生きたくなかったはずなのに。

犯罪者にならずにすんでも、情報なんてものは、一度知られればアウトだ。
「わかるかい。誤認逮捕になりかけた、その事実だけですごい騒ぎになる。……そして、組織は、解決したのだからセーフだという揉み消しに走った」
「なぜ、聞きにいったのわかったんですか」

キリエが、椅子の上で、不思議そうに僕を見つめた。
「なんだか、久々に部屋に入って来たとき僕を見る目が、やけに挙動不審だったからな。なんとなく、聞いただろう」

「断片しか聞けませんでしたが」

「なぜ直接聞かなかった」
僕がにらむと、キリエはびくっと肩を震わせた。
「なんとなく」

「なんとなく? 当人より詳しくない相手から聞きたがるなんて」

「聞いたら、答えますか」
「まさか」

夜。窓はカーテンで隠したが月が、ぼんやりと見えている。
少女を送り届けた後。

夕飯がわりにとひたすらに、山にしたクラッカーをつまみながら紅茶を飲んで、クラッカーにチーズやジャムを塗ってとやりながら二人で話した。
「補足しただけだよ、今のはね」

テレビでは、相変わらずよくわからない挑発が続いている。

自分の与えたものや、みんなが用意したものを喜ばなければ、「人間では無い」「あなたのためなのよ」と言った説教的内容へと変わっていた。

「ハハハ、聞いたか。要らないものは要らないだろ」
意識させられるだけで、いっぱいいっぱいだという少女への追い討ちともとれたが、僕は笑えて仕方がなかった。

「まぁ、そうとも言いますが、せっかくというか、思いやりというか」

「僕は、困った顔でしぶしぶもらわれるくらいなら、返してもらいたいがね」
「貴方は、変なとこで誠実ですね」

「普段から誠実だ」

二人して吹き出す。
狂ったような娯楽。
狂っている世間。
馬鹿馬鹿しくてたまらない現実が在った。

「ほら」

僕はベッドに座ったまま、カップを彼へ向ける。
「せっかく僕が二杯目を入れさせてやるんだから感謝しろ」

「ハハハ、使い方が違いますよ」

「とうとう人間でさえ無くなったか……」

チャンネルをかえると、ゴリラが絵を描いたりピアノを弾いたりする番組がやっていた。

「人間の所業はたいしたものです」
 学校帰りにいくらかの飴やチョコレートをもって彼女が訪ねてきたりもした。
いらないと口に出すと、人では無くなるので、持ってきちゃいましたと、わざわざ渡すから、僕らはそろって笑うくらいしか出来なかった。

解決の手だてというのは相手がやりたいことがわかって来るとたてやすい。
味方も少ないことだからひとつずつ、考えていくしかなかったが、さすがにもう、どうかしている。

「ほら、掲示板!」

彼女はにこにこと、印刷した紙を差し出した。

クズだとか、高慢だとか書いてあるが……気に入っているらしい。

「記念に刻もうと思いまして。なかなか言われることがないですから」

「確かにな。やがて期間限定になる、貴重だ」

「ソースが無いのに、真面目に言うのは結構勇気がいることなんですよ。感激してしまって」
「人であるだけマシかもしれないな!」

「えぇ」

「永久保存版なら、もっと分かりやすくありますよ」
キリエが、山になっていた、そろそろ返却に行かなければならない本たちを指差す。

「いくらかは読みました。最近の流行りは、高慢でお嬢様で世間知らずな馬鹿という感じになっていますね」

僕は、彼女が淡々とそれを口にするギャップに笑ってしまった。

「最初から、馴れ合う気は無いのですが……こういう風に、面倒そうで」


「なるほど」

「まあ、会話は口ですべきですね」
「だな」
 確かに間違いは誰にでもある。
だからこそ、もしかしたら間違いかもしれないしと考えなきゃいけない。
それを、まぁ少なくとも公共の場に堂々と流したり販売するのは、創作といっても不思議なものだ。
と思って見てみると、あまりの滑稽さだ。
こういう不思議なことは笑う方がなごむだろうと、しばらくはネタにすることにした。


 帰宅後に彼女は、ブログには、愛情はよくわからないから許してほしいと書いていたらしい。
素直な心境だった。


その翌日からは早速、人間ではない、鬼、悪魔とあちこちで言われているとメールが来た。
大体そんなものだ。 解決しているんだか、居ないんだか。
なにかを取り繕う度に、別の方向から指摘されるということはよくあることで、そしてとても気力が要る。

味方というのも現に存在している。
しかし、なによりも、身近な存在や各メディアから洗脳を受けるような状態においては遠くの声はほとんど頭に入らなかったらしい。
一応生きている、程度に生きてはたまに訪ねる彼女は、まるで僕のようだった。
見る度に痩せていたが、すっかり慣れたらしく、衰弱のたびに、笑顔も増えていた。

 笑うしかないと人は笑うようになる。
死ぬのが怖くない心境になるほど、生きることがまるで架空のように実感の無いものとなり、何にたいしてもどうでもよくなる。
結果、ある意味とても明るい人間が出来上がるわけだ。

謝って欲しいかと聞いたとき彼女はかつての僕と同じことを言った。

「罪悪感が消えたら、楽になってしまうでしょう。
その重石の重みが、私が生きているということ。拒絶して返したいとなると、都合が良すぎる」
「シーチキンは、マグロ以外の魚も使っているぞ!」
「それでいい、寄越すんだ」
「おいおい、本物しか求めないんだろう?」
「シーチキンはシーチキンだ」
「きみは、純粋なマグロしか口にしないはずだ、そうだね」
「シーチキンが食べたいんだ、マグロなら刺身で買う。寝ぼけてないか?」
「不純物はいやだと言ったではないか!」
「きみだ、不純なのは!」

つまらん。と流れていたラジオを消して、僕は椅子から窓の外を見た。
最近は雨が多く、少し肌寒い。
ここ最近新聞を確認してわかることは、どうやら一部記事と事件が連動していること、テレビ内容を『大衆に植え付けることを組織的に狙っている反応』と捉えると、目的が見えるので、まずそれを徐々に崩すことだった。






 それから、どうなのだろう。僕は力になれているのか。

「少なくとも大衆を信頼し過ぎだ」

彼らは流れたい方に自由に流れるのだから、表面的な勝機はあった。

心としては、殺害されたようなものだから、すでにある意味は手遅れ、外側だけなようなものだろうけれど。


「身体は死ななくても、人格、心と言うものは死ぬ。いくら自殺を免れようとそれは肉体だけの話に過ぎない。見た目はいきているというだけだ。
僕が最も気にする、最悪巧妙な殺人だよ。
中身だけを殺すという、現代的なね」


以前の人間的な本質は、もう生き返らないという可能性も高い。ある意味、死よりも残酷に殺されていた。

死んだので手遅れ。
だからこそ受け取れない想いというものもある。なにも役にたたない。

僕らはただ、面倒な雑音を流されることを終わらせる、だけだ。
 キリエはソファに座り、ローテーブルのそばでなにやらレポートを書いていた。興味もなかったが、課題だろうか。
それを書きながら彼は言う。

「現代的なのかはわからないですが……確かに、あれだけ詰まれたら死んでもおかしくないですね」

「しかし、身体は動かせなかった。
板挟みを悪化させるから」


放課後、部屋に戻ると、知らない女の人が立っていた。
あの本を持っている。
髪が短く、はきはきとした印象だった。

「私、あの人の同級生だと思います。でも、貴方のことも気がかりで、こっそり来てしまいました」

「はぁ」

私は、なぜ部屋を知っているのかの方が気になってならなかった。

「あなたが、正しくても騒ぐの、やめてもらえませんか」

「何か、言いたいことでも?」

「あの子、たぶん、後悔しています」

「しているかではありませんが」

昔、ネットで如何わしい写真を流していた子を思い出したという。なんとなく雰囲気が似ている、そしてそれは同級生ではないかというのだが。
そんな話で、いったい何を撹乱するのだろう?

「だから……自分の身体はネットにあって、もう既にプライバシーでは無いことを、ずっと気にしていて、周りもそうならないかなって考えていたんじゃないかなって」

「でも、本人かはわからないですよ」

「あれは、似ていました。だから、あなたを見つけたときもなんというのか、そうしてしまいたくなっただけだと」

「はぁ……」

そんな話を聞いて、どうしろというのだろう。
確かめても意味はないだろうに。

「とにかく、お引きとりください」

友達思いなのか、違うのかわからないような話だ。なんだか頭が痛くなってしまう。

良心の咎めない動機となるとそんなものなのだろうか。真実はわからないが少しだけ同情しそうになった。

「私は、でも確かめませんよ。見たいものでも無いですし」

「一度してしまったことは消せない。だからきっとあなたは、後悔します」

「私は。今も昔も、ずっと後悔しかありません。

そしてもし、同一人物であるのなら、確かにその人は過去に対して悔いているかもしれない。

周りは違うということに劣等感を持つかもしれない。だから、周りが醜いほど自分と同じと安堵しても不思議じゃない、でも単なる推測に過ぎないではないですか」

私にもあった。
いろんな人に似ていると言われることが。

「きっとお金が無くて、仕方なくやってた。でも後で気付いた。そんなときにあなたが目に留まった」
「だとしてもそれは、自身で選ばれたことでしょう。それに、似ているだけかもしれないですし」
もし真実なら、そういった恥部が永久に載せられることよりはまだ私はマシな方なのだろうか。
 なかなか引き取ってもらえない彼女に戸惑いながら、私は考えた。
もしかすると、誰にも言うことの出来ない孤独の中に居るからこそ周囲へもそうなるものなのか。
しかし考えようとも真実はわかりはしない。
ただ、自分だけが不幸ではないとは思う。思いは、する。あるのは巻き込まれたか、自業自得かの差だ。


息を吐き出して、なるべく冷静に努めると、にっこりと笑った。

「何にしても、もう夕方です、あまり暗くなってはいけません」

「私が絶対に守ってあげないと。お願いです」

「お気をつけて」

意気込んでいた彼女に手を振る。友達は、少なくていいという気がした。
…………


 愛情はよくわからないと言うと皆が皆冷たいというかと思えば別段そうと限るわけでもなく、共感を得られることもあった。
 そして、その頃には少しではあるが揺るぎ無い物も現実として存在するのだということを目の当たりにし、安堵もしていた。

そのときは現実の方がまだ優しさを感じたために、架空よりも逃げ場があるような気さえしてすがりそうになった。

けれど、それは架空が苦しいからこその話だ。
現実に囚われてしまうと人は簡単に、周囲を妬み恨み嘲るしかなくなってしまう。

どちらが良いのだろうかと言われると現実が取り返しのつかない方が明らかに苦しいのかもしれない。
 部屋に戻り、その境目にいる自分を思いながら、カーペットに座り込むとぼんやりと気に入っていた本を読む。
あまり読む気がせず、すぐに閉じてしまった。
好きだったはずの文字列が、全く頭に入ろうとしない。拒んでいる。

窓の外ではたまに、嬉々とした声がする。
カーテンを閉め忘れたとかそんなことで。
着替えようとして、はっと気付いてカーテンを閉める。

なれてはいないが誰かが常に私を見ているらしい。
守るためなのか、単なるつきまといなのか、どちらにしても早くこんなものが無くていい生活になりたかった。
 別段同性を愛するわけではない。だがしかし特に異性の欲望の対象というのになりたくないという気持ちは増してわかる気がする。

もしかすると自分とシンクロしていくうちに『同じ目』に触れさせたくなったのだろうか。
考えてしまう自分を制して、本を棚に戻しに行った。





 それからまた、少ししたある日夜中。

星ひとつない空を見ることもなく、僕らはデスクに向かっていた。キリエは膝の上で抱き枕になっている。

「待て、動くな」

パソコンで文字をかたかたと打ちながら言うと、彼は面倒そうにみじろいだ。

「えー……」


 夜の8時40分。
ファイルを少しずつまとめていた。
事態は少しずつ、『彼女』が強制的に姿を表さないと収まらないようになっていたが、それは拒んでいるらしい。
それはそうだろう。
これまでは表さずとも安静に過ごせていたことを、なぜそんなデマで覆さねばならないのか。

履歴やら苦情を露骨に出すのも堪えているのに、その度に相手側は、
むしろ苛烈になるようでは、誰に優しいのかわからない。

ただでさえ、常に誰かがつきまとっているようだ。僕はキリ、と痛む胸の痛みをどうにかやりすごしながら文字を打った。
と、いうのも、ただでさえ『辛い性格のいかがわしい人物かどうか、実際に確かめてみよう』

という風に、頻繁に、近所に見物人が来るようになったのだという。
それはやはり、あの作者の内容が関係していたのかもしれない。
そしてただでさえ、繊細な少女がじろじろと好奇の目で見られて過ごすのは、苦痛だろう。

本当に、僕にはこれしか無かったのだろうか。
だが……

影響力を自覚出来ないというものは、良くも悪くも、恐ろしい。
誤算があるのなら。
会った人は『想像してたより穏やかだ』『聞いていたのと違う』と、驚いて帰っていったことらしい。確かめられるという苦痛。
しかしそれは予想と事実とのギャップから不信感が生まれ味方が増えることと、苦しくも対になっていた。
そして、尚更つきまといも増えた。

本人としては嬉しくは無いだろう。しかし切り離すにもなんとも言えないことになり、またしても板挟みだった。
むしろ、こんなことで増えていいのだろうか、という気持ちで沢山だろうと思うといたたまれない。
例の作者は、自らの嘘のせいで、大方自ら、動向を怪しむ人を増やしたのだが……

あまり表沙汰にはならないのか「ずるをしているらしい」「コネだ」「チートだ」などというのが小さな界隈でささやかれるようになっていた。

味方というのが、その作者とやらについていた何かだとすると、いくらか……企業だか何かだかがこちらに回ったらしい。僕もよくは知らない。

そしてそれは、
よくも悪くも当人の言葉が事実を確かめさせてしまったこと、興味を抱かせてしまったことに始まる。

「落ち着きません!」

書きかけていたところで膝の上に乗せていたキリエが喚く。
のを無視して、キーボードを叩く。

「落ち着くよ」

「なにがですか。文字を打つのに必要ですか」

「静かにしてくれないか」
適度な実感をしながら作業をする。たまに現実にいることを、忘れそうになってしまうのだ。

「そういえば、冒険譚の続きはないのですか」

聞かれて、僕は目をぱちくりと動かした。

「そこまで、読みたいか?」
自分のことはよくわからない。

「このファイルよりは愉快です」

「確かに。これはひたすらに辛いからな」
しばらく作業をしていたところ、外で、誰かが叫ぶ声がしはじめた。

最近は、やたらとやっているのだが、若者は元気がいい。


「妬むなよー!」

「商品と似ているからって、妬んで、恥ずかしくない!?」

「そんなので話題になって楽しいの!」


誰に向けているのだろう。僕がクククと笑っていると、キリエが目を丸くした。

「夜中に大声で叫ぶのは、恥ずかしくないらしいですね」

「だな」

大声は、内容が性格非難などになるほどに大抵が女性の声だった。
別の感情でもあるのかもしれない。

「もう寝ますか?」

「あぁ」

ちらりと時計を見たら、いつのまにか22時になろうとしている。
悪魔だの鬼だのというのも聞こえた。
速報のあった件で、彼女を犯人にしたいという人たちが、やけに、そういったことを騒いでいるようだ。
しかし、彼女にはとてもそんな暇はなかったことは、いくらかの人が見ているはずだった。


「さすがに穏やかじゃないな……」

「暇なんでしょう」

聞いているうちに、化粧で作った顔だろう、とかいう、もはや内容に関係ないことまで言い出している。少ししてから、パトカーの音がしてきて、やがてなんだか辺りは静かになった。

手を止めて、椅子から離れようと、キリエに退くように言った。

「はいはい。おれは、役にたちましたか」

「あぁ。ありがとう」



 キリエが部屋の隅で何やら漫画を読み始めた間、パソコンにメールが受信されていたので開いた。

『いくらか聞く限りだと、実際の兄とやらとは、キャラクター自体は違うようだが』
と、メールを送っていたのを思い出したのだ。
予測はついていたが、一応聞いていた。

『全くの同一人物にしてしまうほど、配慮が無いわけじゃない。それに、重ねてしまったら、架空にもトラウマをじかに持ち込むことになる』

救いを求めた世界にまで、直接的なものばかりで固めたら、逃げ場を自らなくすというのは当然の話だった。

『それに、私の安らぎのためでもあるけれど、
作者とは重ねないで見てほしいというのが心理ですから』

誰かが無理矢理繋いだせいで、重なることから逃れられなくなってしまったというのは、確かに重い話だ。自分が書かなくとも、周りが直接そう仕向けてしまうのだから。
 せっかく、キャラクターの要素として組み入れて落ち着きを得たものにまで、わざわざ現実と比較しての非難は的はずれに思えた。

現実にある何かというのは、繊細な人間ほど、そのまま使ったりはしない。
特に、悪意は、書く間自分もそれを読まないとならないからこそ尚更に、神経質になる。

トラウマともなれば、自らそれをそのまま描くような酔狂なことをすればそのままダメージを受けるのも当然だ。


『でも、事実は事実

です』

「そう言うのなら、そうだと思うよ」

『なぜ、自己消化できれば良かったものにまで、真面目に掻き回されないとならないんですか』

「的はずれなことでもしていないと、やりきれないんだろう」


 それに、人は変わる。今と昔がずっと同じだと言い切れる人間が、そもそも、いくら居るというのだろうか。
自分には優しくても、他人にはまた印象が違うのかもしれない。

わかりやすく考えると、違反だというものは違反なのだから、重箱の隅をわざわざつついても、別にそれは変わりはしない。まぁ、面白がっているのかもしれないが。

「何か、食べたい」

僕が椅子からずり落ちそうになりながら言うと、キリエは読んでいた漫画から顔をあげた。

「もう11時になりますよ」
「そうだが。疲れたから、何か甘いものが良いかな……」

言いながら、なんだか複雑な気持ちにもなる。

「どうしましたか」

「いいや、関係がないはずなのに、なぜこんな気持ちにならないとならないのかと思って」
「気持ち? さっきは、何をされていたんですか」

「メールのやりとりだよ。今は、
『作中に出ている《兄》というのは、実在するだろう、しかし当人はこんな人物では無いから嘘だ』と言って責められているところらしい」

「だんだんと、次元がわからないですね……」

キリエは首をかしげた。
「まぁ、作る側の気持ちなど、当人たちしかわからないものだろうからな」

「読者というのは確かに、そういった作る側での気遣いを気にすることは無いかもしれません」

それもまた、当然とは思える。書くことや作ることに対して、強く、特定の何らかがなければ、心理などわからないだろう。

「いや普段は、それでいいのだがね。僕らも、誰もが自分の細やかな欠点や気配り、気を付けることを逐一知らせたいとは思わない。プライドがあるし」

「プライドですか……まあ、でも。
過去に行って見て来もしないことを他人がどう言おうと、特に意味は無いかも」

「きみはときどき、良いことを言う」

「え、ときどきですか」
「いつもかな」

言い直すと彼は飛び上がって喜んだ。
「やったぁ」

当人が辛いと感じることを、周囲が否定しても、それが何なのかとなるし、執着し過ぎだ。
もはや、作品ではなく作者にまとわりついている。

「妙なのに好かれたのかもしれんな……」

僕にも昔あったが、あれはなんというか、逆に複雑な気持ちになってしまい、どうしていいかわからなくなるのだ。

立ち上がり、戸棚に何かなかったかと探した結果、食パンくらいしかなかったので、バターを塗って二枚焼いた。

「最近、彼女の周囲では、コネだなんだと騒いでいるらしいし、
たった個人を甘やかしすぎだ、とさえ言われているみたいです」

キリエがぽつりと言いながら、トースターの上のパンを眺めた。

「応援されるはされるで、大変ですね……」

彼女のサイトには、きちんとサイトの中から応援して欲しい、と書かれていた。

「ははっ、いくらかは、便乗商法だろうがね」

「うーん。なんとも言えないですね……」







 朝方、キリエが出掛けた間に、彼女が訪ねてきたりした。

近頃は針金などを、地面に撒いてあったり、バイト先に落として帰られたりもするという。それは、ゴミとも取れてうまい具合に言い訳の立つ嫌がらせなのだろうか。
虐待を嫌がる話を書いている上にそれを思わせるものをちらつかせられているのは、どこまでも残念な話だ。

相手は恐らく近隣の子どもなのだろうけれど、最近整備されている地面のコンクリートやらアスファルトに、足跡が残るぬかるみがそうあるわけでもないので、僕にはどうにも出来ない。

 窓辺の花に水をやりながら、穏やかな日差しを感じる。
日差しはあまり得意ではないのだが、レースカーテンの隙間から感じる光は、落ち着きがあって好ましいと思っていた。

手足が冷たい。
水をやり終えると、ココアを入れてよく練る。

現在に反省していようと、過去は書き換わらない。

取り残されたものが密やかに、知られないように嘆くことが罪であるのなら、僕は常にそれでいっぱいだ。
第三者に晒してまで非難されたらどうしようかと、苦笑してしまう。
真面目に返答されようが、それがなんだろうか。
勝手に暴こうと試みて、勝手に結びつけようとするものは、そりゃあ、
『現在』には、関係がないのだから。
存分に反省を示せばいい。



ただ、個人の心や過去にまで、強要するのはいつも、無関係な他者だ。


「……はぁ」

ココアにお湯を入れて、一口すする。
美味い。
 せっかく、キャラクターの要素として組み入れて落ち着きを得たものにまで、わざわざ現実と比較しての非難は的はずれに思えたとは思っているけれど、 その組み入れていたものをあえて攻撃目的で被せて使うものはまた、意図が違ってくるので比較になっても多少は仕方がない気もする。
同列では語れない。

そして、そこまで同じレベルの露骨さにはなるべくしたくなかったからこそ、待った。
彼女も異様に傷付いてしまって、それでも相手方の反省というのを、待ち続けた。

だから、それはかなり待った方なのだが、残念ながら、相手はまだ引く気はなかったというから、こうするしかなさそうなこととなったのだ。

ついでに言えば、
第三者に晒してまで非難されたらどうしようかというのは、個人が密かにしているものやら部屋にあるものやら、それほど大衆向けのつもりも無かったものの話になる。

売り物ならあらゆる価値が絡むからともかく、勝手にそうでない領域を暴こうと試み、不要なことを付け足して、勝手にあれこれ結びつけたものを販売しようとするのは、どう考えても度を越している。

ただでさえ詐欺被害になっている。
もはや相手側が、個人がどうと言ったところで、同じ立ち位置でもあるまいし、相手の身分は個人だと言い切れない。
調査くらい入ってしまうのだ。
 たびたび部屋にいるのは、あまりよくないとは思ったがどうしても、ドアを開けようとするときはやりきれなさが募りそうになって困る。
出掛けるの自体は怖くはないが、外は昔の事件のせいか、やけに周囲の哀れみを感じて歩き辛い。
今でもまだ、お金用の、カモにでもなっていたような気持ちになり、解離感が抜けきらなかった。



 昼になると、昼飯のためにカレーを作った。
キリエはまだ帰って来ないので、一人で食す。


彼は僕を天才だの奇人だの面と向かった呼称をせず、ただ名前で呼んでくれる貴重な存在だ。

 あの事件や、他の件のときには、解決するや否やラルではなくて 「天才」だの「異形」だのに名前がとって変わって、みんなそれしか呼ばないから、とても寂しい思いをしたものだった。

天才とは何かと聞かれたときに『人間』と言う人『自分とあのひとは違う』と言う人の差はそれほどにとても大きく、

寄り添おうとするからこそ、当然のように普段から言わないでくれるのだろうか。
あなたと自分は違うなんて、向けられてもあまりいい思いはしないから。
明や彼がそんなことを言わないのがとてもありがたく感じた。
 しばらく観察していてわかるのは、ラルは罪や行動自体を咎めることはあっても、その人自体を否定するようなことは、よほどでなければない。
こんなことをするなんてバカだねとは言うけれど、バカはこういう名前だ、とは言わないのだ。


そして、興味のあることにはすごく興味を持つが無いことに関しては、恐ろしいほど無い。
だから、カルシウムの話ではないが、知識を持つかなどで人を見るわけでは無いのだろう。

それを告げたとき、ラルは少し意外そうにした。
「きみはいい目をしている」
とだけ言った。
うーん。喜んだのだろうか?


 夕方ごろ、あれやこれやを懐かしみつつ部屋へと帰宅すると、当人がテーブルにうつ伏せて眠っていた。

「おはようございます」

「……おはよう」

「寝てたんですか」

「そこにカレーがあるぞ」
「えぇ」



□□


 私は『どうか、お別れしてください!』とお願いに行くことにした。
作品自体が悪いといいたいわけじゃない。

ただ、誘導みたいな晒しみたいな感じに巻き込まれ、でもそれはとても大事なものだから、嫌だということはどうしても、わかってもらいたいのだ。
単なるプロットになってしまうような描かれかたではさすがに、傷ついてしまった。

支援している人たちも、それをお願いしてくれたなら、いいのだけれど……
消えて欲しいとか言いたいわけじゃない。

他人ではなくて、自分自身の表現したいものを描いていく方が魅力のはずだし、私も何も思わなくて済む。

だから、無関心になるためにも死を選ぼうかと考えたこともあった。
私が書くのをやめれば、被せることもなくなるから。でも、出来なかったのだ。

身分が下の人間のものをそのまま使うなどと、品位が下がることだ。

言われるようなクズが私だとするのなら、それをわざわざ使うなんてことをしたら、周りを裏切り悲しませてしまうことに早く気がついて欲しかった。


私だけではない。他の誰にたいしても、無理に関わることはない、だからこそ、お別れすれば、ある一段階、解決なのだ。

「こんな下々のやつに関わることは無いですよ」

と、手の届く誰かから囁いて欲しいと願ってしまう。

関わると、面倒なことを言われるかもしれないよ、だから、見ない方がいいと。
「あなたの方がずっとすごいのだから」

「身分の低い人間を使うなど、まるで、負けたかのようになってしまう」

と。
バカにされてはしまうけれど、本当に見下すのであればそのくらいして、引き剥がしてもらえたら格差がはっきりするじゃないか。
下が上につくのと、上が下につくのであれば、後者に違和感があるというもの。

身分を主張するのであれば、不満の種になるようなものと関わることをさせてはいけない。
わざわざ使うようなことをしたら、身分がわからなくなってしまう。


だからこそ、あらゆるものから剥がしてしまう方がバカにされるのにも納得するのだが……


そして、はっきりと、他のものを使うわけでないという安心があれば、何も起こらないし、みんなにとって良い。

未だに連絡もつきはしないし、なにもいわれはしないのだけれど、関わらないという約束さえ出来れば平穏への第一歩になるような気がした。
 

◆◆

何してたんです?
と聞くとラルは疲れた様子で開いていたノートを見せてきた。そこにはぐにゃりとよくわからない線や、羅列があるのみだ。

「考えていたんだよ」

「なにを」

「自分ならこういうとき、どう決めるか。

創作など、こういったものには、ルールがまだ細かくは定まっていないのだろう。著作物としてのものは一応はあるが、個人証明の部分は更に」

「そうですね。これほどの騒ぎになるなんて、恐らく何年も悲劇を繰り返してきた結果なのでしょうし……」

「今まではどちらともとれない状態になるしかなかったのだろうから、決着どころじゃなかっただろう。だが一般にまで露骨にな被害が出るようではさすがに限界な気がするね」

ポットから湯を入れて、ティーバッグを浸す。
ラルは眠そうにおれを見上げていた。
普段は気だるそうだからわかりにくいが、案外無垢な目をしているから小さな子どものようだ。

「あの」

「なんだ」

「会うまでは、無口な人だと思っていました」

「その方がいい。案外話すと思ったのかな」

「ええ」

「お前の考えることはわからない、おかしいんじゃないか。そう言われて生きてきたもので」

「それは、確かに」

ハハハハ、とラルは愉快そうにわらった。

「誰かと会話しようとするたびにつきまとう呪いになってしまったんだ。他人とは、打ち解ける程に険悪になる」

「気を許すということ?」
「そうだな。気を緩し、素直に取り繕わず話すととたんに言葉が通じないようになる。
尺度が違い、会話に何を重視するかが違い、どこまで視界に入れているかが違う。

僕と最後まで仲が良くなれる人間は稀だろうね」

「友達や、恋仲になる順に、相手から離れていくということですか」

「さてね」

なにがおかしいのか、ラルはげたげたと笑った。
「だから、誰とも」

人差し指をぴっと伸ばし、おれの唇の前に当てると、無表情でラルは諭す。

「一人で居ることを、そう哀れにいうものじゃない。結果的にそうなるしかない人間も、居るのだから」

「案外さみしがり屋なんだ」

大きなため息をつかれた。
「あー、白けた。きみは最高だな」

「どういう意味です」

「会話とは、テンポではなく思考だということだね、僕らは」

「思考がテンポなのでは」
「そうだ、それだ」
ラルは、何を思っているのやら、歌でも歌うように身体を少し揺らしながら椅子に座り足を組む。
蒸らしていた紅茶の、カバーを取り、ゆっくりカップを手にした。

「そして、普通の会話というのをしたいと思っているし、通常の会話をしたい。不躾に生体データになどはなりたく無い」

ハハハハと、ラルは笑っている。おれは同感だとカップに映る自分の、身体の色素を思いながら考える。

「個人差もあるものに資料なんて、結局気休めだ」

「そうかもしれません」

「ちなみに僕は普通を演じて、普通に生きていくことが望みだから、依頼など本来滅多に受けない。それも、そんな気休めを歴史に数ミリでも、
実感無き他人によって刻まれることが、なんというか、個人的な屈辱だからだ。
僕は僕のことしか知らないもので」

「では、どうして」

「さてね」

 キリエは僕が答えないので話を変えたのか、今後は、と会話を続けた。
「今後はスケジュールを手元に管理しておくことや、自分しか絶対にわからない繋がりや暗号をいれておくことが、冤罪防止に取り入れられるかもしれないですね」

ノートの上は、手元と書いたままとまっている。それを見ながららしい。
「ああ。そういった意味では、彼女は革新を起こしたのだろう。少なくとも不正を無くしていかなければ若者も寄り付かなくなるというのは確かだろうし」

内容をなぞるかのような文章の山をちらりと見る。金銭を使って私的なメール返信という感じ(しかも消去出来ない)だが、正直、こんなものに僕なら絡まれたくはない。

「あぁ、そうだ」

僕はふと、思い付いたことがあるのでノートを取る手を止めて口に出した。
「彼らと、僕や彼女の違いは何だと思う?」

「え……さ、さぁ」
「彼らは表面で調べたことや、他人から聞いたことが全てだと、考え、周囲を侮っている。それがあれば周りをいい具合に抱き込めると思っているってことだよ」

「と、いうと……」

「僕が例えば部屋に結婚式場のパンフレットや招待状を置いておく。

きみが無知な泥棒だとしよう。家主のいないときに侵入し、発見。どうだ?」

「いやな例えですが、そうだとしたら、あなたが、結婚式に行くかもしれないと思います。確かめるまも無く」

盗んだものを、わざわざ当人に確かめに来るのは愚か者だが、だからこそ真実かどうかもわからないという不安に掻き乱されるのだった。


「そう。しかし僕らは、真実はそんなものに縛られたりしないと知っている。現にこんな被害を見ているから」

アハハハハ!
僕が笑うと、キリエが唖然と僕を見た。

「ラルは、どうして、そんなに」

「きみは正義が好きか?」
「おれ、は……」

彼が視線をさ迷わせたので、僕は助け船のように言う。

「あぁ、ちなみに、真実はいくらどう探したって、それしか見つからないわけだから。これが楽しめるのは嘘つきに対してだ。事実を提示すれば、動揺が見られる。

囲まれたのではなく、あちこちに釣り場ができたと思う方がいい」

「いつも、あなたは、遊ぶことだけなんですか」

「こんな僕は、嫌い?」


彼はふいっと目をそらした。まあ、好きも嫌いもないのだろうけれど。

 さらに翌日の朝、おれが電話をかけると彼女が怯えたような声で応答した。

『どうしたの?』

「今日の夕方、図書館に来てくれません? 大事な話があって」

『わ、わかりました』

どこか曖昧な返事だ。
もしかすると嫌なのだろうか。責任を押し付けてしまっているのか?

「あの! おれがいうのもなんだし、難しいとは思うんです、でもあまり思い詰めちゃ、だめだって……」

どうにか、伝えたいことを必死に言葉にする。
かえってきたのは沈黙。
「絶対最後は、正しいって証明されるから」

場を持たせようと言うとしばらくして消え入りそうな声。

『うん、ありがとう。
私ね、正しさとは何だろう、とか、大事なものは、なんだっけとか……根本から、おかしくなっちゃってて。今、泣いてるのか笑いたいのかもわからない』
「それは、そう、なんだろうね」

何を返せばいいのかわからなかった。だけど、それでもおれは、彼女に消えて欲しいと思えなかった。わがままだとしたって。

『いろんな、応援をね、もらうんだけど……なんか、みんな偽物に見えてしまう。ただの勝負のための道具だからなんでしょうって』

「それは違う」

『ええ。知ってる。でも、わざわざ大きく励まされたら、そんなこと、一度も無かったから、
なんだか仰々しくて、余計にむなしい気持ちでいっぱいになる』

欲しいものなんてなかった、ただ、存在したかった。自分に成り代わられるのだけが、悲しい、と言った。

『あぁ、そうだ私、見てしまったの』

「何を」

『新しい人が入るよりより少し前ときに、バイト先のお店の人が、倉庫にある出勤表を見てどこかと電話してたところに、通りかかって……これ、関係ないよね?』

「うーん何か、休みかなにかを合わせるためかもしれないし、活動の具合とかを報告しなきゃならないだけかもしれないし、おれには」

『うん……そう、信じてるんだけど。何処にいる誰を、頼ればいいのか、正直。何もかもに疑心暗鬼なのかな。少し疲れてる』

 部屋に戻ると、ラルが何やらこの前買った原稿用紙や国語辞書を出して、デスクで作業をしていた。
「約束、できましたよ」

「あぁ、キリエ」

「……何をしてるんですか」
「少し、やることがあってね」

「そうですか」


沈黙に支配されそうな部屋のなかが気まずくて、テレビをつける。
今の状況を模したかのような、対立を描くアニメーションがやっていた。
「なんか、何処に向かってるんですかね、この事態は」
「クリエイターの中でも、それだけ裏側で深刻な問題だったのかもしれんな。彼女は、その中のひとつ、そして少ない生き残りとして、期待されているわけだからこんなことになっている、なーんて」
「他の、人は、やはり……」

「僕らにはわからない。
拠点をうつしたのか、亡くなってしまったのか」

今日はいつもみたいな長めのツインテールではなく、なぜだか下ろしてサイドだけ小さく編んでいた。これはこれで、似合っている。
椅子の上で足を組んで優雅にお茶を飲んでいる。

「今もいろいろと募って被害者探しはしているのだが、なかなか目立ったような動きにはならないし、既に諦めた人も居るだろう。なにせ企業と戦うのだから……」

ただあまり好ましくないとラルは嘆いた。

「好ましくない?」

「戦況をあまりに露骨に模しているとなると、相手に情報が筒抜けじゃないか」

「確かに……」






 彼女も、例え盗作でなくとも、ただでさえあまり露骨にしないで欲しいと思うのか、そんな話を周囲にしていたらしい。
身内にも、それとなく察せられてしまうかもしれない。
 正体を隠しているといっても他の誰かが垂れ流すその情報に囲まれて、日々を過ごすわけだから一瞬も気が休まらないだろう。

周りの知り合いの反応では、何様かだの、むしろ光栄だなどと言われているときもある。

しかし味方だと主張する側は、それはそれでただ単に垂れ流しているようなものだ。

もはや、一番隠すべきことは何も言葉にしないのが一番の策略という状態なのかもしれない。

「あぁ、単なる便乗商法以上に最悪な状態だ。
うまいやり過ごしかたは無いものかな」

「黙っている、くらいでは」

「だよな。
まぁ頃合いを見計らって、さすがにもうやめてくれとなった順に、ブログで『紹介』してもらうか」
「確かに周りも気にしてくれるかもしれないですからね」

何を考えていて、これから何をするつもりなのか逐一、そのまま表されていたらやりづらい。

「とりあえず、困ったことがあってもネタにされないよう、なにか肝心な情報は、ここで直接相談することだ。わかったか」

「わかりました」

ネットや電話が見張られている可能性を含むとなると、それしかなさそうだ。
 そもそも、不思議なものだった。盗作なんて騒がれる事態になること事態が、異様なのだ。
だからこそ、おれや彼女たちは首をかしげていた。

考えてみて欲しい。

かばう必要があるようなもの(疑われるような異質だったと判断していた)ならば、そもそも最初から載りはしないのだ。

その理論で行くならチェックのミスになる方が妥当じゃないだろうか……

だとすると、
これは最初から『見せしめ』ということになってしまう。

金銭としての利益をもらっていない立場で、同じ立ち位置の糾弾をされるような、見せしめだ。
わざわざ庇わせる事態になるのが、まず、変なのだ。

愛さえも利用したのは誰か、というのは、まず明らかに相手側からでしかなかった。
 足に何か当たったと思って拾えば、漫画雑誌だった。普段、この部屋の主人がこのような本を読むのを見ないから、目新しい気持ちになる。

「これ……」

「4コマ漫画が載っている。半分のページからは素人の描いたものも載せられていたり、批評されていたりもして、新鮮だと朝、明から渡された」

「はぁ」

「僕は漫画を読みなれないから読み終えるのに時間がかかったが、確かに斬新で良かったな。読んでもいいが」

「では、あとで」

この部屋は定期的に片付けているのだが、いつも何かしら積み上がっている。今回は漫画が古紙回収のごとく二つ膝下くらいの塔を作っていた。
 夕方、図書館に行ったが、カメラを構えた男達しか居なかった。
風景を撮影するふりをしているのだが、明らかに怪しい。

これに気付いたのだろうか。おれも慌てて引き返した。

帰り道を歩いているとメールが来る。

『やはり、もう関わらないでください』

緊張しながら、何かあったのかと返信をする。

『人にばかり苦労をさせている癖に被害者面するな、と、あちこちで、ささやいてきます』

呼びたくない助けを呼ばされ、逃げ道を塞がれ、戦いたくない争いをして勝ち負けが決まったって戻りはしないものを、まだ守るふりをして、誰かの道具になっていく。
何の特もない争いだ。

『迷惑をかけるくらいなら、私だって早く、消えた方がましだったのに。それをなくされた上に、言われると』「しばらく、ゆっくりしていてください」

返信すると同時にやりきれなさに見舞われる。
誰のために争うのかなど、わからない。自分自身のエゴを呪っても役にはたたないだろうけれど、苦労をさせているのではなく、誰かがもっと早くから考慮していれば、そもそも無かったような苦労じゃないか。

今度は電話があった。
疲れた声で、はいと応答すると、ラルだった。

「まったく、ふざけてるな」
「もしもし、開口一番で、なんですか」

「聞いて欲しい。『お前らはグルか?』だとさ」

「はぁ?」

「見知らぬ男がマンションに訪ねてくるなり、

『対応がよすぎる、何を知っている』と。
味方が増えたのだって僕らが、考えて組み立て、築いたものや、そもそもの素養からのおまけじゃないか」

「その人は、売られている本の作者側の人なんですね」

「そうみたいだ。そして今、僕らは絶賛疑われ中だ」
「わけがわかりません……」




その時期というのは、とてもわけのわからない、カオスとも言える状態だった。
そう。ラルや彼女の判断やら、推測やらで少しずつ相手側の防御壁を崩していたのだが……どうやら、手際が怪しまれていたのか、誰が味方なんだかという感じでもあった。
そして彼女にも、それの波が来たのだろう。

『確かに怪しい』と。


「ここ最近の、テレビ欄を用意してくれ」

僕が言うと、キリエは不思議そうな顔をしながらどこのですかと聞いた。
「国内の、あらゆるだよ」
「はぁ……」

彼が曖昧な顔で、近くにあるパソコンを操作しているうちに僕は以前書いていた途中のものをちらりと読んだ。
 あまり腕が動こうとしないのもあり、中身を面白いといえるのか僕にはわからない。

部屋でじっと一人パソコンをつけている時間が苦手だ。
いつかの孤独を思い出して、とても怖くなる。
 ちなみに、原稿用紙といったが手元にあるのは単なる印刷に使う用紙だ。枠があるものはそれはそれで好きなのだが。

なんだか、この束を見るととてもやりきれない気持ちになる。

真面目に、孤独と戦いながら書いた手紙の返事が相手からは存外軽い、みたいなものだろうか。
人とは予期しないことを、いっそ無い方がいいような、むしろ、嫌いになるようなそんなものだ。


今もまだ、僕も、限りない孤独と現実からの解離感に怯えながら、ずっしりとした息の詰まる苦痛の上で手を動かし書いている。
ファイルとは言っても、真剣にならざるを得ないし、やはり孤独を意識する時間には変わり無い。狂いそうな世界だ。
椅子から立ち上がり逃げてしまうこともできるのに、こうしているのだから。
彼が、居なかったら書きもしないかもしれない。 そしてそんな孤独の中に彼女のような返信でも大量に来れば、狂っていっても不思議ではない。
内と外。
孤独と、それ以外。
追い討ちをかける落差だ。

ある意味の覚悟、芯の強さでもなければ、重みに耐えられないかもしれない。


あ、こう書くと失礼なのだったか……
他は知らないが、有り難がれなくて申し訳ない。僕の場合はひたすらに、要らないとしか思わないのだがプライドが高くなってしまう行為らしいので、あまり真似しないで欲しい。

孤独も、痛みも、そもそも無ければいいわけだから自業自得ととられても仕方がない。恐らく世の中には、感じない人間というのも存在するのだ。


残念ながら僕はそんな礼をよく知らないので、とりあえず、そのまま追記している。
 高かろうと低かろうとカロリーや血糖値よりは死なないだろうけれど、いつか殺されはするのかもしれない。

気にかけさせた連中の仕事も減り、なんの心配も無くなるわけだから、その方がいいだろうと少しほっとしたりはするが。
 それから数日。

部屋に居辛いという彼女は時々訪ねるようになっていた。
まぁ解決するまでは、と僕も言った。何が解決かわからないのに。

「じゃーん!」

日に日に寒くなり、冬の気配のある夕方。
私服の彼女が明るく扉を開けてくる。桃色のチェックのスカートを履いていた。

「え?」

キリエが目を丸くしている。

「一年前のスカートが履けるようになりました!」

「わー!」

とりあえず拍手している。

「私、すごく痩せたんですよ」
「そうなんですか、えっとあの、おめでとう?」

「ありがとう!」


「食べている?」

僕が間から聞くと、ばっちりだと頷いた。

「いつもの二杯ではなく、今は一杯しか食べてませんが、食べていますよ」

「そうか……」

「知らない人に住所も職業も、たぶん家族構成も、他にあらゆることを握られてるので、もうなんか怖いもの無しですし、落ち込む日ばかりでもいられませんし」

「そうだな」

「今日は死ぬ前にやりたいことリストを作ろうと思っていて、部屋に置くわけにいかないから、持ってきました」

スクールバッグから出した小さなノートを見せて来て、彼女は誇らしげだった。

「あ、そういうの、なつかしいですね」

「死ぬ前は生きている」

「やりたいことですよ」

うさぎのストラップが揺れるシャープペンシルが、テーブルにおかれたノートの上で揺れる。

「えーっと。そうだな……」

1.と書いてから一度手が止まる。
それからまた、手が動いた。

「誤解されたまま死にたい」
「それはダメですよ」

「わかる」

「わかるんですか!?」

好い人だと思われて、悲しまれるより、悲しまれずに居なくなりたいと、誰だって思うだろう?

「そうかな」

キリエが首をかしげている。彼女はそれですと目を輝かせた。

「海外のお葬式みたいに、お祝いされたいな。私」
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