戦国武将と晩ごはん

戦国さん

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第十六話 加藤清正と石田三成と麻婆豆腐・後編

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 キッチン——

 わたしは、いつも通りエプロンをつけて夕食の準備に取りかかる。

 今日の晩ご飯は「麻婆豆腐」だ。

 麻婆豆腐には煮崩れしにくい木綿豆腐を使用する。

「——さてと。まずは下準備からね」

 食材をキッチンへ並べ、ねぎ、にんにく、しょうをみじん切りにしていく。
 豆腐は2cmくらいの大きさで角切りにする。

 フライパンでお湯を沸かし、切った豆腐を入れて中火で約2分ほど茹でる。

 2分経ったら、フライパンから豆腐を取り出し別皿へ移す。
 移した豆腐の水はよく切っておくこと。

「それじゃあ次は——」

 さっき使ったフライパンの水を拭き取る。
 そこへ油を入れて中火で熱し、豚のひき肉を加えてほぐしながら入れて炒めていく。

 豚ひき肉の色が変わったら、ねぎ、にんにく、しょうがを加え——

「香りが立つまで炒めるっと」

 炒めたお肉やにんにく、しょうがのなんとも言えない香ばしい匂い……ヨダレが溢れちゃいそうだ。
 
「我慢我慢っと——次、次っ!」

 炒めた具材に豆板醤を加えて、全体がなじむまで炒めていく。
 全体になじんできたら、水、お酒、鶏がらスープの素、醤油、お砂糖を加えて煮る。

 辛抱たまらなくなってきたのか。
 わたしのお腹がぐるるるる~っと叫んでいる。

「気持ちはわかるけれど……お腹くん、そろそろだからね」

 フライパンの中が煮立ってきたのを確認し、蓋をして弱火で約1分ほど煮ていく。

 蓋を開けた瞬間に鼻から突き抜ける匂いを嗅げば、白いご飯が欲しくなってくる。

 次はいよいよ最後の工程だ。

 フライパンの中へ木綿豆腐を入れ煮ていく。

 その中へ水溶き片栗粉を溶きながら回し入れ、とろみがつくまで煮て、ごま油を回し入れれば——

「よしっ……お皿に盛ってネギを散らせば——麻婆豆腐の完成っとっ!」


 ◇


「さ、お待たせしましたよっ」

 テーブルの上に並んだ麻婆豆腐とお椀に盛ったご飯。
 美味しそうな匂いがわたし達四人を包み込んでいる。

「んんーーこれは唐辛子の匂いか……? この辛そうな匂いがなんともたまらんくらいに食欲をそそるな」

 目を閉じて、すぅ~っと匂いを嗅ぐ清正さんのなんとも言えない幸せそうな表情かお
 口の端からはヨダレがタラリと垂れている。

「ヨダレを垂らすなど情けないと思わないのか、清正。信長様を見てみろ……ヨダレどころか気の引き締まった顔をしてるではないか」

 三成さんに言われて信長さんの顔を見ると、腕を組んで険しい表情で麻婆豆腐を睨んでいる。
 いつもなら喜んでいの一番に料理に飛びかかるのに。

「ええと、信長さん……? どうしたんです? 手をつけないなんて、信長さんらしくないですよ……?」

「いや。そのなんだ……この真っ赤な色合いが唐辛子を思い出す……それに立つ香りも微かに唐辛子の匂いがな……」

 苦虫でも噛み潰したような顔をして、麻婆豆腐を睨んでいる。

「もしかして信長さん、辛いのが嫌いなんです?」

「ばっ! 辛いのは嫌いじゃないが……苦手なだけだっ!」

 顔と手を振って、信長さんは全力で否定してみせてるし。

「ええと……それを嫌いっていうんじゃ……?」

「ぐっ……」

「はぁ……仕方ないですねぇ」

 わたしは信長さんのお皿をグイッと掴みあげた。

「お、おいっ! 俺の料理を持っていこうとするんじゃないっ!」

 料理を持っていこうとするときの信長さんの顔。
 おもちゃを取り上げられた子供のような表情をしていた。

「大丈夫、信長さんのを取り上げたりしませんよ。こうするだけですから」

 わたしはお皿に揺蕩たゆたう麻婆豆腐を、ご飯の上にドロリとかけていく。

 とろみのある汁がトロ~ンと、真っ白なご飯の上に流れ落ちてる。

「はい。ご飯にかければ少しは辛味もマシになると思います」

 麻婆豆腐をかけたほかほかご飯に、信長さんがゴクリと唾を飲み込む音がした。

「なるほどな……飯にかけるとはなかなかの奇策だな。これなら問題なく食べられるかもしれんな」

 お箸でご飯と麻婆豆腐をすくい上げ、信長さんはバクリと口の中へ放り込んだ。

「く……くぅ~~っ! 辛いが……これはまた旨いっ! これは箸が止まらんなっ!」

 喜び勇んでバクバクとご飯を頬張る信長さんを見て、三成さんと清正さんも同じようにご飯に麻婆豆腐をかけていた。

「んんっ! 米と唐辛子がこれほど合うとはなっ! なんと染み入る美味さだ、これはっ!」

 清正さんも信長さんに負けないくらい、バクバクと麻婆豆腐を勢いよく頬張っている。

「……うむ。この美味さを是非太閤様にも知っていただかないとならんな」

 逆に三成さんは落ち着いて静かに食べている。

「しかし……信長様にも苦手なものがあったとは……以外でございますね」

「おお、俺もそれが意外でな。信長様といえば欠点もなくいつも完璧なお人だと秀吉様に聞かされておったしな」

 清正さんと三成さんが驚くのも無理もない。
 そこそこ付き合いの長いわたしでさえ、信長さんが辛いのが苦手だとは考えもしなかったしね。

 濃い味付けが好みだから、麻婆豆腐も大丈夫かと思っていたのだけれど。
 思い返してみれば、ナポリタンのときもタバスコはかけてなかったんだよね。

「何を言ってるのだ、お前らは」

 ドンっと空になったお茶碗をテーブルの上に叩きつけた信長さんは、清正さんと三成さんの二人に視線を向け——

「この世に欠点もなく完璧な人間などいるものか。仮にそんな奴が居るとすれば……それはまさに神か仏だけだ。
 それにな、欠点の一つや二つがあってこそ、人間ってのは面白いんだろうが。見てみろ、倫を」

「ええと……わたしです?」

 信長さんの言葉に従うように、清正さんと三成さんの視線がわたしに向けられた。

「料理の腕は完璧だがな……こいつは欠点だらけなんだぞ」

「むぅ……うぅ~信長さん、そんな風にわたしの事思ってたんですか……?」

「別にお前を貶してるわけじゃない。お前が面白い人間だからこそ……俺はここもお前も気に入ってると言いたいのだ」

「むぅ……それ、褒めてるんです?」

「ああ、もちろん褒めてるんだ。むしろ誇ってすら構わん」

 清正さんも三成さんも頷いて、納得したような顔をしてるし。

「ま、そんな話は後だ後っ。倫、この料理のおかわりを頼むぞっ!」

「はい、わかりましたよ……信長さん」

 掲げた空のお皿をわたしは信長さんの手から受け取った。


 ◇


 夕食後。
 三成さんがポツリと静かに呟いた。

「信長様の先ほどのお言葉、返すようよで申し訳ないが……おれはやはり完璧に有らねばならぬのだ」

「はぁ……本当にお前はどこまで愚直だな、三成」

「なんと思われようと構わん。些細な失敗を犯して、豊臣の屋台骨が揺らぐことがあってはならんのだからな」

「それが自身が死ぬようなことになってもなのか……?」

「愚問だな、清正。それが豊臣のためならば、おれは命を捨てる覚悟がある。それが我らを拾ってくださった太閤様への恩返しというものだ。お前もそうなのだろう、清正」

「……そうだったな。もちろん俺もそれを忘れたわけじゃあないぞ。それにだな、もし万が一お前に何かあったときは……俺に後は任せておけ、三成っ」

「ふっ……そんなことは絶対にあり得んが……しかし、仮にそのようなことになったときはお前に任せておけば問題なかろう」

「ああ、そのときは大船に乗った気でいろ、三成」

「……泥舟の間違いであろう、清正」

 三成さんはほくそ笑むと、わたし達の前から姿を消してしまった。

「最後まで憎まれ口を叩きやがって、三成め」

 そんなことを言ってるけれど。
 清正さんはどことなく嬉しそうにわたしは見えた。

「ええと……それで三成さんとは……?」

「ふっ、奴との関係は変わらん。だが——三成の意思なら継いでやる」

 清正さんの表情から仲直りできたと、わたしは思っていたんだけれど……違っていたのかな?
 それとも——

「……俺もそろそろ帰るとするか。あまり長居しておると家臣達が心配するだろうしな」

 信長さんの方へやおら居直ると、清正さんは頭を下げてお辞儀をした。

「信長様。今日は再びお会いできて、この清正……恐悦至極に存じます。清正、今日という日を——」

 長い口上を言いかけてたんだと思うけれど。
 それを言い切る前に、清正さんの姿はパッと消えてしまった。

「最後まで慌しい人でしたねって……どうしたんです、信長さん?」

 信長さん、清正さんが消えてからもニヤニヤとしてるし。
 何かいいことでもあったのかってくらい、ニヤけた顔だ。

「いや——あの草履持ちの秀吉サルが、あんなにも忠義に厚い家臣を持つようになると思うとな……サルが俺の家臣になる日が楽しみになっただけだ」

 そう言って、信長さんは体を揺すって大きく笑っていた。


 後年——
 三成さんが居なくなった後。
 豊臣秀頼さんと徳川家康さんとが会った「二条会見」が行われた。
 その会見の中、秀頼さんを守る清正さんの姿があったそうだ。
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