[本編完結]私に嫌がらせする公爵令嬢の弟が大好きなので、王子との婚約は解消したい。

ゆき

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愛しい彼は

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____彼に初めて出会ったのは、半年程前、進級して二年生になって間もなくのことだった。


珍しい銀色の髪をした彼は、人気のない裏庭で昼食をとっていた私に声をかけてきた。

カイ・ボスマン、彼がその名を告げる前から、その特殊な髪色がいつも私に地味な嫌がらせをし、面倒をかけてくるグレイスさんと同じものであることは理解に易しかった。



「お隣よろしいでしょうか」

控えめな声でそう聞く彼と彼女が姉弟であることに少し不思議な気分になる。


…随分と性格の違った姉弟ね。

たった一言だけでも、彼女のような強引で安直な人でないことはわかる。



「…あちらにも椅子は用意されてますわ」


が、しかしだ。

彼女のように面倒な性格でないにしても、知らない人間とわざわざ関わり合おうとは思わなかった。



「…不快な気分にさせてしまったのなら謝罪します。申し訳ありません」

「別に不快ってわけでは…」

本当に申し訳なさそうに眉を下げる彼に、なんとなく罪悪感を感じてしまう。


…人に心を動かされることは滅多にないのに。


性格は違うようだが、グレイスさんがそうであるように、彼もまた綺麗な顔をしている。

綺麗というか…なんだか、可愛いような。


まるで愛らしい子犬を見ているかのような気持ちにさせられる。


こんな私にも小動物に心を動かされる女の子らしい面があったのかと驚いてしまった。



「隣には座りませんので、せめて謝罪を…少しだけお時間よろしいですか?」

深い藍色の瞳でじっと見つめられ、恥ずかしいような苦しいような、なんとも言えない気持ちになる。


「…謝罪?」

「僕は、グレイス・ボスマンの…弟で、ボスマン公爵家長男のカイ・ボスマンと言います」


カイ・ボスマン

同じ公爵家である彼の名前はさすがに知っていたが、彼はグレイスさんの弟だと私が気づいていないと思ったのだろう。

弟と名乗る際、言いづらそうに不自然な間が空いてしまっていた。



「銀髪なんてボスマン公爵家以外知りませんわ。初めまして、ランドール公爵家長女、アーシェ・ランドールですわ」

「…やっぱり、気づきますよね」


カイ様は少し気まずそうな笑みを見せた。



「先日、姉がアーシェ様に嫌がらせをしているという噂を耳にしました…」


「まあ、そうですね。些細なものですけど」


面倒なことこの上ないが、内容としてはそれ程気にならない程度のものだ。


「真偽を確かめて姉に苦言を呈したのですが、全く聞く耳を持たず…せめて僕だけでも謝罪をと思ってここに足を運んだ次第です」


「ここがよくわかりましたね?」

謝罪云々よりも人に知られていないと思ったこの場所を当てられたことが気になった。


「ああそれは、以前ショーン様にアーシェ様は静かなところが好きだと聞いていたので…人気の無さそうなところを探しているとここに辿り着きました」

ショーンというのは、私の二番目の兄だった。


幼い頃から剣術が好きで、今では立派に王宮騎士団として才覚を見せているようだ。

確か、カイ様も若くして騎士団に所属されていると聞いた。


兄と仲良くしていたようだ。


「私の知らないところで私の話をされているというのは、少し恥ずかしいですね」

「…申し訳ありません、また不快な気持ちにさせてしまいましたか?」

不安そうに私の顔を見つめるカイ様。


一つ下であることもあり、彼にはどこか慈愛の心を擽られてしまう。


「不快になど一度もなっておりません。まあ、ペラペラと人のことを話す兄には少し腹が立たなくもありませんが」

「…ショーン様はアーシェ様が大好きですから、僕達はいつも妹自慢を聞かされます」

「それは…ご迷惑をおかけしておりますわ」


今度は私が申し訳なくなると、カイ様は慌ててかぶりを振った。


「えっと、座りますか?」

「…いいのですか?」


頷いて椅子を引いてやるも、ぺこりと一度頭を下げて腰を下ろした。

律儀な人だ。


「改めて、姉がアーシェ様にひどいことをしてしまって本当に申し訳ありません。父と話し合って、我が家では姉を修道院に送ることを検討しています…こんなことで許されるとは思っていませんが、せめてもの償いになればと思っております」


カイ様の言葉にギョッとしてしまう。


「や、ちょっと、それは…さすがにグレイスさんが不憫すぎますよ!?」

「…?何故ですか?」


キョトンとして不思議そうな顔をするカイ様には思わず頭を抱えた。


「アーシェ様は次期王妃様になられるお方ですよ?そんな方に私の姉は大変なことをしてしまったのです…これくらいの処分でも甘いくらいです」

「でも、少し面倒だとは思っていましたが、さすがにそのくらいの感情しか抱いていなかった方が私のせいで修道院に行くのは…後味が悪いというか…重いというか」


そんなことされたら私は一生罪悪感にかられ続けるだろう。

いや、わからないけど、多分?


グレイスさんにはそこまで思い入れがないから本当はすぐに忘れてしまうかもしれないけど、それでも今の私は…結構きつい。



「アーシェ様のせいではなく、姉のせいです。王太子殿下の大切な婚約者にこんな無礼を働いたのです」


「…うーん、だったら、大切ってわけでもないからやっぱり大丈夫なのでは?」

私が大切な婚約者ならばあの殿下だって少しは女遊びを控えていると思うし。


前に一度グレイスさんに絡まれていた時、視界の先にたまたま通りかかった殿下は、絡まれる私の存在に気づいてもヒラヒラと手を振って笑顔で去っていった。

そういう人なのだ。


「…えっと、すみません、何度も」

気まずそうに謝られるのが一番辛いんだよ?


あの殿下には何も期待していないから大丈夫だけど。



「とにかく、グレイスさんに何か処分を与える必要なんてありませんよ。カイ様がグレイスさんのどのような噂を聞いたのかは知りませんが、決して私が傷つくようなことはされていませんから」

「…それはアーシェ様のメンタルが鋼鉄だからでは?」


「意外と失礼ですね?」

「…申し訳ありません」


クスリと笑いが漏れると、彼も控えめな笑顔を浮かべた。


これが、彼、カイ・ボスマンと私の出会い。




■□▪▫■□▫


そして今、非常に厄介なことに


「アーシェ、お待たせ」


お互いの名前を呼び捨てる程に親しくなってしまった彼に、私は


_____心底心を奪われてしまっていた。



あの日から彼とはたまに裏庭て昼食を一緒にとるようになった。


そして、たまにが頻繁に、頻繁が毎日となって、一人で昼食をとることは滅多になくなっていた。

彼が騎士団の招集で学園を休む日くらいだ。


きっと彼は第二の姉のように私を慕ってくれているのかもしれないけど、私は簡単に彼に絆され一人で頭を抱えている日々。



「アーシェ?珍しいね、君がぼうっとするの」

「…うん、まあね」


「何かあった?もしかしてまた姉さんに…」

オロオロするカイは、グレイスさんのこととなると少し敏感になりすぎじゃないか。


…面白くない。

なんて、家族にまで嫉妬してしまう始末だ。



私には婚約者がいるというのに、こんな不毛な想いなどさっさと捨てる必要があるのに、今日も律儀にこの場所に足を運んでいるのだから、どうしようもない人間だ私は。

今日こそは裏庭へは行くまいと思いながら、足は勝手にここに向かって動いているのだ。



「グレイスさんは関係ないよ」

「…じゃあ、他に嫌なことでもあった?」


「ううん」

首を横に振るが、カイは眉をへの字にして納得のいかない表情を浮かべる。

心配して聞いてくれているのはわかるが、この気持ちをカイに話したところで、私もカイも立場が悪くなるだけなのだ。


何の罪もないカイを巻き込むわけにはいかない。



「アーシェがつらいと、僕もつらいよ」

「っ、なんでカイがつらいの?」


カイの言葉に一喜一憂して、ついつい探るようなことを言ってしまう自分に嫌気がさす。

私は結構恋愛体質だったのかもしれない。


…バカみたい。



「なんでだろうね…」

少し困ったようにカイは笑った。



 今だけは、まだカイの傍にいたい。


「元気だして、アーシェ」

温かい手がそっと私の頬に触れる。


するりと撫でるように滑る指に、思わず胸が高鳴る。

至近距離で見つめたカイの瞳に映る私はどうしようもない程情けない顔をしていた。


「…カイ」

「アーシェ、もしかして照れてる?顔真っ赤。アーシェの鼓動が僕にまで伝わってきそう…」


そんなことを言われては一層恥ずかしくなってしまう。



「カイと一緒にいたい…」


ポツリと口から零れた言葉。

そんなことを言うつもりはなかった。


どう取り繕おうかと焦ってしまったが、カイはそんな言葉なんて聞かなかったかのようにそっと私から離れて居住まいを正した。


「早くご飯食べないとお昼休憩が終わってしまうね」


「…そうね」


普段通りのカイに、私はどこか残念な気持ちがしてならなかった。


カイに私に対する恋情なんて微塵もないことをしっかり示されたような気持ちがした。

そんなことは当たり前で、むしろそうでなければ困るはずなのに。


…それでも、悲しかったんだ。

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