椅子こん! 

たくひあい

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椅子こん!18「三角関係」

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『三角関係』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あーあ、また、貴重なヘリが飛んでいく。上役は、この件はきちんと監督しております!早いうちに処罰いたします!
って報告してたのに……いいのかねぇ」

「しょうがないだろ、ギョウザさんが懇意にしているヨウさん絡みとなれば、俺ら観察屋も44街の花として散っていくのみよ」

「でも、あの放送のおかげで、学会側にも疑惑が掛かり始めている。上役はまた!世界トップクラスの方々へ弁明、謝罪に行かなければならなくなるらしい」
「マジ?なんかすでに、善いコトしても悪事をしても、押しても引いても、地獄って感じだな………」

「市民代表の市長らと世界トップクラスの方々が会って、あの件の謝罪の席を設けてたらしいぞ。それに虐待援助に繋がる迫害を学会がやっていたというのは本当なのかと質問を受けていたって話もある」

「えー。俺らの行く先々、すべてチェックされてるはずだけどいいの?」

 観察屋は、ハクナの指揮下の恐喝のための専門部隊。設立当初、ただ市民を見守る程度だったはずの部隊ともいえぬヘリの群れは、大戦後、学会にキムの手が学会に渡るようになる頃には完全に悪い流れにのっとられていた。
やっていることは脅迫といえども、ほとんど悪質な虐めであり、殺人と変わらない。

 それゆえ観察屋のヘリの格納庫にはときどき、こっちをにらみ続ける霊が出るといわれていた。充血した目、口は一文字に食いしばり、亡くなった時と、同じ、痛ましい姿で「……あなたの後ろにいるわ……」と声がするのだという。
彼女は続けて『こんな顔ではあの人に会えない』と言い姿を消すらしい。それは学会がかつて絶望に追いやり、自殺させた女性かもしれなかった。
 「今回の任務もさー。迫害被害の追い風にならない?」
 逆にバレて荒立ったらいくら学会を応援していた人でも、この場面では死活に関わる大問題になる。当然やったヤツを恨むはずだ。
下手に言い訳しても恨まれるだろうし……君子危うきに近寄らず!
「とにかく俺らは迫害被害の噂の動きを見る! 空気を読んで!…細心なる注意を払っていきましょう! それに」
「それに?」
「いざとなればパワハラだ。学会幹部より上が、名誉毀損内容を言う分には、上が庇ってるだろとお叱りを受ける。
だが、やつらより下のモンがこの名誉毀損内容を発信しちまうと世論は、学会側の命令だろ! と思う。そして幹部側がバッシングをうけるって寸法さ」

「怖くて怖くて怖くて、守り入りたくなるのはわかるが、まだ今は我慢!
不安に視界を曇らせない。じゃないと死活問題に巻き込まれちまうぞ! 気をつけてお願いします!」
「了解!」





 44街に今日もヘリが飛んでいく。青い空に、哀しい線を描いていく。















「アサヒ」

 眠りについたキムのいた方に手を合わせてから改めて私は言う。
──脳裏に、椅子さんの笑顔とガタッという声。ごつごつした木の感触が浮かんでくる。人間や動物とは違う、ひんやりとした温かさ。
椅子さんとの思い出。
──役場で、書類欄に家具を書いたから笑われたこと。
私は本気で、椅子さんなら、椅子さんが良いと思って書いたのに。
相手が人間や動物じゃないくらいで、差別した。

「私、行くよ。たとえどうなっても。この恋が叶わなくても──最期まで守るから。
それが生まれてからずっと悪魔と呼ばれてきた私が唯一、皆のために出来ること。
だからアサヒも──」

言いかけたとき、パシン! 
と高い音が響いた。

「俺が……負けると思って居るのか!」
「え?」

一瞬、何が起きたか理解出来なかったが、アサヒが叩いたらしい。

「俺はっ……負けない」

「なんで、私を叩くの? アサヒは、何に勝ちたいの?」

アサヒは何も答えない。俯いている。そういえば、女の子の気配がしないように思った。どうしたのだろう。

「44街に住むみんなのために、二度とキムを産み出さないためにみんなを守ろうって、アサヒは思わないの? 
それが、私にとっての戦いだよ」

 アサヒが何を考えて居るのか、よくわからない。
私が考えていること。
 椅子さんが好き。
椅子さんが居たから、ずっと戦って来られた。人間かどうかや生き物かどうかなんて関係ない。
 椅子さんは私にとって、いちばん素敵な人。対物性愛が、44街では人間の感情として認められて居ないとしても、それでも、好きになったのが、たまたま椅子さんだった。

 みんなはどこか不思議そうにしていたけれど、これは私にとって自然な感情で、椅子さんは、ただ目の前に現れたときに《椅子の形をしていただけ》なのだ。
性別も種族も関係ない。

 私にとっては、きれいな心と魂を持つ、唯一無二の相手。
 それでも──神様がそれを望まないのなら、私は世界のために気持ちを──私の心を捨てる。
死ぬまで戦う。
 いつかは大樹に還って、その先で、また椅子さんに会うんだ。
だからそれまで、44街を守ろう。

 アサヒもにも迷惑かけちゃうけど、同じ街に居る同士、それまでは付き合ってくれると、思ったのに……
頬が、ヒリヒリする。

「負けるとか、負けないとか、わかんないよ、何を言ってるの?」
 アサヒは少し怒っているみたいだった。
「俺にもわからない! 
でもたまにイライラする。今だって、なんでもっと、青春っぽいこととか、これからの楽しいこととか考えないんだ。みんなを守ろうとか、叶わなくても構わないとか、年頃の女の子の言葉か?

44街がお前や家族に何をしてきたのかわからないわけじゃないだろ?
そんな街の伝承とか、神様とかで苦しんで、なんになるんだ、そんなものに俺たちが負けると思っているのか?」

「……でも、何であれ、現状は怪物が出たじゃないの。私が、誰かと繋がること、私が、外に出ることは、怪物と無関係じゃない」

「それはっ! だけど、学会のやつらが……いいように昔を利用して」

確かに、幹部の人が私に起きたことを、勝手に過去に起きた事件だと思ってる。
混同して、所有する権利があると言ってた。トモミ、で時間が止まっていて、何を見てもトモミにしか見えない呪いに侵されたまま。

今のこと、今起きている犯罪なんか見えてすらいない。

「でも──闘わないと、終わらない。
その結論が変わることはない。
それならきっと私しか居ない。あれを生み出し続けるときっと、もっと世界が大変なことになる!」

アサヒは悔しそうに顔を歪めた。私が言うことが理解出来ないというように。
「俺、たまに考えるんだよ。本当は全部怪物で、本当は神様なんか居ないかもしれないだろ? 
案外、適当な霊とかで──」

「適当な霊って何?」

私にもときどき、何が真実かわからなくはなる。けれど、ずっと、物心ついたときから、なにかが声をかけてくれた。誰かが、守ってくれた。
私にとってそれはいつまでも変えようのない真実だった。

「それは……でも、神様なんて」

「神様はどこにだっているよ。この国は、そういう場所だから、みんなが、願えば、感謝すれば、どこにだっているよ」

 怪物と怪物じゃないものの境は曖昧で、人間も、怪物も同じ。

「壺を買わせたり犯罪に加担させるわけじゃないんだもの。少しでも希望が残るなら、なにかを願いたいと思うものがあるなら、それが神様だと思う」

 あの日の、人形さんも神様だった。私の真っ暗な世界の中で唯一の光だった。─
何よりも尊く、世界で一番に輝いている。


 だからこそ、私はそれらに命を懸けられるのだと言うとアサヒは、突然「すまなかった」と言い出した。

「……え?」

「──うまく言えなくて……
お前に、最初から椅子さんを諦めるようなことを言って欲しくない。なのにずっと取り乱すし、お前の椅子さんを想って、一生懸命になるところ、俺は一番良いところだと思う」

アサヒは私を見つめたまま、少し気まずそうに、けれど真剣な眼差しで言う。
突然、どうしたのだろう。
「ありがとう。なんか照れるよ……」

「でも、椅子がもしお前にとっても椅子でしかなくて、本当は全部気のせいだったら、って気持ちがあって、
俺は人間なのに椅子よりも関心を持たれないって、気持ちが綯交ぜ(ないまぜ)になってしまった、酷いよな……椅子だって生きているのに」

「え? どういう意味……」

「……いや」

アサヒは何か言いかけたが、すぐに話を切り替える。
よくわからないが、心配してくれたということだろう。
恥ずかしがっているのか、彼の耳が赤い。

「とにかく──今、義手の男が町に来ているんだ。俺はお前が居ない間そちらを追ってカグヤたちと行動していた。今後の北国のことと関係があるかもしれないから、支度が良さそうならすぐに行動したい」
「そ、そうなの? 義手……手が不自由なのかな」

「もし、俺が探す奴なら、ただの義手じゃない。
傀無の手というスキダを操るための義手を持ってる」

「キム……」
 そういえば、キム、とキムの手は同じものなのだろうか。
 改めて、響きが同じだと思う。強い意識を持ちながらに生まれられなかった概念体。過去に住んでいた家を見てきたから、感覚でわかる。
人間そのもの、生命という概念自体を内外から否定されるということ──
 それを依り代として別の概念にすげ替え、生命の根本から、違う概念として44街に植え付けている。

……言葉にすればややこしくなるけれど、つまりあれは単に生まれられなかっただけじゃない。
 祝福そのものから、生命としての意義自体から踏み躙った。意味に置いては人柱に近く、存在に置いては永遠的な
──44街の神様の一部。


「でも、アサヒと何か関係があるの?」

「俺は、そいつを過去に──マカロニの誘拐ときに見ている。

夕方、万本屋北香が、拉致されたのと関係があるかはわからないが」

「万本屋さんが!?」
「あぁ。暗くなるから追跡は出来なかったが、口封じかもしれない」
「……そっか」


そのとき、外で、爆発音が聞こえ家がわずかに揺れた。

「チッ、またか……」

また?

「あちこちで家が爆破されてる」

「なんで!?」

「さぁな、なにか思惑があるんだろ」

「……そう。ところでアサヒ、あの、気になってたんだけど、あの子は?」

無事に帰って来られたのか私はわからないままでいた。
彼女が迎えに来てくれなかったら危なかった。
 あのロボットの人があんなに私の力に拘るとは思って居なかったし……

「無茶を、させてしまった」

「カグヤが病院に連れて行ってくれてるよ」

「良かった……あとでお見舞いに行きたい」

良かったかはわからないが私はこたえた。
(2021/7/3116:40加筆)






















──ガタッ……!

音が聞こえたような気がして私はハッとする。
「今、椅子さんが!」
アサヒはそんな私を不思議そうに見ていた。荒れた部屋もそのままに、靴をはいて外に向かう。

「行かなくちゃ……椅子さんが呼んでる」

私は、椅子さんが好き。ずっと──
たとえ、44街が、人間同士の恋愛しか認めて居ないとしても。
 たとえ、家具を恋愛対象としてみることを皆の前で笑い者にされたとしても。
スライムが、認めなくても。
44街の人が詰めかけてまで反対して、あげつらって、暴行に発展しても。
 人間を選ばなきゃいけないなんて、そんな風に思わなかった。
 それでも側に居てくれる椅子。

椅子のことが、そんな人間より輝いて見える。ずっと、椅子さんは変わらない。
椅子さんが、椅子さんで良かった。


「諦めるなって、言ってくれて、ありがとう」

心がじんわりと温かくなる。
 私に唯一残されていた、私が私である証拠。他の誰でもなく私は椅子のことを愛していた。
「私……嬉しかった」
だから──胸が痛いのは、気のせい。
声が震えそうだ。
私は、幸せなんだから。
今だって、笑わなくちゃ。

 人間が信用出来ないなかで、姿形すべてが家具そのものであるという絶対的な安心感。人肌とは違う感触。
私を包み込んだ触手。柔らかな声。
どれも忘れることなど出来ない。
今だって、どんな人間より、椅子さんのことを考えている。



外に出る。
 坂道の下に、広がる44街。
街のあちこちに火の手が上がっている。

「なに、これ……」

「たぶん、ハクナだ」
アサヒが端的に答える。
「どうして、こんな」

「お前の迫害が、44街に広まりつつある。陽動作戦だろうな。かつてのあの宗教団体お得意のテロだ。なにかあるたびに似たような事件を外部で起こす」

「あちこちの家に火をつけて、騒ぎの矛先を逸らそうとしてるってこと?」

信じられない。私が外に出たいくらいで、どうしてそこまでして周りを巻き込むのだろう。
「酷いよ……どうして」

「だが、44街はお前を見下し、食い物にしてきたんだぞ。価値なんかまるでないみたいに、全ての行動をせつに奪わせていた。
それを、見殺しにしてきた民だ」

アサヒは淡々と言う。役場で笑い者になる私を見ている。44街では私が生きること、私が死ぬことは対して尊重されていない。
 この命の価値も44街民にとってはただ快適に生きることの為でしかない。


「うん。だけど──」

 黙ったまま、アサヒが端末を取り出し、なにか検索したものをこちらに向ける。
動画だった。画面には、44街の恋人届担当職員、そして44街の恋愛推進委員会とかいうなぞの委員会の人たち数名がテーブルを囲む姿が映し出されている。


『 緊急事態宣言です。
今後、恋人届けを出していない者は理由を問わずに発表していきます。
異常性癖や嗜好があっても、
44街の担当審査員によって、社会的影響が出ることが認められるほどのハードさである、と認めなければ
公表していきます! 強制恋愛条例ですので、恋人届けが3ヶ月以内に出されない場合はこちらから強制的に相手を指定させてもらいます!』

『続いて──役場に……クスクス……椅子! 椅子さん……クフッ……との写真を持って書類を提出しに来てくれたかたが居ました──ふふ……!』
会場が笑い声に包まれる。


 驚きで、声が出せなかった。世界が停止してしまったかのように、私は画面に釘付けになる。そこから先の話は何も、頭に入って来ない。

「────!」

これが、街中に流れた。


 アサヒは、なんで今、こんなものを見せたのだろう。
「これは、全国に、放送された」
44街はお前が生きていることそのものを認めていない、と私に知らしめさせて、
 そうだ。椅子さんの件はもともと人格権を認めていないうちの、その1つ、恒例行事としての否定に過ぎないのが実情なんだと、
私は居なくていい子だったと、
それがたまたま外に出ようとしたから邪魔したに過ぎない、そんなきっかけでしかないと、思い知らせて──

 今、火事にあっているのは、その44街の人。意識していなくても、その恩恵にあずかってきた。因果応報。


ううん。そうじゃない。
私は、悪魔だから。
 44街の人間がどうとか、そんなこと、どうだっていい。死にたければ死ねばいい。
ただ──

「私はね──椅子さんがいる世界を守りたいの。空気の悪いところに居たら椅子さんが可哀想でしょう? 
44街の人間のせいで、椅子さんが苦しまなくちゃならないなんてあってはならないもの」

いつもの道を──今までほとんど出歩かなかったその道を歩く。
 壮大で豪快な、そして残酷な花火のように、遠くの家々が燃え上がっている。
まるで、終末みたいだ。

「俺はさ──マカロニを、救えなかった」

後ろをついてくるアサヒがふいに呟く。

「マカロニは、病気だったんだ。
恋愛性のショックで、情報判断が狂っちまう。軽度だったけど、よく薬を飲むのを見かけたよ」

アサヒは、少し、寂しそうだ。
私は黙ったまま聞いていた。

「俺は──臆病で、それならそれで、マカロニはずっと俺のところに居てくれるんだと、思っていた……病気のことがあっても、マカロニの明るさや優しさは変わらなかったから──いつか、いや、ずっと、あのときのまま、一緒に居られると」

空を漂うスキダが、断末魔の叫びを上げている。おぞましい。

「──でも、ある日、結婚したんだ」

「え?」
私は驚いた。

「俺にも意味がわからなかった。つい昨日まで同じ学校の学部の学生で──
少し、良い仲だった。
それが、突然、恋愛性ショックもあるのに。もちろんこれ自体は誘拐とは言わない。だが、マカロニの様子は変なんだ。
学校にいてもなにか、魂が抜け落ちたみたいな、無表情になってて───

 俺は手がかりを探した。

相手は、人類恋愛の総合化を目指す学会の人だということがわかった。
その頃はまだ、学会は少しはまともな会だった。今みたいなよくわからないカルトでは、少なくともなかった、はずだ──」

「うん……それで?」

「とにかく、それからの彼女は無表情になっただけじゃなかった。
恋愛性ショックがなくなっていたんだ。
まるで、感情そのものを排除したみたいになって、病気がすっかり良くなってて……

──ある日、学校の帰り道で一人になったところで彼女は誘拐された。

 俺も、他の友達にもわからなかった。
彼女の家族も何も知らないようだった。
その旦那も何もわからないらしい。
余程錯乱していたのか、俺のところに事情を聞きに来たが何も言えなかった。
 誘拐とわかったのは、道にある監視カメラの映像から、何者かの黒塗りの車に連れ込まれる映像が残されていたからだ」

爆発音がする。
地面が、空気が、震えている。
ここは本当に44街なのだろうか、と私は考える。早く、椅子さんに会いたい。
それにしても──アサヒは突然、なぜ、マカロニさんの話を?

「それから俺は、途方にくれながら過ごしたんだが……そのうちふと、目にする番組が捜査ものが増えていることや、誘拐のテーマが増えていることに気が付いたんだ。
それに、部屋にある雑誌の広告、新聞のチラシ。
なぜかわからないが、なんだか嫌な感じがした。

──もしやと思って、昔の本や、その辺のチラシを引っ張り出すと、
『愉快で便利な暮らしを提案!』
というリフォームメーカーのものや、
『手に入れた純金、どうしますか?』という質屋関係のチラシ、『声をかけると、ワーワー声を出す楽しいおもちゃだよ』というおもちゃの広告まで、全部、まるで、あいつのことを前から示していて知っていたみたいだった。

俺は会社をメモして全て探した。
それらは皆、学会の関係の会社だった」

「────」

「被害妄想かもしれない、なんだっていい、なにか、探してないと、なにか、してないとおかしくなりそうで怖かった。
ああやって少しずつチラシを集めて、誘拐の準備をしてたんだと思うと、怒りより先に、俺が救えなかったことが苦しくなった。

──俺は、学会の関係者が誘拐を斡旋していると仮定することにした。


「でも、それ、観察屋の、仕事でしょ?」

「あぁ。情報がほしくて、学会に近付く為、学会と、外交を気にして制度を悪用し見殺しにした44街に復讐するために入ったんだ。
ただ、観察屋は、監視がメインと思っていたから……当時、写真の使われ方がああいう広告にもなってることは知らなかった。あれは違うやつが流用している……
お前の件には俺も、加担したってことになる。酷いことをして信じてくれるかわからないが」

「信じる」

マカロニさんの手がかりが無くて、しばらく本当に、洗脳というか仕事をするだけになってしまっていたということもあるらしい。
「こっちこそ、ありがとうな。
お前や、あの子を見ていると、44街に見殺しにされた彼女と、重ねてしまう……」

「しんみりしてる場合じゃないよ。これから、探しに行くんだから」

「あぁ……」

 前を向いているから、アサヒがどんな表情をしているのかはわからない。
あの動画も、彼なりの考えがあったのだろう。だけどもう時間がない。

「…………」

 他のことを考えると、すぐ迷ってしまうからやめて、せめて椅子さんは今どうしてるかなと改めて考えて、道を走った。











44街の人々




44街の人々
街が、燃えている。

「致命的なミスをヤラかしたようだぞ。
めぐめぐに関する内容、悪魔の子に関する内容に、監視や盗聴している人しか知り得ない情報が入っていた!」

「あいつらやりやがったな!」

「だな! ついに学会の本性出てきたー!」

 逃げ惑う街の人の群れの中、こんな状況にも関わらず、何人かの民が嬉々として騒いでいる。その手には少し前にカグヤたちが配っていたチラシがあった。
いつものデモ内容の下半分くらいからは、盗撮・盗聴されていませんか、という信じがたい内容がある。
 悪魔の話を聞かされたときに、こっそりと彼女たちが狩りの合間合間で配布していたものだ。それには、めぐめぐの生活に関することも急遽書き足してある。それだけでなく、学会の中でも熱心な信者だったカグヤの祖母が亡くなったことは、薄々知れ渡りつつあった。

 そして誰かが何か言ったわけじゃないのに、新たに発売された『新刊』の内容は、『戦い』──彼女たちが伝えてきた現実、に酷似している。
これは44街の民を舐めていた創作者による「面白いネタだったからそのまま入れた」がそのまま本人に跳ね返った形で、内容が内容なだけに製作時に既に監視があったことを読者に思わせられずにはいられなかった。

──そして極めつけに、あの放送が44街中に流れた。
この反響は彼女たちが考えていた以上に大きく、とても簡単には揉み消せない流れとなりつつあった。少なくとも、裏に生活を脅かそうとする何かが起きていることに皆が気付き始めている。

『これから、きっと何かが起きて、それに学会が焦って、大きな動きを仕掛けて来ます。条例に当てはめられなかった人達を、
無理矢理封じる気です。

──私たちは生きています。

それなのに、特権階級を生かす為だけに、消されそうになっているのです。
今までも、誰かのその犠牲の上に居ます。
私たちは、幽霊でも、悪魔でもありません。生きて、今もずっと、戦っています』



「世論は学会に同情するどころか、やっぱり迫害をやっていたじゃないか? という疑惑が再燃中らしい!」

 青年が、なんだか嬉しそうにチラシを握りしめる。女性が遠くの火柱を見上げながら気まずそうに笑った。
「えー、あの作家好きだったのに……」

──街が、燃えている。頭上をヘリが飛んでいく。

 今日は速報が絶えない予感から、一日中あちこちでテレビやラジオが活躍し、一斉に端末やビルのモニターを見ていた。
 まるで終末だ。あちこちで崩れた家から埃が舞い、煙が喉や目に入ろうとするので、逃げる人々や野次馬は時折咳き込んだり目を押さえている。
 それでもほとんどの人々は困惑しながらも端末やモニターを睨むのみで44街に留まっていた。そもそも、なぜ、なにから、どこに、逃げるというのか。なにもわからない。
指針がない。


そのすぐ側では、電気屋ビルのモニターが、ニュースを大音量で流す。

「えー、緊急ニュースです。
総合化学会での内部分裂が行われています、
 ただいま、44街のあちこちで放火テロが発生──これは学会の過激派組織、『ハクナによるもの』と見られて……」

 街中に広がる、ハクナという不穏分子の名前。ハクナはテロの主犯、内部にはかつてもテロを行って居た●●教から流れて来た人が居る。特集で次々に語られる、内部の裏話。
 突如、画面に会長のアップが映る。
「ああ、まさか、こんなことになるなんて。
我々も今ハクナを鎮圧すべく、情報を各所に提供し、動いています。必要な物資、支援について───」

 追い込まれた会長の苦肉の策。
それはハクナのみを悪役にして、ヒーローになることだった。学会と言われてもそれだけでは民にはなにもわからない。
ほとんどの人々にはみんな同じように見えるともいえる。
今、こうやって会長の惜しみ無い支援により、街の混乱が多少は抑えられていることからも、それなりに効果的な策だった。

暴力的なハクナを排除して、
あたらしい、平和な学会を目指そう!
そんな空気が会長の周囲を満たす。

 ただ、一時的に矛先を逸らしても会長、が会長であることには変わらない。
──なぜもっと早く対処できなかったんだ?
責任をなすりつけるため?
保身目的で先伸ばした?
 対処発表しか潔白の道がないアプローチを仕掛けてしまった。部下の失態で5年も6年も処罰にかかったあげくテロに発展するなんて、適当なごまかしはもはや通用しない。 
言い訳を考える時間稼ぎが必要だった。
まずは、功績を発表し、活躍のアピールだ。あとから、付けたしはいくらでもできる。名誉を守りたいなら発表。時間の使い方が鍵になる。









『お前の信じる椅子を信じろ』


お前の信じる椅子を信じろ!
家具は物だ。
──多くの人間にとって、意思が通じ合えるのは生き物だけ。
 物、と結ばれることは出来ないと、多くの人が考えている。
あるいは、虐待や迫害のトラウマから精神的な解放を願っての症状、とまるで対物性愛だけを病気のように
描くことがある。
──信じられないことだが、これが今の世界の現実。
意思疏通が出来ないと、パートナーとして認められないだけじゃなく、『それだけ』を理由を虐待やなにかにかこつけて病気にしてしまう学者も居るような、偏見の世界。

 アサヒに悟られないように気を付
けたけれど、ドアノブにかけた手を離すとき、恐怖でいっぱいになっていた。本当は動きたくなかった。

みんな、憐れみ、奇妙なものを見るような目で笑ってた。
 今では44街の民全体が私を見下ろし、クスクス笑って居るような気がする。
あんなに意気込んだのに、街の中心部に向かうに連れ、恐ろしさにこの場に踞りたくなる。
  ああ、本当にどうして、今度は平気だと思ってしまったんだろう。
届けだって、何だって、いつも私のものだけ受理されなかったのに。
いつもと変わらないんだ。
いつも、周りと私の世界は違う。
誰の目にも映らないし、
居ても、居なくても、変わらない。

──恋は仕方がないんでしょう?
だったら、なぜ、笑ったりできるの?


坂道を下っていく。
 火の手があちこちで上がっているのが見渡せる。どこかで誰かが叫んでいる。誰かが死ぬ。救急車が走ってる。でもなぜだか、なにも、感じることが出来ない。
なにも、考えたくない。
スライムを助けられなかった。
コリゴリも、死んでしまった。
(私が、全て殺した。)

『続いて──役場に……クスクス……椅子! 椅子さん……クフッ……との写真を持って書類を提出しに来てくれたかたが居ました──ふふ……!』
会場が笑い声に包まれる。
──ああ、また思い出した。
目が回る。足が震える。
はやく、はやく行かないと行けないのに、景色が歪んでいる。
足が止まる。動けない。
じっとしていると、ヘリが飛んでいくのがわかる。
 また、誰かが家を壊される。
どうだっていいや。


弱くて、悲しくて、惨めな気分だ。


 今も誰かが死んで、誰かが怪我をする。それなのに私は、自分のことばかり考えている。
──役場に行ったときも、私はどこか楽観的で、アサヒもついてきてくれていた。
だからこんなに心細くなかった。
きっと何もかも、いつか忘れていくと思ってた。今更あんな風に笑われたくらいでそれが44街に流れたくらいでなんでまた、こんなに戸惑うのか。きっとそれはそれだけじゃ足りないくらいに私は外に憧れて居たのかもしれない。だから、44街の視線が気になるんだ。


 代理じゃなく、私自身の力で、私を生きたかった。

 その代償がこの44街の火災?
可哀想に。
私、街と同じことをした。
みんなを殺してる。
だから、なに?
私は、悪魔って、呼ばれてきた。
だって、私、

──こういうの、いかにも悪魔らしくて、いいじゃないか。

本当は、生れたときから、こうやって、全部、壊したかったんでしょう?
だって、私、ずっと……


 俯いたまま、街の声を聞いていたとき、誰かが強く手を引いた。

「前を向け!!」
 アサヒと目が合う。
改めて見るとなんだかわからないが、腕を怪我しているし、少し疲れているようだった。
アサヒにも色々あったんだろう。

「アサヒ……わ、たし」

「諦めないって、決めたんだろ?
だったら、ちゃんと、

お前の信じる椅子を信じろ!」

 力強い言葉が、心に溶けていく。
前を歩くアサヒが、珍しく頼もしく見えた。

「うん!!」

 そうだ、何を迷っていたんだろう。私が何者だったとしても、私は、私。
 椅子さんを好きになるのは誰かに決められたわけじゃない、私が選んだ本当の気持ち。
 今まで通り椅子さんを信じる自分のことを一方的に信じて、笑う声は信じなくていいんだ。
身体が軽くなった気がする。

「アサヒ、市庁舎まで、結構あるけど、どうする!?」

 もしかしたら市長や44街民は私のこんな姿勢に驚くかもしれない。援助も受けてないし、友達でもない。

「車、無いし……走るしかないだろ」
アサヒが少し嬉しそうに答える。
引かれている腕がなんだか熱かった。


道の途中──どこかのビルのモニターはここぞとばかりに大声を上げている。
『今、学会と関係ない方への監視を中止するように、幹部直々に命令がくだりました!』

 ふしぎな騒がしさの中、バスを見つけて乗り込もうとしたけれど、やっぱり避難する人で満員だった。
「パフォーマンスが始まってるな」
アサヒが苦笑いする。
今日はよく学会の会長自ら画面に映っているらしい。
「上役からすべて責任擦り付けされ、キチガイ扱いを受け闇に葬られそうになって、とうとう『謝罪の気持ちはありました!わたくし正気です!』ってか。それにしては何年も放置し、手が込み過ぎてるけどな」
 もはや、こんな騒ぎになってしまっては今度は逃げずにやってますよ-! とアピールをするのにも遅すぎた。クビになるしかないだろう。

 信者たちがどう受けとるかは知らないが、きっと少しずつ学会も変わって行く。


「お嬢ちゃんたち!」
後ろから声がして、振り向く。
 知らない男の人の軽トラックがクラクションを鳴らしてこちらに合図してくる。やけに馴れ馴れしい。
「あ──あの……」
咄嗟にアサヒの背後に隠れる。
覚悟はしてみたけど、やっぱり恥ずかしい。アサヒはきょとんとしたまま、何か用ですかと聞いた。
「いや、ほら、俺だよ、ほら、カグヤのデモの手伝いしてただろ」
「──ああ、あのときの」

 隠れていてよく聞いていないけど、きっと笑われる……変態が居るとかって、注目されてしまった。もう44街で生きていけないかもしれない、あんな風に、呼ばれるなんて思っていなかった。
「お、おい……」
アサヒがちょっと驚きながら私を見る。
「大丈夫だって、ほら、カグヤの協力者だ」
 大丈夫? なにが、だって、あんな風に発表されたら──
椅子さんのことを、信じるって、決めたけど、やっぱり出来るなら誰とも顔を合わせたくない。そういう目で気を遣われたくないし、本当はそういう目立ちかたをしたくなかった。大丈夫とか、大丈夫じゃないとかじゃなくて、だけど──
「あまり話したりしなかったからな、覚えてないか……おーい、怖くないよー」
「…………」
心臓が暴れる。
怖い。胸が、痛い。
逃げ出したい。
 どうして、なんで、椅子が好きなだけで、こんな目に合わされるのよ。私はただ与えられた中で自由に生きたいだけなのに……
怖い? 何が? 自分自身が?
それとも、この気持ちが?
わかってる、怖くないのが、怖い。
 家具を好きになるのも、誰かに認めて欲しいと思ったのも初めてなんだよ。なのに……

 アサヒは数秒困ったように私を見ていた。男の人はお構い無しに、私に近付いて来ると何故か拍手をした。
「──おめでとう! 本当に良かった!」
え?
笑われるでも貶されるでもなく、
祝われてしまった。


「俺もさすがにあの報道はやりすぎだって、審議会に送ってやろうと思ってたんだ。あのスピーチ、感動しちゃったよ椅子さんと幸せにな、届けは出せたか? なんか拒否に非難が来たんで新たに届けを受け入れるって話だぞ」
「──……?」
予想外の言葉に拍子抜けする。

「ほら、のったのった! 市庁舎まで行くんだろ」

彼が促すままに、私たちは荷台に乗り込む。
「お、お願い、します!」

荷台に乗り込むのは本当はいけないんだけど今は緊急時につき特別だ。
 車が走り出す。
やったな、とアサヒが横で嬉しそうにしていた。









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