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しおりを挟む次の日の昼頃、バイトから帰ってすぐに来たという少女が青い顔をしてドアを開けてやってきた。
「あのっ」
「どうかしたか?」
僕はちょうど、椅子の上でうとうとしていて、手にはマグカップを持ったままだった。
ついでに昼まで寝ていたから、髪は下ろしていた。
「こんなだらしない格好で、すまない」
とっさに詫びてみたが、それどころではない様子だ。
「は、張り紙がっ、あって」
「は?」
話をまとめると、店の、受け付けの裏側にある壁の普通は見ないところに、お客様からの手紙が貼ってあるらしいが……
「亡くなった、知り合いの名前の入った歌」
細部は伏せるしかないが「『亡き王女のためのパヴァーヌ』のようにしてくれ」みたいな曖昧な内容らしくて、亡くなったことと名前、両方を示唆するような内容らしい。
「カメラとか、後をつけられたりとかだけじゃなくて……もしかしたら、って」
「いつ亡くなった?」
「その人、は、あれらを書くよりは前なのです。ただ」
「そんな知り合いしか知らないはずのデリケートなことを、もし示唆されているとしたら……遠回しに挑発されているかもしれない、ということか?」
「……しかも、知り合いを含むかもしれない。葬儀とかって、みんな来るわけじゃありませんから」
「この時期に偶然にしたって嫌過ぎる気分になるな」
「疲れているのかも、しれません、情けないですね」
「まあとりあえず、落ち着くんだ。決めつけるには材料が少ないし」
「はい」
あちこち調べられている可能性はある。だが、だからこそ、そうでなければいい、と思った。
そういえば、とデスクに紙を広げる。
「メイからの情報だ」
メイ、明のことだった。明というのはここの管理人……つまりコンシェルジュで、情報を集める趣味があった。これには本人は勝手に集まるといっているが。
「はい、えぇと」
「蝶などの標本を購入する趣味がある。これは……特に使えなさそうだな」
「というかどこから!?」
「ただ、これを作戦にすると、標本を取り扱う店や者が狙われる恐れがある……
もしかしたら詐欺以外の犯罪もする集団かもしれないからな。馬鹿を待ち伏せするならできそうだが」
「話聞いてくださいっ」
「きみはそんなやつだったのかい、みたいなお話もあったな」
「おーい」
「メイは、客の情報は一切言わないよ。信用に関わるからな。
だが、たぶん……」
「たぶん?」
「子どもじゃないか? ちびっこには優しくて人気らしいからな」
ヤサシクテ、と他人事みたいな言い方になってしまった。
「子ども、好きなんですね」
「あぁ。ああ見えても、結婚前には家庭教師をしていたらしい。先生になりたいというのがやつの夢だった」
「……なんか、他人事みたいな言い方」
「他人だからな」
「でも、今は、此処にいますよね」
「そう、だな」
彼女は何か思うようにしばらく僕を見ていたが、何か察したように黙った。そんなに悲痛そうだっただろうか。
「子どもが出来てから変わってしまったのかも」
「え?」
「家事をして、仕事をして、子どもを相手にし、さらに趣味に長時間を割く……というのがかなわなくなったから、と本人は言っていたよ。
帰ったらすぐに寝てしまうから申し訳ない、と。真実は僕にはわからないが、昔はここに子どもも居たらしいから、そういうことかな」
さらに、あいつは体調も悪くしている。
ただでさえ、すべてこなすのは大変だろうに強いのだ。僕とは違って。
「僕なら、SNSやらブログに書き込む時間があったら、既に寝ているかな」
夜中には、趣味まで始めているというから、どこにそのような体力があるのだろうかと、関心してしまうことばかりだ。
「本当に、そうですよね」
彼女は、改めて気づくような顔で呟く。
「なにがだ」
「みんな、貴重な時間を割いてまで一市民を攻撃したい。気に入らない相手にはなんだってやるような人たちの集団なんだって思うと、恐ろしいばかりで……」
確かにそうだ。
嫌いだから殺す、とか、憎いから叩くとか、
だからってそこまでやるか? ということを当然の顔でやる人間が、溢れていることが不気味で仕方がない。
「理由を話せばわかってくれたって、だからなんなんでしょう? 勝手に間違えただけなのに。
間違いがどうにかなるわけじゃないんですよ」
「確かにそうだな。勝手に間違えて、勝手に扇動されて、最後はそれにかこつけて近づく……」
「誤解を解いて、きちんとみんなと絶縁したいなぁ」
嫌いな相手ならなんだってやるような人は、何をするかわかりはしない。すっかり、絶縁対象になってしまったのだろう。
「誤解があるうちは、つきまとってくるから、話をした、それで、もう、自分を恥じて近づかないでくれるって……思ってたのに」
味方が増えるのは、騒動が収まる意味では必要だった。
だが、関わりたくない相手には変わらないだろう。
「その人たちに、また嫌われたら今度は何をされるんだろ?」
「今は、きっと違う標的を探してるよ。
きみが対象にできなくなって不愉快に決まっているから。
少し腹がたつと攻撃することしか頭に無いんだ」
早く縁を切りたい、と少女は両手を組んで願うようにした。
違う標的が今度は一体誰になるのかは、僕らにはわかっていない。
しかし、ここまでのことをする連中だし、周りだってそうなのだ。
「なのに、気持ち悪いことに……近づかれることが増えて」
もういやだ、と言った。僕にはどうにも出来ない。
「今は、相手側を持ち上げることで、そっちを好いてくれたら私から縁を切ってもらえるんじゃないかなって」
「何をされるかわかったもんじゃない。今度は、私、殺されると思う」
「そうだな」
まさかと思うが、ここまでする相手なら有り得るから笑えなかった。
周りも周りだ。変なときばかりは、ソースがなんだと、騒ぎもしない。
「罰したいとかよりも、次に誰を標的にするつもりなのか。
それが、気がかりです」
「聞き出せたらいいんだがな。
というか、きみの件もまだ、片付いたわけではないはずだが」
「でも、こうしているあいだにも、次の標的を攻撃する準備をしているかも……何か目についたものを、どうにかしてやりたいって、たったそれだけの理由で何をするかわからない。
私に謝ったって、その人はどうするんですか?
次の標的の人なら、言い逃れる気かもしれない。
それで何か無理矢理吐かせた上で
『そんな理由なら仕方ない』っていって」
「誤解を理由に逃げて、また別の標的を探せばいい……か」
間違いは誰にでもあるという言いわけが立つところが、巧妙だ。
間違えるなよ、と言うべきな気もするが。
「そんなの、解決もなにもないし、ちょっと謝ってどうにかなるなんて、甘すぎ」
「甘いものは、嫌い?」
「甘い人は嫌い」
ククッと僕は笑って、彼女は笑いもしなかった。
「冷蔵庫に苺プリンがあったはずだ」
冷蔵庫を指差すと、彼女が食べていいんですか? と聞いたので、ひとつずつですよ、と言った。
「もし、同じような被害者が現れたら、いや、今も誰かを狙ってるに決まってる……そしたら、私」
テーブルに、持ってきた苺プリンを並べながら彼女が言う。僕は、ぼんやりと考えていた。
なんだか昔の自分を見ているようで懐かしかった。
「あぁ! とにかく、早く絶縁したい……」
デザートを静かに食べながら、僕らはなんとも言えない気持ちだった。
テレビというのは、どうやらフィクションと現実の見分けがつかないらしい。
少しつけてみただけでも、作品内で起きた事件を扱うかのような、似たようなニュースが頻繁に流れていたので、がっかりした。
「なんか、私怨ですよね、ここまでしつこいと」
主張が理解できない、意味がわからない、といった意見をよく聞くのだという。
そしてこの様。
「私怨だ」「意思を持って妨害する」と口にしているようなものだった。
『たまたまにていた』『無意識で』『ついうっかり間違えて』
という言葉が当てはまるのであれば、こんなことはしないだろう。
絶句しているうちに始まった番組は、今度は謝罪めいていた。
「そもそも、晒すことにこんな形で謝るみたいな雰囲気も、晒しとにたようなもんじゃないですか」
いい加減、黙って、忘れて欲しいというそんな願いはいつ届くのか。
それはわからない。
「なかったように振る舞うどころか、まだネタにして続けるなんて、挑発なんでしょうか」
単に、内容が変わっただけだ。
「前から、不思議だった。きみは、案外悲しまないんだな」
「悲しいというより、腹立たしくて……むなしくて、理解が追い付かないんですよね」
あははは、と少女は苦笑した。声をあげて泣けるのは、ある程度の状況把握ができる場合だというのは、僕も知っている。それは、悲しいとか、悲しくないとかではないことも。
そもそも、わからないことが多い。
誰がどのように絡んでいるのか……
聞き出せればいいが、聞き出すには、誰がどういった役目か知らなければならない。
何もわからない故に手探りだった。
「とりあえず、まだあった履歴の一部、載せますね」
彼女は携帯電話を開いて、その場でブログを更新した。そのときだった。
遠くの方から、バタンと大きな音がした。
「え、なに」
「恐らく隣人だろう」
「そうですか?」
彼女はまたしても、製作秘話のメモを書き連ねて更新する。どたばたと足音が聞こえてくる。
何か叫んでいるようだ。
「やけに、気になるタイミングだな……」
そういえば、あまり気にしていなかったが、ここ最近も証拠や、相手の心理について探していた際などや、夜中に、急にどたばたと聞こえていた気がする。
「あの、隣人さんは……」
「誰なのかは知らないよ」
僕は淡々と答える。
ただ、昔ここに居た隣人なら知っている。
窃盗症らしくて、あちこちの部屋で、ときどき騒ぎになっていたからだった。
内容が生活用品などが主だったこともあったのか、さほど取り扱われるわけでもなく逮捕にいたっていない。近所の噂で聞いた限りでは、止めようにも限界を迎えて本人の身内の部屋にまで入ろうとしたというくらいの症状らしい。
「ただ、近所にいれば侵入しやすそうではあるね」
「ここ、大丈夫なんですか?」
「うーん……?」
苦笑いするしかなかった。僕にもわからない。
「でも、少なくとも前の人は引っ越したみたいだよ」 あまり気休めにならないとは思ったが、そうですねと彼女は答えた。
そのタイミングでキリエが帰宅した。
手には買い物袋を持っている。
「ただいまー、っと。おお、美味しそうなにおい」
目の前にあるプリンの空になった容器を見つけると、期待した目をこちらに向けた。
「あるよ、冷蔵庫に」
「やった、ありがとうございます」
「持っている袋の中身はなんだ?」
「月歩やきそばです」
げっぽではなく、つきほやきそばらしい。ほうきー君とかいうのがキャラクターをつとめていた。
「そうなんだ」
「二人して浮かない顔をしていますね」
「まぁ、明るくはならない」
「そうですが……なんの話を?」
「やっぱり、一市民に、ここまでやるというのが……どう考えても異様だということ、だよ」
彼女が答えると、彼は確かにと頷いた。
「しばらく他にこのような話を探してみましたが……
消されたのか、なかったのか、あまり、見当たりませんでした。
でも、ここまでのものは、少なくとも珍しいと思います」
どう、思いますか、と僕にふられたので、率直にのべることにした。
「きみの存在自体に、多額の保険金が多方向からかけられていたというのはどうかな」
少女が、ひきつった笑顔を見せた。
「ジョークですよね?」
「きみを出汁に使っていたのは、一人ではなかった。この可能性はまず、高いよね」
「えぇ。その中に、いくつもの悪意があったかもしれないことも考えています」
「つまり、生活に困るひとが沢山いたわけだ。
きみに何かの動きがあった場合、あちこちから、総出で潰しにかかる手順が出来ていた方が、納得するだろう」
「理解は出来ませんが」
「そのままでは、新聞も雑誌もテレビも、あらゆるメディアに被害が出てしまう……そこで、きみには贄となってもらうことにした」
「まぁ、あれだけ、その辺りが荒れてたらそれが推測としては無難ですね」
「一市民を総出で潰す図って、なんか滑稽なものがありますね」
しばらくプリンを取りに行っていたキリエがもぐもぐと口を動かしながら椅子に座る。
「異様ですし」
「彼女自身に成り済ます必要がある勢力も居た」
「その部分が、あのかたなんでしょうか」
「さあね。
何重にも搾取するため、誰より思い入れがあったから執着があるんだろう」
「でも、少し羨ましい。だって、
『どんなことをしても側に居てくれる相手』に、囲まれてるんでしょう? 例え詐欺や殺人であっても。みんなで、良くないのは、わかるけど、結託する……
一般的な倫理観よりも、仲間を、その作家さんたち自体を、価値として重視してるからこそ、みんなで言い合うのでは」
特別な絆とか、そういうのに弱いんですよね、と彼女は嬉しそうにした。
「私の命よりも、とにかく自分の作品にかける思いが大事……
みんなで守る。
どんなことだってやる。なんかロマンチックに見えてきちゃって」
「ロマンなのかなぁ」
キリエは複雑そうにした。
「まぁ、僕らが下手に助けたせいで、変わった部分については
『正体』自体を『どうせ作家仲間かなんかだろ』と思われている可能性もあるから、一市民感覚がないかもしれんが」
「どんなことがあっても、たとえ、犯罪に手を染めようとも、お嬢様をお守りします……みたいな。危険な感じ」
「楽しそうだな」
「きっと、多くが裏切ったり、志を変えたりしませんよ。
私が何を言おうと、どんな目に合おうと、その作者さんだけにしか、意識を向けない、そんな強い決意があるんじゃないかな」
それはそれで素敵だなあと、彼女は微笑んだ。
「私からはただ、語るだけ。証明するだけ。でも、どんな真実が明かされようときっと、そちらを味方してくれるはず。
そう、信じています」
「羨ましい?」
「えぇ。特別ってなかなか、無いものですし。
『そこまでされるような方なんだ』とわかるだけでも、随分と驚きや発見があるから」
その翌日には、またこちらの味方は増えた。
特別な絆なんて、無いのだ。
何をしてもそばに居るひとなど居ないし、ロマンなんてあり得ない。
都合よく動きたいだけ。
「騙されただけだよー」
と言われているかのように、脆く崩れていった彼女の他人像は精神を保つことをより難しくしていたらしい。
「きっと、少々のことがあっても逞しいからこそ、洗礼なんじゃないか」
ということも言っていた。
「『このくらいじゃあ、私は悲しまない。だがお前はまだまだだ』という試練だと思って頑張ります」
と言っていたのもあって、あっさりかわっていく戦況はこたえたはずだ。
悲しい、という声が集まりだしたから。試練でも訓練でも洗礼でも、なかったのだ。
誰かを想おうという思考がありながら行われる矛盾。その事実にただ、彼女は驚いていた。
せめて悪意の塊であったのなら、良かったのに。
味方が増えるだけ現実味を増す事実に、彼女はもうやめたいと言った。
僕らはなにも言えなかった。
「『この程度じゃ悲しまない』
って、カッコいいなぁと思っていたのに……私に同情するくらいに弱かったんですね。
ちょっと裏切られただけ、しかも他人がですよ。私ですけど……」
吐くとか、泣きそうとか、そんな弱いことを聞くたびに失望感が増していったと言った。
『自分にも他人にも厳しい人。自分にはなんてことないから他人にも厳しい』
という他人への理想像が『そのつもりはなかった』という、ひだまりのような生ぬるい優しさで日に日に崩壊する。
『厳しいんですよね?』
と確認をとるたびに、
『全然そんなことないよ』と言われ、無理矢理軌道を修正される毎日。
厳しいだけの人を求め、彼女はしばらくは、あちこち歩いていたらしい。
「修行」であって欲しいと願いながら。
しかし、そこはいっそ腹立たしいほどに、
向ける厳しさや恐怖と裏腹の、未熟、甘さのかたまりだった。
そんな中で、彼女はとうとう疲れたのだろう。
それから、ぱたりと連絡がやんだ。
「なによこれ……!」
震え上がる少女。
暗闇を慎重に進み、最後に指差した先には……、投稿者からよせられた、秘境の情報が。
あれから数日。
彼女からの連絡はないが
「何なのコレミステリー探検」とか名の付いた番組をながしながら、僕らはしばらく資料というか証拠探しに没頭していた。
秘境と言っているが、まるで、販売はしていないのにひそかな支持はあるという彼女の作品の場……のたとえような気がしてくるのは、連日の異様な番組をみてきたからなのだろうか?
漁の様子や、海の底の宝をみんなでGPSで探す、と暗示的なコーナーもあった。
また、プロのダイバーがもぐって沈没船を見つける内容もある。
どことなくそれは、別の例えのような気になって、少し、疲れているかもしれないとおもった。
「沈没船の、次は、CMを挟んで座敷わらしのすむ部屋に泊まる特集らしいですよ」
キリエが紅茶を入れながら話しかけて来て、僕はああそうなのかい、と曖昧に返事をした。
とにかく。
何がなんでも、どうにかしなければ、被害はどんどん増えそうだった。
敵は「一人じゃない」
もっと早く気付きたかった。
海といえば、最近、潜水艦に取材で乗った女性のニュースがあった気がする。
そう言った海の底に住む内容の小説があったのを暗示させるみたいだなと、思い出したりした。
やがて二人分の紅茶がテーブルにならび、僕はチョコチップクッキーをひとつの皿に袋からすべてのせた。
「僕は疲れているのか?」
「おれにもそう見えたので大丈夫です」
二人でクッキーをかじりながらも、なんだかぐったりする。
ちょうどそのとき。
ポストが、かこん、と音を立てた。
玄関まで行き、開けてみると中は、何も書いていない葉書が一枚だけだった。裏側の写真は、美しい紅葉だ。
「……どうしましたか」
キリエに聞かれて僕はさあね、と肩をすくめる。
「誰か入れたらしい。住所もないのによく届いたものだよ」
テレビなど以外にもここ最近たまに起きる不思議と言うと、紅葉を車の運転のときのマーク以外で、目にすることだろうか。
春になりはじめたこの時期に……
「メイもたまに、休みの日はどこか行くし」
お土産は大抵、あの紅葉をかたどったお菓子だ。頻繁に行くような気がする。そちらに知り合いが居る話を聞いたことがなかったが。
「あ、メールが来てた」
ふと、キリエが思い出したように携帯を取り出す。中身を見て、はっとした顔をする。
「なにか、あったのか?」
「探偵に依頼をもらって調査する番組、知ってます?」
「あぁ、あれか……」
たしかそんなバラエティかなにか聞いた気がする。
「早朝に、あった気がするな」
僕は早寝だから、あまり見ないが。
「有志の人が、一時期、今年の1月2月くらいの再放送の話をしていました」
「それとリンクしているのか?」
「依頼者が姿を表さない回とか、気になるのがあるんですが……『買ってきたお菓子を自分が作ったことにして出したら受けが良かったけど、謝りたいからどうにかしたい』とか」
「よくある話だろ」
「名前が、浅黄波みどりなんです」
「それは……」
「ある本の敵役で出ているひとに、この時期、似た名前です」
まさか、とは思えたが……しかし、この時期だというのは気になるところだった。
「そのときは、謝る気、あったっていうのか?」
「どうでしょうね。
ちなみに、ここでは、その方の地域とは、二日か三日か遅れて放送してます」
「それの放送は、メールよりも、つまり数日後だろう」
少女は、作成日時が早かったことを示したりというのを続けていた。
「にしちゃあ、未だに止んでないみたいだけれど」
「彼女、来なくなりましたね……」
「悲しいとき、下手に励ましをもらう方が痛すぎることもあるだろ」
返事を考えたり気を遣ったりして、余計に疲れてしまったりするのだ。
「自分を支えるので必死だったんだろうし、一人になるのも大事な時間だ」
僕も昔は、周りの幸せな話や、恵まれていたからできたんだろうというのに、努力ばかりを語るような内容を聞くと、胸が痛かった。
同列になどならないのに、と。
幸せや楽しいことというのは、いつだって、痛いし重いものだった。
無くてもいいような苦痛だった。
それは相手がどんな方面に恵まれてきたかを、示すから、なのかもしれない。
「あれは、確かに純粋な毒だったな」
部屋に戻りながらぼんやりと呟く。
何かあたたかいものでも食べよう。
「お前に当てはまるからなんだ? と、思ってしまってね」
「大事な人、が、巻き込まれたと、聞きました」
「そうだね……うん。でも、それは僕の問題だったんだ。そして、周りにどうこうされたくはない問題だった、からかもしれない」
「え?」
「大事だから、誰にも言わなかった。
好きなものというのは弱味でもあるからね……大勢に弱味を握られるのと変わらないと思った。
周りが歪んで見えた。
もちろん周囲は、なんのために言わなかったか、も察することはない。
好きなように弱味を広めて、僕を支配したがるだろ?」
「言われてみると、そうもなりますね」
「大事な人、とやらも変わらないよ。野次馬が常につきまとうようになったことが、もっとも、苦しめたんだ。
正義をかたればなんだって許される、なんて傲慢な考えが、一番恐ろしいね」
「そういうときって」
「被害者たちが何に苦しんでいるかなんてプライベートと変わらない。
他人がわざわざ触れる領域じゃなかった。
ただ、何が悪なのか、という真実の部分だけで良かったのに、周囲が掻き乱そうと必死になった」
「幸せは、嫌いですか?」
「重い、だけだよ。他人の幸せの基準は僕より高く、広く、聞くだけでも痛々しい気分になる。
救いたいなんて、簡単に口にするやつは神かなにかか?
自分のことだけやってればいいのに」 どうせ、他人の楽しいことなんて理解できない。なんだか痛いと思うだけかもしれない。
高い飯でしか空腹が満たせなくなる身体になってしまうかのように、身分の違う人からすれば、不思議過ぎる存在になる。
楽しくて幸せな人は、そんな話は僕にとっては
「痛すぎるだろ」と、思うときもあるし、眩しすぎて重い。
悲話が好きなのかもしれないが、バッドエンドが好きなわけではない。
少し、どうかしてそうな登場人物が好きだった覚えがある。
幸せじゃない事態のはずなのにとても幸せそうだったりするのを見ながら、「あぁ、懐かしい」と思う。
ふっきれた、何かがどうにかなっている人間を想うと、なんだか恋に似たような気持ちが生まれる。
「まあ、ひとそれぞれですからね。でも、なら、どうしておれを助けようと」
「僕は、何も救っちゃいないよ。誰も。判断したって、信頼されなきゃ無意味だ。信頼した人が居たなら、その人の判断の話だ」
そうかもしれないですけど、とキリエは迷ったように口ごもる。
と。突然、部屋の電話が鳴ったと思って僕は慌ててとりにいった。
『はーい!』
「なんだ。メイか」
『うふふふ……』
通話口の向こうからは、なにやら気持ち悪い笑い方が聞こえる。
「どうしたっていうんだ」
『今観てるドラマがね、面白くて』
「そいつは良かったな」
『まるで貴方たちみたいで……あ、あなたも観る?』
「観ない」
『いやぁね、暇してるかなあと思って』
「一応聞くがどんな話だ?」
これを改めて綴っているとき、機械の電源がいきなり切れたため、どう思ったかふたたび書く気力がないが。
まぁ、いろんな人に裏切られて人間関係最悪、という話だったらしい。
まさか実際の内容を細かくは書けないのもあるが、どうとらえたものかもわからなかった。
たしか、嘘を重ねた女性が妬みからどうとか家族の仲がどうとか、犬がどうとか?
聞いただけではよくわからない。
『韓国のドラマなんだけどね。観る?』
先ほど。
これを聞いた、いましがた、僕は何かぼんやりした違和感を覚えていた。
「みない」
そう。
なにか引っ掛かった気がしたが。
なんだったのか、とっさには出てこずに居た。
『あ、そうだ最近、訪ねてくる人がよく韓国のりをくださるの。多いし今度お裾分けするね』
「そりゃどうも……」
ぽんぽんと飛び出す会話に、僕はだんだん興味がなくなったので、きりが良さそうなところで切った。
寒空の下、私がとぼとぼと歩いていると、人にぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
慌てて謝ると、いいんですと言って少女が顔をあげる。
「お久しぶりです!」
少し前にいた、あの作者の自称友人だった。
クラスメイトだったといい、活発そうな見た目をしている。
「はぁ、お久しぶりです」
「元気がないですね」
「あはは……」
私が答え方に迷っていると、彼女は言った。
「みどりは無理をしています」
「え?」
「あなたを信じる人が増えてから、より明るく無理をするようになった。でも私が様子をうかがうために声をかけると、いつも疲れた顔をしているんです」
そうなのだろうか。
そんなに疲れてまで、一体何を守るのだろう。
「電話をかけても、メールをしても、なんとなくそっけない」
「そっとしておいてあげるのは」
私は、なぜ気遣う立場にたつのかわからないまま提案する。
「だめです、どうにかたちなおってもらわなければ」
「一応聞きます、普段は、どのような感じで」
「私たちと居ても、あからさまにはしゃぐんですよね。まるで、逃げているみたいに……」
「あと、挨拶を、少し避けるみたいになった」
「それは、寂しいですね」
「友達なのに」
この空間はなんだ。
私は考えてみたけどわからなかった。
気晴らしにはなるだろうか。
「無理をしてるって、みんな本当は気付いてるんです。でも、本人が言い出さないから、触れることが出来なかった」
「それは、私には……真実を明かすためにつくすこと以外、出来そうにありません」
それにより傷つけることになるかもしれないが、仕方がない。
「利用したのよ」なんてあの台詞のような、意図的な悪意を込めてデマをばらまいたりは、私はしない。それにそういった嘘は、時期にばれる。
私の物語を好いてくれた人まで、私を嘘つきだと呼ぶことになっていくのは、さすがに耐えられない。
だから、違いを明確にしなければ。
「あと、この辺りにすんでいるおじいちゃんに気を付けてくださいね」
「な、なにを」
「みどりさんが、美味しいかぶをくれなくなったんだって、嘆いてました」
「かぶですか」
「お野菜好きなのかな?」
「ヘルシーですね」
「貴方のせいだと思っているみたい」
「え?」
野菜のお裾分けをする程度に知り合いなのだろうか。遙々このあたりまでの交流?
親戚なのかもしれない。
「他にも、いっぱい聞きますよ。だって、あの人のは、実際の場所をテーマにしている部分もあるから。お野菜農家の人の販売所にまで、被害が及ぶのかも」
はっとしたような顔で、その人は手を口に当てた。
「かぶを、いただけなくなったんですか……まさか、そんなところにまで被害が」
そんなの、想定しなかったし、尚更に私と混同されては困る。悲劇が何重にも連鎖してしまう。
だけど……
拳に力を入れる。
「それでも、私はあの場所を守る。そう決めてるんです」
かぶは、残念だけど、私の力じゃ、どうしてあげることも出来ない。
想定より沢山の人に、しかもこんなに身近にまで……
それを痛感しながらも、私は、信念を譲れなかった。
作者でさえも、辛くて手放しそうになったなか瀬部くんは、あんなに必死になってくれた。
それから、他の、知らない誰かも。
誰かにとってそれほどかけがえのない場所だなんて、知りもしなかった。
合わせる顔が無いというくらいに、そんな彼らに無頓着な私は、周りなんて正直ろくに気遣うこともない。なのに、だ。
同じ想いを、同じように大事に抱えた誰かがいる、という事実が、どうしても、気持ちを譲らせようとしなかった。
「あなたは、沢山の人に責められるかも」
「別に、いいですよ」
私は言う。
良くはないけど、仕方がない気がした。
「ずっと、昔から、いつも、誰といても心だけは一人でしたし……」
それに、そんな立場になると知らずに安易なことをしたという、その方にツケが回ってきているだけだ。
そんなに影響力があるのなら、早く、私から離れて、違う話を書けばすぐに回復すると、思っていた。
だからこそ互いのためにきっちり区別しないとと、焦っていた。
「確かに、責められるのかもしれない。
利益を払えと言われたら、私には払えない。得なんかない」
それでも。
「なんの得もなくても、知っていてくれる人は居たんだって、知れてよかった」
「まるで、遺言です」
「そうかもしれません。でも、なぜなのか、私は折れきるまでいかなかった。同じくらいに、心のなかでは、幸福も存在してたから、怖くないと思ったのかもしれない」
「もしも、区別がつかなかったら?」
「私も、譲ることはしません。せめてそれだけは、私についてくれた誰かに唯一返せる気持ちな気がする」
「永遠に、引きずるつもりですか」
「損害が徐々に出てくるだけかもしれないですね。共倒れするか、私がつぶれるかもしれない。
でも、不思議となにも怖くならない」
「もし、過激派というか……ひどくなって、殺すと言われたら」
「死んでも構わないけれど、そのみどりさんよりも微力だけれど、
損失の代わりに、多少私も出ていく。
埋めきれはしないけど、
諦めてもらえないなら、主張する。
でも立場が、一般のままだと、気を緩めたらなくなってしまいそうなくらい、弱い」
私は、身をもってそれを知った。
ただの目立たない個人としてだったら、
意識されることはない。そんなにファンもいないようなら、最初から騒ぎにさえならないはず……
それが大事になった理由があるというのなら、
ひとつしかないだろう。
『意識せざるを得なかった存在』に、私がなっていた。
だから、戦おうとした。
でも、同じ土俵ではない。
立場を使ったいやがらせになりつつある。
しかも、私の場合はそれで賃金を得ていない状態だったのだから、不公平な勝負。
あーあ、と思う。
本音を言うならどこにもいかないでほしかった。本当は、ただ、そこに置いてあれば充分だった。私も幸せだった。
だけど『それのせい』で、沢山の『成りきり』を生み、沢山の『詐欺』を、見過ごしたのかもしれない。
私が、他人を避けて自分は此処だと、強く言わなかったから、こんなに根を張らせてしまったのかもしれないと思った方が、気が楽だ。
「そ、それでも。他にもあるでしょう、でも、みどりはそれにすべてを賭けてきたらしいんです。無くなってしまうのは残酷」
他人をなぞることが、『全てをかける』ことだろうか?
そんなの、本当の意味で賭けていないと思った。
「残酷なのは、その人が欲しがっているのは
『私の思い出』だということの方」
なんで、こんなことになっているんだろう。
「その『思い出』は、私が私である証だということ。そんなものに、賭けないで欲しい」
「……いつもリアリティが感じられないって言っていました。
作中に出てくるお茶に例えて『あのお茶は現実にある感じがしない』『あんなの、さっぱり理解が出来ない』と」
「不思議ですね。なのに、私に合わせようとしてる」
そうか、やっぱり傷つけるためだったのだ。
私は確信した。
これは、せめて永久に覚えておこう。
「それに、『似かよらないように、執筆中は他の作品を見ない』らしいです」
「それは、私が決めていることですが」
そこまで成りきってどうするんだろう。
「でも、ブログとかはめちゃくちゃ意識した内容なんで、嘘だなとみんな、はい。知ってはいるんです……」
どころか、繰り返し続けているのだから、バレバレ過ぎて誰もつっこめないのだろう。
「どうして、あなたはそんなに、話してくれるんですか」
「さすがに、やり過ぎだから」
「……そう、ですか」
「だって私、あなたの作品のことも知っています。あなたの想いも。
傷を癒すために始めたんですよね」
「あぁ。言ってましたね、昔は」
「その傷を抉るようにして展示するのは、さすがに良心が無いんじゃないかと私も思います」
「……そうですか、でも」
「現実味が感じられないから、良いと思った、なんて、利用を認めていると言ってるのと変わらない。あなたに対して、その程度の認識だと、すでに何度も口に出している」
私は、何を答えればいいか迷ったしうまく口に出来なかった。
現実とは何をもっていうのだろうかとわからなかった。
だから。
「似ないように、閲覧しない、というのを他でもないご本人が掲げたんです。
どうか手伝ってあげてください、お願いします」
まるで食事制限だと、彼女はのんきにうなずいた。
「専用ファイルを作ります」
その表示がゲーム機に出てくる……
それは一度SDカードが引き抜かれていたことを意味していた。
さすがに此処までのことができるのは、兄しかいない。
怪しまれずに部屋に入るのも、私のものを持ち出すのも容易なのだ。
息抜きのためにつけた電源の先に見た画面がこれだということが何を示すのか、私は知っているし、愕然とした。
やっていたのはキャラクターの姿が自由に作れるRPG。自分のキャラクターの容姿に似せ、名前をつけて眺めているのが楽しみだったのに。 そのデータまで……?
持ち出せれば、少なくとも同じキャラクターを作り、にたような台詞を言わせられる。
成りきりにリアリティが増すのだ。
さすがに、信じたくないけれどあり得た。
彼は、私を憎んでいる。理由はわからないが小さなときからそうだった。 怒ると周りが見えなくて、なにか病気じゃないのかと周りのひとに聞いたこともあった。
「健康よ、当たり前じゃない」 と周りは答えたし、私もそうならおかしいひとなのかと理解した。
「これで、過去の画像は、ブログにあげたところで使い物にならないのかな」
私はため息を吐きたくなった。
けれど、キャラクターを作るコードは、一度知り合いにも配布したことがある……
だからこれは私の証明にはならない。
でも勝手にこういう行為を働く自体が悲しい。
「山口さん、かぁ」
ぼんやりと兄がよく口にしている名前を想う。
ときどき、どこかに出掛けていることがある彼はよくそんな名前をいっていたっけ。
罠じゃ、ないよね……?
私には何が正しいのか、誰が味方なのかもよくわからない。
彼女が来なくなり3週間近くたちそうだった。一応のブログはつけられていて、そこからは、とりあえずの生存はうかがえた。
その日は雨で、ガラスの向こうはじっとりとしめっている。
「しかし、不思議だ」
「何がです」
僕の呟きに、キリエがすかさず反応を見せ、僕は答える。
「単なる詐欺とは思えないほど、彼女は最初の時点から、様子がおかしかった」
「それは、だってあれだけひどければ」
「あれだけ強い意思のある少女が、単なる板挟みで、消えたいと思うだろうか?」
「そんなの、誰だって!」
僕はふっと息を吐いて、座っていた椅子から立ち上がり言う。
「ああ。もう少し、わかりやすく言おう。
状況を受け入れるのがやけに早くないか」
「ど、ういう」
キリエが、血の気が引いた顔をした。
「その件で、これまでの違和感全てに確信を持ったんじゃないだろうか」
僕は淡々と言う。
「これまでの違和感?」
「あぁ。昔からなにか、あったんだろう。
そして、その全ての勘が正しかったことを既に、一瞬で悟ってしまった」
「じゃあこれだけの騒ぎになる以前から、彼女は、ずっと……」
多少騙されたくらいで大袈裟だと嘲笑する空気もちらほらあった。彼らはちょっとのことしか知らないのだろう。
つまり、誰かが裏にいるとすれば。
(嘲るほど、最近雇われたに過ぎない人間か……)
「さあね。適当なことを言ってわるかった」
「となると、真面目な顔で庇護する中に核心の人間がいそうですね」
僕が畳もうとした話に、キリエが付け足した。
だんだんわかってきたらしい。
「彼女は、聡いところがある。だから、まず味方の顔をしている人間を警戒しているのだと思う」
窓の外の雨は止みそうになく、僕はどこかそれに落ち着きのような救いを感じていた。
「味方でさえ、情報を迂闊に漏らせないということですか」
「何もかも知っていて、良心が多少はある、という前提が成り立ってこその仮定だがな」
本当の敵を炙り出すには、その中を崩さねばならないわけだけれど、今中途半端に崩せば体勢がよくない。
まずは、彼女自身の証明が先だろう。
明らかにこちらが因縁をつけられた、と全体に示しておかなければ同じ不平等でも扱いが変わる。
あんな嘘程度で、人の醜悪をつけるやつらが一番醜かった。
みんなが思っていたことが、形になったに過ぎない。
だと言うのに張本人にのみ背負わせる態度にも嫌悪していたと思う。
正直言って、一度でも話しかけもしない私に
(できない、は、いいわけだ。知らないものをそのままにしておけないから)
そう印象を抱いていたという時点から誰も好きになれないのだと思った。
気持ち悪い。
なんなら、言われた通りの悪女になってやろうか。
きっと、そしたら、スッとするのに。
私は気づいたのだ。
善の印象を背負わされ、その通りにさせられる気持ち悪さ。
気持ち悪い。
立場が悪くなったから逃げてきたようにしか見えない周りが、とてもじゃないが、信用出来なかった。
もし、とんでもない悪い人間だとしても、私のつくるものを変わらず愛してくれたひとが、何人いただろう?
同情の欠片もない人間になってみたい。
そしたらきっと、こんなに悲しい気持ちになることはないのに。
その日から、私は悪い人間でいようと決めた。
なんなら、いわれていたような人間になるのかもしれない。
一番恨んでいたのは周りだ。
味方のふりをして、ほいほいと行く場所を変える安いプライド。
可哀想?
私の何を知っているんだろうと不思議になる言葉。
耳を塞いでも流れてくる励ましには、吐き気しか覚えなくて、だんだん追い詰められていた。
やりたいことがあるから生きてるんじゃない。
死ぬことを許されないから生きてるんだよ。
昔から、『応援』が嫌いだった。
リレーで最後にゴールする子をみんなが見ているような気持ちになるのだろうか。
見下されているような劣等感がわきあがる。
「頼んでないのに」
猛烈な苛立ちがわいてきて、全部否定して、壊してしまいたくなるのだ。
たぶん、気が緩むからなんだと思う。
常に闘う気でいる心を、無理矢理緩ませてしまえば、切り刻まれた跡ばかりが露になって、余計に行く先ややることを見失う。
私はまだ、緩みたくなかった。常に緊迫している精神が理想だった。そこにほんのわずかにある優しさだけで十分だった。緊迫しつづけて、常に忙しくて、疲れて眠りたかった。
こんな事態が続く中、月日が経っても、表立った話題にはなることはなかった。
どころか、ブログの内容をそのまま書き写したようなものを、『太田』という著者が出版していた。
その日の朝。だらだらと起きて携帯にメールが来ているのを見た。「猫じんさん、おはようございます」
私は「猫じんさん」に挨拶する。ずっと、当初から心配して、連絡をくれていた数少ない人だった。
どんなときでも、希望はあるのかもしれないという気がした。内容を見て、私はびっくりした。
「もう連絡するな」
他に居た、少ない知り合いにも、連絡をしてみるが、見事に全滅。
みんなして、避けていた。
やっていたゲームのアカウントにも、掲示板を立ててみた。
直接ではなく、ブログの方にコメントが届いた。
「やめて、そういうこと」
「素人でしょ」
「最近は、癌やら白血病を患う有名人が病気を公表するのがトレンドらしいからね。病気の公表ごくろうさん(笑)玩具のガラケーチマチマしとらんで早く病院行っとけよ。(笑)
」
「公表すれば何しても許されると思ってるらしい」
「ネットでもリアルでも嫌われてるんだね、可哀想...」
「「嫌われてる」アピールこそ、まさにレッテル貼りじゃん。やっぱり、コイツら匿名こそが、荒らしの元凶だわ」
「素人の売名行為、乙www」
「何様?」
「大して面白くないのに、たまたま注目して貰えたからって頭がいいと勘違いしたの?
構ってちゃんはさっさと退散」
「寂しいなら出会い系紹介するよhttp:……~」
「一人で騒いでいます、みなさん、相手にされないように」
さらに驚くのは
『松i玲奈だろ』
という内容がいくらかあったことだったけど、私は芸能人ですらなく、アイドルなども疎いので、誰だろうと思った。
「……誰?」
玲奈を検索して後に知ったのが、
太田と仲の良い著者、R生地の小説のキャラクターであること、
最近私の作品に雰囲気を、寄せてきていた、ということだった。
私は、玲奈にも間違われていた。
《》
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