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通い妻
しおりを挟む週末、学園が休みの今日はカワイティルに兄を訪問しようと決めていた。
学園を卒業するまで待てとは言ったが、休日に彼を訪ねるくらいは構わないと思う。
…喜んでくれそうだし。
「カティ、気をつけて行ってきなさい」
「はい、お義父様」
公爵家の家族は兄との婚約をことのほか素直に喜んでくれている。
勝手に決めてしまった手前、怒られることは覚悟していたが、私が望むのならと皆はすんなりと認めてくれたのだった。
「姉様、僕も行くっ!」
「こらマルティン、カティを困らせないのよ?」
お義母様が義弟のマルティンを諌めながら私にも柔らかい微笑みを向ける。
「カティ、本当に手土産は持っていかなくていいの?」
「ええ、グレン兄様にそこまで気を回す必要はありませんから!」
きっぱりと断る私にお義母様は困ったように眉を下げていた。
会いに行ってあげているだけ感謝して欲しいくらいだ。
「マルティン、いい子で待っててね」
「……早く帰ってきてください、姉様」
私のドレスの袖をきゅっと掴んでそう言うマルティンに私はメロメロだった。
お姉様はあなたの為に秒で帰ってきますわ。
見送ってくれた家族に挨拶を告げて、私は馬車に乗り込んだ。
カワイティルまでの道のりは長い。
先程も言ったが、本当にお兄様には感謝してもらいたい。
わざわざこんなところまで会いに来てくれる婚約者なんてなかなかいないのでは?
…知りませんけど。
本を読んで時間を潰すことにする。
ペラペラとページを捲っていくと、どうやらこの本は当たりだったみたいで、私はことのほか熱中してしまうのだった。
そして馬車に揺られること数時間。
「…面白かったわ」
興奮してついつい独り言を洩らしてしまった。
本を閉じたタイミングで、馬車が止まる。
……タイミングも素晴らしくて、この本はいろんな意味で優秀な本だと思った。
馬車か、降りる際、私はようやく気づく。
馬車の振動と、並んだ活字を見続けたことで…私はすっかり酔ってしまっていたのだ。
「うぇぇ…具合悪い」
そんな情けない言葉が出る。
「…カティ!」
門から出てきて私の姿を発見した彼が、嬉しそうに駆け寄ってくるのが見える。
「グレン、兄様…」
「おかえりカティ!」
…おかえりって、私の家は他にしっかり存在していますが。
嬉しく感じてしまった自分がいたことは黙っておこう。
「カティ、もしかして酔ったのか?」
「…少しだけ」
本当は今にも朝食を戻してしまいそうな程だったが、なんとなく見栄を張ってそう答えた。
するとグレン兄様は、
「大変だ…」
そう一言呟くと、次の瞬間私を両手ですくい上げるように抱き上げるのだった。
急な浮遊感に思わず彼の首にしがみつく。
…鼻息がどこか荒いように感じるのは気の所為だと信じたい。
「ちょっと、グレン兄様…」
「大人しく掴まっておくといい。顔色が悪い」
恥ずかしいのですが…
それに、
ゆらゆら揺れて一層気持ちが悪い。
彼が侯爵家の邸宅に入り、以前泊まった客間のベッドに私を降ろそうとした時
「う、うぇぇ」
私は我慢できず、彼の胸元にしっかりと吐き出してしまうのだった。
しかも汚れたのは彼の服だけで、私には少しの被害もない。
…なんだか、すごく悪いことをしてしまった。
「カティ!?大丈夫か!?」
自分よりも私の心配をする姿には好感が持てますが…お願いですから早急に湯浴みをして着替えてきてください。
恥ずかしさと気まずさに耐えられそうにありません。
そんな私の気持ちなんて露知らず、使用人に水や薬を頼むと、ベッドに私を寝かせて心配そうにオロオロと私を見つめていた。
「あっち行ってください」
「どうしてだ…!やっぱり俺の事嫌いに…」
「面倒くさいこと言わないでください!こんな醜態を晒してしまって…今は兄様の顔を見ていられませんから」
どこまでも自信の無い彼は、ほんの些細なことでも私に嫌われたのではないかと勘違いしてしまう。
具合は悪いし恥ずかしいし、彼は面倒くさいし…もう、私にどうしろと言うのだ。
「俺はこんなことくらいでカティに何か思ったりしないぞ?心配はしても、カティにがっかりしたり嫌いになったり…そんなことは絶対に有り得ないから安心して欲しい。寧ろ、カティがつらい時にそばにいられない方が嫌だ」
……もう、本当にあなたは誰なの。
少しだけ慣れてきたが、やはり以前の彼とのギャップが大きすぎて混乱しそうだ。
今の彼が嫌だと言えば嘘になるけれど。
「…そうですか」
照れてそっぽを向くと、グレン兄様はそっと私の手を握ってくれた。
しばらくすると侯爵家に使えているであろう使用人がやってきて、私に薬や水を用意すると、グレン兄様に湯浴みを勧める。
「すぐに戻ってくるから…寂しいだろうけど、待っててくれ」
「…早く行ってください」
彼は足早に部屋を去っていく。
うがいをして薬を飲むと、彼が戻ってくる頃には少しだけ気分も快復していた。
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