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二章 獣人の国
46 修理と治療と
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便利屋のグエンさんという人は村の外れに住んでいた。
ナラタさんの薬局からは遠く、来たことがない場所だった。
「案内ありがとう。2人はもう帰って大丈夫よ」
「じゃあ、先生さようなら」
「さようなら」
「はい、さようなら。また来週ね」
2人の姿が見えなくなるまで見送って、私は家の扉をノックした。
「ネサミムス(ごめんください)」
聞こえたか不安になるよりも前にその人は出てきた。
「何の用?」
「あっ、ウィチンノカ(こんにちは)。お仕事をお願いしたくて」
「何?」
「小学校の屋根が雨漏りしてて……」
「分かった。待ってろ」
実に愛想がないその人はそう言って家の中に戻ってしまった。
(なんだかちょっと近寄りがたい……)
身長は190cmを超えているだろう。人間型の体はがっしりとしていて威圧感がある。
待ってろと言われてしまったから雨に中ただ待つ。
(準備をしているのかな? そうだと思いたい)
どれくらい待てばいいんだろう。
ずっと雨の中はまた風邪を引いてしまう。
(この短期間でまた風邪引いたなんて言ったらさすがに呆れられそう)
なので早く出てきてほしい。
念を送っていたのが届いたのか、彼は私の体が冷える前に準備を終えて家から出てきてくれた。
そしてそのまま何も言わずに歩き出す。
手には大工道具が入っているのだろうか、取っ手つきの大きな木箱を持っている。
私も無言で彼の背を追った。
「どこの屋根だ?」
学校に着いてようやく彼が口を開いた。
「1年空組の教室……こっちです」
私達は校舎の裏に回って、裏庭から1年生の教室を目指す。
雨足は次第に強くなり、防水機能の低い革のブーツは浸水し始めていた。
泥で足を取られないように注意しながら教室窓側の外に着いた。
「窓に足掛けて登るのはちょっと厳しいか……? ちょっと待ってろ」
グエンさんは大工道具を地面に置いて、またどこかへ行ってしまった。
(また待て、か)
しょうがないのでただ待つしかない。
(でもこの雨で屋根に登って修理するのは危なくないかしら。でも雨漏りは酷くなる前に対処しないと木が腐ったりして大変だし……)
危険かどうかは彼が判断するだろう。
私はただ指示に従うことにした。
(雨、弱まらないかしら)
そう思いながら屋根を見上げた。
しばらくしてグエンさんが梯子と数枚の木の板を両手に引っ提げて戻ってきた。
(梯子を取りに行ってたのね)
それならそうと言ってくれてもいいのに、とは思う。
子供達は彼のことを知っていたし、学校で何か修理が必要になったらいつも呼んでいるのだろうか。現に私が知らない梯子や資材置き場の場所を知っているようだ。
彼は梯子を立てかけ、大工道具を持ってスルスル登っていった。木の板はまだ使わないのか梯子の隣に立て掛けてある。
もう見上げても彼の姿は見えなかったが、上からガチャガチャと大工道具を出す音が聞こえ、それからベキッバキッと豪快な音が聞こえてきた。傷んだ屋根の板を剥がしているのだろうか。
「っくしゅん!」
体は完全に冷え切ってしまった。靴の中はもう水たまり状態だ。
「もう帰っていい」
上から声が降ってきて、驚き上を見上げたらグエンさんの背が見えた。すぐ見えなくなったが。
(帰っていいって言われても。修理をお願いした側が現場を放って帰るのは気が引ける)
ただ、風もどんどん強くなってきているせいで寒すぎて一刻も早く避難したい気持ちもある。
間をとって後者の中に避難することにした。
裏庭から表に戻って玄関から校舎に入る。
マントを脱ぎバサバサと振って露を落とし、濡れて硬くなったブーツの紐をかじかむ手で外してブーツを脱ぐ。逆さまにするとビシャっとみずが出てきた。
そのレインコートとブーツは置いて教室に向かった。
空組の教室に入ると天井からトントントンと釘を打ちつけているらしい音が聞こえる。
私は辛抱たまらず教室の棚から火打ち石を取り出して薪ストーブに火をつけた。
できるだけ近づいて暖を取る。
火が大きくなるにつれてじわじわ暖かくなり、寒さでガチガチになっていた体の緊張が取れていった。
(グエンさんだって寒いよね。お茶でも淹れておこうかしら)
私は職員室に行ってティーケトルに茶葉を入れ、コップを2つ持って出た。
教室に戻る途中で廊下の窓から外の様子を見た。
雨足は私が外にいた時よりもさらに強くなっていて、時折窓をガタガタと揺らす強い風が吹いていた。
(グエンさんは大丈夫なの?)
不安になるものの手伝えるわけでもなく、私は教室に戻ってストーブの上にティーポットを置いてお湯を沸かした。
待つ間することもなく、ジッとストーブの前を陣取って窓の外を見た。
お湯が沸く前に気づけば天井から聞こえていた音が聞こえなくなっていることに気づいた。
(終わったのかしら。それともさすがに中断した?)
いずれにしても状況を聞いてみようと立ち上がったところで窓の外に上から何かが降ってきてドチャリと大きな音がした。
「なに!?」
驚き慌てて窓の外を見ると、地面に倒れ込むグエンさんが見えた。
「っ!? 大変!」
私は玄関から回るかここの窓から出るか逡巡し、一刻も早く駆けつける方を優先した。
私はレインコートも靴も身につけないまま窓から足を出し、もたつきながら外に出てグエンさんに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「大したことはない……っ!」
彼は立ち上がろうとして体勢を崩し膝をついた。
「怪我したんですか!? ひとまず教室の中入れそうですか?」
「っ、あぁ」
再び立ちあがろうとするグエンさんに肩を貸して教室の窓までゆっくり歩き、手を貸して窓から中に入るのを助けた。
彼は高いので私がそう手を貸さなくても跨ぎ越えるように難なく入ったが、むしろ私の方が問題だった。
窓枠に両手をかけ体を浮かし、右脚をえいやっと上げて窓枠に乗り上げ、それから左脚も跨がせて教室の中に滑り込んだ。
「あんた、可愛い顔してなかなか大胆なことするんだな……」
「そんなことより、どこが痛むんですか?」
「右足。降りようとしたところに風が吹いて変に着地しちまった」
私は窓を閉めて、すぐ下に座り込むグエンさんのそばに座り、痛むという右足に手をかざした。
「行使:検査」
目の前の空間に画像が現れる。右足首が赤く表示され、『捻挫』と文字が浮かんでいた。
「骨に異常はなく、捻挫で済んだみたいです。今すぐ治療しますね。行使:再生治療」
捻挫のような軽い怪我なら再生治療で治した方が早く負担も少ない。
治療は5分もかからず終わった。
ナラタさんの薬局からは遠く、来たことがない場所だった。
「案内ありがとう。2人はもう帰って大丈夫よ」
「じゃあ、先生さようなら」
「さようなら」
「はい、さようなら。また来週ね」
2人の姿が見えなくなるまで見送って、私は家の扉をノックした。
「ネサミムス(ごめんください)」
聞こえたか不安になるよりも前にその人は出てきた。
「何の用?」
「あっ、ウィチンノカ(こんにちは)。お仕事をお願いしたくて」
「何?」
「小学校の屋根が雨漏りしてて……」
「分かった。待ってろ」
実に愛想がないその人はそう言って家の中に戻ってしまった。
(なんだかちょっと近寄りがたい……)
身長は190cmを超えているだろう。人間型の体はがっしりとしていて威圧感がある。
待ってろと言われてしまったから雨に中ただ待つ。
(準備をしているのかな? そうだと思いたい)
どれくらい待てばいいんだろう。
ずっと雨の中はまた風邪を引いてしまう。
(この短期間でまた風邪引いたなんて言ったらさすがに呆れられそう)
なので早く出てきてほしい。
念を送っていたのが届いたのか、彼は私の体が冷える前に準備を終えて家から出てきてくれた。
そしてそのまま何も言わずに歩き出す。
手には大工道具が入っているのだろうか、取っ手つきの大きな木箱を持っている。
私も無言で彼の背を追った。
「どこの屋根だ?」
学校に着いてようやく彼が口を開いた。
「1年空組の教室……こっちです」
私達は校舎の裏に回って、裏庭から1年生の教室を目指す。
雨足は次第に強くなり、防水機能の低い革のブーツは浸水し始めていた。
泥で足を取られないように注意しながら教室窓側の外に着いた。
「窓に足掛けて登るのはちょっと厳しいか……? ちょっと待ってろ」
グエンさんは大工道具を地面に置いて、またどこかへ行ってしまった。
(また待て、か)
しょうがないのでただ待つしかない。
(でもこの雨で屋根に登って修理するのは危なくないかしら。でも雨漏りは酷くなる前に対処しないと木が腐ったりして大変だし……)
危険かどうかは彼が判断するだろう。
私はただ指示に従うことにした。
(雨、弱まらないかしら)
そう思いながら屋根を見上げた。
しばらくしてグエンさんが梯子と数枚の木の板を両手に引っ提げて戻ってきた。
(梯子を取りに行ってたのね)
それならそうと言ってくれてもいいのに、とは思う。
子供達は彼のことを知っていたし、学校で何か修理が必要になったらいつも呼んでいるのだろうか。現に私が知らない梯子や資材置き場の場所を知っているようだ。
彼は梯子を立てかけ、大工道具を持ってスルスル登っていった。木の板はまだ使わないのか梯子の隣に立て掛けてある。
もう見上げても彼の姿は見えなかったが、上からガチャガチャと大工道具を出す音が聞こえ、それからベキッバキッと豪快な音が聞こえてきた。傷んだ屋根の板を剥がしているのだろうか。
「っくしゅん!」
体は完全に冷え切ってしまった。靴の中はもう水たまり状態だ。
「もう帰っていい」
上から声が降ってきて、驚き上を見上げたらグエンさんの背が見えた。すぐ見えなくなったが。
(帰っていいって言われても。修理をお願いした側が現場を放って帰るのは気が引ける)
ただ、風もどんどん強くなってきているせいで寒すぎて一刻も早く避難したい気持ちもある。
間をとって後者の中に避難することにした。
裏庭から表に戻って玄関から校舎に入る。
マントを脱ぎバサバサと振って露を落とし、濡れて硬くなったブーツの紐をかじかむ手で外してブーツを脱ぐ。逆さまにするとビシャっとみずが出てきた。
そのレインコートとブーツは置いて教室に向かった。
空組の教室に入ると天井からトントントンと釘を打ちつけているらしい音が聞こえる。
私は辛抱たまらず教室の棚から火打ち石を取り出して薪ストーブに火をつけた。
できるだけ近づいて暖を取る。
火が大きくなるにつれてじわじわ暖かくなり、寒さでガチガチになっていた体の緊張が取れていった。
(グエンさんだって寒いよね。お茶でも淹れておこうかしら)
私は職員室に行ってティーケトルに茶葉を入れ、コップを2つ持って出た。
教室に戻る途中で廊下の窓から外の様子を見た。
雨足は私が外にいた時よりもさらに強くなっていて、時折窓をガタガタと揺らす強い風が吹いていた。
(グエンさんは大丈夫なの?)
不安になるものの手伝えるわけでもなく、私は教室に戻ってストーブの上にティーポットを置いてお湯を沸かした。
待つ間することもなく、ジッとストーブの前を陣取って窓の外を見た。
お湯が沸く前に気づけば天井から聞こえていた音が聞こえなくなっていることに気づいた。
(終わったのかしら。それともさすがに中断した?)
いずれにしても状況を聞いてみようと立ち上がったところで窓の外に上から何かが降ってきてドチャリと大きな音がした。
「なに!?」
驚き慌てて窓の外を見ると、地面に倒れ込むグエンさんが見えた。
「っ!? 大変!」
私は玄関から回るかここの窓から出るか逡巡し、一刻も早く駆けつける方を優先した。
私はレインコートも靴も身につけないまま窓から足を出し、もたつきながら外に出てグエンさんに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「大したことはない……っ!」
彼は立ち上がろうとして体勢を崩し膝をついた。
「怪我したんですか!? ひとまず教室の中入れそうですか?」
「っ、あぁ」
再び立ちあがろうとするグエンさんに肩を貸して教室の窓までゆっくり歩き、手を貸して窓から中に入るのを助けた。
彼は高いので私がそう手を貸さなくても跨ぎ越えるように難なく入ったが、むしろ私の方が問題だった。
窓枠に両手をかけ体を浮かし、右脚をえいやっと上げて窓枠に乗り上げ、それから左脚も跨がせて教室の中に滑り込んだ。
「あんた、可愛い顔してなかなか大胆なことするんだな……」
「そんなことより、どこが痛むんですか?」
「右足。降りようとしたところに風が吹いて変に着地しちまった」
私は窓を閉めて、すぐ下に座り込むグエンさんのそばに座り、痛むという右足に手をかざした。
「行使:検査」
目の前の空間に画像が現れる。右足首が赤く表示され、『捻挫』と文字が浮かんでいた。
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