椅子こん! 

たくひあい

文字の大きさ
上 下
2 / 23

人魚さん

しおりを挟む


・・・・・・・・・・・・・・

ベランダから陽射しが差し込んでいる。

寝ぼけながら目を覚ますと、相変わらずなにやら生物が目の前を横切っているので、二度寝したくなってしまうが、彼はしかたなしに寝室から身体を起こす。

「お弁当はエビフライにしてくださぁい」

朝から目の前の生物――、いやたぶん人物は言った。
しかし人物と、表して良いのかも正直なところわからない。
その人物は、少し前までは人魚だったらしいから。
とてとてと、子どものように乱暴でタドタドシイ歩き方で、部屋中を駆け巡る姿は、確かに陸になれていないようにも思うけれど、だからって、人魚。

「あなたは誰? どうしてこの家にすんでいるのかな?」
一応、これまで何回も質問したことを彼は改めて聞いておく。
「私のおうちをぶっ潰して建てられた人間のお住まいに、私が住んではならないのですか?」

たんたんと、無邪気な声が、返答をすることなく質問してくる。
毎度のことだ。
困ったな。
高校生になって独り暮らしを始めた彼がこの安アパートに引っ越してきて数日。
二階からごそごそ音がしたり、忙しくてほとんどシャワーで済ませるので、使っていないバスタブがやけに濡れていたり、不可解な現状でいつも悩まされていたのだが、まさか、やたらとそういうのに遭遇すると言う母上のように心霊現象ではないとは。

バスタブに浸かっていた、つやつやの、増えるわかめのような、個性的な髪質の彼女。

小柄で140センチくらいの慎重。
見えているのかわからない、曇ったガラスのような目は人間の色素とは違うのか、赤いような青いような、独特の輝きを放っている。
素朴さのある真ん丸の目丸い顔。歯は少しとがっているが、それくらい。
ある日、姿を見せてからというもの、彼の会話に噛み合わせる気もなく、エビフライがいいですを繰り返してついてくる。
「ねー、エビフライがいいです」
「はいはい」

朝から揚げ物なんか作る気力がない、と彼は考え、昨晩買っておいた惣菜コーナーからの逸品を冷蔵庫から出して差し出す。
その生き物は、不思議そうに眺めて 暖かくない、死んでます、と通告してきた。物騒である。

「おまえさ、もっと良いとこに行けよ? 俺なんか母子家庭で実家も正直貧しいし、バイトとかで今はどうにかギリギリ独り暮らしだぜ」

アルミホイルをしいた上にエビフライを二つのせて、トースターに入れながら言う。

ほやーんと不思議そうなリアクションをされた。
それから。
「湖が潰されたのでここから動けませーん」

地縛霊みたいな感じだろうか……

「そうなの? といってもな、俺は建設に関わってないからさ」
「ぼしかてーって、食べ物ですか?」
「両親の離婚や死別」

ぶわっと目に涙をためられた。リアクションが大きい生物だった。

「カワイソウな生き物です」
「そうかぁ? そう言ってくれんの、お前くらいだぜ。世間は冷たいからな」

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しおりを挟む

処理中です...