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二章 獣人の国
50 がん
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マルティンさんが村に来て食事をした日から1カ月が経った。
あれから私は料理を工夫して作ってみたのだけど、ナラタさんの食欲は低空飛行だった。
ナラタさんは歳のせいにしているが、私は段々と気になってきた。
本当にそれだけ? 何か病気が隠れていない?
モヤモヤとしたものを抱えながら今日も夕食を作る。
ステーキの類いよりかはマシだろうとシチューにすることが多くなった。頑張って肉を薄切りにしてしゃぶしゃぶにしたり、ミンチにしてハンバーグにしてみたりもした。
それでも体調が回復する様子はなかった。
なので私は夕食後に話を切り出した。
「あの、体に悪いところがないか、魔法で診させてもらえませんか?」
「……そうしてもらおうかね」
やけにあっさり了承された。ナラタさんのことだから「大丈夫、必要ない」と言うと思っていたのに。だから気になる。
「食欲がないこと以外に、何か症状ないですか?」
「……ちょっと前から胃が痛むね」
「分かりました。診てみますね。行使:検査」
私は目の前に現れた画像と診断結果を見て息が詰まった。多分表情にも出てしまったと思う。
診断結果はあまりにも残酷だった。
見たくなかった病名。けれどもこの仕事をしている以上、いつかは出会っただろう。
私は覚悟を決めて目の前の患者と向き合った。
「ナラタさん、あまりいい結果ではありませんでした」
「あぁそうだろうね。アンタこそ大丈夫かい? 顔が真っ青だよ」
患者さんに気を遣われるなんて医療者失格だ。
私は頬を両手でパンッと叩いて気合を入れた。
「大丈夫です。ナラタさん、食欲不振と胃痛の原因は胃にあるがんのせいです。すぐに大きな病院で詳しく診てもらってください」
私は命に関わる重大な宣告をした。しかし目の前のナラタさんは落ち着いている。
「やっぱりそうなんだねぇ」
「やっぱりって思うならなんでもっと早く病院に行かなかったんですか!」
「いやもう行ったんだよ1年前に」
「え……?」
それは一体どういうことだろう。
「食欲がないのは1年以上前から。自分で胃薬を調合して飲んでもどうにも調子が良くならないから気になって街の病院まで行ったんだよ。そしたら診断はナオと同じ胃がんだと。がんの範囲が広いから年齢もあって手術適用にはならなかったんだ。だけどまぁ思ったより広がってないみたいでよかったよ」
ナラタさんはあっけらかんとして言った。
どうしてそんなふうに病気を、死を受け入れられるんだろう。
いやそれよりも__
「知っててどうして私に魔法を使わせたんですか?」
「アンタにいつまでも隠し通せないだろう。それにいきなり倒れても驚くだろうからね」
つまり、ナラタさんは私に心の準備をさせるために魔法を……?
「そんなっ……いやです、嫌! 死っんじゃうなんて!!」
ただただつらくて悲しくて、泣いたってどうしようもないのに涙が次々と溢れ出る。
「そんなんじゃ本当に子供みたいだねぇ。アタシはもういい歳さ。早かれ遅かれあの世は近いんだ。病気だとかはあまり関係ないよ」
その言葉は理解はできるけど納得はできない。
「でも、でも……嫌ですっ……うぅっ……」
「アタシのためにそんなに泣いてくれるなんてね。出会った頃には想像もしなかったね」
「……どうして私を家に入れてくれたんですか?」
「あんまりにも心細そうで、この世界のどこにも居場所がないって顔してたから、どうにも見捨てられなくてね。村長も受け入れるか、受け入れるとしてどこの家に頼むか迷っただろうね。なんせ若くてとびきりの美人だ。男のいる家に入れたら騒動のタネになりかねない。だから私にお鉢が回ってきたわけさ。この家には夫と娘が使っていた部屋もあったし」
やっぱりそうだったのか。
一人暮らしには不釣り合いな部屋数。私が今使っている部屋は机もベッドもある。しかもデザインは可愛らしい。
私に言葉を教えてくれていた時も、物を一つ一つ指して単語を教えてくれた。それは子供を育てた経験があるんじゃないかと思わせるものだった。
「今、旦那さんや娘さんは……?」
「あの人は病気で10年前逝っちまってね。娘は結婚してジルタニアに住んでて滅多に帰らないね」
「じゃあ娘さんはナラタさんの病気のことはご存知ないんですか?」
「あぁ知らせてない。知らせたってどうしようもないからね。死んだら知らせがいくようにはしてあるよ」
それでいいのだろうか。いや、そうするしかないのだと気づいた。
娘さんの生活基盤はジルタニアにあって、行き来は簡単じゃない。
看病しに一時的に帰省するにも国境の街から最短で2週間以上。宿がある村を選んで通るともっとかかる。それからどれだけ家にいられる? そもそも移動にかかる費用もあるし、一回帰省してまた病状が危なくなったら戻ってくるなんてことはできないのだ。
実家を遠く離れたら親の死に目には会えない。そういう世界、そういう時代だ。
「でも体が動かなくなったら1人じゃ困るじゃないですか」
現実的なことを考えると涙も引っ込んで、医療者モードに切り替わった。
「村の人らも助けてくれるし、いざとなりゃ街の療養所に入るよ。……アタシが死んだ後も結婚してなけりゃここに住んでたらいいからね」
そうか。ナラタさんは私がひとりぼっちにならないように、居場所がなくならないようにと考えてあんなに結婚を勧めていたんだ。
だめだ。また涙が出てくる。
「本当に……グスッ……治らないんですかぁ……?」
「こればっかりは仕方ないよ。治療法がないってんだから」
この世界がもっと進んでいて、手術ができれば、薬物治療ができれば__
いや、今の私は医者ではないけど治療魔法師だ。なにか、なにかできるかもしれない。
がんに対して無力だった菊池奈緒じゃない。
「私が治します」
「ナオ……」
「私が治療法を見つけます」
私の決意にナラタさんはニヤリと笑った。
「いいね。この体を使って存分にやってみな!」
「がんでは絶対に死なせません」
これは私の復讐戦でもあった。
あれから私は料理を工夫して作ってみたのだけど、ナラタさんの食欲は低空飛行だった。
ナラタさんは歳のせいにしているが、私は段々と気になってきた。
本当にそれだけ? 何か病気が隠れていない?
モヤモヤとしたものを抱えながら今日も夕食を作る。
ステーキの類いよりかはマシだろうとシチューにすることが多くなった。頑張って肉を薄切りにしてしゃぶしゃぶにしたり、ミンチにしてハンバーグにしてみたりもした。
それでも体調が回復する様子はなかった。
なので私は夕食後に話を切り出した。
「あの、体に悪いところがないか、魔法で診させてもらえませんか?」
「……そうしてもらおうかね」
やけにあっさり了承された。ナラタさんのことだから「大丈夫、必要ない」と言うと思っていたのに。だから気になる。
「食欲がないこと以外に、何か症状ないですか?」
「……ちょっと前から胃が痛むね」
「分かりました。診てみますね。行使:検査」
私は目の前に現れた画像と診断結果を見て息が詰まった。多分表情にも出てしまったと思う。
診断結果はあまりにも残酷だった。
見たくなかった病名。けれどもこの仕事をしている以上、いつかは出会っただろう。
私は覚悟を決めて目の前の患者と向き合った。
「ナラタさん、あまりいい結果ではありませんでした」
「あぁそうだろうね。アンタこそ大丈夫かい? 顔が真っ青だよ」
患者さんに気を遣われるなんて医療者失格だ。
私は頬を両手でパンッと叩いて気合を入れた。
「大丈夫です。ナラタさん、食欲不振と胃痛の原因は胃にあるがんのせいです。すぐに大きな病院で詳しく診てもらってください」
私は命に関わる重大な宣告をした。しかし目の前のナラタさんは落ち着いている。
「やっぱりそうなんだねぇ」
「やっぱりって思うならなんでもっと早く病院に行かなかったんですか!」
「いやもう行ったんだよ1年前に」
「え……?」
それは一体どういうことだろう。
「食欲がないのは1年以上前から。自分で胃薬を調合して飲んでもどうにも調子が良くならないから気になって街の病院まで行ったんだよ。そしたら診断はナオと同じ胃がんだと。がんの範囲が広いから年齢もあって手術適用にはならなかったんだ。だけどまぁ思ったより広がってないみたいでよかったよ」
ナラタさんはあっけらかんとして言った。
どうしてそんなふうに病気を、死を受け入れられるんだろう。
いやそれよりも__
「知っててどうして私に魔法を使わせたんですか?」
「アンタにいつまでも隠し通せないだろう。それにいきなり倒れても驚くだろうからね」
つまり、ナラタさんは私に心の準備をさせるために魔法を……?
「そんなっ……いやです、嫌! 死っんじゃうなんて!!」
ただただつらくて悲しくて、泣いたってどうしようもないのに涙が次々と溢れ出る。
「そんなんじゃ本当に子供みたいだねぇ。アタシはもういい歳さ。早かれ遅かれあの世は近いんだ。病気だとかはあまり関係ないよ」
その言葉は理解はできるけど納得はできない。
「でも、でも……嫌ですっ……うぅっ……」
「アタシのためにそんなに泣いてくれるなんてね。出会った頃には想像もしなかったね」
「……どうして私を家に入れてくれたんですか?」
「あんまりにも心細そうで、この世界のどこにも居場所がないって顔してたから、どうにも見捨てられなくてね。村長も受け入れるか、受け入れるとしてどこの家に頼むか迷っただろうね。なんせ若くてとびきりの美人だ。男のいる家に入れたら騒動のタネになりかねない。だから私にお鉢が回ってきたわけさ。この家には夫と娘が使っていた部屋もあったし」
やっぱりそうだったのか。
一人暮らしには不釣り合いな部屋数。私が今使っている部屋は机もベッドもある。しかもデザインは可愛らしい。
私に言葉を教えてくれていた時も、物を一つ一つ指して単語を教えてくれた。それは子供を育てた経験があるんじゃないかと思わせるものだった。
「今、旦那さんや娘さんは……?」
「あの人は病気で10年前逝っちまってね。娘は結婚してジルタニアに住んでて滅多に帰らないね」
「じゃあ娘さんはナラタさんの病気のことはご存知ないんですか?」
「あぁ知らせてない。知らせたってどうしようもないからね。死んだら知らせがいくようにはしてあるよ」
それでいいのだろうか。いや、そうするしかないのだと気づいた。
娘さんの生活基盤はジルタニアにあって、行き来は簡単じゃない。
看病しに一時的に帰省するにも国境の街から最短で2週間以上。宿がある村を選んで通るともっとかかる。それからどれだけ家にいられる? そもそも移動にかかる費用もあるし、一回帰省してまた病状が危なくなったら戻ってくるなんてことはできないのだ。
実家を遠く離れたら親の死に目には会えない。そういう世界、そういう時代だ。
「でも体が動かなくなったら1人じゃ困るじゃないですか」
現実的なことを考えると涙も引っ込んで、医療者モードに切り替わった。
「村の人らも助けてくれるし、いざとなりゃ街の療養所に入るよ。……アタシが死んだ後も結婚してなけりゃここに住んでたらいいからね」
そうか。ナラタさんは私がひとりぼっちにならないように、居場所がなくならないようにと考えてあんなに結婚を勧めていたんだ。
だめだ。また涙が出てくる。
「本当に……グスッ……治らないんですかぁ……?」
「こればっかりは仕方ないよ。治療法がないってんだから」
この世界がもっと進んでいて、手術ができれば、薬物治療ができれば__
いや、今の私は医者ではないけど治療魔法師だ。なにか、なにかできるかもしれない。
がんに対して無力だった菊池奈緒じゃない。
「私が治します」
「ナオ……」
「私が治療法を見つけます」
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