その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

文字の大きさ
53 / 73
二章 獣人の国

53 療養所に来た

しおりを挟む
 私とナラタさんは荷物をまとめ馬車を手配し村を出た。
 村に薬師がいなくなってしまっていいのだろうかとナラタさんに聞くと「アタシも歳だし遅かれ早かれだよ。新しい薬師は村長が手配するさ」と言った。

 「じゃあ治っても、村には帰らないんですか?」
 「どうしようかね。まぁ治療の間にゆっくり考えるよ」

 というような話からなんてことない話まで、することのない馬車の中で会話は唯一の娯楽だった。
 そして1カ月ほどかけて療養所のある街までやってきた。
 木造らしき3階建ての療養所は街の外れにあって広い庭があり、周りは木々に覆われていた。
 大森林から来たのにまた森に戻ったような錯覚があった。
 中に入るとすぐに受付があった。

 「カニス村のナラタさんですか?」

 受付の女性が対応してくれた。

 「あぁそうだよ」
 「長旅でお疲れでしょう。病室は準備してありますので、ご案内しますね」
 「ありがとう。それと隣のこの子が例の魔法研究をしてる子でね」
 「ナオといいます。よろしくお願いします」
 「あなたが……。ちょっと待って。所長にあなたが来たことを伝えてくるから」

 対応してくれた女性がパタパタと走っていき、代わりに受付から別の女性が出てきた。

 「それじゃあご案内しますね」

 女性はまず1階にある食堂、同じ患者同士や面会に来た人と会話ができるリラクゼーションルーム、大浴場があった。

 「2階が病室ですね。4人部屋が20室あります。この階にもシャワー室が2つあります」
 「シャワーが、あるんですか? 魔法石でお湯が出る、ものですか?」
 「えぇ。この療養所は最新設備を備えていますので。ご自身での入浴が難しくなっても、入浴介助用のシャワーもあるのでご安心くださいね」

 そうか。ここではこれからどんどん体が動かなくなることを想定しなきゃいけないのか、と気持ちが沈む。

 「南側は女性の病室、北側は男性と別れていて、扉があるので患者さんが行き来することはできないようになっています」

 2階のナースステーションといくつかの病室を通り過ぎた。

 「それから3階は感染の可能性のある患者さんが入所するフロアとなっておりますので立ち入らないようお願いします」

 ちょうど説明が終わったところで立ち止まった。

 「こちらがナラタさんのお部屋になります」

 女性は部屋をノックして中に入った。

 「失礼します。本日からこちらの病室に入られるナラタさんです」

 同部屋になる3人の視線が向けられた。
 窓際右の女性は人に近い姿で多分犬の獣人。年齢はナラタさんと近そうだ。左の人は種族の姿に近い完全型の猫の獣人。通路側左の人は頭部が鹿で体が人間らしかった。

 「みなさん、よろしく頼むよ」

 とナラタさんがぶっきらぼうに挨拶すると「こちらこそ~」「仲良くしてね」と返事があって、なぜか私の方が安心してしまった。




 ナラタさんが病床脇の棚に荷物を片付けていると部屋の扉がノックされ、少し間をおいて男性が入ってきた。
 誰かを探すように部屋の中を見て、私と目が合うと探るような視線を向けてきた。

 「あなたが魔法開発をするという人か?」
 「そうです。ナオといいます。あなたは……?」
 「ここの所長だ。手紙にも書いたが、あなたがすることに診療所は関与しない。ただ、あなたが勝手に患者さんと交渉し治験をすることも止めはしない」
 「十分です。ありがとうございます」
 「……本当にがんを治す魔法ができるのか?」

 所長は疑わしそうな、信じられないと言うように、でも縋るようにも聞こえた。

 「私は、可能性はあると、信じています」
 「そうか」

 それだけ言って彼は踵を返した。

 (信じていると言ったけど、信じたいと言うほうが正しいかも)

 考えた魔法理論には確かな根拠がない。
 薬で免疫力を上げてそれを魔法でサポートしたらがんが排除できるのでは、という想像の域を出ないシロモノ。
 ただ、魔法理論の構築は今回に限らず大抵は仮定になる。そもそも魔法がどういうものなのかが解明されていないからだ。だから実験を重ねるしかない。
 それでもここに来るまでに調べられることは全て調べた。
 ノッカク、オシアツ、ソレリナ、エヴァリスに関する論文を読み漁り、その成分や作用は出来うる限り調べ尽くした。
 ハリス先生のほうでも一応調べてくれて魔法理論に破綻はないと一応のお墨付きをくれた。
 それを支えに信じて突き進むしかない。

 「あなた、今……がんを治すって言った……?」

 声を発したのはナラタさんのベッドの対面に上半身を起こして寝ていた女性だった。

 「あなたもがんを……?」
 「えぇ……」
 「私は、その研究を、ここでしようと、思っているんです。まだ治る保証はありません。病状が悪化する可能性も、あります。でも、どうかご協力いただけませんか?」

 私は深く深く頭を下げた。

 「……どうすればいいの?」
 「私が調合する、薬草を飲んで、治療魔法を受けてもらいたいんです」
 「ウチは嫌だよ! 治る保証はない、悪化するかもってただの人体実験じゃないか! あんた人間だろ。だからウチらの命なんか何とも思っちゃいないんだ!!」

 隣のベッドの女性は怒鳴って、ベッドのカーテンを引いて見えなくなってしまった。

 「そんなつもりは、ありません。どうしても、治したいんです」

 私はカーテンの向こうに向けて話した。

 「わたくしは良くてよ」

 ふふふと軽快に笑いそう言ったのは猫の獣人の女性だった。

 「わたくしはもう治療の方法がないの。入院が長引いたらお金の不安もあるし早く死にたいわ。だから私の体を使ってくださる?」

 彼女は微笑みながら言った言葉は残酷だった。

 「私は、死なせたくない、です!」
 「ふふふっ、頑張って」
 「……あたしも参加させてもらえる?」

 鹿の獣人の女性がおずおずと手を挙げた。

 「あの、無理に参加されなくても、魔法が実用化できたら、ちゃんと治療します」
 「ううん、私もがんでもうどうにもならないから。あっ、でも痛いのは嫌」
 「痛みは、多分ないと思います」

 骨折などの直接的な負傷ではないからそのはずだ。

 「じゃあ大丈夫」
 「ありがとうございます! えっと、私はナオです」
 「わたくしはミュンといいます」
 「あたしはリエン。よろしく」
 「精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

処理中です...