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二章 獣人の国
31 スローライフは大変だ
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カニス村での生活も気づけば1カ月が過ぎた。
(そろそろマルティンさんが来る頃のはず。でも最近は雪が積もる日も増えてきたし馬車で来るのは難しいかしら)
この村はほとんど自給自足で成り立っている。村にある店はパン屋と農具や生活用品を売る雑貨屋、そしてナラタさんの営む薬屋の3店舗だけだ。
一応私も魔法治療院を開業して、最近ちらほらと来院する人が増えてきたが、ほとんど開店休業みたいなものだ。
私は毎日日の出とともに動き始める。
身支度を整えてまず最初にするのは水汲み。マルティンさんのお母様からもらったコートを着て台所に行き、桶を2つ持って外に出る。
村の中心部の方に向かって3分ほど歩くと井戸があるのでそこで水を汲む。
井戸には女性が2人いた。だいたい朝の水汲みの時間はどこの家も同じくらいだからこの井戸を使う人とは早くから顔見知りになった。
『おはようございます』
『おはよう。今日も寒いわね』
『……』
返事を返してくれる人もいればそうではない人もいる。
最初の頃はよそよそしかった村の人たちも、今では多くの人が好意的に接してくれるようになった。
ただ、ここに来るまでに通った村ではどこももてなしてもらっていただけに最初はその反応に戸惑ったりもした。
けれど考えると当然で、得体も知れない人、しかも人間が自分の村に住み着くとなったら、いくら顔見知りのマルティンさんの紹介だとしても警戒するのは当然だ。ここは森の最奥。地縁のない者が来るとしたらそれはワケアリと相場は決まっている。
ただ、それは村人への治療行為を通して私の人となりを知ってもらえたことで徐々に受け入れてもらえるようになってきた。
私は井戸の手押しポンプの出口に桶を置き、体重をかけてポンプを押す。
ジャバジャバと水が出て桶に溜まっていく。
この重労働を日に3回は行う。
しばらくすればこの生活にも慣れるかと思ったがそんなことはなかった。毎日水道が恋しくなる。日本で32年間当たり前に使っていたのだ。そしてジルタニアでの1年半の生活の中でも。一度便利な生活を知ってしまえばもう知らなかったころには戻れない。
(お金ならいくらでも払うから水道が欲しい! ……お金ないけど)
日本で暮らしていた頃は水道料金が高いなんて不満を言ったりもしていた。だがそれは整備された上下水道システム、個々の家まで延ばされた水道管、便利のために誰かが働いてくれたことの対価なのだ。月々数千円でこの労働から解放されるなら安いものだ。
なんてことを考えながらポンプを押していると、ガキっと異音がして押しても水が出なくなってしまった。
「えっ、うそ。壊れた!?」
私はポンプから手を離して矯めつ眇めつしてみるが故障の原因も直し方も分かるはずもない。
すると後から井戸に来たおじさんが『⌘◉⌘◆待って¢⌘◉◆』と言ってどこかに走って行った。
待って、とだけは聞き取れたので壊れたポンプを眺めながら待っていると、5分ほどしておじさんが青年を連れて戻ってきた。まだ見たことのない顔だった。
この村には100人ほどが暮らしている。その中で私が顔を覚えているのはパン屋と雑貨屋のご家族、それとこの井戸を使う近所の村人20人とナラタさんの薬局に来た人で、その中にこの青年はいなかった。
ただ全員の区別がちゃんとついているかというと、動物に近い見た目の村人は判別が難しい。毛並みや声で判別するけどなかなか難しい。
その青年は人間に近い見た目で精悍な顔つきをしていた。身長も総じて狼族の人たちは高いがひときわ高く、190センチメートルはありそうだった。
青年はポンプを押してみて手応えがないのを確かめてから分解して、またたく間に直してしまった。
「わっ、すごい……『キニオー』」
『キヤマタ』
彼はそれだけ言ってすぐに去ってしまった。
周囲には井戸が直るのを待っていた数人がいたが誰も彼に声をかけなかったのが少し違和感を覚えた。
(そろそろマルティンさんが来る頃のはず。でも最近は雪が積もる日も増えてきたし馬車で来るのは難しいかしら)
この村はほとんど自給自足で成り立っている。村にある店はパン屋と農具や生活用品を売る雑貨屋、そしてナラタさんの営む薬屋の3店舗だけだ。
一応私も魔法治療院を開業して、最近ちらほらと来院する人が増えてきたが、ほとんど開店休業みたいなものだ。
私は毎日日の出とともに動き始める。
身支度を整えてまず最初にするのは水汲み。マルティンさんのお母様からもらったコートを着て台所に行き、桶を2つ持って外に出る。
村の中心部の方に向かって3分ほど歩くと井戸があるのでそこで水を汲む。
井戸には女性が2人いた。だいたい朝の水汲みの時間はどこの家も同じくらいだからこの井戸を使う人とは早くから顔見知りになった。
『おはようございます』
『おはよう。今日も寒いわね』
『……』
返事を返してくれる人もいればそうではない人もいる。
最初の頃はよそよそしかった村の人たちも、今では多くの人が好意的に接してくれるようになった。
ただ、ここに来るまでに通った村ではどこももてなしてもらっていただけに最初はその反応に戸惑ったりもした。
けれど考えると当然で、得体も知れない人、しかも人間が自分の村に住み着くとなったら、いくら顔見知りのマルティンさんの紹介だとしても警戒するのは当然だ。ここは森の最奥。地縁のない者が来るとしたらそれはワケアリと相場は決まっている。
ただ、それは村人への治療行為を通して私の人となりを知ってもらえたことで徐々に受け入れてもらえるようになってきた。
私は井戸の手押しポンプの出口に桶を置き、体重をかけてポンプを押す。
ジャバジャバと水が出て桶に溜まっていく。
この重労働を日に3回は行う。
しばらくすればこの生活にも慣れるかと思ったがそんなことはなかった。毎日水道が恋しくなる。日本で32年間当たり前に使っていたのだ。そしてジルタニアでの1年半の生活の中でも。一度便利な生活を知ってしまえばもう知らなかったころには戻れない。
(お金ならいくらでも払うから水道が欲しい! ……お金ないけど)
日本で暮らしていた頃は水道料金が高いなんて不満を言ったりもしていた。だがそれは整備された上下水道システム、個々の家まで延ばされた水道管、便利のために誰かが働いてくれたことの対価なのだ。月々数千円でこの労働から解放されるなら安いものだ。
なんてことを考えながらポンプを押していると、ガキっと異音がして押しても水が出なくなってしまった。
「えっ、うそ。壊れた!?」
私はポンプから手を離して矯めつ眇めつしてみるが故障の原因も直し方も分かるはずもない。
すると後から井戸に来たおじさんが『⌘◉⌘◆待って¢⌘◉◆』と言ってどこかに走って行った。
待って、とだけは聞き取れたので壊れたポンプを眺めながら待っていると、5分ほどしておじさんが青年を連れて戻ってきた。まだ見たことのない顔だった。
この村には100人ほどが暮らしている。その中で私が顔を覚えているのはパン屋と雑貨屋のご家族、それとこの井戸を使う近所の村人20人とナラタさんの薬局に来た人で、その中にこの青年はいなかった。
ただ全員の区別がちゃんとついているかというと、動物に近い見た目の村人は判別が難しい。毛並みや声で判別するけどなかなか難しい。
その青年は人間に近い見た目で精悍な顔つきをしていた。身長も総じて狼族の人たちは高いがひときわ高く、190センチメートルはありそうだった。
青年はポンプを押してみて手応えがないのを確かめてから分解して、またたく間に直してしまった。
「わっ、すごい……『キニオー』」
『キヤマタ』
彼はそれだけ言ってすぐに去ってしまった。
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