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「お前、マジで大丈夫か?」
駐輪場まで来て、ケイタが自転車に跨りながら言った。
「うん。もう平気。」
シンジは大きく頷いてみせた。
本当は保健室を出て、ここまで来るまでの間、身体の違和感を感じ続けていた。
足が地に着いていないみたいにフワフワする。
頭の中に冷たい風が吹き込んでいるみたいにスースーする。
身体は軽く感じるのに、思った通りに動かせていないような感じ。
「ゆっくり行くから、しんどくなったら早めに言えよ。」
ケイタは自転車をバックで動かしながら言った。
シンジはもう一度頷いて、自転車の後ろに乗る。
ケイタがシンジの両手をサッと取って、自分の体の前で組ませた。
そのまま、ゆっくりと自転車が走り始める。
自分のこと、もっと俺に話してくれよ。
俺、もっとシンジのこと、知りたい。
さっき保健室でケイタに言われたことをシンジは頭の中で再生させる。
これまで人に自分のことを知りたいなど言われたことがなかった。
だから、自分の何を話せばいいのかもわからない。
「お前んちまで行くの初めてだな。
いつもはコンビニで降ろしてたし。」
ケイタが前を見たまま言った。
「今日もコンビニまででいいよ。
うちまで行ったら遠くなっちゃう。」
シンジはケイタに聞こえるように声を大きめにして行った。
でも、それよりも大きな声でケイタが遮る。
「ダメに決まってんだろ。
お前、倒れたんだぞ、今日。
保健室の先生にだって、俺がちゃんと送っていくって言っただろ。」
家まで送らなくていいと言った本当の理由。
それは、ケイタの帰り道から遠くなってしまうから、ではない。
一つには、自分の家がお世辞にも綺麗で立派とは言えるものではないから。
自分が生まれる何年も前に建てられた公営団地。
あちこち雨が垂れたような跡が染み付いて変色したコンクリートの建物。
誰も手入れをしなくなって荒れ放題の敷地内。
誰かにスプレー缶で落書きされた駐輪場の壁。
どこかの家から聞こえる酔った大人の怒鳴り声と子供の泣き声。
そんな住環境を見て、ケイタはどう思うだろう。
そして、もう一つ。この時間、家にはまだ母がいるはず。
シンジがバイトを終えて帰宅するくらいの夜遅くに家を出る母。
派手な服の上に安物の上着を羽織って出勤する母。
今はちょうど起き出して、タバコを吹かしながら厚い化粧をしている時間。
その母が夜の街で稼ぐ金。
それが自分と母の生活の糧となっている。
そんな母をケイタに見て欲しくない。
そう思うと同時に、それよりも強く、
シンジは何故か、母にケイタを見て欲しくないと思っていた。
自分でも良く分からないが、ケイタという存在を母に知られたくない。
「うち、団地だからさ。団地の入り口まで送ってよ。」
自分でも変な提案だとは分かりつつも、シンジは目の前の背中に向かって言う。
「自分のこと、もっと俺に話せって言っただろ?」
ケイタが振り返らずに言う。
隠し事をしていることが見透かされていることにシンジは戸惑う。
「お前、母ちゃんと仲良くないの?」
シンジは驚いてケイタの後頭部を見上げる。
うっすらと首筋に浮かんだ汗が夕日に光っている。
「さっき、母ちゃんに迎えてきてもらうの、嫌そうにしてたから。」
それは事実だ。
母に迎えに来てもらうくらいなら、自力で帰宅した方がいい。
普段から、シンジの存在を疎ましそうにしている母だ。
シンジも母の気に障らないよう、出来るだけ存在感をなくすようにしている。
もう、それが普通になっているのだ。
そんな状態なのに、母に学校まで迎えに来させるなど、
絶対にありえない。
機嫌を酷く損ね、どんなことを言われるか分からない。
ここ数年はなくなっている、ひどい暴力も再開されるかもしれない。
「仲良くない。母さんには嫌われてるから。」
初めて、人に自分と母のことを話した。
ケイタになら、話してもいいと思えた。
「そうか。父ちゃんは?」
いつもは降ろしてもらうコンビニの前を通り過ぎる。
シンジは店内をちらりと見たが、中の様子はよく分からなかった。
「いない。小学生の時にいなくなった。」
父が消えてから、自分を我が子のように気にかけてくれたのが、
コンビニのオーナーのコウジさんと、その奥さんのケイコさん。
「急に?死んじゃったのか?」
ケイタに見えていないが、シンジは首を振る。
「死んでない。
急に家から出て行った。
今はどこにいるのか分からない。」
事実のままを話した。
「マジかよ。」
ケイタのその言葉に、シンジは頷く。
これもまた、ケイタには見えていないのに。
「まぁ、うちも父ちゃんがいないみたいなもんだけど。」
そう言うと同時にケイタがお尻をサドルから浮かし、立ち漕ぎを始めた。
自転車が上り坂に差し掛かったのだ。
この3週間弱、ケイタが一方的に話すのを聞いていたシンジだったが、
その話の中にケイタの家族の話がなかったことに、今気づく。
今度はシンジの方が、ケイタのことをもっと知りたいと思った。
ケイタはどんな人に、どんな風に育てられたのだろう。
「お父さん、いなくなったの?」
上り坂を力一杯登っていくケイタの背中を見上げながら、シンジは聞いた。
暗くなりかけた坂道沿いの街灯が何度か点滅して静かに灯った。
18:30。
夕方と夜の境目を自転車が超えていく。
ケイタと一緒なら、どこにだって行ける。
シンジはそんな気持ちを胸の中に感じながら、ケイタの答えを待った。
駐輪場まで来て、ケイタが自転車に跨りながら言った。
「うん。もう平気。」
シンジは大きく頷いてみせた。
本当は保健室を出て、ここまで来るまでの間、身体の違和感を感じ続けていた。
足が地に着いていないみたいにフワフワする。
頭の中に冷たい風が吹き込んでいるみたいにスースーする。
身体は軽く感じるのに、思った通りに動かせていないような感じ。
「ゆっくり行くから、しんどくなったら早めに言えよ。」
ケイタは自転車をバックで動かしながら言った。
シンジはもう一度頷いて、自転車の後ろに乗る。
ケイタがシンジの両手をサッと取って、自分の体の前で組ませた。
そのまま、ゆっくりと自転車が走り始める。
自分のこと、もっと俺に話してくれよ。
俺、もっとシンジのこと、知りたい。
さっき保健室でケイタに言われたことをシンジは頭の中で再生させる。
これまで人に自分のことを知りたいなど言われたことがなかった。
だから、自分の何を話せばいいのかもわからない。
「お前んちまで行くの初めてだな。
いつもはコンビニで降ろしてたし。」
ケイタが前を見たまま言った。
「今日もコンビニまででいいよ。
うちまで行ったら遠くなっちゃう。」
シンジはケイタに聞こえるように声を大きめにして行った。
でも、それよりも大きな声でケイタが遮る。
「ダメに決まってんだろ。
お前、倒れたんだぞ、今日。
保健室の先生にだって、俺がちゃんと送っていくって言っただろ。」
家まで送らなくていいと言った本当の理由。
それは、ケイタの帰り道から遠くなってしまうから、ではない。
一つには、自分の家がお世辞にも綺麗で立派とは言えるものではないから。
自分が生まれる何年も前に建てられた公営団地。
あちこち雨が垂れたような跡が染み付いて変色したコンクリートの建物。
誰も手入れをしなくなって荒れ放題の敷地内。
誰かにスプレー缶で落書きされた駐輪場の壁。
どこかの家から聞こえる酔った大人の怒鳴り声と子供の泣き声。
そんな住環境を見て、ケイタはどう思うだろう。
そして、もう一つ。この時間、家にはまだ母がいるはず。
シンジがバイトを終えて帰宅するくらいの夜遅くに家を出る母。
派手な服の上に安物の上着を羽織って出勤する母。
今はちょうど起き出して、タバコを吹かしながら厚い化粧をしている時間。
その母が夜の街で稼ぐ金。
それが自分と母の生活の糧となっている。
そんな母をケイタに見て欲しくない。
そう思うと同時に、それよりも強く、
シンジは何故か、母にケイタを見て欲しくないと思っていた。
自分でも良く分からないが、ケイタという存在を母に知られたくない。
「うち、団地だからさ。団地の入り口まで送ってよ。」
自分でも変な提案だとは分かりつつも、シンジは目の前の背中に向かって言う。
「自分のこと、もっと俺に話せって言っただろ?」
ケイタが振り返らずに言う。
隠し事をしていることが見透かされていることにシンジは戸惑う。
「お前、母ちゃんと仲良くないの?」
シンジは驚いてケイタの後頭部を見上げる。
うっすらと首筋に浮かんだ汗が夕日に光っている。
「さっき、母ちゃんに迎えてきてもらうの、嫌そうにしてたから。」
それは事実だ。
母に迎えに来てもらうくらいなら、自力で帰宅した方がいい。
普段から、シンジの存在を疎ましそうにしている母だ。
シンジも母の気に障らないよう、出来るだけ存在感をなくすようにしている。
もう、それが普通になっているのだ。
そんな状態なのに、母に学校まで迎えに来させるなど、
絶対にありえない。
機嫌を酷く損ね、どんなことを言われるか分からない。
ここ数年はなくなっている、ひどい暴力も再開されるかもしれない。
「仲良くない。母さんには嫌われてるから。」
初めて、人に自分と母のことを話した。
ケイタになら、話してもいいと思えた。
「そうか。父ちゃんは?」
いつもは降ろしてもらうコンビニの前を通り過ぎる。
シンジは店内をちらりと見たが、中の様子はよく分からなかった。
「いない。小学生の時にいなくなった。」
父が消えてから、自分を我が子のように気にかけてくれたのが、
コンビニのオーナーのコウジさんと、その奥さんのケイコさん。
「急に?死んじゃったのか?」
ケイタに見えていないが、シンジは首を振る。
「死んでない。
急に家から出て行った。
今はどこにいるのか分からない。」
事実のままを話した。
「マジかよ。」
ケイタのその言葉に、シンジは頷く。
これもまた、ケイタには見えていないのに。
「まぁ、うちも父ちゃんがいないみたいなもんだけど。」
そう言うと同時にケイタがお尻をサドルから浮かし、立ち漕ぎを始めた。
自転車が上り坂に差し掛かったのだ。
この3週間弱、ケイタが一方的に話すのを聞いていたシンジだったが、
その話の中にケイタの家族の話がなかったことに、今気づく。
今度はシンジの方が、ケイタのことをもっと知りたいと思った。
ケイタはどんな人に、どんな風に育てられたのだろう。
「お父さん、いなくなったの?」
上り坂を力一杯登っていくケイタの背中を見上げながら、シンジは聞いた。
暗くなりかけた坂道沿いの街灯が何度か点滅して静かに灯った。
18:30。
夕方と夜の境目を自転車が超えていく。
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シンジはそんな気持ちを胸の中に感じながら、ケイタの答えを待った。
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