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面倒な公爵令嬢
しおりを挟む王太子の婚約者の役割の中には、こういう面倒事も含まれているのだろうか。
「あなたはディラン殿下の婚約者に相応しくありませんわっ!」
勢いよく捲し立てる目の前の女性を冷めた目で見つめながら、そんなことを思った。
「聞いてますの?アーシェさん!」
「ああ、はい、聞いてますよ」
忌々しげに喚くのは、私と同じ公爵家の令嬢であるグレイス・ボスマンだ。
彼女はこの国王太子に随分と熱を上げていて、何かと私に突っかかってくるのだ。
私が王太子の婚約者だから。
好きでそんな面倒な肩書きを背負ったわけではないのにこう一々面と向かって喧嘩を売られてはたまったものじゃない。
せめて他の令嬢のように隠れてこそこそ嫌がらせをするだけに留めてくれたらいいのに。
彼女は私に時々届く有難い御忠告をしたためた手紙だけでは飽き足らず、こうして足繁く私の元に通ってくる。
…ちなみに手紙にはしっかりボスマン公爵家の家紋が押されているのだから本当に頭がおかしいのだと思う。
「そう言えば、先程中庭で殿下が伯爵家の令嬢と抱擁を交わしている姿を拝見しましたわ」
「…はあ、そうですか」
わざとらしく、今思い出したかのようにそんな言葉を口にするグレイスさん。
頬に片手をやりながら、チラチラとこちらの様子を窺う様は鬱陶しい以外の何物でもなかった。
「あの、そろそろ帰ってもよろしいですか?」
放課後になるとすぐに一学年下の私のクラスにやって来ては、最後まで居残りする私に律儀に付き合う彼女は相当暇なんじゃないか。
その日の雑務が終わって帰ろうとすると、適当な席に座る彼女も立ち上がり、仁王立ちをして言葉を紡ぎ出すのだ。
ちなみに私の雑務は面と向かって私に文句を言えないしょうもない人間が毎日こっそり押し付けていくものだ。
物を隠されたり壊されたりするよりずっとましだから特に抵抗もせず受け入れている。
このくらいのことは面倒とすら思わない。
お得な性格で良かった。
だけど、目の前の彼女は違う。
無視をしてもうるさいし、言葉を返してもとにかくうるさいのだ。
…バカの相手は疲れる。
いい加減殿下のことで何を言われても私が傷つかないことに気づいてもいいのに。
「殿下がいろんな女性と戯れているなんて、いつものことでは?」
「っ、あの様子では抱擁だけなんて軽い関係なんかじゃありませんわきっと!」
…いや、それはそうでしょうけど。
「殿下が誰とそういう関係になろうと私の知ったことではありませんよ。さすがに正式に婚姻する前に子を成されたり、性病にかかられたりすると困りますが…あの方ならうまくやられることでしょうし」
この世界には、そう言った問題が起こらないような便利な魔法やお薬もあることだし。
…魔法って本当に便利ね。
私も魔力があれば良かったんだけど。
残念ながら魔法は王家や本当に選ばれた極小数の人間しか扱えない。
「問題がない以上、私が殿下のご趣味に苦言を呈するつもりはございませんわ」
「他の女性との仲を許容すると言うのですか!?信じられませんわ…本当に心の冷たい人ですわね!」
…この場合、心の冷たい人は殿下だと思うんだけど。
私が責められる謂れはない。
「うーん、そうですね、時期国王に一介の公爵令嬢が意見をするなんておこがましいことですわ」
しれっとした笑顔でそう告げる。
「堕落した国王を正すのが王妃の務めですわ!まあ、私はあなたが時期王妃なんて死んでも認めませんがっ!!」
「だったらやはり私にはグレイスさんが言う通りそんな素質がないようですね」
「もっと努力なさいっ!こんな人が婚約者だなんて殿下が可哀想ですわっ!」
…殿下の軌道修正は殿下の仕事では?
自分自身で立てない人間が王になんてなれないでしょ。
「一刻も早く婚約なんて解消するのが懸命だわ。あなたが王妃になんかなったら国なんて一瞬で崩れてしまうでしょうね」
「肝に銘じておきます」
「あ、ちょっと!待ちなさ…」
「まだ何か?」
不満の滲んだ冷たい声で返すと、グレイスさんは一瞬目を見開き、悔しそうに唇を噛んでいた。
この人の本質はわかっている。
殿下がいろんな女性と遊んでいるのが気に食わないのだ。
そして、その遊び相手にすら慣れない自分に憤っている。
何しろ殿下が手を出すのは、手を出しても大した問題にならないような後腐れのない…爵位の低い男爵家や伯爵家の令嬢ばかりだから。
殿下は頭の悪い人ではない。
間違っても彼女のような公爵家の令嬢に手を出すことはないだろう。
弁えてくれるのは結構だが、こういう不満の捌け口にされるのは面倒だ。
こういう文句や嫌味を言われて傷つくようなか弱い性格ではないが。
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