椅子こん! 

たくひあい

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椅子こん!2

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「告ー白!」


「告ー白!」

「ノハナちゃんは、先生と付き合ってるんだって!」


付き合う、が目新しい文化になっている現代で、その噂が流れることが意味するのは『いじめ』だった。

「私、牛じゃないもん! 付き合うって、何なのよ! ねぇー! 私、ツノないんだよ? なんでつきあわなきゃいけないのー?」

意味のわからない、侮辱的な言葉がまず襲いかかった。腹が立つ。
 しかしこの旧人類の語彙力を気にしている場合ではない。「スキダ」を手に入れたら「告白」というミッションが課される。告白というミッションがどのように行われるかは、皆が、見守り、やらない場合には残酷な刑が待っている。

「うわああああああああああ!」


ノハナは走った。ひどく錯乱してはいたけど、要ははやく終わらせればいい。
途中、恐怖で足がすくみ、コンクリートの地面に頭を打ち付けた。

「あーっ!あーああああっ!」

血が流れる。皮膚がヒリヒリと鈍い痛みを貼り付けたようになる。

「うああああーっ!あああああああー!!あああああーあああああー!!」

告白が何をすることか、よく知らないが、
彼女は近くにあった鏡の前にふらふらとしゃがみこみ、叫んだ。怒りと、激しい悲しみ。ドキドキと胸が高鳴ってこの足元がぐらぐらと揺らぎ、震えが止まらない。
逃げても、残酷な刑が待っているし、逃げなくても、こうやって戦場に向かうだけだ。

「告白ー! 告白ーっ! うわああああああああああうわああああああああああうわああああああああああうわああああああああああー!!」

楽になりたい。楽になりたい。
楽に。
付き合う、をする必要を思いだし、鏡に向かって突進する。わけがわからないなりに告白と叫べば、告白になる気がした。
こんなものがどうして面白いのだろう?

カシャーン!

 鏡が割れた。
案外軽い音がして、辺りにガラスが舞った。光の粒となり制服にこびりつく。
それは彼女の皮膚を切り、顔や腕から血を滴らせた。痛い。痛いけれど、それよりも
このいじめの方が痛い。
「好きー! 好きー! はやく終わって! はやく!」
怖い。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

なんでこんなことが楽しいんだ!!

 クラスメイトは彼女の告白にときめいていたけれど、あえて上げるなら、鏡にではなく噂のある先生にしなくてはならないので、パチパチと拍手を送ったあと、ふたたびコールが始まった。

「え……」

勇気を出したのに……
つきあうも、告白もしたばかり。
彼女は青ざめた。
 あとから思うと、廊下の鏡の木枠に好意を抱いていたからの行動だがこのときはただ間違えたのだと思った。

「わかった」

だから、胸元に忍ばせている短剣を手にした。鞘から抜き取り、軽く構えて職員室の方向を睨み付ける。

ここは中学校の職員室の途中の廊下。
鏡は廊下にあったものだった。

「先生をだしな!!」


生きるか死ぬか。

額から汗が溢れる。

まさか、当人でなければ、ミッションが成功ではないとは。

周りのクラスメイトは、一気に沸き立った。
「先生なら職員室だ」
クラス委員のコメコ女史がメガネを動かしながら言う。

「ひゅー!!」
「告ー白!」 
「告ー白!」

 この前、告白で死んだやつが出たばかりなのに。どうしてみんな、この陰湿な遊びをやめられないのだろう。「告白」は、体よくいじめをするために始まった文化。
そして恋愛は人殺しを減らすために始まった文化だと言われている。

「告ー白!」
「告ー白!」

ぱち、ぱち、と手を打ちならしているギャラリーはみんな目がにやけており、不気味に口元が歪んでいた。

「妄想が、捗るわ!」

「一日の憂さ晴らし!」

『また、見せてね!』

好き好き好き好きって、バカみたい。
みんな、
思わないの?

「ナナワリ。はやくスキダって、言った方が身のためだぜ?」

 ひゅんひゅん、と輪っかを投げ回しながら坊主頭のクトーが笑った。もう、おかしくっておかしくってたまらなかった様子。
 スキダが与えられた者は人権を無くすことが決まっていた。7割くらい。ナナワリとも言われている。

制服のスカートをきゅっと握りしめて、職員室に特攻する。
ギャラリーは面白がってディフェンスに走った。

「邪魔を!するなぁあああ!」

ガラスの破片が舞った。彼女の血も舞った。身体中が痛いけれど、立ち止まれば殺されてしまう。
彼女はスキダを手にする予定はなかった。

昇降口下駄箱テロにより、数名に
ラブレターといわれる脅迫状が送りつけられたことから始まったのだ。
中身は、

魚の形をした半透明なクリスタル。
『スキダ』だった。

スキダなんていらない。
ミッションに走らなきゃいけない。
けれどそれは強制措置であり、断ったとしても、親族や血族にスキダを回されることが決まっていた。
 ただし、スキダを欲しがる人もいる。
なんとこれ、粉にして吸うととてつもない快楽が得られるらしく、『ビッチ』たちの間では大人気。ビッチたちはスキダを渡される人を侮蔑で『マクラ』と呼んだりした。枕営業のことだが、恋愛が戦争な今、そんな言葉を喜ぶのはむしろ彼女たちくらいだった。彼女たちの語彙力は低いのだろう、ずっと、告白とか付き合うとか、恋愛関係のことしか言わない。恐らくは性に関した言語でしか他人を表せないのだろう。

 とにかく、スキダを手にすることは、対立候補や対象と戦い生きるか死ぬかということ。個人の感情など関係なく行われるテロだ。

 職員室のドアに向かう彼女は途中でずらりと並んだ女性たちを見た。
『スキダ』を手にしたいので邪魔してやろうと待ち構えている、ビッチ集団の『コネコネ』だった。
「コネコネ!」「コネコネ!」
  コネコネは、特有の奇声を上げて嘲笑しながら、小型の銃を向けてくる。
水鉄砲だが、中身は「何」かわかったもんじゃない。
似たような顔の5、6人の女の子たちがずらりと並んで真っ先に彼女に詰め寄った。

「はずかしいんでしょ!」

「そうでしょ、そうでしょ!」

「緊張でしょ!」

「そうでしょ、そうでしょ!」


    一見ポジティブな言葉を向けてくるけれど、当事者にとっては、あまりにも最低な言葉。
ただ、彼女たちがわかることは無いのだった。


「緊張でー! こんなに怒り狂うかああああああ!!」

彼女は、コネコネ全員にあたるようにスクールバッグの持ち手を握り、回転する。
密着してきていたのもあって、全員がスクールバッグに頭をぶつけた。

「きゃあ!」「きゃあ!」
「きゃあ! 」「きゃあ!」

「全く、人を侮辱しないで」 

よろけたコネコネはすぐに起きあがり、彼女を囲い込もうと腕を伸ばしてくる。
窓の外ではヘリのプロペラのような音がしている。

「観察さんだ!」

「きゃあ!観察さんだ!」

「観察さんだ!」

「観察さーん!」


コネコネは、彼女を放り出すと慌てて、窓際に向かって走り出した。観察さんは屋上のヘリポートではなく、校庭にどうにか着陸し、廊下にいるこちらに向かって手を振る。忍者のような頭巾をかぶっていてサングラス。顔はよくわからなかった。

「今日も、いいのが撮れたよー!」

首に下げている大きなカメラを掲げて、観察さんは叫んだ。

「観察さぁん!」
「観察さぁん!」
「観察さぁん!」
「観察さぁん!」


観察さんは、学校も国も公認の写真やさん。別名は盗撮やさんだ。
窓際からいろんなVIPや芸能人や近所の奥さん、クラスの可愛い子からイケメンまで、あらゆる写真を撮り売り渡している。

「今日もお仕事ですかぁ~」

女子生徒が一人、窓を開けてそこから外に這い出てくる。
他の数人が続いた。
観察さんは彼女たちにモテモテている。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
──あぁ黄色い『インコ』ちゃん。
どうやって活用してあげましょう?


瓶に入れて持ち歩く?
アカシアのように帽子につける?
それもいいですね。

前の大戦によりあの大樹の1つが滅んだとき、木は残らなかった。けれど、私は信じているのです。どこかに、あの木の欠片は存在すると…………


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「観察さんだ……」

 私は、お洒落な台所の窓からそのヘリコプターを見上げた。ドローって、いうんだっけ。食べたお皿を洗い、プリンの容器を片付けて居ると、外から家の近くを飛ぶそれを見つけたのだ。
「観察さん、やっぱり恋愛至上主義者に雇われてるって、本当なのかな」
ポツリと呟いてみても、答えがどこかから聞ける訳じゃない。

 観察さんというのは、いつからか空を飛んでいる不思議な存在だった。時期同じくして芸能人のスキャンダルや、宗教団体のテロがメディアに劇的に増えた。
「あれ、こわい……」
 女の子は頭を両腕で庇うように覆って踞った。

(あの家の爆破も、観察さんのリークなのかしら)

シンクにいる私の横にやってきた女の子の手をきゅっと握りながら、私は思考する。皿を拭いて、棚のいつもの場所に並べて…… なるべく不安を見せないように気を付けながら窓をもう一回見る。

 台風が近付いているだけあって、外は悪天候と言って差し支えなかった。
先ほどまでは曇るだけだったけど、夜に近付くにつれ、風が強くなってきている。


悪天候時のフライト……

こんな日に、わざわざ好んで飛ぶだろうか。

全くもう!!
困っちゃうよね!!

そのとき、外で、ズドーン!!なのかウドンなのかわからないなりに大きな音が響き、地面が揺れた。

「雷!?」
…………あれ。
そういえば、観察さんのプロペラの音も同時に止んでしまった。


私は慌てて台所を飛び出した。


そして恋に落ちた。


椅子が、椅子が、草原に佇んでいる…………
背凭れのあるちょっと古い感じの椅子。
それが、雨風に晒されながらも微動だにせずにじっと、存在していた。後ろには倒れた男性と無惨に羽が大破したヘリコプターがあったので、もちろんずっと見とれているわけにはいかないけれど……それでもやはりときめかずには居られなかった。

からだが硬直する。

ピシャーンと、雷が私の中に走った。

なに、この、木の質感…………!!

なに、このたたずまい…………!

ドキドキがおさまらない。


頭に回想が走った。

ネグレクトで強くなると言われて育った私。
放置で強くなる、と親は真面目に信じていた。
──確かに強くはなったと思う。

けれど、ネグレクトはネグレクトだ。強いなんて、間違いだ。……本当に強い人間は、周りに頼ることが出来るのだろうから。
放置されてきた人間は、放置されない状況を受け入れられなくて、最終的に、誰の感情も本当には理解出来ない。


 放置されてきた私は物や他人以外と過ごす時間が他人よりも長かった。密接な関係性を築けたのは、物や人間ではない相手。
このまま修正不可能!!!

やっぱり、運命って、存在しちゃうのでは?
ウゥッヒョオアアァアアアァ!

心が、いけよ、いけよ、と急かしている。私は両頬に手を当てた。
顔が火照る……どうしよう。

椅子だよ?

椅子。

木製の家具。

椅子。

家具。

椅子、椅子が、椅子が私をみてる……!!!

































「青い子の嫁ぎ先が決まりました!お迎えありがとうございますっ! 名前はサファイア!」

俺は……夢をみているんだろうか。
美しい女の子が、城の前でペコリと頭を下げているのが見える。
フラワーシャワーが、彼女を彩り、より世界を美しく祝福していて……
 ああ、これは結婚式。彼女の隣をあるく婿どのが少し得意そうに胸を張っていた。

俺は、それを見る通行人。両脇にいる人だかりの、一人。仕事がひと段落付いたのでオージャンと一緒に此処にきている。
なんで、だったっけ…………
 まあいいや、みんなに習って拍手をしながら、ちょっと抜けてみようか考えていたら、ふと、視線が妙なものをとらえた。

「やばいなー。分けられていないから、まず取ってきて扱う品物を把握するのが大変だ」

人だかりに混じって、挙動不審な男が辺りをキョロキョロして、そんなことを言っていた。角刈りに、黒い学生服のような服を着ている。

「んー、『闇商人オンリーのやかた』だとそれ前提で見れるのですけどな~」

 どうやら彼は盗人で、しかし城の広さであまりにもわからな過ぎて、何の作品なのかほぼ見分けがついていないらしい。

「あいつは、盗賊だ。
初めて盗んだのは『水色の金属』と言われる珍しい鉱石だと自慢していたのを聞いたことがある。キムの手という道具を使う」

近くにいた蛙が、びよん、びよん、と跳ねて俺の肩にのっかってきた。

「え? ああ、詳しいな、蛙」

この世界の蛙は喋る。なぜか知らない。
俺や特別なやつにだけ聞こえるらしい。

「まあな! 蛙は井戸のなかに関しては物知りなんだ」

蛙は得意そうだ。
きれいな敷石のタイルの上を歩きながら、その先に連なる階段を遠目にみている姿はどこか人間のようでもあった

「ピンクと紫のバイカラーサファイアがほしいのですけど、なかなかこれだーっていう子に出会えないな……」

「パパラチア様のチャレンジに敗れたソーティング付きのピンクサファイアちゃんとかにもすごく可愛い子が居たりするので侮れないですね」

「ピンクスピネルもかわいいのだけど、私オーバルカットにあまりときめかないという特性があるので、できれば他の形の子がいい」

 蛙が肩にのっかってきたまま、なんとか人だかりをかきわけ、階段を恐る恐る降りていくと、次々に飛び込んでくるのは婚カツ情報だ。

「この前、ミッドナイトブルーサファイアをお迎えできることになった王太子が居たな」

みんな、婚約者のことを宝石で呼んでいるみたいだ。強制恋愛条例が招いたまず1つがこの、恋愛オークションではなく立場のあるものから順に、品定めした嫁をもらうという儀式。










そうだ、それだよ……それなんだ。

 復讐に捕らわれた俺が、観察屋をすることになった理由。

あの子が……あの子が…………ガラスのやつに……………………
いや、そんなことよりも。

恋愛が強制でなかったなら、もしかしたらあの子はまだ── 



はっ、と目を覚ますと知らない家だった。
ごちゃごちゃと棚に積まれた雑貨。
裸電球風のライト。
それから…………知らない少女が二人。

俺はその家の床に寝ていた。

「大丈夫?」

幼い女の子の隣にいる彼女が訪ねる。

「ここは」

「私の家」






「きみたちが、運んでくれたのか」

 礼を言うと、コップにくんだお水を渡してくれながら彼女は改めて真剣にこちらに向き直る。ツインテールがぽいんと揺れた。

「あのっ!」

「はい?」 

「たたた、対物性愛者だったりしますか?」

彼女から出た意外な言葉。

「えっと」

「ああああの、椅子がですね、椅子が、あなたと一緒に、降って来て……」

椅子?
椅子がなぜ、空から?
 フライト途中、ヘリが何かにぶつかった気はしたが、まさか椅子だったんだろうか。

「俺は、椅子のことは知らん」

正直に告げると彼女はちょっとほっとしたように胸を撫で下ろした。

「よ、よかったぁ……ライバルかと思って、私……」

「ライバルって、なんの」


彼女はかああっと顔を赤くする。
そして自分で驚いていた。

「えっ、嘘、やだ……っ私、なんか、暑い…………っ」


「お姉ちゃんはね、椅子に一目惚れしたんだって」

彼女は目を潤ませて恥ずかしい~と首をぶんぶん横に振る。それから口を開閉し、またこちらを見た。

「私、放置されて強くなるって、言われてずっと放置された子だから……そのっ……好みの物とか、人外とかっ…………前から好きなんだけど、でも、あの椅子さんくらいの衝撃って、初めてかもしれない!!」

 隣の部屋に向かうと、その椅子を抱えてこちらに戻ってくる。木で出来た、ちょっと洒落た背もたれの椅子だ。

「今私に笑いかけた……っ!! 椅子さん」

椅子を見ては、目をそらし、また椅子を見ては、目をそらす。

「あ、あぁ、安心してくれ。その椅子は、少なくとも俺じゃない」


彼女は喜んだ。それから、告白をするかどうかに悩み始める。
彼女は『スキダ』を持っているのだろうか?


「あ、えっとそれで、あの、あなた、観察さんですよね?」

隠していても仕方がない。

「そうだ。この家や、他の家の写真を撮っている」

彼女は少し瞳を曇らせた。
そして途端に畳み掛けるように話し掛けてくる。

「やっぱり……どうして家の写真を真上から撮影してるんですか? この前もテレビで見ましたよ、うちの近くの山みたいな場所で芸能人がロケをして、焼き芋やさんに入って店主のことを笑ってるやつでしたが、その店の飾りが、この家みたいな配置で…………」

「テレビ? なんのことだ」

「……恋愛主義の出資者がやっているバラエティー番組。うちの中を笑われてるみたいな番組。毎日やるようになったから最近、たまにニュース観るくらいしかしてませんけど、あれが撮影出来るのって」

 「おい、おい、ちょっと待ってくれ、撮影するやつは、俺だけじゃない。観察さんは俺だけじゃないんだ……」

アッコのやつ……
聞いてないぞ。
『アッコ』に対する苛立ちが沸いてくるが、ひとまずはぐっと堪えた。
サングラスで目付きが鋭くなったのはわからないはずだ。
確かに観察さんは、恋愛主義者と繋がりを持っている。
テレビ局にも、局長絡みでスパイが居ると聞いているがそんなヤバイことに頭を突っ込めるわけがないのだ。彼らも見つかると、北国等に強制送還されてしまう為に全く口を割ろうとしないだろう。

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